Source:https://news.yahoo.co.jp/byline/mikiyanakatsuka/20211028-00265351
中塚幹也岡山大学教授 産婦人科医 GID(性同一性障害)学会理事長 アメリカ国務省は10月27日,LGBTQなど多様な性の認識を持つ人が,「男性」「女性」以外の性別を選べるパスポートを初めて発行したと発表した.性別欄に「X」と記載されたパスポートを見せて喜ぶダナ・ジムさんの姿が報道されている.
ダナ・ジムさんはアメリカ・コロラド州の住民で「自身は男性とも女性とも自認していない」として,パスポートの申請書類への性別の記入を拒否,このためパスポートの発行許可が出なかったとして,2015年10月,州政府を訴えた.ジム氏は性分化疾患(性の特徴が非定型的)のため出生時には性別の判定を行っておらず,出生証明書には性別が記載されていないとされる.このため,いくつかの国が導入しているような「男女の性別を選ばなくてもパスポートを発行する制度の導入」を訴えていた.
今回の性別欄「X」のパスポートの発行は性分化疾患の人々のみではなく,Xジェンダー(性自認(心の性)が「男性」「女性」の枠組みにあてはまらない),クエスチョニング(性自認を決められない,わからない),ノンバイナリー(性自認・性別表現が「男性」「女性」の枠組みにあてはまらない)など,「男性」「女性」の二択の社会の中で息苦しさを感じるLGBTQ(性的マイノリティ)の人々にとっても朗報である.このように性別の多様性を取り入れたジェンダー・インクルーシブなパスポートは,カナダ,ドイツ,デンマーク,アイスランド,オーストラリア,ニュージーランド,ネパールなどでも採用されている.
一方で,注意しなければならないこともある.性分化疾患の人々の多くは,自身の性自認は「男性」あるいは「女性」と感じており,「男性とも女性とも自認していない」人が多いわけではない.このため,「X」を選ぶ性分化疾患の人は一部であることも知っておく必要がある.身体の性(社会に割り当てられた性)と性自認とが一致しないトランスジェンダーの人々の多くも,性自認は「男性」あるいは「女性」である.また,Xジェンダーの人々の中にも「FTX」「MTX」と呼ばれ,性自認は揺れるものの「男性」あるいは「女性」の枠組みで扱われることを望む人も存在する.当然ながら,「X」の性別欄を選ぶかどうかは本人の意向が尊重される.性別はこのように多様であり,本来,医師や法律家が単純に決定できるものではない.
2017年,カナダのブリティッシュコロンビア州は,前年に出生したシアリル・アトリ・ドーティちゃんに,性別欄を「U」とした健康カードを発行した.「U」は「Unspecified(特定しない)」,または「Unknown(不明)」を意味すると考えられる.親であり,自身をノンバイナリーと感じるドーティさんが,子どもの性別記載の廃止を求めた理由は,自身の体験にあったとされる.「私が生まれた時は医師が性器を見て私が誰であるかを推定した.その推定は生涯を通じて私に付きまとった」「その推定は間違っていたので,以来,私は多大な修正を行わなければならなかった」とインタビューで語っている(参考1).
トランプ政権は,「性別を男女に限定し,生まれた時の生殖器によって規定する」との定義づけを提案し,トランスジェンダーの人々を排除しようともとれる動きを見せていた.これに対して,現在のバイデン政権は,LGBTQに対する差別撤廃を目指して,政策の変更を相次いで打ち出している.
アメリカの国務省は2021年6月30日,国民がパスポートを申請する際の手続きを変更し,申請者が性別を自分で選ぶことができるようにすると発表した(参考2).今後は,申請者が選んだ性別が身分証明書に記載された性別と一致しない場合でも,医療証明書の提示は求めないとしている.これによりトランスジェンダーの人々がパスポートに記載する性別を変更することが容易になる.
パスポートの性別欄の問題は,トイレ問題とも似ている.どのような性別の人も使用できる「オールジェンダー・トイレ」(「レインボー・トイレ」「誰でもトイレ」とも呼ばれる)を作ることは性の多様性の理解を進める第一歩ではある.しかし,これでトランスジェンダー,Xジェンダーの人々の問題が解決するわけではない.トランスジェンダーの人々を「オールジェンダー・トイレ」に閉じ込めてしまっては元も子もない.自身の性自認に沿った性別で,トイレを使用できるような仕組みがあることが重要である.
LGBTQの人々が,男女二択ではない,自身が望む性別を忖度なく選択できるためには社会の多くの人々が性の多様性を認める必要がある.国や自治体には,それを実現できるような政策を推進することが求められている.
【参考1】CNN:赤ちゃんの健康カード、性別明記せず発行 カナダ(2017年7月5日).https://www.cnn.co.jp/world/35103780.html(2021年10月28日現在)
【参考2】CNN:パスポートの性別変更が容易に 米国務省、LGBTQインクルーシブ政策発表.(2021年7月1日)https://www.cnn.co.jp/usa/35173238-2.html(2021年10月28日現在)
岡山大学教授 産婦人科医 GID(性同一性障害)学会理事長 産婦人科医(岡山大学病院不妊・不育外来,ジェンダークリニックで診療).岡山大学大学院保健学研究科・生殖補助医療技術教育研究(ART)センター教授(助産師,胚培養士(エンブリオロジスト)等の養成・リカレント教育).GID(性同一性障害)学会理事長(LGBTQ+,特に「性同一性障害・トランスジェンダー」の医学的・社会的課題の解決に向けて活動).岡山県不妊専門相談センター,おかやま妊娠・出産サポートセンターセンター長.妊娠中からの切れ目ない虐待防止「岡山モデル」の創始,LGBTQ+支援,思春期~妊娠・出産~子育てまでリプロダクションに関する研究・教育・実践活動中.インスタ #研究科長のひとりごと
0 件のコメント:
コメントを投稿