Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/f600153217143108b7dd8fa18e7d7e46464ba806
言わずと知れた日本一の山・富士山。これまで登山者は任意の「富士山保全協力金」を求められていましたが、近い将来、支払い義務のある「入山料」に変更する方針が富士山世界文化遺産協議会(山梨県・静岡県)で決まりました。 この決定の背景や意義を、富士山で登山ガイド業を営み、環境教育・調査にも携わるエコツアーガイドの馬場龍一さんが解説します。 2020年は新型コロナウイルスの影響で、史上初めて夏の登山シーズンに閉山となった富士山。今年は2年ぶりに、至る所でコロナ対策が講じられながらも、無事開山されました。 富士登山の様子を写真でみる
たとえば5合目までのシャトルバス乗車時や登山道入り口では消毒と検温・体調チェックを徹底。 各山小屋では、受け入れ人数を通常の半分程度にし、宿泊者の間隔を広く確保することや、仕切り・空気清浄機の設置などを行っていました。 また、マスクの常時着用は必須ではないものの、トイレなど屋内の公共施設利用時や登山道でのすれ違い時などは利用が求められました。 私自身、登山ガイドとして何度もウィズコロナ富士登山を経験しましたが、例年との一番の違いは、やはり「混雑具合」でした。
■登山者数は「過去最低」 2021年の開山期間(7月初旬~9月10日)登山者数は約7万9千人(環境省関東地方環境事務所の発表)。この数字は、コロナ前の2019年の約23万6千人に比べると、およそ7割減となり、調査が始まって以来過去最低の数字となりました。 これは、富士山を登りに来る外国からの登山者が減ったことや、団体ツアーの開催自粛、新型コロナウイルスへの感染リスクを考慮して登山を見合わせた方(7/12~9/30は東京都に緊急事態宣言)などが多かったことが原因だと思われます。
従来のシーズン中の富士山といえば、山頂でご来光を拝もうとする人たちの登山道の渋滞、トイレの大行列など、週末やお盆休みなどを中心に混雑が起こります。登山というよりは、有名な寺社仏閣での大みそかの初詣のような状態…。 富士山はかねて登山者数が多く、過剰利用が世界遺産を管轄するユネスコの諮問機関からも指摘を受けているところ。例年に比べると「ガラガラ」と言える富士山に今年登られた方は、快適な登山を楽しめたという方も多かったのではないでしょうか。
コロナ禍は図らずも富士山の混雑を解消することになり、関係者のみならず、一般の登山者の方にも、富士山の「あるべき姿」について考えるきっかけとなったように思います。 ■富士山の「適正キャパ」問題 富士山の登山者数が「何人なら適正か」を測るのは難しいですが、そのヒントとなる報告書があります。 2018年に山梨県と静岡県、政府が作成しユネスコに提出した富士山の保全に関する報告書によると、登山者同士が接触して転倒する危険性が高まる「著しい混雑」が発生する目安となる登山者数は、最も登山者数の多い吉田口登山道で1日当たり4000人としています。そして、この4000人を超える日数を3日以下とする目標も掲げられています。ただ、2019年は4000人を超える日が6日あり、この目標を達成できていませんでした。
今後コロナが収束にむかえば、富士山の登山者数も再び増加すると思われ、またコロナ前の状況に戻りかねません。 こうした中、混雑解消の一手となるかもしれない新たな方針が、この3月に発表されました。それが、かねて議論されてきた、富士山の入山料の義務化です。 現在の富士山では、シーズン中の登山者に向け、富士山保全協力金(以下協力金)の徴収を呼び掛けています。これは、静岡・山梨県の各登山道の入り口に徴収員が立ち、5合目より上に登る登山者に1人あたり基本1,000円を協力金として任意で支払ってもらうようお願いするものです(ネット、コンビニ支払いも可)。
集まったお金は、5合目より上の登山道の安全対策や、救護所の運営費用、富士山の登山意識向上に関わる普及啓発事業など、富士山の登山者の安全やマナー向上の取り組みに活用されています。 今年の協力金徴収は、コロナ対策の検温・体調チェックとワンストップで行われる、異例の対応となりました。協力金を支払った方には、静岡県側は缶バッチ、富士吉田口では木製の協力者証が贈呈されます。バッジは毎年図柄が変わるので、毎年登って集めるのも楽しみのひとつですね。
ただ、今年の吉田口における協力金の徴収率は65.2%で、3人に1人は「協力」を拒否していることになります(2019年は同67.2%)。 そんな任意での協力金が、今後入山料として義務化されることが、富士山世界文化遺産協議会(静岡県・山梨県)で決定されました。導入時期・徴収方法などは未定ですが、この制度に移行すると、一定の区域(5合目~山頂登山道)に入山する登山者から、入山料と手数料を合わせた金額をもれなく徴収するようになります。
■「無謀な登山者」が減る? これまでの協力金はあくまでも個人の善意で頂くものであり、払う人と払わない人の不公平感があったので、それを解消することができると同時に、その金額設定によっては、登山者数を抑制する効果が期待されています。 分かりやすく言えば、入山料を高額に設定すれば、富士山に無計画、装備不足でふらっとやって来る無謀な登山者が減り、相応の装備やマナーを身につけた「意識の高い」登山者が増えるのではないか、と予想されているということです。
入山料の文化は、日本ではまだ馴染みがありませんが、海外の高峰の山岳地域や国立公園では古くから制度化されている地域が多くあります。例えば世界最高峰のエベレストでは、ネパール側からの入山に際しては1万USドル(約110万円)の入山料と、現地の民族シェルパを雇うことが義務付けられています。山岳利用に対する料金と、地元への経済還元が明確化されています。 また、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロでは、国立公園の保全費が1日70USドル(約7700円)、救助費(救助が必要かどうかにかかわらず必須)、や同行必須の現地ガイド雇用費などがかかります。このほかにも世界に名だたる名峰への登山には、国立公園の入園料や入山料の支払いを義務化している地域が多くあります。
もちろんこれらの例は、登山の難易度や必要日数、国ごとに国立公園の制度の違いがあるため、富士山と単純に比較することはできませんが、自然豊かな場所に入るために、然るべき金額を払って入るという文化が、海外の特定の地域では浸透していることは間違いないでしょう。 私は、自身のツアーで富士山をご案内するお客さまには、語弊を恐れず「協力金は富士山への入場料のようなものです」と、お伝えしてご協力を仰いでいます。
例えばディズニーランドのようなテーマパークに入場する料金には、運営にかかわる人の人件費、運営に関わる電気代に加えて、アトラクションの保守点検や整備などに関わる経費が含まれていますよね。 その場で受けるサービス代のほかに、その場所で安全かつ満足に楽しめる環境を保つために必要な維持費を払っているということになりますが、この支払う対象が山という自然になると、なかなか一般には理解が得にくいのが現状のように感じています。
今回の義務化にあたり、現状の協力金と同額の1,000円から始められるとすると、規制の効果は希薄でしょう。金額もそうですが、週末の混雑時と平日で料金を変えるなど、富士山の保全・登山者の安全に資する料金設定を今後模索していく必要があると思います。 安易に海外の事例を参考にして高額な設定にすることは、富士山を取り巻く特殊な社会的な状況や、これまでの富士登山の歴史を考えると簡単ではないでしょう。 金額を適正利用に直接結び付けるというのではなく、登山者のマナーや安全に対する意識を向上するための普及啓発の取り組みにも力を入れ、富士登山に訪れる登山者の質を向上させることで、富士山の環境や、登山の安全性を担保することも重要であると感じます。
■登山者を「分散させる」方法 混雑緩和には安易な規制だけではなく、利用箇所の分散も有効です。 公共交通機関と連係し、各登山口の駐車場を結ぶ路線バスを運行すれば、マイカーで登山口まで訪れる人たちが、登りと下りを別ルートで楽しめるようになりますよね。 例えば、静岡側から登って、山梨側に降りる。下山先からバスに乗って、マイカーを止めた静岡側の駐車場に戻って帰れるといった形ができれば、登山道の利用率分散につながると同時に、登山者の周遊性も向上し、富士登山の楽しみ方も広がるのではないでしょうか。
そのほかにも、登山道以外の5合目より下のトレッキングコースを利用し、富士登山とは違った富士山の魅力を味わう楽しみ方も沢山あります。こういったコースの利用率向上には、我々ガイドが一層がんばっていかなくてはと感じています。 長々と語ってきましたが、富士山の入山料の金額は、義務化後も議論が続けられていくと思います。読者のみなさまにも様々なご意見があり、徴収には反対という人もいるかと思います。今回の義務化にあたり、みなさまはいくらまでなら支払えると感じられますか?
馬場 龍一 :エコツアーガイド
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