2020年10月26日月曜日

《ブラジル》アジア系コミュニティの今=サンパウロ市で奮闘する新来移民ネパール編<4>

Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/8f639965166f8a3ce01f9949c3bcace0f8bfb7ef

配信、ヤフーニュースより

ニッケイ新聞

アジアを股にかけるネパール商人

 「日本の商品はオリジナルで、品質に保証があります。また、日本人は言うことが二転三転せず、約束を守るのでとても信頼できます」と語るのは、ネパール人ラン・ハリ・サプコタさん(38、ヌワコット生まれ)。  大学卒業後、マレーシアで約10年働きながら、『より明るい未来の生活マーケティング社(Brighter future life marketing Pvt ltd)』を立ち上げ、ネパールの首都カトマンズとマレーシア、アラブ首長国連邦(UAE)でも会社を設立。  近年は1年の半分近くをアジア各国間で行き交い、貿易商として活躍する。  ネパール産緑茶の販売と健康・美容製品の輸出入、卸売、マーケティングを手がけ、主力商品の携帯電話の備品は日本で買い付ける(既報関連)。  今年3月、南米市場の開拓を目指し、同郷の友人サナット・クマール・ドゥワジさん(38、ヌワコット生まれ)とボリビアを経由してサンパウロに到着した。  その直後に外出自粛令が発せられ、カトマンズの国際空港も閉鎖され、2人は3月末の帰国が足止めされた。サプコタさんは空港が再開された9月まで約半年間、ブラス地区のネパール人コミュニティーに身を寄せることになった。  これまでマレーシア、インドネシア、シンガポール、UAE、ネパール、インドで商品を販売し、今年はブラジルを拠点に、パラグアイ、ボリビア、チリ、アルゼンチン、ウルグアイなど南米でのビジネス展開を計画してきた。  片手には販売する商品、もう片手にはネパールが国を挙げて取り組む観光事業「ビジット・ネパール2020(Visit Nepal 2020)」のためのガイドブックやポスターなどを携え、ネパールと南米の架け橋になるべく準備万端だった。  サンパウロでもネパール人コミュニティーをあげて、2月16日にはネパールの魅力を発信する宣伝を行ったが、今年は同国が誇る豊かな観光資源もコロナウイルスの前には太刀打ちできなくなった。  サプコタさんは3月20日から29日まではサンパウロのホテルに滞在し、同月中にネパールに帰国する足掛かりを模索したが叶わなかった。ブラジルのネパール大使館に問い合わせたところ、2012年からサンパウロに移り、ブラス地区で衣料品販売を行うネパール人ガネッシュ・プラサダ・グルンさん(42歳)を紹介された。 

 そうしてサンパウロに滞在する期間、ブラス地区にあるガネッシュさんのアパートを5人のネパール人とシェアして帰国まで過ごすことになった。9月にカトマンズの国際空港が再開し、9月2日に帰国便を予約したものの、3日前に急きょフライトがキャンセルされ、1週間後の9日に再予約し、空港から旅立とうとした矢先、PCR検査の結果が英語版ではなかったため出国が認められず、その翌日にさらに検査をやり直し、11日にようやくカトマンズに向かうことができた。新型コロナウイルスのPCR検査は4回受けることになり、予想外に300ドル以上を費やした。 

南米ビジネスにも前向き

 「予想外のブラジル滞在延長でしたが、その間、様々な出会いに恵まれ、将来の南米ビジネスにも前向きな話がありました」と、帰国できないハプニングも前向きに過ごしたサプコタさん。  この半年は収入がストップしたが、これまでの経験からコロナ危機に臆することはない。カトマンズでは自社ビルを有し、空いた時間はライオンズクラブのアクティブメンバーとして慈善活動に取り組み、サンパウロでもブラス地区のネパール人ネットワークを通じて出合ったNGOでボランティア活動に携わってきた。  サプコタさんの第一言語はネパール語、次いでヒンディー語、英語、マレーシア語、中国語(マンダリン)でもコミュニケーションができる。通常、国際間の取引は日本でも英語で行っている。  ポルトガル語にはなじみがなく、ブラジルでの商談は少し戸惑うこともあったが、ビジネスに大きな障害とは感じなかった。NGOには英語を話すフィリピン人やアフリカ諸国のメンバーもおり、初めてのブラジルも違和感なく過ごすことができた。  「ブラジルに世界最大の日系コミュニティーが存在することは知りませんでした」 と話すサプコタさん。  ヒマラヤでは希少な蜂蜜が採れることから、リベルダーデ地区の健康食品店を訪ね、プロポリスやブラジル産の石けんにも興味を持った。  「将来の夢は世界各国を訪ねることです。今はまずパンデミックの収束を待ち、ネパールでのビジネスを再開させます」。  サプコタさんは今回の予期せぬ長期滞在の間にブラジルのことも気に入り、思いがけずアフリカからの移民と出会い、お茶に興味を持たれた。  近くは南アフリカやポーランドがビジネスでの目的地だ。ブラジルに戻ることを希望しつつ、一旦ホームカントリーのネパールへ旅立った。(つづく、大浦智子さん取材)

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