2020年10月26日月曜日

留学生30万人計画と成長戦略

 Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/904ccc3381c2c77351172186ae75b6a7e0224701

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 安倍政権がアベノミクス「成長戦略」に掲げた「留学生30万人計画」は、不足する底辺労働者の受け入れ増加をもたらした。その経緯と手法について少し説明してみよう。

 「30万人計画」は2008年、福田康夫政権によって策定された。当時、約12万人だった留学生の数を。20年までに2.5倍に増やそうという計画である。  ちなみに、「30万人」という数字に大した根拠はない。参考にされたのが、同じ非英語圏の先進国、フランスだった。フランスでは当時、高等教育機関で学ぶ学生のうち留学生が12パーセントを占めていた。ならば日本も約300万人の学生の1割程度は留学生にしてはどうかと、「30万人」という数字がはじき出された。つまり、ほとんど思いつき程度なのである。  しかし、「30万人計画」は思うように進まなかった。11年に福島第一原発事故が起きた頃から、留学生の数が減少に転じたのだ。留学生全体の6割を占めた中国人が、日本から去り始めたからである。単に原発事故による放射能の影響を恐れたからではない。この頃の中国人留学生には、「留学」を出稼ぎに利用していた者が多かった。そんな留学生たちが、中国経済の発展によって、日本へと出稼ぎにくる必要がなくなったのだ。  そこに誕生したのが安倍政権だった。「30万人計画」は、13年に閣議決定されたアベノミクス「成長戦略」の1つに掲げられた。すると留学生の数も一気に増え始める。12年末には18万919人だった留学は、7年後の19年末までに34万5791人へと2倍近くにもなった。ベトナムなどアジア新興国から大量に留学生が受け入れられた結果である。そして「30万人計画」も、20年を待たずに達成された。  いったいどうやって留学生を増やしたのか。

 留学ビザは本来、日本でアルバイトなしに留学生活を送れる経済力のある外国人にしか発給されない。ただし、この原則を守っていれば、アジア新興国の留学生は増えない。そのため政府は、原則を無視して留学ビザの大盤振る舞いを始めた。そのカラクリはこうだ。  留学希望者はビザ申請時、親の年収や預金残高の記された証明書の提出が求められる。ビザの発給基準となる金額は明らかになっていないが、年収と預金残高それぞれ日本円で最低200万円は必要だ。新興国では、かなりの富裕層でなければクリアは難しい。そこで留学希望者は、留学斡旋業者経由で行政機関や銀行の担当者に賄賂を渡し、証明書を捏造する。捏造といっても、行政機関などが正式に発行した“本物”の証明書である。ただ、金額だけが、ビザを得られるようでっち上げられている。  たとえば、ベトナムの貧しい田舎に暮らす農民の年収が「300万円」といった具合に、あり得ない額の数字が証明書に記されているのだ。日本側で証明書を審査する法務省入管当局や在外公館にすれば、捏造は簡単に見破れる。だが、いちいち問題にすれば、留学生は増やせず、「30万人計画」も達成できない。そのため捏造に目をつむり、留学ビザを発給し続けた。  政治が数値目標を打ち出すと、現場の官僚たちが必死で達成に努める。その過程では、辻褄合わせのインチキも起きがちだ。「30万人計画」の達成過程では、まさにそんなことが現実となった。  安倍政権誕生からの7年間で、ベトナム人留学生は9倍の約8万人、ネパール人も5倍の約3万人へと急増した。証明書の捏造が黙認された結果である。  こうしたアジア新興国出身者には、かつての中国人留学生たちがそうだったように、出稼ぎ目的の留学生が数多く含まれる。留学生には「週28時間以内」でアルバイトが認められる。そこに目をつけ、留学を出稼ぎに利用するのだ。  ただし、留学には費用がかかる。留学先となる日本語学校に支払う初年度の学費や留学斡旋業者への手数料などで、軽く100万円以上が必要だ。新興国の庶民には、自ら工面できる金額ではない。そこで留学希望者たちは費用を借金に頼る。日本で働けば、短期間で返済できると甘く考えるのだ。  証明書を捏造してビザを取得し、出稼ぎ目的で多額の借金を背負い来日する留学生を、筆者は“偽装留学生”と呼んでいる。その数を特定するのは難しいが、安倍政権で増加した留学生の大部分は“偽装”である可能性が高い。

日本語学校も急増

 偽装留学生の恩恵を最も受けたのが日本語学校業界である。「30万人計画」のもと日本語学校の数は急増し、大学をも上回る800校近くにも膨らんでいる。  人手不足の職種にも、低賃金の労働力が供給された。留学生のアルバイトといえば、コンビニや飲食チェーンの店頭で働く外国人を思い浮かべがちだ。しかし、それよりずっと多くの留学生たちは、私たちが普通に暮らしていれば気づかない場所で働いている。コンビニやスーパーで売られる弁当や惣菜の製造工場、宅配便の仕分け、ホテルの掃除などである。いずれも重労働で、日本語ができなくてもこなせる仕事ばかりだ。そして留学生たちは、日本人の嫌がる夜勤に就くケースが多い。  「週28時間以内」の法定上限を守って働いていれば、月に得られるアルバイト代は10万円少々に過ぎない。それでも生活はできるが、偽装留学生たちは母国で背負った借金を返済し、さらに翌年分の学費を貯めなければならない。そのためアルバイトをかけ持ちして、法定上限を超えて働くことになる。  夜勤の肉体労働は過酷だ。連日仕事に明け暮れていれば、日本語の勉強が捗るはずもない。だが、生活が嫌になっても、母国へ帰るわけにはいかない。借金を残して帰国すれば、一家丸ごと破産してしまうかららだ。自ら望んで偽装留学したとはいえ、そんな奴隷同然の暮らしを彼らは強いられる。  留学生が日本語学校に在籍できるのは最長2年だ。その間に借金を返済できない留学生は多く、出稼ぎの目的も果たせない。そこで彼らは専門学校や大学に進学し、出稼ぎを続けようとする。  日本語能力を問われず、学費さえ払えば入学できる学校は簡単に見つかる。日本人の少子化で、学生不足に陥った専門学校や大学が、偽装留学生の受け入れで生き残りを図っているからだ。そうした学校に留学生たちは進学し、学費と引き換えにビザを更新する。そして日本語学校当時と同様、日本人の嫌がる底辺労働に明け暮れる。

都合がいい偽装留学生

 偽装留学生の存在は、日本にとっては極めて都合がよい。底辺労働者として人手不足を補い、しかも稼いだ金を学費として日本語学校や専門学校などに還元してくれる。また、不当な扱いを受けることがあっても、不満の声すら上げない。「週28時間以内」を超える違法就労への後ろめたさがあるからだ。  その陰では。数多くの悲劇が生まれ続けている。一例を挙げれば、筆者が2018年から取材を続けているブータン人留学生をめぐる問題である。  17年からの約1年間で、ブータンから700人以上の留学生が日本語学校へ入学した。ブータン政府が現地の留学斡旋業者と組んで進めた、日本への留学制度を通してのことである。  ブータンは「幸せの国」として知られるが、現地では若者の失業が社会問題となっている。そこでブータン政府は失業対策として、「学び・稼ぐプログラム」と名づけた留学制度を始めた。日本へ行けば「学びながら、稼げる」との宣伝を信じ、多くの若者が来日することになる。  日本円で約120万円に上る留学費用は、ブータン政府系の金融機関が貸し付けた。また、親の年収や銀行預金残高に関する証明書は、業者が捏造した。ただし、ブータン人たちは「偽装留学生」とは呼べない。母国のエリート大学を出て、日本での大学院進学を目指していた者も多かった。そんな彼らをブータン政府と業者が騙し、日本へと「売った」のである。  ブータン人留学生たちは、他国の偽装留学生たちに混じり、弁当工場や宅配便の仕分け現場などで夜勤の仕事に就くことになった。借金返済に追われる過酷な生活で心身を病み、ブータンへ帰国していく者が相次いだ。過労で倒れ、1年半以上も昏睡状態に陥った後、寂しく日本で亡くなった女子留学生もいる。また、将来を悲観し、自ら命を絶った青年もいた。  その後、ブータンでは、「学び・稼ぐプログラム」は国家ぐるみの詐欺事件として大問題となった。斡旋業者の経営者は逮捕され、政府で中心になってプログラムを進めた高官も起訴された。しかし、プログラムにお墨付きを与え、留学ビザを発給した入管当局、また在ブータン日本大使館など日本側の責任は全く問われていない。  「留学生30万人計画」の醜悪な実態については、世にほとんど知られていない。新聞など大手メディアが全く報道しようとしないからである。それは、なぜか。  東京など都市部の新聞配達は、留学生頼みが最も著しい職種の1つなっている。しかも「週28時間以内」を超える違法就労が横行し、留学生たちには残業代すら支払われない。残業代を払えば、留学生を雇う販売店側が、違法就労を認めたことになってしまうからだ。この問題を筆者は数年前から取材し、何度も記事にしているが、現在に至るまで状況は改善されていない。  こうした新聞配達現場の状況があるため、大手紙は偽装留学生問題に知らんぷりを決め込んでいる。紙面で取り上げれば、自らの配達現場に火の粉が及ぶと恐れているのだ。  つまり、日本語学校や人手不足の企業と並び、大手新聞社もまた「30万人計画」のステークホルダーなのである。メディアが沈黙すれば、同計画に対する批判はどこからも出ない。結果、安倍政権も成長戦略として推進し続けることができた。  安倍政権誕生以降に急増した偽装留学生は、日本語学校から専門学校などを経て、やがて就職時期へと差し掛かる。すると同政権は2016年、その時期に合わせるようにある政策を打ち出した。今度は「留学生の就職促進」を成長戦略に掲げたのだ。そして偽装留学生たちは、続々と日本で「移民」となり始めていく。

出井康博 (ジャーナリスト)

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