Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/8ec01e381bb93fc8f11274eb4e0b7550c6dd0e83
「馬鹿にしてんだろ!静かにしろ!」警察官が怒鳴り声をあげて、男性を羽交い絞めにする様子が監視カメラの映像に残されていた。男性は、ネパール人のアルジュンさん(当時39)。2017年、警視庁で取り調べを受けていたアルジュンさんは、「戒具(かいぐ)」と呼ばれるベルト手錠などで身体を拘束された。2時間に及ぶ拘束の直後、アルジュンさんは突然意識不明となり、死亡した。 【写真を見る】“命の値段”わずか100万円 留置場で拘束され死亡したネパール人男性の裁判 警視庁側に賠償命令も残る疑問 遺族は「不当な身体拘束が原因だ」として東京都などに対し損害賠償を求める訴えを起こした。2023年3月、東京地裁は東京都の過失を認め、賠償を命じる判決を出した。しかし、賠償額はわずか100万円だった。妻と一緒に日本で暮らすことを夢見ていたアルジュンさんは、なぜ命を落としたのか。そして、なぜ賠償額は低く抑えられたのだろうか。 ■戒具で2時間拘束 手錠外した直後に死亡 2017年3月、アルジュンさんは、拾った他人名義のクレジットカードを所持していたとして、占有離脱物横領容疑で逮捕された。アルジュンさんは嘔吐を繰り返し、病院で「急性胃腸炎」と診断されたが、勾留は続いた。問題が起きたのは、逮捕翌日の朝だ。警察官が布団の片付け方について指示をするが、日本語がよく分からないアルジュンさんは、開いていた扉から部屋を出て廊下へ。警察官が部屋に連れ戻そうとするも、鉄格子にしがみつくなどして抵抗した。 警察官 「静かにしろよ、おらぁ。おらぁ。馬鹿にしてんだろ!静かにしろ!」 (都が裁判で開示した映像を弁護団が書き起こし) 警察官は、アルジュンさんを羽交い締めにして引き倒し、保護室に連れて行った。保護室では10人以上の警察官がアルジュンさんを取り囲み、手首、膝、足首の3か所を拘束した。使われた戒具は、ナイロン製のベルト手錠と捕縄という拘束用のロープだ。 アルジュンさん 「苦しい、やめて、やめて、やめて」「痛い、痛い!」 ネパール語でこう叫んでいたというアルジュンさん。遺族側の通訳によると最上級の敬語を使い「私は合掌してお願いします、聞いてください、旦那さま」と発していた。だが、その場に通訳はいなかった。警察官は何度か捕縄を締め直し、拘束は2時間にわたり続いた。そして、アルジュンさんは足首の戒具をつけたまま、手首と膝の戒具を一端外された。手首は赤黒く膨張していたが、この時点で医療措置がとられることはなく、護送用の手錠にかえられ、車椅子に乗った状態で東京地検に送られた。取り調べが始まり、片方の手錠を外された直後に、意識を失い、まもなく死亡した。
■絶望する妻「死亡を伝えられた日の記憶ない」 遺族は、国と東京都に対し約6200万円の損害賠償を求めて提訴した。2011年「技能」のビザで来日し、ネパール料理店でコックとして働いていたアルジュンさん。一時帰国した後、2016年に再来日した。ネパールにいる妻を日本に呼び寄せようと働いていたが、2か月ほどで料理店を解雇されてしまう。逮捕時は無職で、ホームレス状態だったとみられる。ネパールで暮らす妻のアンビカさんが、JNNの取材に応じた。 アンビカさん 「人生で起きたほとんどのことを思い出せますが、夫が亡くなった知らせを受けた日については記憶がありません」 アルジュンさんは亡くなる2日前、電話でアンビカさんに対し「私は元気です、心配しないように」と伝えていた。元気だった夫の突然の死。アンビカさんは「何が起きたのか全く理解できなかった」し、「生きているのが本当につらかった」と語る。 アンビカさん 「穏やかな性格で、周囲とも仲が良く、何一つ欠点が見当たらない夫でした」 「幸せを求めて渡った日本で、夫はなぜ命を落としたのか」。真実を知りたいと願うアンビカさんの思いにこたえようと、日本にいる支援者たちが裁判の資料集めに奔走したという。 ■警察の留置 戒具による拘束後の死亡相次ぐ 戒具での身体拘束をめぐり、容疑者が死亡するケースは後をたたない。2022年12月4日、愛知県警岡崎署に勾留されていた40代の男性が、ベルト手錠などの戒具で拘束された後、急死した。拘束はのべ140時間以上に及んだ。また、同年12月17日には、大阪府警浪速署で勾留中の40代の男性が死亡した。男性は、自殺をほのめかしたことなどから、2日間にわたって計約4時間、戒具で身体を拘束された。そして、拘束が解除された9時間後に意識を失った。警察は「戒具の使用は適切で、死亡との関連はないとみられる」としている。アルジュンさんの裁判で、遺族側の代理人をつとめる川上資人弁護士は、こう指摘する。
川上資人弁護士 「懲罰的に戒具を装着して締め上げてやろうという警察業務 、留置業務が漫然と続けられているから、死亡事例が今もなくならない」 戒具について、刑事収容施設法は、以下の3つのいずれかの恐れがある時に使用を認めている。 (1)逃走する (2)自身を傷つけ、または他人に危害を加える (3)刑事施設の設備、器具などを損壊する 川上弁護士は「現場では、使用要件を満たすのか深く考えずに漫然と戒具を使っているのではないか」と疑問視する。アルジュンさんについては、保護室に入れられたことで逃亡の恐れはない。また、他の収容者もいないため他人に危害を加える恐れもなく、自殺の恐れもなかった。即ち、保護室に入った後に戒具を使用する必要はなかった、と遺族側は主張している。 ■死亡は戒具による拘束が原因 それでも「適法」に憤る遺族側 3月17日の判決で、東京地裁は、アルジュンさんが「部屋から出ようとして、制止した警察官に強い力で抵抗し、暴れた」ことなどから、戒具を使用したことは「違法ではない」と認定した。しかし、警察官がアルジュンさんの手首が赤黒く膨張していたのを認識した時点で「速やかに病院に搬送していれば死亡は避けられた」として東京都に100万円の賠償を命じた。一方、東京地検は「死亡を予見できなかった」として、国の賠償責任は否定した。 死因については「高カリウム血症と推測される」とした。戒具の使用で筋肉細胞が壊され、そこから溶け出た多量のカリウムが、戒具を解除されたことで徐々に血液中に流れ出し、致死量に達したことで心停止に至ったとみられる。判決後、遺族側は、戒具の使用について「警察の裁量に委ねられていると判断されたようなもの」と憤った。 ■過失認めるも“命の値段”わずか100万円は妥当か 小川隆太郎弁護士 「勝訴ではあるが、損害の認定額について極めて不服が残る判決」 都の違法行為が認められたのに、なぜ100万円の賠償しか認められなかったのか。それは、国家賠償法の「相互保証」が適用されたためだ。今回、東京地裁は、ネパールで日本人に認められる賠償と同程度の100万ルピー(約100万円)を上限、と判断した。弁護団によると「相互保証」の規定は「時代錯誤だ」との批判も強く「実際に裁判で厳格に適用されるケースはほとんどない」という。
小川隆太郎弁護士 「相互保証の適用は、人権保障の点からも問題だ」。 「ネパール人は100万円で、アメリカ人だったらどうだったのか。100万円でいい、という誤ったメッセージを送り、抑止にならないのではないか」。 賠償額の低さと、戒具の装着の違法性を争い、控訴する方針だ。「第ニ、第三のアルジュンさんを生まないために」。弁護団と支援者の闘いは、高裁の場にうつる。 (TBSテレビ社会部 司法記者クラブ 高橋史子)
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