Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/31802c677bca3266c5b056fa520f4d48f55ad2da
海外で人気の日本食といえば、寿司やラーメンを思い浮かべる人も多いだろう。しかし他にも、世界で存在感を高めている日本食がある。パリやニューヨークで本格的な店が登場したことで、本場の味を求めて訪日する人も増えている。世界の人々を引きつける「SOBA」の魅力とは?※本稿は、信州大学名誉教授の井上直人『ビジネスエリートのための 教養としての蕎麦』(あさ出版)の一部を抜粋・編集したものです。
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● 世界各地で食べられてきた 知られざる「そば文化」
そばは日本の食文化のなかで育まれてきたのはもちろんのこと、実は古くから世界各地で食べられてきました。
有名なフランスのブルターニュ地方のガレット(そば粉のクレープ)のほか、イタリアのピッツォッケリ(平たい短冊状のパスタ)、ロシアにはブリヌイ(パンケーキ)やカーシャ(そば粥)、韓国には冷麺、ネパールにはディロ(そば粉の練り物)があります。
さらにブータンでは、そばは主食のひとつとして、そば粉のパンケーキが日常的に食べられています。
粒のまま食べる、粉にして練る、煮たり、焼いたり――その違いはあっても、素朴なそばの味わいを生かすという点では共通しています。
いわば、そばがきやそば粥のような食べ方は、世界に広がる「そば料理の原風景」ともいえるでしょう。
しかし、そばを「切って」細い麺に仕立て(「そば切り」)、つゆにつけて食べるという食べ方は、世界を見渡しても日本にしかありません。
そば切りという発明がいかに独創的であったかは、こうした各国のそば料理と比べてみると、いっそうはっきりと見えてきます。
そのそば切りの魅力こそ、いまや世界各国でブームになりつつあるのです。
和食がユネスコの無形文化遺産に登録され、日本食全体への関心が高まるなかで、そば(そば切り)もまたグローバルな舞台に登場しています。
海外のそば愛好家は増え、パリやニューヨークには本格的なそば屋が誕生し、ミシュランの星を獲得する店まで現れています。
● そばは日本と世界をつなぐ 架け橋になりつつある
パリの例で言えば、もともとフランスでは、寒冷で痩せた土地でコムギの代わりにソバが育てられてきました。そう考えると、フランスの人にとってそばは食べなれた食材であり、パリのそば屋が人気を集めている背景には、和食ブームやグルテンフリー志向のみならず、「そば切り」という、食べなれたものの新しい食べ方への関心が深いということもあるでしょう。
その一方で、ガレットもまた、日本に入り、すでに定着した存在になりました。
そばの広がりは一方向ではなく、文化どうしが出会い直すような動きでもあり、そばは日本と世界をつなぐ架け橋になりつつあるわけです。
日本のそば文化は、いまや観光資源としての広がり――すなわち「体験する文化」としても発展しています。
そばをきっかけに日本文化に関心を持ち、日本を訪れて産地をめぐる人も増えています。戸隠、出雲、越前。そばをめぐるツアーは各地で企画され、そば打ち体験を目当てに外国人が訪れる村まであります。
ソバ畑の花を眺め、地元の人の話に耳を傾け、自らそばを打ってみる。
そうした一連の体験そのものを求めて、旅に出る人は少なくありません。
こうした動きのなかで生まれているのが、「そばツーリズム」とも呼べる新しい旅のかたちです。
そばツーリズムの魅力は、単なる味覚にとどまらず、風景や歴史、そして人との出会いにあります。その時間は、土地の風土に深く触れるひとときでもあるのです。
● 外国人を産地へ呼び込む 「そばツーリズム」の可能性
「食」を目的にした旅――フードツーリズムは世界的な潮流ですが、そばはその最前線にあるどころか、一歩も二歩も先を行っていると言えるでしょう。
ワインにテロワールがあるように、そばにもまた「土地の味」があります。その土地の水で打ち、その土地の薬味で食べるそばは、ほかでは決して再現できない、まさに一期一会の味わいなのです。
観光の世界では、短時間で消費する「点」の観光から、滞在を前提とした「面」の観光への転換が進んでいます。そばは、その流れとも親和性が高い存在です。
そば打ちを体験し、産地をめぐり、異なる店の味を比べる。朝と昼でまったく違う一枚、一杯に出会うことも珍しくありません。
こうした行動は、一日では完結しません。自然と滞在時間が延び、地域での消費も増えていきます。
つまり、そばは観光客を「素通りさせる」のではなく、「とどまらせる」力を持っている。これは地域経済にとって非常に大きな意味を持ちます。
そばのグローバル化は、食べ方や体験だけにとどまりません。生産と流通、そして技術にも及んでいます。
現在、日本で消費されるそばの多くは海外からの輸入です。中国、アメリカ、ロシアなどが主な供給地であり、安定した供給を支えています(図2)。
● 原料を輸入して技術を輸出 「そばの世界」が世界に広がる
近年では海外産の品質も向上し、寒暖差の大きい地域で育ったソバは、風味が良いと評価されることもあります。さらに南半球からの供給によって、年間を通じて新そばが手に入るようになりました。
一方で、日本の製粉や加工の技術は世界から注目されており、海外の生産者が学びに来る動きもあります。
たとえば、そばは打った直後から水分が飛び、デンプンが老化し、香りも失われていき劣化が始まります。
この弱点を克服したのが急速冷凍技術です。
従来は氷の結晶が組織を壊していましたが、ショックフリーザーの登場によって、風味と食感を保ったまま凍結できるようになりました。
現在では冷凍そばは生麺に匹敵、あるいはそれ以上と評価されることもあり、家庭でも高品質のそばを楽しめます。
つまり、いま起きているのは単なる輸入の拡大ではありません。
原料を輸入し、技術を輸出する。
そばの世界は、そうした双方向の交流のなかで拡がっています。
もうひとつ見逃せないのが、供給面の整備です。
● 日本そばの店舗を海外で 展開しやすい理由
そばは乾麺や冷凍麺といったかたちで品質を安定させやすく、国境を越えて流通させることができます。これは飲食ビジネスにとって大きな利点です。
海外で飲食店を展開する際、味の再現性と安定供給は不可欠ですが、そばはこの条件を満たしやすい。さらに、調理工程も比較的シンプルで、専門技術への依存度を抑えられるため、チェーン展開にも向いています。
つまり、そばは文化的な魅力だけでなく、ビジネスとして展開しやすい構造を持っている。この点が、世界的な拡がりを後押ししています。
このように、そばは単なる飲食ではなく、地域のさまざまな産業をつなぐ「ハブ」として機能し始めています。
農業、製粉、飲食、観光――これらを一体として捉えることで、新たな価値が生まれます。たとえば、ソバ畑の景観は観光資源となり、収穫体験やそば打ちは体験プログラムとして商品化される。そして、その延長線上に飲食がある。
そばを軸にすることで、地域全体を一つのストーリーとして編み上げることができるのです。これは単なるグルメではなく、「産業としてのそば」の姿です。
さらに重要なのは、こうした体験が海外市場への入口になっている点です。
日本でそばの魅力を体験した人が、自国に戻ってからもそばを求めるようになる。その需要が、現地での店舗展開や商品流通を後押しします。
観光と輸出が分断されるのではなく、連続している。そばはその接点に位置しています。
この構造は、単なる食文化の広がりを超えたものです。体験を通じてファンを生み、市場へとつなげていく。そばは今、その循環の中核として機能し始めているのです。
井上直人

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