Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/7c581b345b7963d14f5d443f7c40dc17d0cff35c
サウジアラビアの巨大リゾート構想が、行き詰まっている。ムハンマド皇太子が主導する未来都市構想「ネオム」の一環として、紅海沿岸120キロに12の観光地・15の高級ホテルを整備する「マグナ」。山の内部に埋め込むホテルや、高さ275メートルのタワーなどを計画していた。ところが、発表から2年で高級ホテル15軒の記述が公式サイトから消え、新規資金の配分も2030年代へ先送りされた。海外メディアの報道が巨大構想の異変に注目している――。
【画像をみる】進捗がほとんど見られないサウジの「全長120kmリゾート構想」
■衛星画像に写った「奇抜な建造物」
紅海のブルーとコントラストをなす、淡いホワイトの美しい砂。海と砂丘が交わるその境界の地に、緑豊かな庭園が広がる。
サウジアラビアの実質的な指導者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子の所有とみられる、豪華な宮殿だ。米ビジネス・インサイダーが入手した2025年1月撮影の衛星画像には、完成した姿がはっきりと写っている。
海岸線に沿ってプライベートビーチが伸び、内陸側に目立つのはゴルフコース。米ビジネス誌のファスト・カンパニーによれば拠点内には少なくとも16の建物が設けられ、4つのプールを備える。ヘリポートに至っては敷地内の10カ所に設けられている。
ファスト・カンパニーは2025年、これを「ネオムで現在建っている唯一の奇抜な建造物」と評した。ネオムは、ムハンマド皇太子が2017年に立ち上げた未来都市構想で、石油依存型経済からの脱却を目指す国家改革の目玉だった。
ネオムの旗印の下、紅海の入り江であるアカバ湾の沿岸には、12の観光地からなる超高級リゾート地帯「マグナ」が計画された。しかし、サウジアラビアの財政はその後、みるみるうちに悪化。
米独立系ニュースメディアのセマフォーによれば、ネオムはマグナへの新規資金の配分を2030年代まで凍結した。12の観光地に計画された計15軒の高級ホテルは、1軒も開業していない。
国民のため経済の転換を描いたネオムだが、これまでに完成が確認された主な建造物は主として、皇太子の所有とみられるこの宮殿と、産業都市オクサゴンの一部にとどまる。
■総延長120キロにわたるリゾート地帯
ネオムではマグナの他にも、砂漠を貫く全長170キロの鏡張りの直線都市「ライン」や、山岳スキーリゾート「トロジェナ」、富豪がスーパーヨットで乗り付ける「シンダラ島」などを構想した。
英経済紙のフィナンシャル・タイムズは、高級沿岸開発などを含む広域開発計画であったと振り返る。一部は実際に着工し、現場には大量の重機が絶え間なく出入りした。だが現在、いずれの計画も大幅な見直しを迫られている。
マグナはこうしたネオムの開発サイトのうち、沿岸部にあたる地区に位置する。中東湾岸ビジネス誌のアラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトによると、それまで個別に発表されてきた12のリゾートを「マグナ」という一つの名前で束ねると発表されたのは、2024年6月のことだった。
120キロメートルにわたる沿岸地区が「ラグジュアリーで持続可能な観光の新たな世界標準になる」とネオムは謳った。開発は地域の5%にとどめ、海岸の景観を保全する。ヘリポート5基と専用滑走路1本を建設し、リゾート地帯への入り口とする構想だ。
■200メートル超ツインタワーの客室はわずか41
ネオムへの関与を発表したブランドの一つに、高級ホテルグループのハイアットがある。ネオムとの提携を決めた当時の文書には、マグナの12の観光地に2500戸以上の高級住宅を建設すると記されていた。
前出のアラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトによれば、海岸沿いに小規模な高級ホテルを点在させながら、住民1万4500人が暮らす街をつくる。これが当初の狙いだった。
中東の英字ビジネス誌のアラビアン・ビジネスによれば、ネオムはこの沿岸地区の開発で2030年までに、サウジアラビアのGDPを26億リヤル(約1060億円)ほど押し上げると見込んでいた。
発表された計画は、確かに注目を集めた。
マグナに点在する12の観光地の1つ「アクエルム」は、高さ450メートルの山並みの内部に施設全体をうずめ、文字通り隠れ家とするユニークな設計だ。
宿泊客は世界初とされる水上マリーナからボートに乗り込み、「隠された地下運河」を抜けて山の中へ向かう。内部に入れば天然の岩肌に溶け込むようにして、高さ100メートルの近未来的な吹き抜けの中庭が客を迎える。ホテルに到着するまでの道のり自体が、まるでスパイ映画の冒頭のように好奇心を掻き立てる。
別の観光地「エピコン」の中核施設は、高さ275メートルと225メートルの高層タワー2棟だが、客室をわずか41室にとどめるラグジュアリーな造りだ。
■計画・設計の段階を出ていない
アラビアン・ビジネスは、マグナを「世界で最も未来的な沿岸開発の一つ」と紹介し、山をくり抜いたホテルからプライベートのゴルフリゾート、オーダーメイドのウェルネス施設まで、サウジで最も注目される観光リゾート群だと伝えていた。
12の観光地を合わせた高級ホテルの数は15軒、客室数は1600室に及ぶ計算だった。
計画書には、運営を担う企業の名が並んだ。前出のハイアットは2024年9月、マグナへの参入を発表した。最大の観光地ジャウムールでは、2027年に「パーク・ハイアット」と「アンダーズ」の2ブランドを計350室で開業するとした。ハイアットの資料は、マグナの12の観光地で「地球上のどこにもない体験」が味わえると謳う。
だが、マグナのブランド発表から2年が過ぎた現在、計画全体の遅延が報じられるようになった。アラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトは、マグナの3件のプロジェクトが、いずれも計画・設計の段階を出る兆しを見せていないと報じた。
山中の隠れ家「アクエルム」、ツインタワーの「エピコン」、そして在来種の動植物を呼び戻す自然保護型リゾートとして華々しく発表された「ザルドゥーン」である。いずれも絵空事の域を出ない。
エピコンをめぐっては、業界誌MEEDが、基礎工事を担う地元企業が準備作業に入ったと2024年3月に報じていた。それから2年余りを経た現在も、アラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトによれば、他の2拠点と同様、設計・計画段階を越えた形跡は見られないという。
■契約解除予算が新規建設予算を上回る
12のリゾート地を構想したマグナだけでなく、壮大なプランを描いた親プロジェクトのネオム全体に赤信号が灯っている。
ネオムに充てる資金は枯渇し、プロジェクトは大幅に縮小された。セマフォーによれば、サウジアラビアはこれまでにネオムに640億米ドル(約9兆9200億円)を投じてきたが、目に見える成果は洋上に八角形の港を展開するオクサゴンの一部完成にとどまる。そのオクサゴンさえ、象徴だった八角形の形状を捨て、実用性を優先した単なる港町の形態に舵を切り直した。
壮大な計画を見直すネオムは今後5年間、新規の建設よりも契約の解除に多くの資金を充てる見通しだ。
米ニュースサイトのセマフォーは、ネオムの2026年から2030年までの予算に、長期契約を打ち切られる請負業者への違約金として600億リヤル(約2兆4500億円)が計上されていると報じた。
この支払いは、長期契約を途中で打ち切る際の違約条項に基づくものだ。計画の一部を止めるだけでも巨額の費用が生じる。
同じ5年間の新規建設予算は400億リヤル(約1兆6300億円)で、契約解除の費用がこれを50%上回る。違約金の600億リヤルは、サウジアラビア政府が見込む2026年の財政赤字額の3分の1超に相当する。
新たに注ぎ込む400億リヤルの大半は、オクサゴンの開発やインフラ整備に充てられる。収益性の見込みをもとに優先順位が見直され、マグナへの新規資金配分は2030年代に先送りされたと、セマフォーは伝えた。
■3つの「1万人キャンプ」がもぬけの殻
ネオムが縮小する今、開発地が点在していた砂漠からは、都市が消えつつある。
英建築デザイン誌のデジーンは2025年11月、砂漠に整然と並ぶ平屋建ての建物を捉えた衛星画像を掲載した。「ライン」の南に建設された最大の住宅地「ネオム・コミュニティ1」だ。単身者向けの平屋が数百棟規模で並び、中心部には商店やモスク、学校、プールまで備わる。労働力を確保するため、ネオムは砂漠に生活圏を一から築き上げた。
その生活圏が、いま縮小している。ネパール英字紙のカトマンズ・ポストは、ネオムだけで推定8万人のネパール人労働者が雇用されていたと報じた。「ライン」の工事停止に伴い、最大1万人規模の労働者キャンプ3カ所が空になったという。
ネオムの現場近くにある商業地区からは、目に見えて人影が消えている。現地のネパール人でつくる非居住ネパール人協会タブーク支部の会長、ブディ・プラサド・バストラ氏は同紙に対し、「皆、家を建てるためにローンを組んでいた。子どもを良い学校に通わせていた」と語る。
ネオムの建設事業で稼ぐことを前提に、母国で暮らす家族の生活レベルを引き上げていたわけだ。バストラ氏は「彼らは、これからどうなるのかと問うている」と語る。
■「中止した計画は一つもない」
人影のない建設現場の姿が報じられるようになってなお、サウジアラビア側は「中止」という言葉を避けている。
ネオムを傘下に置くサウジアラビアの政府系ファンド、公共投資基金(PIF)のヤシル・アル・ルマイヤン総裁は今年4月、中止されたプロジェクトは一つもないと述べた。セマフォーによると、新たな2026〜2030年戦略のもと、支出の優先順位を見直しているのだと説明している。
だが、実態として契約の解除は、その1カ月前からすでに始まっていた。
中東建設業界専門誌のコンストラクション・ウィーク・オンラインによると、今年3月29日、トロジェナの淡水湖に水を供給する3基のダムをめぐり、イタリアの建設大手ウェビルドとの契約が進捗率約30%の段階で解除された。同契約には、ダムの堤体と一体になったホテル建築「ザ・ボウ」の建設も含まれていた。ネオムは同じ地区で作業していた他の請負業者に対しても、同様に解除を通告した。
人工雪の水源となるはずだったダム建設が契約解除されたことで、実質的にトロジェナは行き詰まった。2029年アジア冬季競技大会の会場となるはずだったが、カトマンズ・ポストによると開催計画は今年1月に無期限延期された。
かつて公式サイトには、野心的なCG画像が掲げられていた。ホテルを含む複合施設が山並みのように連なり、その屋上を複雑に交差した人工ゲレンデが走るプランだった。
今、そのイメージ図は見る影もない。サイトを開けば、まるで計画の困難さを象徴するかのように、荒々しい岩肌の映像が流れるのみだ。
■公式サイトから姿を消した15のホテル
現在サウジは、AIデータセンターの建設など、より確実な計画に軸足を移しつつある。
計画変更について何ら公式な発表のないまま、マグナのウェブサイトでは、密かに記述が書き換えられている。
アラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトによれば、ネオムは公式ウェブサイトを刷新し、マグナのページからは15軒の高級ブティックホテルやリゾートの記述が消えた。
同メディアの取材に対し、ネオムの広報担当者は「ユーザー体験を向上させるための定期的な更新」であり、計画変更を示唆するものではないと主張する。
だが、以前掲載されていた美麗なCGレンダリング画像が現在でも計画に適合していると言えるか、との質問に対しては、回答しなかった。
ネオムの始まりは、2017年10月。ムハンマド皇太子はリヤドの国際投資会議でネオム構想を発表した。当初の説明では、官民合わせて総額5000億米ドル(約77兆5000億円)が投じられる計画だった。
そして冒頭に掲げた衛星画像は、構想の発表から約7年後の開発地を捉えたものだ。王族向けに計画された5棟の宮殿ですら、完成が確認できる建物は1つにとどまる。
■「50年以上の計画」と説明するが…
当初の構想と現実との乖離を、サウジアラビア政府はどう受け止めているのか。
アラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトによると、サウジアラビアのムハンマド・ジャドアーン財務相は2024年、リヤドで開かれた投資会議で、「ネオムは50年以上に及ぶ計画だ。あれほどの規模の都市が5年で完成し、完全に稼働し、しかも利益を生むと信じる者がいるなら、それは『愚か者』だ」と語り、次のように続けた。
「我々は愚か者ではない。我々は賢明な人間である」
今年初頭に開かれた世界経済フォーラム年次総会、いわゆるダボス会議でもジャドアーン財務相は、計画を再調整することに「問題も恥もなければ、面子の問題もない」と開き直った。
たしかに、AIデータセンターやグリーン水素プラントなど、着実に進んでいるプロジェクトもある。アラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトによれば、サウジアラビアの建設活動は2026年6月に同年最速のペースで拡大している。
投資会社カムコ・インベストの集計では、プロジェクト発注額は前年同期比約54%増の300億ドル(約4兆6500億円)に達した。ジャドアーン氏が主張するように本当に50年計画だとすれば、発表から9年近くが経った現在もまだ初期段階と言える。
だが、マグナで海抜36メートルの高さに全長450メートルのインフィニティプールを架け、「ラグーンの観光地の最高峰」となるはずだった「トレヤム」のラグーンにも、残る11の観光地の海岸にも、現時点でホテルは一つとして完成していない。
現在のところ、当初の構想通りに完成したことが確認できる建造物は、王族の宮殿だけだ。国家の経済施策を担うはずだった一連のプロジェクトは、新規建設予算を契約解除の予算が上回るという、奇妙な事態に陥っている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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フリーライター・翻訳者 青葉 やまと

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