Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/99086dda55474557e69097ec8d58be1c4b62c124
来日直後は授業も理解できなかったベトナム出身の少年が大学合格をつかんだ。その陰には、勉強だけではない支えがあった。大阪・生野にあるNPO法人「IKUNO・多文化ふらっと」の学習支援教室には、週4日、小学生から高校生の子どもたちが集まっている。この場所で若者たちは何を得て、何に救われたのか。朝日新聞の玉置太郎記者、大瀧哲彰記者による新刊『ルポ 大阪・生野 人口2割が外国籍の街』から、一部抜粋してお届けする。
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■複数のルーツが交差する場で
私が教室へ取材に通い始めて2カ月ほどたった師走の木曜日、金和永(キム・ファヨン/34)がめずらしく大声で教室全体に向かって呼びかけた。
「みなさん、聞いてくださーい。中学生のころから来てくれていたグエンさんが、こんど大学に合格しました」
部屋中から起きた歓声と拍手を受け、金の隣に座るド・グエン(18)が小さくはにかむ。
金は「教室からのプレゼントです」と言って、記念品のペンを贈った。さらに、グエンと高校3年間ずっとペアを組んできた講師の高悠史(コウ・ユサ/39)が、数枚の文書を手渡した。教室の講師らが毎回、活動の終わりにつけている学習記録をまとめたものだ。教室に保管されているグエンの記録を、高が中学時代までさかのぼって調べ、1カ月ほどかけて作ったという。
グエンは教室全体に向かって、彼らしい落ち着いた声であいさつをした。
「高校に入る前から、ゆささんに面倒をみてもらってきました。大変なこと、たくさんあったけど、ここで先生と一緒に勉強することが、すごく楽しかった。本当に先生のおかげで、私は成長できてきたなって思います。ありがとうございます」
拍手が収まるのを待ってから、高もまた、いつも通りの落ち着いた声で言葉を贈った。
「グエンくんの活動記録を見ていて、過去の先生たちと一緒に、長いことがんばってきたんだなと、よくわかりました。この教室で、グエンくんがどの科目の勉強をがんばるかについて、一緒に考えられたことがとてもよかったです。おめでとう」
傍らの金が「グエンくんはこの教室でもがんばって、夢をかなえることができました。みんなの夢もきっとかなうと思います。がんばってください」と呼びかけ、お祝いの時間を締めくくった。
グエンが故郷のベトナムから生野へ移り住んだのは、その5年ほど前だ。幼いころから学んできた英語は得意だったが、日本語はほとんどわからない。転入した地元の市立中学でも、授業の内容がまったく理解できない。大阪市は、来日したばかりの生徒を集める通級の日本語教室を市内各所の中学に設けており、グエンも授業時間の一部はそこへ通って勉強するようになった。
加えて、中学の校長の勧めで、近所にあるIKUNO・多文化ふらっとの教室にも通い始めた。教室はまだ日本語学習の必要な子どもを受け入れた経験がないころで、グエンが最初の一人になった。
高がまとめたグエンの学習記録を見せてもらうと、教室では主に数学や英語の教科学習に取り組んだという。記録には「数学の公式は理解できるのに、問題文中の日本語でつまってしまった」「中学の実力テストでは得意の英語で校内2位になった」といった言葉がのこっている。
教室で入試対策に取り組み、無事に高校へ進学したグエンは、特に英検の勉強に没頭したという。大学進学の際もずいぶん悩み、教室に来るたび高と話し込んだ。グエンは教室を、こう言い表す。
「ここは私の大好きな場所です。ここでは何でも相談ができる。ゆささんには、勉強をたくさん教えてもらったし、悩みもたくさん聞いてもらいました」
みんなから「ゆささん」と呼ばれている高は、生野で育った在日コリアンの3世。普段はプログラマーとして働く。中学生のころからコンピューターに夢中になり、大学院まで電気工学や情報学を学んだ。
プログラマーのキャリアを重ねる傍らで「何か教育に関わることがしたい」という漠然とした思いがあり、旧知の宋に声をかけられて、2020年から教室で講師を務めるようになった。
初めに担当したのが、当時中学生だった楊小熙(ヤン・ショウシ/17)だ。
小熙は中学1年のとき、中国のハルピンから来日した。冬はマイナス40度にまで達する東北部の大都市だ。両親はその10年ほど前に日本へ渡り、父親が料理人として大阪で働いていた。小熙は両親と離れ、幼いころから祖父母に育てられたという。
「日本に来るとき、おじいさんから『もう私たちはいないんだから、日本へ行ったら、何でも自分でしなさい』って言われました。それまで家事なんて全然やったことなかったけど、日本に来てからはできるだけ自分でしています」
小熙は体格がよくて、一見すると取っつきにくい印象があったが、実際に話してみるととても人懐っこい。学習の休憩中に声をかけると、色々と話をしてくれた。
「最近はごはんも自分で作ってるんです。見てくださいよ」と、自作料理の写真をスマホに映し出す。エビチリ、トマトの卵炒め、豚肉の素揚げ……、盛りつけまで整えた中国料理の皿が何枚も。父親の友人から紹介してもらった高級中華の店でアルバイトをしていて、賄いに出る料理の味を覚えて試すのだという。
「母親は『ごはん作らなくていいわ』って喜んでますよ。父親も家では料理しませんね。料理人って、家ではごはん作りたがらないみたいです」
教室でペアになる講師の高とは、教室の隅っこにある机に並んで座り、じっと話し込む姿が定番だった。
「ゆささんは何でも悩みをきいてくれて、信頼できる人。何か悩むことがあったら、いつもここで話します。ゆささんはたぶん、僕のことで知らないことないですよ」と小熙は笑う。渡日によって激変した暮らしのなかで、学校、アルバイト、家族関係と、いくつもの悩みを高に打ち明けてきたという。
周りがどれほど騒がしくても、二人の周囲には個室にいるかのような静謐な空気がある。
高は小熙の話を聞きながら時折、目の前に置いたノートパソコンのキーボードを、静かにたたく。
「できるだけ彼が話したことをメモしようと思ってやっています。書いたものを一緒に見ながら、どうしていくかを一緒に考えていけたら」という、プログラマーらしい発想だ。
小熙は高3の春、通っている高校を辞めて、別の高校へ編入することを決めた。
「今の高校が自分には合わないなっていう気持ちがずっとあって……」
高には半年ほど前から教室で相談を続け、必要書類の準備も手伝ってもらった。足のケガによる入院や手術もあり、小熙にとっては気持ちの浮き沈みが激しい時期だった。高と向き合う時間は大きな支えになったという。
転校後の5月、足のリハビリも一段落し、小熙は1カ月半ぶりに教室へやって来た。さっそく教室の隅っこに高と並んで座り、今後の学習の進め方を相談する。
「僕、やっぱり英語はがんばりたいですね。勉強ってやり方次第で効率も変わるじゃないですか。自分の勉強のやり方を探さないといけないなって」
小熙の言葉をメモしつつ、高は「それは大賛成です。数学はもともと得意だから、英語が大事だと僕も思います」と相槌を打つ。
「これまでの2年間、バイトにもたくさん入って、なんかめっちゃハードだったんですよね。だから逆に今の生活は、少し楽をしてしまってる感じもして……」
「『がんばれてない』と思っているのは小熙くんだけで、僕はめちゃくちゃがんばってると思う。今くらいのペースでがんばる、っていう新しい生活のリズムに、早く慣れていってくれたらいいと思います」
小熙はいつもの人懐っこい笑みを浮かべ、二人の会話はその後もずっと続いた。教室では午後5時半から9時前まで、前半と後半の90分ずつに分かれて中高生が集まるのだが、高は木曜日の前半に小熙と、後半にグエンとペアを組んできた。二人が教室に来る時刻が前後して学習時間が重なることもよくあり、そんな時は三人で話し込んだ。
小熙が高校へ進学する直前のやり取りを、高はよく覚えているという。小熙が「高校に入って勉強についていけるかなあ」と不安を口にすると、1学年先輩のグエンが「大丈夫だよ」と言って励ましたそうだ。
高は「小熙くんは心配を抱え込んでしまうこともあって、そんな時はよくグエンくんがポジティブな声をかけて、ムードメーカーになってくれました。正直、僕が助けられてもいましたね」と信頼を置く。
二人との関わりのなかで、高自身も「子どもの立場」について考えを巡らせるようになったという。
「本人はきっとこうしたいんやろうなあ、こういうことで困ってるんやろうなあ、という事情に、日常のいろんな場面で思考を向けることが増えましたね」
中国、ベトナム、朝鮮半島と、それぞれに違ったルーツをもつ教室の生徒と講師が互いに影響を与え合う時間は、こうして積み重なっていった。
グエンの大学合格が決まった後、高はグエンから一通の手紙を受け取った。手紙には得意の英語、しかも美しい筆記体で、感謝の言葉がつづられていた。
Through all the change and controversy, you’ve been by my side.
(いろんな変化や問題が起きる間もずっと、あなたはそばにいてくれました)
That is the most thing in the world I would like to give my respect to.
(何より一番、そのことに敬意を表します)
It’s been a wild ride, so while I can still be heard.
(ここまで大変な道のりでした。だから、まだ私の声が届くうちに)
Here’s the last word.
(これが最後の言葉です)
Thank you for everything.
(何もかも、ありがとうございました)
Your student,
(あなたの生徒より)
*書籍『ルポ 大阪・生野 人口2割が外国籍の街』
第1章「IKUNO・多文化ふらっと」から抜粋(年齢は取材時)
【AERA Books MEMO】
『ルポ 大阪・生野 人口2割が外国籍の街』(玉置太郎、大瀧哲彰)
住民の2割超が外国籍(都市部の市区町村で最多)の大阪市生野区。戦前から在日コリアンが多く住み、近年はベトナム、ネパール、中国など約80カ国の人々が暮らす。ヘイトや差別が飛び交う日本で、生野の人々はそれをどう乗り越えているのか。市民・行政が街をあげて共生に取り組む生野の現場を長期取材したルポルタージュ。

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