Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/c57b28b2b4e553933b617f6f7ea34b74bd42a7ea
10月31日、衆院選の投開票が行われた。この投開票よりも数日前、千葉県・成田空港近くのホテルに、世界の約90カ国から200人ほどの外交官が集まってきた。彼らは、在外投票のクーリエ(外交伝書使)。世界の在外公館で記入された衆院選の投票用紙を持って集まった人々だった。 海外に居住する場合、近くの在外公館に在留届を出すと、その3カ月後には在外選挙人証を申請できる。在外選挙人証を持っていれば、衆院選の場合、日本で最後に住んでいた場所か本籍地の選挙区と比例区に対し、それぞれ投票できるようになる。 外交官は、投票された用紙をパウチと呼ばれる外交行囊に入れて、日本に持参する。パウチはオレンジ色をした布製の袋で、「diplomatic pouch」といった表示がしてある。ウィーン条約に基づき、パウチはX線検査や開封を免除される特権がある。日本を含めた各国は通常、暗号通信を解読するためのキー(鍵)や、絶対の秘匿が求められる極秘文書などを入れて運ぶ。北朝鮮の場合、外交官がサイドビジネスのため、覚醒剤などのよからぬ品々も入れていたといううわさも聞く。 有権者による投票行動も、絶対に保護されるべき対象なので、パウチに入れて持ち運ぶ。ずっと昔、ある在外公館でパウチに入れる前の段階で、集めた投票用紙が紛失する事件が起きた。外務省は投票した有権者や選挙を管轄する総務省に平謝りしたそうだ。クーリエは基本的に2人1組で、肌身離さずに持ち歩く。昔、知り合いの外交官に「肌身離さず」の意味を聞くと、「航空機の機内預けなんてとんでもない。ずっと抱きかかえるということはなくても、基本的に前の座席の下に入れて、常に目を光らせてます。自分が金属探知機を通る場合などは、相方の外交官にパウチを預けて、絶対に他人には任せません」と話していた。
いつもの世なら、クーリエたちは成田や羽田の空港に到着すると、一瀉千里に霞が関の外務省を目指す。「トイレも食事も後回し、本省に直行せよ」と厳命されているからだ。投票用紙の入ったパウチを領事局在外選挙室に運び込めば、そこでお役御免になる。
コロナ禍での特別対応に追われるノンキャリア外交官たち
ところが、今回は新型コロナウイルスの問題があった。日本への帰国者は14日間の隔離が求められている。でも、それを待っていたら、投開票に間に合わない。外務省は厚生労働省と協議の末、バブル方式で、クーリエたちを成田空港近くのホテルに集めて隔離しながら、作業を行うことにした。クーリエたちは帰国すると、外務省が手配した車に乗せられてホテルに直行。そこで在外選挙室の職員にパウチを渡し、中身の投票用紙に漏れがないか確認する作業を行ったという。職員たちが2泊3日のホテル滞在中、唯一許された外出は、任地に戻るために必要なPCR検査を受けるときだけだったという。クーリエたちはホテルにある小さな売店やレストランを利用できたが、それ以外は自室で本を読んだり、事務作業をしたりして過ごしたそうだ。 ただ、ホテルでのプチ滞在すら許されなかったクーリエもいたという。日本は現在、インドやネパール、パキスタンなど22カ国・地域を「新型コロナウイルス変異株流行国・地域」に指定している。この22カ国・地域からの帰国者はまず、検疫所長の指定する場所で3日間の待機を求められる。このため、該当するクーリエは、成田空港近くのホテルには向かえず、指定された待機場所に向かう途中でパウチを在外選挙室員に渡す作業を強いられたとう。 また、任地に戻るクーリエのなかには、たまたま当該国に強制送還されることになった人の隣に座らされ、「監視役」を命じられた人もいたという。中南米地域などからのクーリエは片道、ほぼ丸一日かけての移動だから、弾丸ツアーさながらで苦労もひとしおだっただろう。日本の国政選挙ではまだ、電子投票が導入されていないので、当面の間、このクーリエによる投票用紙の運搬というお仕事は続くことになる。 外交官というと、映画や小説の世界では、華麗な外交交渉を行ったり、パーティーで他国の外交官と社交を繰り広げたりという場面によく出くわすが、こうした地味な仕事を黙々とこなしている人も大勢いる。その大半がノンキャリアと呼ばれる、本省では幹部に登用される機会が限られた外交官たちだ。「投票用紙の運搬」というお仕事は、投票の秘密を守り、民主主義を支えるという大切な意味を持っている。バカ高いワインを飲んで、社交辞令を繰り返すだけの外交よりも、よっぽど国に貢献しているというものだ。
牧野 愛博
0 件のコメント:
コメントを投稿