Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/e77b10f5253c58ecc0a386e1425db97f18317de5
日々報じられるニュースの陰で暗躍している諜報機関──彼らの動きを知ることで、世界情勢を多角的に捉えることができるだろう。 【画像ギャラリー】若きカナダ人写真家が魅せられた40年前の東京・横須賀の日常 国際情勢とインテリジェンスに詳しい山田敏弘氏が旬のニュースを読み解く本連載。今回注目するのは、スパイ容疑で逮捕された中国系ジャーナリスト成蕾(チェン・レイ)だ。世界ではいま彼女のように、逮捕されるジャーナリストが後をたたないのだという。だがそもそも、同じ「情報」を扱うスパイとジャーナリストの違いとは何なのか?
中国系ジャーナリストが逮捕
オーストラリアのマリズ・ペイン外相は2月8日、昨年8月から中国当局に拘束されていた豪国籍のジャーナリスト、成蕾(チェン・レイ)が正式に逮捕されたことを明らかにした。 中国国営メディア「CGTN」の英語版番組でアンカー(司会者)をしていた有名な成蕾は、中国の国家機密を海外の人物へ違法に提供したスパイ行為の疑いで拘束されていた。 豪TV「ABCニュース」でペイン外相は次のように語っている。 「豪中の二国間合意に則って大使館員が何度も彼女に会いに行っていた。直近では1月27日にも訪問している。国際的な水準から見て、彼女が適切に人道的に扱われるよう確認を続けており、これからも継続する」 成蕾がスパイだったのかどうかはわからない。ただジャーナリストという仕事は、そう疑われても仕方がない立場にあることは確かである。 そして今、この成蕾のケースだけでなく、世界各地でスパイとジャーナリストの関係を再考させられる事態が相次いで起きている。ジャーナリストがスパイ活動と関連して、厳しい処分を受けているのである。 私自身もジャーナリストとして活動し、スパイなど多くの情報関係者とも広く関わってきただけに、今一度、スパイとジャーナリストの関係について考察してみたい。
各国で浮上する「ジャーナリストのスパイ行為」
成蕾のケースでは、彼女が具体的に何をしたのか、確かなことは明らかにされていない。ただスパイ容疑で有罪ともなれば、終身刑、または死刑もあり得る。 実は成蕾が拘束される1ヵ月ほど前、オーストラリア政府は中国在住のオーストラリア人に「勝手に拘束される可能性がある」と注意を出していた。しかも、9月にはオーストラリア人ジャーナリスト2人が中国当局から成蕾について質問を受けたことで、国外に逃亡する事態も起きていた。ちなみに中国は2019年、オーストラリア人のスパイ小説作家の楊恒均をスパイ容疑で逮捕している。 もともとは、オーストラリア政府が4月に新型コロナウイルスの発生源について独立した調査を行うべきだと主張したことがある。その前から2国間関係は芳しくなかったが、調査を求めたことで関係はさらに悪化し、中国にいるオーストラリア人の安全が脅かされる事態となった。 少し前にはインドでもジャーナリストがスパイで逮捕されるケースが起きている。 インドの首都デリーの警察は、インド人ジャーナリストであるラジーブ・シャルマと、ネパール人の男性、そして中国人女性の3人を国家機密法に違反したとして20年9月に逮捕した。容疑は、機密情報を入手し、中国の諜報員に政府の機密情報を渡そうとしたことだ。 このインド人ジャーナリストは中国のスパイだった。この人物は例えば、インドにとって非常に重要なインド─中国─ブータンの国境地域に動員するインド兵の戦略について、「マイケル」という名の中国人スパイに、1回500ドルで情報提供していたのだ。 しかもスパイとの金銭のやりとりに足がつかないよう、支払いはペーパーカンパニーを介したり、ハワラを使うなどしていた。ハワラとはイスラム圏で使われる送金システムのことで、匿名性が高いことで知られる。 さらには、最近クーデターが起きたミャンマーとインドの軍同士の協力関係に関する情報に加え、印中関係におけるインド側の重要情報を渡していた。 問題は、中国人諜報員のマイケルが、シャルマをどうスパイに「リクルート」したかだ。インド紙「ヒンドゥスタン・タイムズ」の記事によれば、シャルマは2010年から2014年の間に中国共産党系の「環球時報」(英語版はグローバル・タイムズ)に寄稿していたことをきっかけになってスパイになっている。 ここの詳細は興味深いので引用したい。 「彼のコラムを読んで、雲南省昆明にいるマイケルという名の中国人諜報員がSNSのリンクトインを使ってシャルマに接触。そして中国メディアと打ち合わせをするために、シャルマを昆明に招待。旅費や宿泊費といったすべてをマイケルが支払った。打ち合わせのあとも、マイケルと彼の部下がシャルマに、印中関係について情報を聞くようになった。2016年~18年の間、シャルマはマイケルとその部下と接触を続けていた」 これが中国スパイによるリクルートの実例である。マイケルらは、シャルマとラオスやモルジブで会ったり、電子メールやSNSで情報を受け取ったりしていたという。 シャルマはさらに、別の中国人諜報員ともやりとりをしていたことが判明している。
国際問題に巻き込まれるジャーナリスト
こうしたケースは最近、イギリスでも発生した。 英紙「デイリー・テレグラフ」は21年2月4日、「ジャーナリストに扮した中国人スパイ3人が英政府から国外追放されていた」というニュースをスクープしている。 記事によれば、3人は中国の情報機関である国家安全部(MSS)に属していたが、イギリスではそれぞれが別のメディア企業に勤めるジャーナリストを名乗っていた。3人については、イギリス国内で防諜活動を行うMI5(保安局)が動向を追って、最終的には強制送還処分に追い込んだ。 加えて、イギリスはこれ以外でも、2月4日、「CGTN」の放送権を剥奪する処分を行った。Ofcom(オフコム=英国情報通信庁)は、同メディアが中国共産党の手先であると判断して、禁止にした。ある意味で、政府の情報工作として運営されていると英政府に認定されたことになる。 もっともアメリカでも、「CGTN」はメディア企業だとは見られていない。「中華日報」や「人民日報」とあわせ、中国共産党の出先機関として米国務省から指定されている。つまり、それらに属するジャーナリストは中国共産党の関係者であると見られることになる。 こうしたケースは、国際的な政治に利用された感も否めない。オーストラリア、インド、イギリスは、近年、中国と国家的なトラブルを抱えているからだ。そうした環境下では、あからさまなスパイ行為は別にしても、ジャーナリストがスパイなどの容疑で標的になる可能性があるということだ。
「権力の番犬」か「政争の具」か
そもそもジャーナリストとは、その仕事の存在意義として、権力の監視というものがある。つまり、どんな政権を相手にしても、国民が委ねた税金や権力を適切に使っているのか監視する役割があるのだ。そのため、どうしても反政府的になる。 しかも、政府関係者や企業関係者などから機密に近いような内部情報にも触れる可能性があるため、そうした情報の扱い方(外国へ流すなど)によってはスパイ容疑とされてしまう可能性もあるだろう。経済取材でも然りで、例えば、筆者が勤めていたロイター通信社では、勤めている間は当然だが、退職後もある一定期間は、株式などに手を出してはいけないという契約に署名する必要がある。 情報を収集し、世間にそうした情報を伝え、拡散させることが仕事であるジャーナリストは、活動そのものが「スパイ」のやっていることに近い、ということだ。 国際調査報道ジャーナリスト連合も、いかに調査報道ジャーナリストとスパイの活動が似ているかを指摘している。 だからこそ一定以上の倫理観と客観性が求められ、情報を公開する際には、公益性などを踏まえて適切な判断を下す必要が出てくる。それには経験が必要であり、だからこそ米英などの大手メディアの記者は、いくつものメディアや企業を経るなど経験の豊かなベテランが採用され、署名記事を書く。 さらに、ジャーナリストは影響力の大きさから、極力間違いのないように確認作業を行わなければならない。それでも人はミスをするので、間違いや誤解などが指摘されれば、検証を踏まえて柔軟に修正することもジャーナリストには必要な資質だ。 最近では、日本でインターネットを中心に「マスゴミ」という言葉を目にすることも増えたが、ジャーナリストの側も、取材活動においても、胡散臭いと思われないよう謙虚に細心の注意を払うことが不可欠になる。 少し話が逸れたが、メディアとして取材し情報を発するということは、ここまで見てきたようなリスクが常に付きまとうということ。ジャーナリストは偉くもなんともないが、ただ、そんなセンシティブな情報を扱っているという自覚は必要だ。 さもないと、国際政治の具として使われる可能性があるのだ。
Toshihiro Yamada
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