2026年10月1日木曜日

なぜ今、アジア大会が開かれるのかー愛知・名古屋大会の開会式で感じた「平穏・平和」の尊さ

 Source:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/3c4f44c118963178e8813d717237ec874be31da5

ノンフィクション作家(日本大学客員教授)
聖火台に点火する室伏広治さん(右)と父の重信さん(左)(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 ここで、ひとつに、なる。アジアのスポーツの祭典、第20回愛知・名古屋アジア競技大会(アジア大会)が19日、幕を開けた。その開会式をみて感じたのは、スローガンの『IMAGINE ONE ASIA ここで、ひとつに。』の想いと、『平穏・平和』の尊さである。

 夕闇迫る名古屋瑞穂公園陸上競技場(パロマ瑞穂スタジアム)。午後6時過ぎ、暑さは少し和らいだとはいえ、気温が28度、湿度72%の蒸し暑さだった。寂しいかな、3万人収容のスタンドには空席が目立つ。天皇、皇后両陛下と秋篠宮ご夫妻も揃ってご出席された。カウントダウンで、式典がスタート。会場から大歓声が上がった。

 式のコンセプトは「HEART BEAT Aichi―Nagoya」。フィールドのハート形のステージでは、華やかな光と音のパフォーマンスがつづく。入場行進では、アジア・オリンピック評議会(OCA)の加盟の全45か国・地域と難民選手団の選手たちが各国のアルファベット順に入場した。

 ◆イランも北朝鮮も韓国もネパールも難民選手団も、笑顔で行進

 米国、イスラエルと戦闘状態にあるイランは白いウエア姿で、女性は白色ビジャブ(スカーフ)を羽織って行進した。みんな笑顔、歩きながらマートフォンで動画や画像を撮る様子もみられた。白色は平和の象徴。

 そういえば、イランのサッカー代表を率いるホセイン・アブディ監督は開幕前、アラブ首長国連邦(UAE)に快勝した後、「試合を楽しめた」と言っていた。先の米国などで開催されたサッカーワールドカップ(W杯)では理不尽な対応をされたからだろう、「日本のおもてなしはいい。アジアのみんなが集まって、平和に試合ができてよかった」とも。

 アジアは外交的に難しい地域である。とくに東アジアは。でも、スポーツを通じで関係改善はできまいか。近年対立する朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)は8番目、韓国は16番目にそれぞれ入場した。北朝鮮選手団は白のジャケットに青いズボンとスカート姿で、国旗の小旗を振りながら笑顔で入場行進した。こちらもリラックスした感じで、スマートフォンで撮影する姿が見られた。

 白いウエア姿の韓国選手団が笑顔で入場すると、観客席からひときわ大きな歓声が沸き起こった。

 8月に大規模な土石流で甚大な被害を受けたネパールの選手団はそろいの黒いジャケットで入場、スタンドから声援が送られた。平穏の尊さ、スポーツができる尊さを感じているだろう。

 「OCA Refugee Team」。ハート形の白色のプラカードには、そう黒色で記されていた。

 開催国の日本選手団の直前に入場行進したのは、黒色のジャケット姿の難民選手団だ。先頭の旗はOCA旗で、白地にオレンジ色の「Full Sun」、完全なる太陽を意味する。同選手団はテコンドーに出場する男女2人で編成され、ともにシリア出身でヨルダンの難民キャンプに滞在しているそうだ。

 ◆最後は開催国・日本選手団。藤波旗手「、一生忘れられない思い出になる」

 最後の46番目は日本選手団。選手ほか監督、コーチらスタッフを含め、史上最多の1430人が大会に参加する。日本オリンピック委員会(JOC)によると、うち284 名が鮮やかな赤色のウエアと黒色のトレーニングパンツ姿で行進した。旗手は、レスリング女子の藤波朱理選手(レスター)と、自転車の中村輪夢(りむ)選手(ウイングアーク1st)のふたり。

 藤波選手は、JOCを通じてコメントをこう、寄せた。「待ちに待った愛知・名古屋アジア大会がいよいよ始まったんだなという実感が湧きました。開会式は演出もすごく、中村輪夢さんと一緒に参加できたことは、本当に一生に一度の経験だと思います。大変な部分もありましたが、中村さんとお話ししながら参加することができ、とても楽しかったですし、一生忘れられない思い出になりました」

 

 ◆こころ震えた室伏親子による聖火台点火

 ステージでは、45の国・地域と難民選手団、その旗が並び、風で重なり合う。その前で、大会組織委員会会長の大村秀章知事は「スポーツの力でアジアを一つにまとめ、連携と平和の象徴となる大会にしたい」とあいさつした。また、天皇陛下が厳かに開会を宣言された。

 アジア大会は戦後のアジアの友好と平和をめざし、1951年にインド・ニューデリーで第1回大会が開催された。日本では、戦後復興の証しとして1958年に東京で第3回大会が、1994年に被爆地の広島で第12回大会が、それぞれ開かれた。

 その東京と広島、そして32年ぶりの日本開催となる愛知・名古屋の3都市で採火された火を統合した聖火が市民ら約1000人でつながれ、スタジアムに入ってきた。トップバッターは藤波選手、さらに競泳の北島康介さんらの五輪金メダリストでつなぎ、最後はハンマー投げの、2004年アテネ五輪金メダルで地元中京大卒の室伏広治さんと、“アジアの鉄人”室伏重信さんの親子が聖火台に一緒に点火した。大きなどよめきと拍手が会場に沸き起こる。広治さんが51歳、重信さんは80歳。ふたりとも取材させていただいたことがあるからだろうか、こころが震えた。

 アジア大会が今、開催されるのは、国際平和、何よりアジアの平和があればこそだろう。歴史の縦軸と、アジアという地域の横軸が重なり合う。アジア大会の理念は、『Ever Onward(限りなき前進)』。

 さあ、45の国と地域と難民選手団の選手たちが、スポーツを通じた交流を始める。平和のありがたさを確認し、ひとつになる、ために。つながれ、アジア。ひろがれ、平穏・平和なのだった。

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