2019年9月20日金曜日

途上国の見直し機運高揚で「一帯一路」は後退したか

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190912-00057624-jbpressz-int
9/12(木)、ヤフーニュースより
 (塚田 俊三:立命館アジア太平洋大学客員教授)

 今年4月、北京で第二回一帯一路フォーラムが開催された。37カ国の国家元首、100カ国の代表者の参加を得たこの会議では、百を超える多国間合意、二国間覚書が締結され、大きな成果を上げたとされる。

今年4月26日、北京で開かれた一帯一路フォーラムの歓迎会に出席したマレーシアのマハティール首相(左から2人目)と中国の習近平国家主席(右から2人目)

 しかし、中国にとってこのフォーラムの真の狙いは、昨年来急速に高まってきた一帯一路に対する国際批判をかわすことにあった。

 その手法は、会議ではグリーン・デベロップメント構想や民間セクターとのパートナーシップ等、未来志向型のアジェンダを前面に大きく打ち出し、これによって、問題視されていた個別事案から目をそらすことにあった。この中国側の狙いは見事に的中し、同フォーラム開催後は、一帯一路に対する国際社会の批判は影を潜め、途上国側においても一帯一路プロジェクトの見直しよりは、むしろ如何にして一帯一路を活用するかにその重点が移されたように見える。

■ 批判に晒された一帯一路プロジェクト

 確かに、昨年の一帯一路に対する国際社会の批判には極めて厳しいものがあった。即ち、昨年3月ワシントンのシンクタンクが一帯一路参加の8カ国が債務漬けの状態になっていることを明らかにして以来、経済性を度外視した巨大プロジェクトの押し付けや債務の罠等の問題が大きく取り上げられ、これを受けて、マレーシア、パキスタン、モルディブ、ネパール、ミャンマー等の諸国が、次々と一帯一路関連プロジェクトの見直しに着手すると宣言したのだ。

 このような見直しの動きに対し、これまでの中国ならば、すぐさま反論に出るところだが、今回はそのような表立った反撃はせず、これらの国々との話し合いにも応じる姿勢を見せた。これは、中国国内においても、それまでの一帯一路には行き過ぎがあったことを認識しているからであり、また、自らも既に、国家国際発展協力署の設置など、組織の改編に着手していたからである。

 しかし、注意しなければならないのは、だからといって中国は、途上国の要求に譲歩し、一帯一路関連プロジェクトの大幅見直しに応じるようなことはないということである。
米中間の覇権争の先鋭化に伴い、一帯一路は中国にとってむしろその重要性は増している。中国は、今後、一帯一路を、より戦略的に(デジタル・シルクロード等)、よりグローバルに(アジア、アフリカのみならず、欧州にも)展開していくだろう。その焦点も、ハードからソフトへ、物のコントロールから情報のコントロールへと移行していくはずだ。一帯一路は今や新しい段階に入ったと言えよう。

■ マレーシアとパキスタン、一帯一路をどう見直したか? 

 ただ、本稿では、そのような戦略的問題には深く立ち入らず、昨年大きく盛り上がった途上国による一帯一路見直しの動きが、今一体どのような状況にあるかを、マレーシア、パキスタンを例に取って、詳しく見ていきたい。

 一帯一路見直しの先頭を切ったのはマレーシアだった。昨年5月、前任のナジブ政権の腐敗体質を批判して総選挙に勝利したマハティールは、首相就任後早々(8月下旬)に中国を訪問し、習近平主席と会談した。

 そこでマハティールは、大胆にも中国政府当局者を前に、中国の対外経済進出は、新植民地主義であると言い切るととともに、一帯一路の看板プロジェクト、東岸鉄道プロジェクトとパイプライン・プロジェクトはキャンセルするとした。

 帰国後、マハティールは、関係省庁に、東岸鉄道プロジェクトに関し、中国交通建設(CCCC)との再交渉に入るよう指示した。こうして始まった交渉は、遅々として進まなかったが、本年4月15日、マハティールは、突如、CCCCとの間で、東岸鉄道プロジェクトの規模を3分の1削減し、440リンギット(106億8000万ドル)に引き下げることに合意したと発表した。

 一見するとマレーシア側が中国側から大きな譲歩を引き出したようだが、これはむしろ、マレーシア側が中国側の主張に歩み寄った結果とする方がより正しい見方と言えよう。
 先ず、当初マハティールはプロジェクトのキャンセルを主張したが、キャンセル料が高くなりすぎることから、昨秋これを諦め、交渉の目標をプロジェクトの規模を半分にすることに定め直した。この第二段階での交渉では、中国側は、プロジェックの規模を半分にすることはできないが、路線経路を変更すれば、トンネル建設の工事費は省けるので、プロジェクトコストを3分の1減らすことができるとした(2016年11月に提示したものを今年1月に再提示)。マレーシア側はこの削減額では不十分であるとし、他の事業者に切り替えることも検討したが (The Straight Times、2019年1月22日)、結局そこまでも踏み切れず、マハティールの北京再訪問を直後に控えた4月、先に提示された中国側の削減案を飲むこととし、上記の発表にこぎつけた。

 このときマハティールは「国費の大幅な節約につながった」と胸を張った。確かにプロジェクトのサイズは縮小されたが、当初掲げていたのはプロジェクト自体の中止だ。これをもってマレーシアの見直し交渉は成功裏に終わったとは言い難い。

■ 膨張する対外債務が課題のパキスタンはどう対応したか

 ではパキスタンのケースはどうなったか。パキスタンは、クリケットの国民的大スター、イムラン・カーンが率いるPTI党が昨年7月の総選挙で勝利を収め、新内閣の発足とともに、中国パキスタン経済回廊(CPEC)に関する委員会が発足した(9月4日発表)。その後10月1日に鉄道大臣はCPECの中の主要プロジェクトであるML-1鉄道プロジェクトはその見積もりが過大であり(82億ドル)、20億ドル削減する必要がある、とした。ただ、この削減案はあくまでもパキスタン側の見解であり、それはカーン首相の11月北京訪問時に中国側と確定する必要があった。

 鉄道大臣を伴って北京で習近平との会談に臨んだカーン首相だったが、共同声明の中では、本鉄道プロジェクト削減問題については何らの言及も無く、逆に、両国間でのCPEC協力の一層の強化が謳われることになった。マレーシア本国では、本件削減問題の決着に対し強い期待を有していただけに、この様な共同声明の内容には不満を隠せず、マスコミでも「今回の北京訪問は完全な失敗に終わった」と報じられた。

 その後カーン首相は本年4月、冒頭に紹介した一帯一路の第二回フォーラム出席のため再び北京を訪れたが、この訪問時の中国側の対応は、極めて冷たいものであった。例えば、昨年11月の訪問時には、空港で交通大臣が出迎えてくれたが、今年4月の訪問時には、北京市の中堅幹部による出迎えに留まった。

 こうした空気を察知してか、翌々日のフォーラムでカーン首相は、グリーン投資に関する国際連帯の必要性に言及するなど、中国政府の代弁ともいえるスピーチを行うのみであった。さらに、この訪問期間中に李克強首相との間で合意した鉄道プロジェクト見直し協定においては、プロジェクトの削減案には触れられず、列車の運航速度が160km/hに上がるといった技術的問題への言及があるのみで、一時マレーシア側から中国側(中国建設工程)に提案されたBOT方式の一部導入についても何らの言及も無かった。
 交渉が終わってから3カ月後(今年7月25日)発売された『Beijing Review』(中国政府の唯一の英語版週刊誌で、中国政府の考え方を強く反映するといわれている)においては、上記の鉄道プロジェクトの契約額は当初と同じ82億ドルだとされた。要は、当初華々しく打ち出された20億ドルのプロジェクト削減案は、いまだ宙に浮いたままだということである。

 政権発足当時はCPECの見直しは必須としていたカーン首相が、昨年11月の北京訪問以降は、CPECの削減問題については完全に口をつぐんでしまったのは、何故であろうか?  その背後には、何があったのか。

 この問題をみるには、中国側の動きをつぶさに追いかける必要がある。中国にとっては、パキスタンのCPECは、軍事的にも、経済的にも極めて重要なプログラムであり、容易に譲歩できない事案である。それだけに、カーン政権発足後のCPEC見直しの動きに対しては極めて強い警戒感を有していた。新政権発足後間もない昨年9月4日にCPEC委員会の設置が発表され、さらに、9月9日にはダウード商務大臣が、CPECは一年間停止すべきと発言すると、中国側は、直ちに陸軍トップのバジュワ大将を大使館に呼び(当のダウード商務大臣ではなく)、CPECの重要性をバジュワ氏との間で確認するとともに、同氏を北京に招待した。バジュワ大将は、翌週北京に向かい、9月19日に習近平と面会する機会を与えられ、そこで、CPECの重要性が両者の間で改めて確認された。

 パキスタンにおいては、陸軍は圧倒的な力を有しており、政権の陰の決定者であり、また、外交政策の方向も、陸軍が決めると言われている。CPEC見直し問題に対する中国側の戦略は、この要所をしっかりと押さえることであり、陸軍さえ中国側に付けておけば、新政権の閣僚が何を言おうと意に介する必要は無いというところであろう。ことに、陸軍は、米国のパキスタンに対する軍事援助の大幅削減(3000億ドル)の発表以降(9月1日)、中国傾斜を一段と強めており、陸軍の中国寄りの姿勢は、カーン首相も、十分に承知していたはずだ。そのことがカーン首相のCPEC見直し問題に対する最近の沈黙を説明していると言えよう。

■ なぜ見直しはうまく進まなかったか? 

 上記でみたとおり、一帯一路関係プロジェクトの見直しに関する中国側との交渉は長い、複雑な過程を辿ることになったが、当初、マレーシア、パキスタン、両国の交渉担当者は、トップレベルの会談にまで持ち込めば、政治的に解決できると踏んでいたと思われる。しかし、実際の交渉ではそうはいかず、中国側に軽くいなされてしまった。

 なぜ目論見通りに交渉は進まなかったのか。

 実際に両者間の話し合いが始まり、これら二カ国がそれぞれ、プロジェクトの解約・削減問題を持ち出した際に中国側が取ったと推定される対応は、以下のようなものだろう。
これら問題は、政治的な問題ではなく、当事者間の商取引上の問題である。なんとなれば、これらのプロジェクトは、いずれも、中国の国営企業と政府当局者との間の契約に基づいて成立したものであり、如何なる問題もその契約条項に従って解決するのが、法治国家としての中国としての立場であり、それが最も公平で、かつ透明なやり方と考える――。

 この論理には、マレーシアも、パキスタンも正面切って反論できず、その取り扱いは、結局、首脳間の交渉から、国営企業と政府当局間の交渉に委ねられることになる。

■ 中国の経済協力の特殊性

 通常の二国間の経済協力案件であれば、その解決が企業レベルでの交渉に委ねられることはないが、何故に、一帯一路がらみの協力案件では、中国側を代表するのが、政府ではなく、国営企業となるのか。この点を理解するためには、中国の経済協力案件の特殊性を理解する必要がある。

 一帯一路構想は、習近平国家主席が突如2013年に打ち上げた新施策というよりは、むしろ中国がここ十数年(2000年から)進めてきた 「対外経済合作」の一環として理解すべきものである。

 中国の経済協力は、無償援助、奨学金の付与等の典型的な経済協力項目も含まれているが、その割合は極めて少なく、その大部分は(99%:JETROアジア経済研究所大西康雄氏の情報に基づく)「対外経済合作」である。

 「対外経済合作」とは、分かり易く言えば、中国の国営企業等が、海外に出て、インフラや資源開発等のプロジェクトを発掘し、その建設を海外諸国から受注し、その事業を一気通貫で実施する請負事業である。中国流に言えば、それは、建設請負、設計コンサルティング、労務提供を一体的に提供する海外事業である。それは、国内企業が海外に進出して行う海外直接投資(FDI)と類似するが、通常のFDIと異なるのは、これらの投資活動を自らの投資として行うのではなく、途上国からの請負事業として実施する点にある。

 したがって、当該事業を完成させるためには、途上国は、自らの資金を使って中国国営企業に発注するか、あるいは、どこかからお金を借りてきて、発注するか、のいずれかの方法に拠る必要がある。インフラ・プロジェクトは通常多額かつ長期の資金を要するので、途上国政府がこのような資金を調達することは容易ではない。国営企業はこの状況を見据え、素早く中国商務部に話を上げ、当該途上国が、政府系金融機関から借りられるように手助けをする。中国からの融資が受けられれば、途上国政府は、この借入金を使って、国営企業に発注できるようになり、国営企業も自分で開発したプロジェクトを、途上国からの支払いを得て、実施できることになる。

 中国の対外経済協力の特徴を簡単に述べれば、中国の国営企業が先頭に立ち、彼らが途上国におけるプロジェクトを開発し、これに必要な資金は政府が、政府系金融機関を通じて供給するという方式である。この資金の提供先として最も大きいのは、中国開発銀行であり、対外経済合作資金の4分の3を占め、残り4分の1は中国輸出入銀行が提供する。ただここで注意する必要があるのは、中国開発銀行の資金は、資本市場から調達される商業的資金なので、その金利は高く、ここ数年は6%台で推移している。中国輸出入銀行の場合、政府からの利子補給があることから、その金利は低く、2~3%であるが、いずれも有償資金であることには変わりはない。債務の罠の問題は、この政府系金融機関からの貸付に付随して派生する問題である。

 以上、中国の経済協力の特殊性等を簡単に説明してきたが、次回は何故に一帯一路に係るプロジェクトがかくも大きな問題となるのか、そしてこの問題を解消するため中国はどのような手立てを打ってきたのかに焦点を当てて、説明をしたい。
塚田 俊三

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