Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/fab854acc41c2521f700eb7c8a9dc582f9e4fdce
イスラム教徒が大多数を占めるアラブの国では、売春など表立って存在するはずがない──そんなイメージを持っている人も多いかもしれない。
【写真を見る】全身を隠したサウジアラビアの女性たちほか、携行型ロケット砲を構えるサダム・フセイン大統領など
かつてフセイン政権下のイラクには、ナイトクラブも売春宿もいたる所にあったという。多民族・多宗教の国を統治するうえで、独裁者は売春を"アメ"として必要としていた。それが一変したのは、湾岸戦争の経済制裁を受け、サウジアラビアを頼るようになってからのことだ。
2019年に出版されたノンフィクション作家・八木澤高明さんの著書『娼婦たちは見た イラク、ネパール、中国、韓国』(角川新書、親本の単行本は2016年に刊行)より、一部抜粋して再構成する。【全4回の2回目】
「それは表の姿にすぎないんだよ」
イスラム教徒が大多数を占めるアラブ諸国というと、売春は開け広げではないというイメージがあった。フセイン政権下にイラクを訪ねた友人は、売春の影も見えなかったという。
「それは表の姿にすぎないんだよ。外国の旅行者にそんなところは見せるわけないだろう」
通訳のジアッドが言うには、フセイン政権下でも売春は普通に存在していたという。タイのバンコクなどには、アラブ人が集まる一角があり、その街の周辺には彼らを目当てに体を売る女たちの姿があった。そんな姿を目にしていただけに、自国での女遊びなどは難しいのだろうなと思っていたが、イラクの場合はそうでもなかった。
「売春はオープンに近かったよ。ナイトクラブや売春宿はいたる所にあったしね。店が減っていったのは、欧米の経済制裁を受けてからサウジアラビアとつき合うようになって、フセインもイスラム教をある程度、意識しないといけなくなってからだよ。
それまでは、イスラム教徒だけでなく、キリスト教徒、クルド人、多くの民族をまとめるうえで、ひとつの宗教で国民を縛るのは得策ではなかったから、イラクは世俗的な国だったんだ。それだから、売春の取り締まりも厳しくなかったんだよ。ナイトクラブもパレスチナホテルだけじゃなくて、街中にもあったからね」
モザイク国家イラクの中枢は、フセインや政権幹部が信奉するイスラム教スンニ派が占めていたが、彼らはイラクの人口の中では少数派で、大多数はイスラム教シーア派だった。
国を統治するうえで、フセインの独裁体制の縛りだけでは、コントロールすることはままならず、飴の部分で売春は必要だったというわけである。
さらに、バグダッドには、職を求めてやって来る地方からの流入人口も多く、そうした男たちのストレスのはけ口も必要だった。
フセインのクウェート侵攻に端を発する湾岸戦争によって、フセイン政権が経済制裁を受け、サウジアラビアを頼るようになると、売春に対する取り締まりがはじまった。
売春は「石打ちの刑」で死刑に
かつて私はサウジアラビアに駐在していたという商社マンにサウジアラビアの売春事情について話を聞いたことがあった。
「私がサウジにいた頃、売春をしていたパレスチナ人の女性が石打ちの刑で死刑になったこともあったから、売春はあるにはあったけど、表からはまったくわからないですよ。私も商売上危険でしたが、アパートを借りて、ビジネス相手に売春婦をあてがったこともありましたよ。
娼婦はサウジにメイドとして働きに来ているフィリピン人で、もう少し稼ぎたいから売春をしたいと人づてに私に接触してきたんです。現地に来る外国人は娼婦を買えるなんて思っていないから、みんな喜んでくれましたよ。もし私がやっていることが発覚したら大問題になるので、王族にも根回しをしましたね」
サウジアラビアはイスラム教の縛りもきつく、男性だけでなく女性も性的な不満を抱えている者が多かったと言う。
「現地では、夫婦でセックスをする時も前戯をほとんどしないそうなんです。女性の方もそれではあまり気持ちよくないんでしょうね。
どの家にもたいがいフィリピン人のドライバーがいて、ちょっと家を出た時に、女たちはフィリピン人のドライバーとそうした行為に耽ることがある。何度かフィリピン人の男が鞭打ちの刑罰を受けて、強制退去させられたこともありました。フィリピン人にしてはたまったもんじゃないですよね」
色街の浄化は「点数稼ぎ」になる
これらのエピソードが物語るほど、サウジアラビアは同じイスラム教徒が多い国家でも、まったく様相が違った。それ故にフセインは公に売春の取り締まりをしたのだと、ジアッドが言った。
「イスラム色を打ち出さなければならなかったから、イラクの中にある欧米の退廃的な文化を一掃しているというポーズを取らなければならなかった。サウジアラビアは厳格なイスラム国家だから、イラクもそれにならって、急に縛りがきつくなっていったんだ。
その時に、レバノンやエジプトから人身売買で女を連れてきていた女衒たちが、見せしめに処刑されたんだよ」
一般の人々にも対外的にも、フセインからしてみれば売春絡みの摘発は、風紀の粛正を行っていることを知らしめやすかったということもあるのだろう。日本でも色街の浄化が行政や政治家にとって、点数稼ぎの場となったのとまったく同じことだ。独裁者も民主主義政権下の政治家も、やることはたいして変わらないのである。
国家の都合ひとつで、売春は黙認もされれば、見せしめの処刑にもつながる。女たちの立場は、そのときどきの政治に振り回されてきた。
第3回からは舞台をネパールに移し、生まれたときから売春を宿命づけられた人々を訪ねる。西ネパールの川沿いに暮らす"売春カースト"。彼女らが暮らす村に著者は向かった。
(第3回につづく)

0 件のコメント:
コメントを投稿