Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/6c7e33231011fa740044adaff716775a9358dbea
政府は緊急事態宣言を発令した11都府県に対し、テレワークの徹底で「出勤者の7割削減」を目指すよう求めている。しかし、テレワークでは仕事にならない職場は多く、出勤せざるを得ない労働者も大勢いる。それは何も医療従事者のような「エッセンシャルワーカー」だけではない。 外国人労働者の大半も、テレワークが認められない仕事に就いている。とりわけ留学生は、コロナ感染リスクの高い“密”な職場でアルバイトをしているケースが多い。そして住環境も“密”である。事実、筆者のもとには、コロナに感染した留学生たちの情報が次々と届いている。 しかも彼らが直面する苦境は、単に「感染」だけではない。これまで企業や日本語学校に都合よく利用された末、コロナ禍で使い棄てられようとしている留学生が少なくないのだ。
留学生が働く工場でクラスター
「学生1名のコロナ感染が確認されたので、明日から休校になります」 北関東の専門学校で、留学生の日本語教師をしている佐川陽子さん(仮名・30代)に12月中旬、こんなメールが学校から届いた。 学校には日本人の学生もいるが、メールには感染者の国籍は書かれていない。心配になった佐川さんは、教え子のベトナム人留学生に連絡を取った。すると留学生から驚くような返事があった。 「先生、感染したのは1人ではありません。大勢の留学生が陽性になっています」 佐川さんの学校に在籍する留学生は、ほとんどが出稼ぎ目的の“偽装留学生”だ。多額の借金を背負い、ベトナムなどアジア新興国から来日している。専門学校に入学する前、2年間にわたって日本語学校に在籍しているが、バイト漬けの毎日で語学力は身についていない。 そんな留学生であっても、学費稼ぎのため受け入れる専門学校や大学は少なくない。佐川さんの学校もその1つである。だから彼女のような日本語教師が必要となる。 日本語学校当時と同様、専門学校でも偽装留学生はアルバイトに明け暮れる。典型的なアルバイトが、弁当工場などでの夜勤だ。夜勤バイトは日本人に嫌がられるが、単純作業なので日本語能力の乏しい外国人でもこなせる。ただし、テレワークなどできるはずもない。 佐川さんの教え子たちには、近隣の食品関連の工場と化粧品メーカーの工場で働いている留学生が多い。その2つの工場で12月、相次いでクラスターが発生し、留学生が感染したのだ。 化粧品メーカーA社の工場でのクラスターについて、地元紙はこう報じている。 〈(コロナ陽性となった)従業員12人のうち、11人が人材派遣会社の送迎バスを利用する派遣社員だった。車内の状況は密で換気が十分でなく、マスクを着用しない従業員もいたという〉 地方自治体は感染者の国籍は明かさない。そのため記事でも国籍には触れていないが、「11人」は留学生だったと思われる。佐川さんによれば、「送迎バスで通勤しているのは皆、留学生」なのだという。 マスクもせずバスの車中で会話していたのなら、留学生たちは軽率だった。だが、私には留学生たちを責める気になれない。そもそも感染は罪ではないし、A社工場には筆者も少し縁がある。この工場で夜勤バイトをしていたベトナム人留学生に数年前、密着取材したことがあるのだ。
“密”で出勤“密”で働く
そのベトナム人は、オックさん(当時27歳)という女子留学生だった。彼女は日本語学校の学費などの負担で150万円近い借金をして来日し、2つのアルバイトをかけ持ちし、働いていた。その1つがA社工場での週3日の夜勤だった。 工場までは、午後11時に人材派遣業者の事務所に集合し、マイクロバスで40分ほどかけて通う。筆者は業者に内緒で事務所から工場までレンタカーで追いかけたが、バスは30人以上の留学生バイトですし詰めだった。乗っているのはベトナムなどアジア系の若者ばかりだ。この送迎バスが今回、クラスターの舞台となった。 オックさんらの勤務は、午前0時から8時まで、1時間の休憩を挟んで続いた。仕事は化粧品の箱詰め作業である。同僚の留学生たちと一緒にラインに並んで立ち、流れてくる商品を手に取り、ラベルを貼って箱に入れていく。そんな単純作業を延々と朝までやり続けるのだ。オックさんはこう語っていた。 「簡単な仕事なので、立っていても眠くなってくる。何か考えていないと寝てしまうので、無理して何か考えようとする。日本語学校の授業のこと、ベトナムのこと……。その間にも、化粧品がどんどん流れてくるので、仕事は続けるしかない。そうしているうち、だんだん頭がおかしくなってくるんです」 肉体的にはもちろん、精神的にもきつい仕事だ。にもかかわらず、夜通し働いてもバイト代は7000円程度に過ぎない。それでもやらなければ、留学生活は続けられない。 オックさんの話を佐川さんにすると、こんな答えが返ってきた。 「その頃と、仕事の内容は変わっていない。私が留学生たちから聞いている話も同じです。当時との違いといえば、今は夜勤バイトに少し日本人が入っていることくらいでしょう」 こうして留学生たちが深夜、人材派遣業者のバスでバイト先の工場に向かう光景は、全国各地で展開している。彼らは“密”な状態で出勤し、“密”な職場で働く。どうしても夜勤が必要な「エッセンシャルワーク」ではない。ただ、日本人が当たり前のように享受している「便利で安価な暮らし」を支えるためだけの仕事である。 たとえ貧しい国から来た外国人であろうと、進んでやりたいわけがない。バスの車中で気が緩み、同胞の留学生たちと会話に興じたとしても、彼らを責めることなどできないだろう。
劣悪「家庭内感染」で拡大
佐川さんの教え子が働く2つの工場で起きたクラスターの規模は、当初10~20人程度とされていた。だが、その後、感染者は30人以上に広がっている。 留学生がバイト先などでコロナに感染すると、一気に拡大してしまう危険がある。彼らの住環境が影響してのことだ。 日本語学校の留学生たちは、学校が用意する寮で数人一緒に生活していることが多い。実習生の場合、受け入れ先の企業などが「1部屋に2人以下」の住居を提供するよう義務づけられている。しかし、留学生に関しては法律の規定がない。それをよいことに、日本語学校が寮に大勢を詰め込み、寮費をボッタくるケースが横行している。 筆者が過去に取材した寮には、ワンルームに6~7人を詰め込んでいたり、3DK の一軒家に20人以上もが暮らしているところもあった。こんな住環境では、感染者が出ても別の部屋に隔離することもできない。 留学生たちの大半は、寮を出た後も生活費を節約するため、アパートを2人以上でシェアする。感染リスクと隣り合わせの暮らしは続くわけだ。 昨年10月、東北地方の専門学校で発生したクラスターでは、100人以上の感染者の大半が留学生だったと見られる。また、12月には千葉県の専門学校でも留学生14人の感染が確認されている。 ただし、これらは「学校」がクラスターの発生場所と認定された事例だ。他にも留学生が多く働く職場でクラスターが起きることもある。そして寮やアパートで「家庭内感染」が拡大してしまう。
使い棄て怖れて「黙秘」
「学生1名」の感染を理由に休校を知らせるメールが届いて以降、勤務先の学校から佐川さんへの連絡は途絶えた。しかし、彼女が確認できただけで、留学生3人の感染が判明している。 感染がさらに広範囲に及んでいる可能性がある。佐川さんと同じ市内に住むベトナム人留学生のダン君(24歳)はこう話す。 「(佐川さんの)専門学校の感染者は、ベトナム人やネパール人ら約20人に増えたと聞いています。他にも近くの日本語学校で、留学生が10人ほど陽性になっている」 ダン君も先日、PCR検査を受けた。大手カフェチェーンに納入するスイーツを製造しているバイト先の工場で、同僚の留学生たちに感染者が出たからだ。やはり24時間体制で稼働している工場である。 「幸い僕は陰性でしたが、5人くらいの陽性者が出たみたいです」 工場はクラスターとは認定されず、その後も何事もなかったかのように稼働を続けている。ダン君は言う。 「感染は怖いです。でも、バイトを辞めるわけにはいかない。コロナの影響で、留学生を雇ってくれるバイト先はすごく減っていますから」 確かに、バイトを維持できたダン君は幸せかもしれない。 クラスターの発生したA社工場などは一時、操業を停止した。その間、留学生たちの収入は途絶えた。しかも操業が再開した後も、留学生は仕事に復帰できていない。 コロナによって、生産縮小に追い込まれる工場も少なくない。そんな状況で、企業側が留学生は感染リスクが高いと判断し、真っ先に雇用を打ち切っているのかもしれない。 佐川さんに対し、留学生の1人はこう告げたという。 「工場でコロナがまた起きるかもしれないから、留学生はもう要らないって。私たちは使い棄てられたんです」 そうだとすれば、コロナ感染の拡大防止という観点では逆効果だ。留学生たちが感染を隠すようになってしまう。先日もこんなことがあった。 知り合いのベトナム人留学生から、 「友だちの女子留学生がコロナに感染したみたいだ」 との連絡が筆者に届いた。女子留学生もベトナム人で、味覚障害などの症状が出ているのだという。 「彼女は怖くてパニックになっています。どうすればいいですか?」 私は最寄りの保健所に連絡し、PCR検査を受けさせるよう伝えた。しかし、その後は留学生に経過を尋ねても、「わからない」という生返事しか返ってこない。 女子留学生は保健所に連絡せず、以前と変わらぬ生活を続けている可能性がある。彼女も偽装留学生の1人で、弁当工場で夜勤バイトをしている。コロナに感染したとなれば、バイトを失い、たちまち生活が行き詰まる。だから症状の悪化を心配しながらも、周囲に黙ってバイトを続けていても不思議ではない。味覚障害があったとはいえ、若年層では重症化するケースは決して多くない。
「経済力があるはずですよね」
バイトを失った留学生は悲惨だ。たちまち学費を支払えなくなってしまう。佐川さんのもとには、留学生たちから「来年度の学費を払えない」との相談が殺到している。 佐川さんの学校の場合、約70万円の学費を3月までに一括で納めなくてはならない。教え子には支払えない留学生がたくさんいる。そこで彼女は学校に対し、学費の分割払いを認めてくれるよう申し出た。自らも非常勤の日本語教師という弱い立場でありながら、留学生のためを思い、学校が嫌がる提案をした佐川さんの勇気には恐れ入る。だが、学校側の対応は冷たかった。 「アルバイトがなくなったから学費を払えないというのはおかしい。留学生は皆、アルバイトしなくても学費を払える経済力があるはずですよね」 そんな答えが返ってきたのだ。 専門学校や日本語学校は留学生を受け入れる際、学費を支払う経済力を立証する「経費支弁書」を提出させている。ただし、書類の中身はデタラメだ。留学生に許される「週28時間以内」のアルバイトで学費を払い、生活もできるよう辻褄を合わせるため、母国の家族から仕送りがあるよう装われている。 しかし、実際には留学生たちに仕送りなどなく、「週28時間以内」のアルバイトでは留学生活が成り立たないことは、学校も十分にわかっている。わかったうえで彼らの入学を認め、学費稼ぎに利用している。佐川さんの学校にしろそうである。にもかかわらず、留学生が学費を支払えないとなった途端、知らんぷりを決め込む。
「散々利用しておいて……」
経済力のない偽装留学生を受け入れてきた「確信犯」は、現場の学校だけではない。留学生の入国に際し、ビザを審査する立場にある法務省入管当局や在外公館も同罪だ。 そもそも第2次安倍晋三政権が「成長戦略」に掲げて推進し、現在の菅義偉政権へと引き継がれている「留学生30万人計画」からして、留学生たちに経済力に関する「嘘」を強いたうえで成り立っている。金のない偽装留学生までも受け入れ、人手不足の職種に労働者を供給するという同計画の“裏テーマ”に沿ってのことだ(2020年9月23日『アベノミクス継承「菅政権」は「留学生30万人計画」の悲劇防げるか(上)』)。 しかし、コロナ禍で人手不足は急速に緩和した。これまで留学生たちの労働力に頼ってきた企業にとっても、彼らに対するニーズが薄れた。結果、留学生たちが仕事を失っている。日本人が嫌がって寄りつかない、しかも感染リスクの高い仕事に利用した揚げ句、まさに留学生たちを使い棄てようとしているわけだ。 佐川さんは、学費の分割払いを認めない学校側の態度が許せなかった。とはいえ、彼女の立場では、それ以上どうすることもできない。 「あまりにも留学生たちがかわいそうです。バイト先も学校も、散々利用しておいて……」 同様の立場に追い込まれている留学生は、佐川さんの学校以外にも、全国の日本語学校や専門学校に数多くいるに違いない。今後、学費が支払えず学校から逃げ、不法就労に走ったり、また最近になって社会問題と化しつつある犯罪に手を染める者も現れることだろう。 安倍政権から菅政権へと続く経済重視策の一環で、偽装留学生の受け入れは続いてきた。その罪と矛盾が露わになっていくのは、まだまだこれからのことである。
出井康博
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