2018年5月22日火曜日

ネパールと協力強化で一致=中国の浸透阻止へインド首相

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180512-00000014-jij-asia
5/12(土)、ヤフーニュースより

 【ニューデリー時事】インドのモディ首相は11日、カトマンズでネパールのオリ首相と会談し、鉄道や河川の整備を通じた両国の連結性強化や農業分野での協力深化などで一致した。

 会談後の記者会見でモディ氏は「インドはネパールの繁栄を支える」と訴えた。

 オリ政権が中国主導のシルクロード経済圏構想「一帯一路」の枠組みを生かしてインフラ整備を進める方針を示す中、インドとしてはネパールとの関係強化を通じ、隣国への中国の浸透を防ぎたい考えだ。

 両首相は会談に先立ち、ネパール南部のヒンズー教聖地ジャナクプルを訪問。ともにヒンズー教徒が人口の約8割を占めるという両国の文化的なつながりを強調し、友好関係を演出した。 

駐ネパール新大使は“西郷どん”家系 本人語る

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180508-00541726-shincho-pol
5/8(火)、ヤフーニュースより

 今年1月にスタートしたNHK大河ドラマ「西郷どん」。今後の放送では、遂に西郷どんが藩命で奄美大島へ島流しにされてしまう。
 翻って、現代の東京。先月17日に“国命”を受け、奄美大島のはるか彼方、ネパールへと飛び立とうとしているのは、霞が関の“西郷どん”こと西郷正道氏(61)だ。農水省の技術系トップである技術総括審議官を勤め上げ、新たに特命全権大使を拝命した。

 実は、この正道氏、西郷隆盛の実弟で後に海軍大臣にまで上り詰めた西郷従道の曾孫に当たる。

「鷹揚だった曾祖父と違って、私なんて小心者。西郷家から受け継いだのはこの身体つきだけですよ」

 と恰幅のよい胴体を指し、ハニカんでみせるのは当のご本人だ。

「私は、生まれも育ちも東京で、鹿児島には出張で何度か行ったきり。隆盛はもちろん従道にも会ったことはありません。今でも年に一度、隆盛が自刃した9月24日にちなんで一族が集まる“二十四日会”が行われるのですが、100人近い親族の中で私なんか端の端。それでも目立つ名前で得したこともありますけれどね」

 何とも腰の低い“西郷どん”。しかし、経歴を尋ねてみれば、

「学生時代、筑波大でゾウリムシの研究にはまり、研究者になりたかったのですが、2年連続で院試に落第。それで技官として当時の農林省に就職したんです。昨年退官し、まだ私に出来ることがあればとネパール大使をお受けしました」
 ゾウリムシから技官トップ、果ては大使へと、実に西郷家らしい豪快な転身ぶり。

 さらに、一人娘の真悠子さんは女優の道を志しているのだといい、

「初回のほんの5秒間ほどですが、従道の娘・櫻子の役で『西郷どん』に出させていただいたんです。原作者の林真理子さんのサイン会で直接手紙をお渡ししたところ、オーディションのお誘いを受けたようで……」

 150年の時を経て“西郷どん”ファミリーの進軍はまだまだ続く。

「週刊新潮」2018年5月17日号 掲載

2018年5月3日木曜日

「働く留学生」がこのまちを支えている

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180502-00218511-toyo-soci
5/2(水) 、ヤフーニュースより

コンビニ、外食産業、流通……。いつの頃からか、東京で働く外国人を見かけることは日常の風景になった。特に、日本人と接する機会の多い、接客業で働く外国人の多くが留学生で、その数は増え続けている。留学生を戦力とすべく、新たな試みを行う2つの企業の現場から、働く留学生を見つめる社会の「まなざし」を探る。
 最近、居酒屋やファストフード、コンビニなど、「接客業」で働く外国人の姿を見かけることが多くなった。地方の農家や自動車工場といった「東京の日常からは見えにくい場所」ではなく、「東京の日常の真ん中」で働く外国人たちの姿。彼らの存在は、変わりゆく東京や日本の未来を象徴しているかのようだ。

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 データを見てみよう。現在、日本で働く外国人労働者の数は約128万人(2017年10月末時点、厚生労働省調査)。2008年の49万人から、ここ10年弱で、一気に2.6倍にまで増えている。地域別に見ると、東京都で働いている割合が全体の3割を超え、全都道府県でダントツの1位。隣接する神奈川、埼玉、千葉まで含めると、1都3県で全国の外国人労働者数の約45%を占める。

■学校で学びつつ、週28時間まで労働できる
 さて、彼ら外国人労働者の中でも、特に「接客業」で働く者の多くが、「留学生」であることをご存じだろうか。留学生は2017年5月時点で26.7万人。その数は5年前の16.2万人、10年前の11.8万人と比較して、やはり大幅に増えている。そのうち中国、ベトナム、ネパールなど、93%がアジア諸国出身だ。彼ら留学生は、日本語学校や専門学校、大学などで学びつつ、同時に「資格外活動」として週28時間まで労働することが認められている。
 東京に住む私個人の実感としては、留学生の存在が「接客業のアルバイト」として、日常の中で「あたりまえ」になったのは、ここ1、2年のことだ。果たしてその間、この国では何が起きていたのか。なぜ、最近になって突如として「働く留学生」が増えたのか。留学生の採用を進めていくうえで、学生側、企業側はどのような困難に直面し、どのように乗り越えようとしてきたのか。留学生の採用に現場で関わる人々に、話を聞いた。

 「弊社では、『シフトワークス』というアルバイト情報サイトを展開しているのですが、2016年頃から『人が採れない、どうしたらいいだろうか』という声を、企業側からよく聞くようになりました。その頃から、主婦やシニア層が注目され始めたのと同じように、外国人の採用にも目が向くようになってきたという流れがあります」

そう語るのは、株式会社インディバル、サービス推進本部の加藤寛康(ひろやす)さんだ。加藤さんは、昨年1月に留学生向けに特化した求人情報サイト「ニホンde バイト」を立ち上げた。サイトは日本語のほか英語、中国語、ベトナム語、韓国語など5カ国語に対応しており、日本語レベルに応じてバイトを探すこともできる。

 2年ほど前から始まった、深刻な人手不足。これが、留学生アルバイト急増の背景にあるようだ。特に居酒屋やコンビニなど、これまで日本人の若者や大学生を中心にアルバイトを集めてきた業界では、若い世代の人口減少の影響も大きいという。「ニホンdeバイト」で掲載しているアルバイトには、毎月延べ数千件の応募があり、現在もその数字は伸び続けているそうだ。
 留学生側に視点を向けると、彼らがアルバイトを見つける経路は、大きく3つに分けられる。日本語学校からの紹介、友人からの紹介、そしてウェブやフリーペーパー。宅配・運送業や工場での軽作業など、日本語が片言でもできるタイプの仕事は、日本語学校が斡旋していることが多く、「ニホンdeバイト」のような求人サイトでは、日本語をより必要とするサービス業のアルバイトを扱うことが多いという。

 求められる日本語レベルの低い順に、サービス業のアルバイトを挙げると、まずは居酒屋のキッチン、次に居酒屋のホール、そして最後にコンビニという順番になるそうだ。「コンビニは、たとえば宅配便の処理や公共料金の支払いといった多様な業務を覚えたり、スタッフ2人で回さないといけない時間帯があったり、とにかく求められるレベルが高いんです」。日本語でのコミュニケーションの必要性や業務の複雑さによって、仕事の難易度が上がっていくのである。
■ウェブからリアルへ。外国人スタッフも在籍

 「ニホンdeバイト」運営スタッフには、さまざまな国の留学生との会話に対応できるよう、20人もの外国人スタッフが在籍しているという。国籍は、ベトナム、インドネシア、中国、台湾、メキシコ、フィリピン、ネパールなど。さらに毎月数回、リアルな現場での「面接イベント」も開催しているという。「アルバイト情報サイト」という言葉のイメージよりは、だいぶ汗の匂いのする事業モデルのようだ。
「実は最初は、日本人向けサイトと同じように、ウェブで完結するビジネスだと思っていました。でも、事業を展開する中で、より踏み込んだ介在やサポートが必要だということがわかってきたんです」と加藤さんは言う。

 「大手の求人サイトにとっては、本気でやるほど大きな市場ではないかもしれません。手間やコストもかかりますから。実際、新しい事業者が、できてはなくなっていくという状況で、本当にこのビジネスが成り立つのかどうか、うちも含めて、まだ、どこも『正解』を見つけていないのではないでしょうか。だからこそ、チャンスだとも思っています」
 留学生向けのアルバイト情報サイトの利益を圧迫する要因としては、コミュニケーションや翻訳などで手間やコストがかかることに加えて、求人サイトに支払う費用を、日本人の採用に比べ低く抑えようとする企業側の姿勢もあるという。以前よりは、外国人の採用に積極的な企業も増えてきたが、いまだに外国人というだけでお断りという店も少なくはないそうだ。

 「外国人を雇う上で一番大事なのは『マインド』です。コンビニや居酒屋チェーンの本社が、外国人を積極的に採用する方針でも、現場の店長との意識のギャップがあることも多い。一緒に働く上で、日本での常識が通用しないことにイライラしたり、きちんと教育できずに放っておいたら、うまくいくものもいきません。今、留学生アルバイトに頼っている業種は少なくありませんから、雇用者側の意識を変えていくことが、とても重要だと思います」。
 留学生アルバイトを受け入れる側の姿勢の重要性は、実際に彼らを積極的に採用している企業の側からも聞くことができた。

 中国出身の金美香(きんみか)さんは、「はなの舞」などの居酒屋を全国展開するチムニー株式会社に2011年に入社。2018年2月、外国人の正社員やアルバイトを積極的に活用するために新設された、グローバル人財開発部の課長に任命された。金さん自身も、2004年に留学生として来日し、焼鳥屋などでのアルバイト経験もある。今は外国人の正社員を20人(現在は1000人中10人)、アルバイトを1000人(現在は9000人中600人)に増やすことを目標に、奔走している。
金さんはある日、現場のスタッフから、留学生との働き方の「コツ」を教えてほしいと言われたことがあるという。「コツなんてありません。愛情を持って育てようと思うかどうかが大事です。アルバイトをしている本人が『何で怒られているかわからない』と常にドキドキしている状態では、すぐに辞めてしまいます。『仕事が楽しい』と思うように育てることが大切です。そうすれば、自分の友だちを紹介してくれたり、さらに人が増えていきます」
 チムニーでもやはり、「2年前くらい」から、日本人を採用するハードルが高くなっている状態が続いているそうだ。事業の構造上、アルバイトを雇えなければ新店を出すこと自体が難しい。小規模の店舗でも、ホールとキッチンを合わせて、毎晩6人はアルバイトが必要になる。新しく採用した留学生アルバイトは、各エリアにある「教育母店」で2週間から1カ月ほどトレーニングを受け、その後、各店舗に配属される仕組みを構築した。留学生のメインの採用経路は日本語学校と専門学校で、特にベトナムは、現地で日本語学校を経営する「仲介業者」の存在が大きいという。その業者が留学生に対して、ビザの手配から、日本での学校や住まい、働き口などまで手配する。そのため、4月を中心に新しい留学生をまとめて採用することができるのだそうだ。また現在、来日しているベトナム人留学生には、2、3年前に来日した世代が呼び込んだ兄弟や友だちも多くいるという。
■課題は、卒業後の就労ビザの問題

 アルバイトが増えれば、「卒業後は正社員に」という流れも当然増えてくる。しかし金さんは、「それには課題が大きくて。就労ビザの問題です」と答えた。取材時の4月時点で、留学生アルバイトを経て、正社員の採用内定を出していた20名のうち、まだ3名しかビザが下りていない状況だという。「入管にビザが下りなかった方の再申請をしているのですが、入管はパンク状態で審査が長引いています。品川の入管に向かうバス停の前にも、長い列ができていました。一生に1度しかない入社式に出られないのは、かわいそうですよね」
 正社員として内定した方が申請しているのは専門的・技術的分野での就労ビザだ。留学ビザと異なり、いわゆる「単純労働」で働くことはできない。飲食店の接客業務は、この「単純労働」に当たるとされているため、アルバイト時代と同様の接客業務をすることはできない。従って、彼らは何らかのデスクワーク型の「専門的業務」に携わる旨を申請した上で、入管から承認を得る必要があるのだ。

 金さんによると、3月に学校を卒業した留学生たちは、7月までは留学ビザが有効だという。しかしその間、週28時間までのアルバイトは認められておらず、就労ビザが下りるまでは収入を得る道が閉ざされてしまうそうだ。今後、留学から就労へのビザ切り替えが増えていくことを考えると、「留学ビザが有効な間は、アルバイトでの就労を認める」といった見直しの検討も必要かもしれない。
 今回おふたりの話をうかがい、改めて感じたのは、深刻な人手不足の中で、「働く留学生」を「自分たちにとって都合のいい存在であってほしい」と安易に考えがちな日本企業側の傾向と、実際に彼らをアルバイトとして採用する上で直面する「それではうまくいかない」「ならばどうやったらうまくいくか」というリアルな学びの現状だ。

 加藤さんと金さんは、それぞれ自らが得た学びを、周囲の企業やスタッフに広めようと腐心しているように感じられた。「日本人が採用できないから、外国人でも採用するしかない」という企業レベルの発想。そして「単純労働は留学生などに例外的に認めるが、就労ビザでは単純労働は認めない」という国家レベルの発想。両者は違うことを言っているようで、どこか同じまなざしや論理を共有しているように思える。
 「違うけれど同じ人たち」と共生していくためには、謙虚さとリスペクトを持って、私たち自身のまなざしをみつめ直していく必要がありそうだ。当然ながら、文化も制度も自分たちの意思でつくり直せるし、いつだってつくり直していい。そのことを、忘れないようにしよう。
望月 優大 :ライター・編集者

<中印首脳>関係強化で一致 武漢で会談「一帯一路」の要所

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180428-00000097-mai-int
4/28(土)、ヤフーニュースより
 中国の習近平国家主席は27、28両日、湖北省武漢市でインドのモディ首相と非公式に会談し、関係強化で一致した。武漢は中国が進める現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の要所の一つ。「一帯一路」建設でインドに協力を働きかけることで、対中国を念頭にインドとの連携強化に動く日米をけん制するねらいがあるとみられる。【上海・工藤哲、ニューデリー松井聡】

 中国メディアによると、両首脳は一連の会談で、経済・貿易や投資分野などでの協力推進で合意した。習氏は「協力を強め、地域経済の一体化を進めるべきだ。世界経済の開放を進め、多国間貿易体制を支持する」などと発言。モディ氏は「中国と手を携えて発展途上国の利益拡大を促進したい」と述べた。

 両首脳は28日、市内の湖畔を散歩するなどし、2日間で6度の会談を重ねた。習氏は会談の場所を武漢とし、そこでモディ氏を直接出迎えることで「一帯一路」にインドを抱き込もうとする意図を印象づけた。

 背景にあるのが、日米が中国の海洋進出をにらんで提唱する「自由で開かれたインド太平洋戦略」への警戒感だ。中国は日米がインドを取り込んで中国包囲網を形成することを警戒しており、国際情報紙・環球時報は28日付の社説で、米国などを念頭に「中印対立の概念を作り出し、アジア太平洋戦略をインド洋に拡大している」と懸念を示した。

 一方、会談に臨んだモディ氏も、首脳会談の継続的な開催を提案してみせた。

 モディ氏は昨年9月、新興5カ国(BRICS)首脳会議で福建省を訪問し、今年6月には上海協力機構(SCO)首脳会議で山東省青島を訪れる。インド側には、昨年北東部周辺で中印両軍の緊張が高まったことを踏まえ、軍事的な緊張が再び高まることを避けるとともに、中国の経済協力を受けたいという思惑がある。

 ただ、中印両国の対立は依然存在する。最も大きな火種はパキスタンを巡る問題だ。中国はインドと対立するパキスタンを一貫して支援してきた。中国が「一帯一路」の主要事業と位置づける「中パ経済回廊」(CPEC)が、インドが領有権を主張しパキスタンが実効支配するカシミール地方を通過することから、インドは猛反発している。

 インドが目指す「原子力供給国グループ」(NSG)加盟も中国が反対して実現していない。インドが従来「勢力圏」と考えてきたスリランカやネパール、モルディブで中国が影響力を拡大していることも対中警戒の一因だ。

 印シンクタンクORFのラジェシュワリ・ラジャゴパラン氏は「中印は本質的な問題で対立しており、協力できる分野は限定的だ。本格的な関係強化は時間がかかるだろう」と指摘する。

米、ネパール人の一時保護資格打ち切りへ 「震災後の状況改善」

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180427-00000020-jij_afp-int
4/27(金)、ヤフーニュースより

【AFP=時事】2015年4月にネパールで起きた大地震を受け同国出身者およそ9000人に与えられていた米国在留資格が来年6月に失効する。米政府が26日明らかにした。
 国土安全保障省は声明で、ネパールの震災後の状況は改善しており、同国出身者に与えられた「一時保護資格(TPS)」をこれ以上続ける必要がないと発表した。「ネパール政府はいまや同国民の帰還を適切に管理できる」としている。

 TPSで米国に滞在しているネパール出身者は2019年6月24日までに出国しなければならない。

 災害に見舞われた国の人々は本国で復興が進むまでの間、TPSの元で米国に長期滞在することが許可されていた。しかしドナルド・トランプ(Donald Trump)政権は不法移民取り締まりの一環としてTPSを見直しており、ほとんどの場合TPSを取り消している。

 TPSの打ち切りはエルサルバドル、ハイチ、ニカラグア、スーダン出身者に対して決定されており、現在ホンジュラス、シリア、イエメン出身者に関しては検討中だという。【翻訳編集】 AFPBB News

最近日本でよく見かけるネパール人労働者たちはGDP世界172位の貧困国から来ている

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180426-00168423-dzai-bus_all
4/26(木) 、ヤフーニュースより
 3月後半から2週間ほどネパールを訪れ、カトマンドゥとポカラに行ってきた。忘れないうちに、旅の感想を書いておきたい。

 下はカトマンドゥのトリブバン国際空港から見た朝日。北京では同じような夕日を見たが、このように太陽を目視できるのは大気が濁って光を反射しているからだ。カトマンドゥは盆地で、都市化が急速に進んでいるため、近年、大気汚染が深刻な問題になっている。

 実際、カトマンドゥの街を歩くとマスク姿の地元のひとをたくさん見かける。大気汚染の最大の原因は古い車やバイクの排気ガスで、道が狭く常に渋滞しているため、さらに汚染が進むのだという。

 カトマンドゥの人口は100万人を超え、2030年代には300万人になると予想されている。それに対してインフラは脆弱で、1日に何度も停電するため道路に信号機を取りつけることができず、主要な交差点では排気ガスのなかで警察官が手信号で車を捌いている。それ以外の交差点は早い者勝ちで、先に車を突っ込んだ方に優先権がある。これでは交通事故が増えるのは当然だ。
友人と談笑するために不合理に銀行に並ぶ若者たち
 朝9時ごろ、ホテルを出て街を歩いていると、建物の前に長蛇の列が出来ているのを見かけた。ネパールでは男女が同じ列に並ぶことはないらしく、手前が女の子の列、向こう側が若い男の子の列だ。

 そのほかにも2カ所、同じような長い行列に遭遇した。彼らが入っていこうとしているのは、どれも同じ銀行の支店だった。

 そのあと、片言の英語を話すタクシーの運転手に訊いてみたのだが、彼らはネパールの地方からカトマンドゥに働きにきている若者たちで、ラーマ王を祀るラム・ナワミ(3月25日)やネパールの旧正月(4月14日)のために故郷に送金しようとしているらしい。しかしこの行列では、送金するだけで1日がかりになってしまうだろう。

 翌日、ヒマラヤを空から眺めるマウンテン・フライトに行くために朝5時半にホテルを出たのだが、この銀行の前にすでに何人かの若者が立っていた。10時開店とすれば、5時間ちかく並ぶことになる。

 その後、ATMから現金を下ろすために別の銀行に寄ったのだが、そこには行列はできていなかった。どうやら、送金手数料の安い一部の銀行に出稼ぎの若者たちが殺到しているようだ。

 しかし、これはどう考えても不合理だ。実家にいくら送金するかはわからないが、送金手数料のちがいはせいぜい数百円だろう。だったら、送金は近所の銀行でさっさと済ませて働くなり、デートに行くなりしたほうがずっとマシだ。さらに、この銀行の看板を見るとスマホで送金できるような説明がある。いったん設定すれば、何時間も並ぶ必要はなくなるだろう。

 しかし行列する若者たちを見ると、友人と談笑したりしてみんな楽しそうだ。だとしたらこの行列は、彼らにとって年に何度かのイベントなのかもしれない。
壊れた橋を直さず、川底を走るクルマやバイク
 ポカラはネパール最大の観光地で、ヒマラヤ・アンナプルナ山系の白く輝く山並みと美しい湖とが織りなす風光明媚な街として知られている。アンナプルナへのトレッキングの拠点としても有名だ。

 ポカラの初日は、ヒマラヤを眺めることができる山間部のホテルに泊まることにした。ポカラ空港でタクシーの運転手と交渉したら2000ルピー(約2000円)といわれ、ずいぶん高いなあと思ったらそれもそのはずで、4WDでなければ走れないような悪路を普通車で上っていく。いちばん驚いたのは道路が川にぶつかって、車がそのまま水のなかに入っていったことだ。

 それが下の写真で、オートバイが細い川を渡ろうとしていることがわかるだろう。しかしなぜ、こんな不便なことになっているのだろう。

 その理由は、付近を散歩していてわかった。ここにはもともとちゃんとした橋があったのだが、それが壊れてしまった。それで仕方なく、川に下りていく道をつくったのだ。

 しかしそれでも謎は残る。どう見ても、橋を修理するのがそれほど大変とは思えない。だったらなぜ、さっさとやらないのだろうか。

 ホテルにこの村出身のスタッフがいたので訊いてみると、「ネパールはみんなのんびりしてるからねえ」という返事だった。「でも、雨季が始まると川は渡れなくなるから、それまでにはなんとかなってるよ」

 ポカラから1泊2日でトレッキングに行ったときも、同じような光景に遭遇した。下の写真ではバスや車がダートロードを走っているように見えるが、じつがここは道路ではなく川底だ。本来の道路は川の左手を走っているが、そこが工事中なので乾季のあいだは川底を交通路に使っているのだ。
日本からの仕送りで建てた家「ジャパンハウス」
 ポカラで最初に泊まった山のホテルは、電気は太陽光発電、レストランは自分の農場で育てた有機農法の野菜、朝はしぼりたての水牛のミルクが届けられるというネイチャー指向で、宿泊者のほとんどは欧米からの旅行者だ。そんなこともあって、ホテルの近くを散歩していると、村人から英語で話しかけられる。

 彼らの話では、この村からはたくさんの若者が日本に出稼ぎに行っている。村にはところどころ、ほかよりも立派な家があり、それは「ジャパンハウス」と呼ばれている。日本からの仕送りで建てた家だという。

 ネパールからの出稼ぎ労働者というと、東電OL殺人事件で逮捕され、15年間の拘留ののちに無罪が確定したゴビンダさんが有名だが、2011年の東日本大震災で中国や韓国の労働者が帰国したあとはネパールやベトナムからの労働者が急増している。彼らは留学を名目に来日し、働きながら日本語を学んでいることになっている。日本に来るために100万円以上の借金をし、それを返済しつつ故郷に仕送りして立派な家まで建てているのだ。

 来日費用の100万円は、ブローカーと専門学校に支払われる。アジアでもっとも貧しい国に生まれたネパールの若者を、世界でもっともゆたかな国のひとつである日本で専門学校・日本語学校を経営したり、そこから給与を受け取っている「教育者」が搾取している。これは日本の教育業界の恥部だが、ふだんは立派なことをいっている教育関係者はこの理不尽な現実に見て見ぬ振りを決め込んでいる。
「フランスで死ぬのも、ネパールで死ぬのも、どこで死ぬのも同じ」
 せっかくポカラに来たのだからトレッキングを体験してみようと、地元の旅行会社で初心者向けの1泊2日のガイド付きツアーに申し込んだ。早朝にヒマラヤのビューポイント、サランコットまで車で行って日の出を見、そこから西に10キロほど平坦な道を歩き、オーストラリアン・キャンプと呼ばれるトレッキング基地まで登るコースだ。

 ポカラには世界じゅうからさまざまな観光客が集まってくる。わずか2日のトレッキング体験だが、面白いひとたちと出会った。

 下の写真はごくふつうの白人高齢者に見えるだろう。フランスからやってきたグループで、年齢は70歳を超えていると思うが、じつは筋金入りのマウンテンバイカーで、15日間にわたってアンナプルナの麓をマウンテンバイクでツーリングしているのだという。写真からはわからないが、全員、お尻から太ももにかけての筋肉がすごい。

 昼食時のレストランでたまたまいっしょになったのだが、午前中でツーリングは終わりらしく、男たちはウイスキーを回し飲みしている。そのなかの一人に「すごいですね」と声をかけたら、「フランスで死ぬのも、ネパールで死ぬのも、どこで死ぬのも同じだからね」との答えが返ってきた。

 昼食のあとは乗り合いバスで15分ほど移動し、そこからオーストラリアン・キャンプまで1時間半ほど山を登った。最初はたいしたことないと思ったが、かなり急な山道で最後は息が切れた(帰りはもっと大変で、段差の大きな階段を下ったら3日ほど筋肉痛が収まらなかった)。

 アンナプルナを一望できるオーストラリアン・キャンプにはいくつかのロッジやキャンプ場があるが、そこでサッカーをしている家族連れを見かけた。下の写真の男の子は5~6歳で、あの山道を登ってきたのかと驚いたら、実は彼らには1歳の赤ん坊もいて、母親が赤ん坊を背負い、父親が2人分の荷物を担いでトレッキングしているのだという。

 夕食のとき、一人で食事をしている中年の女性がいたので話しかけてみたら、彼女はイギリス人で、夫とネパールを旅行しているのだが、夫は本格派のトレッカーでアンナプルナのベースキャンプまで1週間かけて歩いているのだという。彼女はさすがにそこまでつき合えないので、ガイドを連れて近場のコースをトレッキングしているのだ。

 驚いたのは、「どれくらいネパールにいるの? 」との質問に「1カ月」とのこたえが返ってきたことだ。この夫婦は毎年長期の休みをとって、世界じゅうの山をトレッキングしている。最近はアジアが多く、去年はベトナム、一昨年はミャンマーの山を歩いたという。

 といっても、二人ともふつうの会社に勤める「サラリーマン」だ。職場はロンドンの南にある町の交通局で、そこで運行管理の仕事をしている。なぜ1カ月も休めるのかと訊いたら、クリスマスやイースターなど、ほかの職員が家族と過ごしたいときはすべて自分たちが働くという条件で会社と交渉し、認めてもらったのだという。「私たちみたいなのはイギリスでも珍しいんだけどね」とはいっていたが、有給休暇を消化することすらできない日本の会社ではありえないだろう。

 欧米からはるばるネパールまでトレッキングに来るひとたちが母集団だから一般化はできないものの、彼らと話していて感じるのは、「この世界に生まれた以上、生きているうちは思い切り楽しまなければもったいない」という価値観だ。旅行者同士がすぐに打ち解けるのは、この価値観を共有していることが暗黙の前提になっているからなのだろう。
ネパールの1人あたりGDPは732ドルで世界172位
 ポカラの周辺をトレッキングしていると、学校に通う子どもたちとよくすれちがう。小学生の男の子にガイドが英語で話しかけると、英語でこたえが返ってきた。ガイドの説明では、ネパールの学校は公立と私立があって、私立学校はネパール語の授業以外、すべての教科が英語で行なわれるという。

 教育にちからを入れているにもかかわらず、問題はそれを活かす仕事が地方にはほとんどないことだ。そのため多くの若者が、高校を卒業するとカトマンドゥに向かうか、外国で働こうとする。

 ネパールの1人あたりGDPは732ドルで世界172位、ミャンマー(1231ドル)の3分の2以下で、アジアではアフガニスタンと並んで最下位だ。

 故郷に仕送りするためにカトマンドゥの銀行に並んでいた若者たちも、日本のあちこちで見かけるようになったネパール人労働者も、こんな田舎からやってきたのだ。

 橘 玲(たちばな あきら)

  作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)など。最新刊は『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)が好評発売中。

<ネパール地震3年>女性らの人身売買被害増

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180424-00000041-mai-asia
4/24(火) 、ヤフーニュースより
 【ニューデリー松井聡】約9000人が死亡した2015年のネパール大地震から25日で3年になる。地震後、子供や女性が隣国インドに売られる途中で、国境などで救出されるケースが急増している。地震前の14年の救出者数は約30人だったが、昨年は600人を超えた。専門家は「地震で生計手段を失った女性らが人身売買の被害に遭うケースが後を絶たない」と指摘している。

 「一日中暗い部屋に閉じ込められ、20人も相手をさせられた日もあった。太陽の光を見ることさえかなわず、何度も死のうと思った」。人身売買の被害に遭い、17年5月からNGOに救出されるまでの約9カ月間、ニューデリーで売春を強制されたネパール人女性(24)は言葉を絞り出すように話した。

 女性はネパール東部出身。住み込みで働いていた農場が地震で被災し、職を失った。その後、ホテルで料理人をしていた。だが、家賃などを差し引いて食費として使えるのは月に500ルピー(約510円)だけだった。

 知人の男から「インドに安全で稼げる仕事がある」と言われ、男と一緒にバスで国境を越え、連れて行かれたのがニューデリーの売春宿だった。「監視され、逃げ出せなかった。同じ境遇の女性はたくさんいる」と早期救出を訴える。

 インド当局によると、国境で救出されたネパール人の被害者は、地震前の14年は33人だったが、15年には336人に急増。16年は501人、17年は607人と増加傾向が続く。大半は16歳以下の女性で、売春宿に売られる途中だったケースが多い。ネパール政府も対策に取り組んでおり、16年度は被害に遭いかけた約1万3600人を事前に救出した。

 救出活動に当たるインドのNGO「レスキュー・ファンデーション」で調査を担当するサントーシュ氏は「人身売買の全体の件数も増加傾向にある。人身売買を行う側は常に取り締まりから逃れる方法を考えている」と分析。地震から3年を経たネパールの状況について「観光産業は回復したが、苦しい生活を強いられている被災者はまだ多い。被災者への支援や経済成長が課題だ」と指摘している。