Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/090861a456ead28611f036b7de32872a231639fd
(星良孝:ステラ・メディックス代表/獣医師/ジャーナリスト) 結核集団感染の報告が日本各地で相次いでいる。結核の感染者数は着実に減少傾向にあるが、ゲリラ豪雨のように、散発的に大勢の感染者が発生しているのだ。 【グラフ】国別で見た外国出生者の結核患者数。1位は……。 コロナ禍を経て人流が回復したことで、さまざまな感染症が広がっている。最近では、マイコプラズマ肺炎の感染者が急増しているほか、人食いバクテリアやエムポックスという感染症の発生も問題視されている。 ◎エムポックス急拡大の背景に「強毒型1b」と「売買春」、ゲイからヘテロに感染が広がり始めた意味(JBpress): ◎若年層や妊婦も容赦なく襲う高致死率の「人食いバクテリア」、冬場の感染急増に備えるには? (JBpress) 結核は以前から集団発生が問題になることはあったが、このところ集団発生の報道が特に増えている印象だ。いったいなぜなのか。 そこで今回は、最近の結核集団感染の状況を見ながら、その背景とこれから対策を講じるべき課題について考察していく。掘り下げていくと、2027年までの制度変更を見据え、隠れた課題が浮かび上がる。治療に薬剤費だけで350万円近くがかかる薬剤耐性結核(保険適用前)のリスクにも注意すべきだ。 ■ 東京都足立区の中学校で11人が感染判明 最近大きく報道された集団感染には次のようなものがあった。直近では筆頭に書いたが、この10月に福島県郡山市で結核集団感染が報道された。目にした人もいたかもしれない。 ●福島県郡山市 2024年10月 高齢者施設34人(うち4人発病)、医療機関1人 ●東京都足立区 2024年9月 中学校生徒・職員11人(うち2人発病) ●青森県八戸市 2024年9月 職場の接触者18人(うち2人発病) ●福岡県北九州市 2024年8月 日本語学校学生・職員19人(うち10人発病) ●茨城県土浦市 2024年8月 介護老人保健施設入所者5人、職員6人(計11人) ●秋田県秋田市 2024年5月 高齢者施設入所者・職員5人(うち3人発病) ●福岡県福岡市 2023年10月 日本語学校学生4人、職員9人(計14人) それでは、国内全体で見たときの結核の発生はどうかというと、下図で示している通り、集団感染が頻発している印象とは対照的に、全体としては減少傾向にある。 2000年は年間4万人が報告されたが、今では1万人を切る水準にまで減少した。この20年強の期間に実に4分の1以下に減った格好だ。全体の数字から見ると、たまたま報道によって集団感染が目立っているだけなのかとも感じられる。 しかし、結核感染者の内訳を細かく見ると、急増しているグループの存在が浮かび上がる。それは外国出生者の結核だ。次ページのグラフに明らかなように、新規に結核感染が判明する外国人の推移が特に13年以降、拡大している。
■ 「都会でも結核の感染は決して珍しくない」 この年に東南アジア諸国のビザが規制緩和されたことが大きいと見られているが、フィリピン、ベトナム、インドネシア、ネパール、ミャンマーというアジア出身者を中心とした外国出生新登録結核患者が上昇傾向にあることが分かる。 コロナの影響で、2020年~23年にかけて特に中国の患者は大きく減ったが、全体としては増加傾向にある。年間、それぞれの国の出身者が100~300人ほどの規模で新たに結核と判明している。 結核診療に長く携わる医師の高柳喜代子氏は、現在も都内の医療機関で1日3000件近い結核検診の胸部X線写真の読影をこなす日があるという。そんな高柳氏はこう語る。 「集団感染の事例に共通しているのは、特定の施設や職場で結核患者が発生し、接触者の中で感染が広がっていくというものです。その一つは高齢者施設。高齢者の中には、過去に結核に感染し、一度治ったり、発病しないまま過ごしてきたりした人が多く、高齢になり免疫力が落ちて、結核を再発することが知られています。高齢者の結核は発見が遅れがちなので、集団発生につながります。もう一つは、海外から来日した外国出まれの20代、30代の人たちを中心とした集団での発生です」 なぜ外国出生者の結核が日本で発見されるのか、高柳氏は以下のように続ける。 「東南アジアでは結核が依然として流行しており、母国で結核に感染した若者たちが、来日後に発病することがあります。多くは、製造業や介護の現場で働く技能実習生や、日本語学校や専門学校、夜間中学、高校などに通う学生です。留学生はコンビニや飲食店、配送業などでバイトもしています。そのため、学校や職場、シェアハウスや会社の寮などで、結核の感染が広がりやすい」 都会にいると日常的に結核の名を聞くことはあまりないかもしれないが、東京都内で診療に当たっている高柳氏のある1日は「結核漬け」というべき1日だ。 朝:600枚の胸部X線写真を読影。高齢者が多く、結核が治癒した影や結核の再発疑いで精密検査に回る人たちが発見される。 午前~夕方:診察に移り、結核の疑いがある若いアジア人の結核菌を検出するために、痰と胃液を採取。外来診療では、学校や職場の健康診断で胸部X線写真の異常を指摘された人、結核を疑う症状がある人、結核患者と接触した人、など多くの外国出生者を診療。 夕方:日本語学校の結核検診で撮影した胸部X線写真、約2000枚を読影。左肺に大きな空洞がある結核疑いの写真、早期だが結核が濃厚に疑われる写真などが発見される。 高柳氏は「いつか結核がゼロになった日にこの1日を振り返ると、隔世の感でしょう。都会でも結核の感染は決して珍しくはありません」と実感を込めて語る。
■ 日本語学校の生徒で結核が増える理由 海外から中長期で日本に在留する外国人を見ると、中国からの来日が最も多く、続いてベトナムからの来日者が増加している。また、韓国が減る一方で、フィリピンからの来日者が増えていることが分かる。 東南アジアの場合、技能の移転や人手不足の解消を目的として来日する外国人や留学生が大半を占める。 労働者の在留資格として主なものに、帰国前提で技能移転のため来日して就労する「技能実習生」と、一定の専門性を持って来日して就労する「特定技能」がある。 高柳氏によると、外国出生者の結核には、発見が遅れて病状がかなり進んだケースが珍しくない。 「特定技能や技能実習生では、入国前後に一定の健診を受ける機会はあるものの、結核が見逃されてしまうケースも少なくありません。健康診断で異常が見つかったとしても、その後のフォローアップが不十分で適切な受診に結びつかなかったり、病院に受診しても風邪と言われてしまったりして、結局は症状が進行してしまう場合もあります」 例えば、日本で働き始めた後に結核が発覚した特定技能の外国人のケース。入国前に出身国で健診を受けて異常があったが、肺炎と診断されて結核の検査が不十分だった。その後、日本での就労中に症状が進行。言葉の壁もあり、なかなか受診につながらず、診断が遅れた結果、結核が進行し、同室者数名も結核に感染してしまったという。 このほか、ある技能実習生は、出身国で結核に感染していたが、まだ発病していなかったため、入国前の健診では結核が発見されず、そのまま日本に入国した。入国後数カ月経過してから、咳や体重減少などの症状が現れたが、最初に受診したクリニックでは風邪と診断され、結核の検査は行われなかった。 その後、症状が悪化し、再度医療機関を受診したところ、ようやく結核と診断された。この間に症状が進行したため、入院を要する状態になってしまった。 また、一部の留学生では結核を見つける機会が限られている。 「日本での就労を希望して来日する外国人の中には、 まず日本語学校に入り、その後、専門学校に進学する人が多いのですが、日本語学校では結核検診が義務付けられておらず、学校の任意となるため、結核を発見する機会がない場合もあります。こうした留学生の多くは、シェアハウス、2DKのような狭い部屋で複数人と共同生活をしているため、結核の診断が遅れて、同居している外国人にも結核の感染が拡大してしまうケースが報告されています」 日本語学校の生徒は若年層が多く、普段から健康を意識する機会は少ない。症状があっても医療機関に行かず、活動範囲も広いため、周囲に感染を広げてしまうリスクも高い。診断が遅れた場合、既に複数の接触者に感染が拡大しているケースも見られる。集団生活環境では、結核が一度発生すると、その広がりを抑えるのは非常に困難で、早期発見が何よりも大切だ。 こうした背景を知ると、日本で起きている集団感染の背景をうかがい知ることができる。
■ 入国前の結核スクリーニングが機能していない現実 日本国内で、外国出生者に結核が多く発生する背景には、結核が流行している国々からの入国前の結核スクリーニングがまだ機能していないという現状がある。 WHO(世界保健機関)の資料から結核の発生状況を確認してみる。 東南アジア諸国ではいまだに結核がまん延しており、特にフィリピン、ベトナム、インドネシアなどでは結核の発生率が依然として高い。日本では新規の結核の発生は10万人当たり年間8.2人だが、東南アジアでは10万人当たり年間100以上発生している国が多い。フィリピンは10万人当たり650人で、日本と比べて100倍近い水準で発生している。 しかも、ここ7年の推移を見ると、東南アジアの各国の発生は5%以上増加している。 従来、こうした外国出生の労働者や留学生について、母国で既に結核を発病していても、入国前に見つけ出すための体制が十分ではなかった。特定技能では健康診断が義務付けられているが、技能実習生や留学生には健診が義務付けられておらず、来日後に健診を受ける機会がない場合もある。 前述の通り、外国出生者の結核患者数が急増したことから、政府は2020年に6カ国(フィリピン、ベトナム、中国、インドネシア、ネパール、ミャンマー)からの中長期滞在者には「入国前結核スクリーニング」を義務付ける方針を打ち出した。 これを受けて、結核研究所の入国前結核スクリーニング精度管理センターが、対象国での入国前結核検診実施医療機関の査察や精度管理を実施しているが、コロナ感染の拡大などの影響で計画通りにいかず、2024年現在、まだ開始に至っていない。 「外国生まれの結核患者は今後も増えることが予想され、入国前結核スクリーニングの早期の体制整備が望まれますが、一方で途上国の医療機関のレベルには格差があるため、しっかりと精度管理しないと、結局はスクリーニングをすり抜けて、入国後に発見されるケースを防ぐことができません。そのあたりが課題と考えています」
■ 結核の「2027年問題」とは何か? 高柳氏が指摘する通り、外国人労働者向けの結核対策は待ったなしだ。27年までに施行される「育成就労制度」の存在がある。この新制度の導入により、日本に来る外国人労働者の数は大幅に増加する見通しであるためだ。 23年末の時点で、技能実習生が約40万5000人、特定技能外国人が21万人ほど日本にいるが、技能実習では、失踪の問題があったり、母国で多額の仲介料が求められたりする問題が発覚し、同制度は廃止されることになっている。 24年に改正法が成立し、「育成就労」が2027年までに開始されることになった。国は新たな制度の下、2029年までに特定技能外国人が最大82万人に達すると予想している。飲食店や製造業、介護分野で外国人労働者の急増が見込まれる。 この急増に伴い、外国人労働者が多く集まる地域や職場での結核対策が一層重要となる。筆者はこの課題を指して「結核の2027年問題」が差し迫った状況にあると考えている。 育成就労は、3年ほどの期間で文字通り育成が行われ、その後、特定技能外国人として就労する流れになる。就労先は、飲食業、製造業、介護などが多いが、特に飲食業や介護の現場では、従業員が顧客や利用者と接触する機会が多いため、感染拡大のリスクを考える必要がある。 さらに、多剤耐性結核の問題も見過ごせない。 フィリピンを中心に複数の薬に耐性を持つ、つまり薬が効かない多剤耐性結核の感染者が多く報告されている。こうした患者は新薬を使って治療する必要があり、治療コストは6カ月で薬代だけで1人当たり350万円近くなる。幸い日本では多剤耐性結核の報告は今のところ少ないが、今後、海外から厄介な結核の侵入が増える可能性も考えておく必要がある。 そもそも結核は高齢者で問題になっており、今後、社会の高齢化によって問題が大きくなることが予想される。結核の感染者は、体内に結核菌を保有しているものの、症状が現れない潜在性結核感染者が存在することが知られている。こうした人々が免疫低下などにより発病するというケースが多くある。こうした問題も注目する必要がある。 それと併せて、ここまで示したように外国出生者の結核への対策が急務だ。 【参考文献】 ◎市内2施設における結核発生について - 郡山市公式ホームページ (koriyama.lg.jp) ◎2023年結核年報の概況(公益財団法人結核予防会結核研究所) ◎入管白書「出入国管理」 2023年版「出入国在留管理」日本語版 出入国在留管理をめぐる近年の状況 ◎入国前結核スクリーニングの実施について Japan Pre-Entry Tuberculosis Screening ◎「技能実習制度」が「育成就労制度」に変わります ◎「技能実習」が「育成就労」に 参院で可決 新制度のポイントは 星 良孝(ほし・よしたか) ステラ・メディックス代表取締役/編集者 獣医師 東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPにおいて「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年に会社設立。獣医師。 ステラ・メディックス:専門分野特化型のコンテンツ創出を事業として、医療や健康、食品、美容、アニマルヘルスの領域の執筆・編集・審査監修をサポートしている。また、医療情報に関するエビデンスをまとめたSTELLANEWS.LIFEも運営している。 ・@yoshitakahoshi ・ステラチャンネル(YouTube)
星 良孝
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