Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/f814ebb582fee8f5d7d82a0743b917b7f3e8cb5c
新型コロナウイルスに対応したワクチンの関連で、中国が2つの動きを見せている。 1つは、「ワクチン外交」である。習近平国家主席は1月25日に開幕した世界経済フォーラムによるオンライン形式の会議「ダボス・アジェンダ」で特別講演を行った中で、「ワクチンの研究開発や生産、配分を巡る連携を強化する」と述べた。記事では「中国はアフリカや東南アジアなどにワクチンを低価格で提供し、囲い込みに動いている」(1月26日付日本経済新聞)としている。 【関連画像】新型コロナウイルスに対応したワクチンの関連で、中国が2つの動きを見せている。(写真はイメージ) もう1つは、自国製のライバルであるファイザーなど米欧製ワクチンへの批判を強めていることである。中国共産党系メディアの環球時報は1月15日付の社説で、米欧の主要メディアは中国製ワクチンに関する不利な情報を大々的に報道し、国民に与える影響を大きくしようとしていると主張。米国製ワクチンの死亡例を意図的に軽視しているとした。 ●「アメリカ製は信用できない」と言った中国人 同紙はこの日に至るまでの1週間に西側製ワクチンを批判する記事を10本以上掲載し、うち半数でノルウェーでの死亡例に言及した(ロイター)。また、中国国営中央テレビ(CCTV)系列の中国環球電子網(CGTN)のキャスターは16日、ドイツでワクチン接種後に10人が死亡したという未確認の報道内容をSNS(交流サイト)に投稿したという(同ロイター)。 日本に在住している中国人と話していた際、日本人はどのワクチンを接種するのかと問われ、米国のファイザーの名を挙げたところ、「アメリカ製は信用できない」と返されたことは、今も強く印象に残っている。ふだん接している報道内容が上記のようなものだと、そうした考え方になりやすいのだろう。 中国製のワクチンについては、接種開始後の状況がどうなっているかに関する情報が出てこないため、一般の中国人も外国人も実情を知りようがない。情報を統制しつつ、自国製の「安価で信頼できる」ワクチンを武器に、中国は発展途上国などに対して影響力を高めていこうとするのだろう。 経済的にあまり余裕がない南米諸国では、中国の製薬大手である科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)が開発した安価なワクチンへの関心が高い。この中国製ワクチンの生産をブラジルで担っているブタンタン研究所のコバス所長は、ペルー、ウルグアイ、パラグアイ、ホンジュラスなど南米の複数国が、この中国のワクチン購入に興味を示していると述べた(20年12月11日配信時事通信)。 その後、ブラジルの国家衛生監督庁は1月17日、英製薬大手アストラゼネカおよびシノバック製の2種類の新型コロナウイルス向けワクチンの緊急使用を承認した。 中国製ワクチンを接種したアジアの要人としてよく知られているのは、インドネシアのジョコ大統領である。中国の王毅外相が1月12日からインドネシアを訪問。同じ日にシノバック製のワクチン1500万回分の原料が到着した。ジョコ大統領は翌13日、「国民に安全であると示す」ためにこのワクチンの同国での接種第1号になった後で、王外相と会談した。 中国の「ワクチン外交」に一役買う形ともなったが、インドネシア外務省は時事通信の取材に対し「偶然の一致だ」と答えたという。インドネシア国家食品医薬品監督庁は11日、最終治験で65.3%の有効性を確認したとして、このワクチンの緊急使用許可を出していた。 もっとも、このワクチンはインドネシアでは不人気で、2020年10月公表の世論調査によると接種に「同意する」は31%にとどまり、42%が「拒否する」、27%は「ためらう」と回答した。
このほか、トルコのエルドアン大統領が1月14日にシノバック製のワクチンを接種する一幕もあった。国内で新型コロナウイルスの感染が急速に拡大する中で、ワクチンの安全性を自らアピールして国民に積極的な接種を促す狙いがあったとみられている。この国はシノバックと5000万回分のワクチン購入契約を結んだほか、米国製やロシア製のワクチンも接種する方向であり、なりふり構わずワクチン接種を進めたいようである。 なお、トルコは昨年12月にシノバック製ワクチンの有効性は9割を超えたと発表したが、治験のサンプルの数が少ないとの指摘もある。一方、ブラジルの研究所はこの中国製ワクチンの有効性は5割にとどまったとしている。 ●信頼感が足りない中国製ワクチン すでに述べたインドネシアの世論調査結果のような国民の意識(中国製ワクチンへの信頼感の不十分さ)があることから、中国の「ワクチン外交」が同国指導部の思い描いているように順調に進んでいくとは、筆者には考えがたい。接種の有無で行方が左右されるのは、健康さらには人命であり、金銭でどうにかなるものではない。 そうした中、中国の「ワクチン外交」に対抗しようとする国もある。インドの動きがそれであり、ロシアも自国製ワクチンの他国への普及に努めている。 インドは、中国との間で勢力圏争いになっている近隣国にワクチンを無償で提供する外交を展開している。ネパール、ブータン、バングラデシュ、ミャンマー、モルディブへの供与実績がすでにあり、ミャンマーでは中国もワクチン無償提供を申し出ているので「提供合戦」の様相。中国はインドの宿敵であるパキスタンに対して、ワクチン50万回分の無償提供を決めたという。 ●英国メーカー、製造はインド企業 ここで気になるのはインドが提供するワクチンの種類だが、英製薬大手が開発したものをインド企業が製造している。筆者は全く知らなかったのだが、インドはジェネリック医薬品(後発薬)大国で、世界のワクチンの6割を製造したという実績があるという(1月26日付産経新聞)。 一方、ロシアのワクチンは、自国製の「スプートニクV」である。このワクチンを接種した外国の要人では、アルゼンチンのアルベルト・フェルナンデス大統領が最もよく知られている。同国でロシア製ワクチンが導入されたことには、クリスティーナ・フェルナンデス副大統領が反米的であることが大きく関係したという。 経済的な余裕があまりない中南米では、中国製だけでなく、ロシア製の安価なワクチンへの関心もかなり高いようである。ベネズエラ、ボリビア、パラグアイがこのロシア製ワクチンの使用を承認した(1月26日付読売新聞)。また、メキシコのロペスオブラドール大統領(自身が新型コロナウイルスに感染した)は25日、ロシアのプーチン大統領と電話会談し、「スプートニクV」2400万回分の供給を受けることで合意したと明らかにした。 このほか、核開発問題で米国と対立して経済制裁を受けているイランが、ロシア製のワクチンの国内使用を承認した。
「ワクチンパスポート(vaccine passport)」という概念がある。筆者が初めてこの言い回しに接したのは、昨年12月9日付米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)だった。新型コロナウイルスのワクチンを接種したことを証明する書類のことである。PCR検査結果の陰性証明よりもグレードが一段高い。 アフリカの一部の国では今でも黄熱の予防接種をしたことの証明書(イエローカード)が入国の際に必要な国がある(ずいぶん前の話だが、ケニアに旅行する際に筆者も取得した経験がある)。イエローカードの新型コロナウイルス版だと考えることもできるだろう。 ●「ワクチンパスポート」が分断を拡大? この「ワクチンパスポート」については、米国で「世界標準」を開発しようとする動きが出てきている。しかしその一方で、保有者と未保有者を社会的に大きく差別するものになりかねないとして、慎重論も根強い。上記のWSJの記事にも「倫理的そして政治的」な考慮が必要になると書かれていた。 そうした人々を分断しかねない存在としての「ワクチンパスポート」には、中国やロシアなどによって「ワクチン外交」が展開される中、もうひとつ別の角度から世界を「分断」しかねない要素が秘められているのではないかと、筆者はみている。それは、どの種類のワクチン接種実績があればそれぞれの国が有効とみなすのか、という話である。 すでに述べた通り、中国の当局系のメディアは米製薬大手が開発したワクチンの危うさを積極的に報じている。中国人の間でそうした見方がかなり浸透しているなら、このワクチンを接種した実績を、中国への入国条件を満たす有効なものとはしにくいだろう。最終的には中国製ワクチンの接種を要求することになるかもしれない。 現時点ではあくまで「たられば」の話にすぎないが、この先乱立するとみられるワクチンが、市場原理に沿って淘汰整理されることなく、意外にも世界の「分断」を強める方向に作用してしまう可能性は、相応に頭に入れておくべきだと考える。
上野 泰也
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