2019年12月12日木曜日

留学生に違法就労を強いる30万人計画の無責任

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191212-00031381-president-soci&p=2
12/12(木) 、ヤフーニュースより
政府は全国の日本語学校約750校に対し、在籍する留学生に一定レベルの語学力を身につけさせるよう定めた。だがその基準は低く、「悪質校」が減る見込みは薄い。日本語教育に関わる専門家たちは、なぜこうした状況を黙認しているのか。ジャーナリストの出井康博氏が解説する――。

【写真】全世代型社会保障検討会議で発言する安倍晋三首相(右から2人目)=2019年11月26日、首相官邸

■産廃処理業者が日本語学校を運営していた

 11月、北海道旭川市の「旭川日本語学校」経営者らが、留学生を違法就労させたとして入管難民法違反(不法就労助長)容疑で逮捕された。経営者は同校を運営するタクシー会社の会長で、自らが他に経営していた産業廃棄物処理場などにおいて、留学生を「週28時間以内」の就労制限を超えて働かせていた。

 なぜ「旭川」のような地方の町に日本語学校があって、「産廃処理場」の経営者が学校運営に乗り出しているのか。また、勉強目的に来日しているはずの留学生たちが、なぜ違法に長時間働いているのか――。そんな疑問を抱く読者も少なくないだろう。だが、この事件には、近年急増した留学生と日本語学校のゆがんだ関係が象徴されている。

 法務省出入国在留管理庁によれば、留学生の数は2018年末で33万7000人を数え、12年末からの6年間で16万人近く増えた。政府が08年に「留学生30万人計画」を策定し、留学生を増やそうと努めてきた結果である。その過程で留学ビザの発給基準が緩み、出稼ぎ目的の留学生たちがアジアの新興国から大量に流入した。

 違法就労をしていた旭川日本語学校の留学生はベトナム人で、同校は他にもネパールやウズベキスタンなどの出身者を受け入れていたという。いずれも出稼ぎ目的の留学生の送り出しが多い国ばかりだ。
■「30万人計画」の裏テーマは労働者の供給

現在、日本は未曾有(みぞう)の人手不足に直面している。とりわけ日本人が嫌がる職種で外国人頼みが著しい。そうした職種に「留学生」という労働者を供給することが、「30万人計画」の“裏テーマ”になっているのだ。 留学生の受け入れ先となる日本語学校も過去10年で約2倍に増え、全国で約750校を数えるまでになった。人手不足に直面する業界の関係者や人材派遣業者などが経営する学校も少なくない。その動きは都市部から地方へと広がり、過疎地では廃校になった小学校などを転用するようなケースも増えている。留学生から学費を吸い上げつつ、労働力として利用しようとしてのことだ。

 今回のような日本語学校の不祥事が起きると、新聞など大手メディアは「一部の日本語学校」に問題があるとのスタンスで報じる。では、「一部」とは具体的にどの程度の割合なのか。その問題に関し、筆者は今年4月、本サイトで拙著『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)の一部抜粋記事「8割以上の日本語学校は“偽装留学生”頼み)を発表した。

 多くの日本語学校で、出稼ぎ目的の“偽装留学生”が受け入れられている疑いについて、現在は一橋大学で特別研究員を務める井上徹氏の論文「日本語教育の危機とその構造:「1990年体制」の枠組みの中で)を基に分析した記事だ。

ちなみに“偽装留学生”という表現に関し、筆者は「留学ビザ取得に必要な経済力を示すための書類を捏造(ねつぞう)し、留学費用を借金に頼り、出稼ぎ目的で来日する外国人」と定義している。彼らは来日後、借金返済と学費の支払いのため、「週28時間以内」を超えて働くしかない状況に追い込まれる。

■「不正確な情報でもっともらしく書かれた」と批判

 本サイトに一部抜粋記事が載ると、翌5月に日本語教育分野の著名な研究者から「note」という投稿サイトで批判があった。(日本語学校の質保証とCEFRのA2について(1))私の記事が〈不正確な情報を引用して、もっともらしく書かれた「うそではない記事」〉だというのである。

 著者の神吉宇一・武蔵野大学准教授は、日本語教育に携わる研究者でつくる公益社団法人「日本語教育学会」副会長だ。6月に「日本語教育推進法」が国会で成立した際には、早期成立を求めて署名活動に尽力し、自民党から共産党まで超党派の国会議員が加わった「日本語教育推進議員連盟」にも成立を働きかけていた。

 神吉氏は拙稿によって〈誤解と偏見に満ちた世論が作られていく〉とも述べる。学会の権威である神吉氏からの批判は重いが、その根拠は「note」記事では触れられていない。万が一、私の取材や認識に誤りがあるなら、率直に認めて改めなければならない。私は連載「『人手不足』と外国人」を執筆している新潮社のネットメディア「フォーサイト」編集部を通じ、神吉氏に取材を申し込んだ。
 申請文と一緒に送った質問に対し、神吉氏から文書で回答があった。ただし、回答はごく一部しか「フォーサイト」では使うことができなかった。回答の引用に際し、神吉氏は前後の文脈までの確認を求めたが、筆者が応じなかったからだ。コメント自体の確認は可能だが、文脈までは取材先に提供できない。それはジャーナリズムの原則である。

 神吉氏は他媒体を通じた私の取材も受けないという。従って本稿では、「フォーサイト」へ送られた回答を含めコメントは使えない。

■日本語教育の研究者が異例の“内部告発”

 神吉氏の指摘した〈不正確な情報〉が、井上氏の論文を指すことは誰でも分かる。“偽装留学生”で成り立つ日本語学校がどれほどの割合なのかという問題は、日本語学校全体の実態を知るうえで重要なポイントである。その点に関し、井上論文は貴重な示唆を与えてくれる。日本語教育分野の研究者から、日本語学校の現状について批判的な見解が示されること自体が異例で、まさに画期的な調査と言える。

 筆者は、井上氏と神吉氏という2人の研究者の論点を記事として公開しようと考えていた。見解の異なる両氏の議論を目にすれば、日本語学校の置かれた実態がよりリアルに読者に伝わったことだろう。しかし、神吉氏に取材に応じていただけなかったので、残念ながら記事上での議論は成立しない。

 実は、神吉氏が「note」記事のタイトルでも使った「CEFRのA2」という語学力の基準は最近、日本語学校関係者の間で話題となっている。政府が日本語学校の「質」を測るための基準として導入したからだ。

 「教育機関」とは呼べないような日本語学校が増えていることは、行政も十分に認識している。日本語学校を監督する立場にある入管庁は今年8月、学校運営への監視強化の方針を打ち出した。在籍する留学生の授業への出席率、また卒業生が身につけた日本語能力などが不十分な場合、日本語学校は留学生の受け入れが認められなくなる。そして語学力の基準として導入されたのが「CEFRのA2」なのである。

■文科省が決めた「CEFRのA2」とはなにか

 「CEFR」とは「Common European Framework of Reference for Languages」の略で、「ヨーロッパ言語共通参照枠」と訳される。日本ではなじみのない基準だ。その「CEFR」で「A2」レベル以上の卒業生が、専門学校や大学に進学、もしくは就職した者と合わせて7割以上となるよう日本語学校は求められる。

 この方針に関し、大手紙の多くは<日本語学校を厳格化 9月から新基準 悪質校を排除>(2019年8月1日 日本経済新聞電子版)といった具合に、〈厳格化〉という言葉を使って報じた。しかし中身を分析すると、〈厳格化〉など見せかけにすぎないことが分かる。

 「CEFRのA2」という基準からしてそうだ。その判定は6つの外部試験によってなされ、最も一般的な「日本語能力試験」の場合、「N4」合格が「CEFRのA2」に相当する。
日本語学校への入学には、日本語能力試験で初歩レベルの「N5」が条件となる。その1つ上のレベルが「N4」で、決して高度な語学力ではない。外国人の初心者で「300時間」の学習が到達の目安とされている。一方、留学生は通常、日本語学校に1年半から2年にわたって在籍し、1年間に「760時間」以上の授業を受ける。つまり、半年以下の授業で到達可能な「N4」が、日本語学校の「質」を判断する基準となったわけだ。これで行政のお墨付きが得られるなら、真面目に教育に取り組んでいる日本語学校までも、逆に「悪質校」と混同されかねない。

■日本語能力検定があるのになぜCEFRも必要なのか

 専門学校や大学の授業を理解するのは、最低でも「N4」より2ランク上の「N2」が必要とされる。また、「経済連携協定」(EPA)でベトナムから受け入れられる介護士や看護師の場合、1年間に及ぶ現地での語学研修で「N3」を取得しなければ来日が認められていない。「CEFRのA2」という基準の甘さが分かってもらえるだろう。

 付け加えれば、現在でも日本語学校の卒業生は全体で4人に3人が進学している。学費さえ払えば日本語能力を問わず入学できる学校が、全国各地で増えている影響だ。従って進学者の数も、日本語学校の「質」を判断する材料にはなり得ない。

 それにしても、なぜ「CEFR」だったのか。いきなり欧州の基準など持ち出さなくても、「N4」相当以上としても何ら問題ない。にもかかわらず、あえて「N4」を避けたのは、〈厳格化〉の中身のなさを覆い隠したかったからではないかと勘繰ってしまう。

 「CEFRのA2」の導入は、文部科学省の有識者会議を経て決まった。会議の5人のメンバーは、日本語学校経営者と日本語教育を専門とする大学名誉教授が2人ずつ、残りの1人が文科省傘下の独立行政法人「日本学生支援機構」(JASSO)の幹部という構成だった。皆、日本語学校の「身内」と呼べる存在で、かつ「留学生30万人計画」の現状肯定派ばかりだ。そもそも文科省自体が、同計画の旗振り役なのである。

 そして神吉氏も前述「note」で「CEFRのA2」に言及し、〈トータルとしてその教育機関の評価を行うのであれば、A2レベルにとどめておくしかないのではないか〉と評価している。

■「留学」を隠れみのに働くしかない状況に追い込んでいる

 日本語学校とは本来、さまざまな目的を持った外国人の受け入れ先となるべき存在だ。日本での進学や就職を目指していない外国人も受け入れ対象となる。海外の語学学校に留学する日本人にも、遊学目的の人がいるのと同じである。そう考えれば、日本語学校の運営基準に卒業生の日本語能力や進学率などを課すこと自体おかしい。それなのに、わざわざ低レベルの基準を導入して〈厳格化〉をアピールするのは、単に「アリバイ作り」が目的だとしか思えない。
 筆者は何も日本語学校が“偽装留学生”問題の元凶だと言いたいわけではない。日本語学校は単に「30万人計画」という国策に便乗している存在にすぎない。「悪質校」が増えているとすれば、同計画で大量に流入した“偽装留学生”の受け入れ先が必要だからなのだ。

 問題を根本から解決するためには、政府が同計画の旗を降ろすしかない。底辺労働者が必要なのであれば、正直にそう宣言し、「留学生」とは別の方法で受け入れればよい。途上国の若者を借金漬けで「留学」させ、違法就労するしかない状況に追い込み、しかも学費まで吸い上げるというシステムはあまりにエグい。

■教育界の研究者はなぜ声を上げないのか

 一方、「30万人計画」や日本語学校の内情は、日本語教育や留学生政策に関わる研究者たちは熟知している。それなのになぜ、彼らが現状を正すべくもっと声を上げないのか。そのことが筆者には不思議でならない。「学問の自由」を発揮してこそのアカデミズムなのである。

 今年に入って以降、留学生の増加には歯止めがかかっている。一部のアジア新興国出身者に対し、入管当局が留学ビザ審査を厳しくした影響だ。過去数年間のような“偽装留学生”の急増こそ、今後は起きないかもしれない。

 とはいえ、形ばかりの日本語学校〈厳格化〉という方針ひとつ取っても、政府の本気度は疑わざるを得ない。冒頭で紹介したような日本語学校の不祥事にしろ、いつ再び問題となっても不思議ではない。それは何より、日本語学校業界や日本語教育分野にとって不幸なことである。



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出井 康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)近著に『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)がある。
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ジャーナリスト 出井 康博

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