2016年2月29日月曜日

<ネパール>移り住み半世紀 ヒマラヤ望むホテル3軒目建設

Source:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160220-00000019-mai-soci

毎日新聞 2月20日(土)、ヤフーニュースより
 標高6000~8000メートル級のヒマラヤの峰を一望するネパールの丘に、日本人からネパール人になった男性がホテルを建設している。ネパールに移住して半世紀になる旅行会社「ヒマラヤ観光開発」社長の宮原巍(たかし)さん(81)だ。昨年の大地震も乗り越え、今年10月末に開業予定。宮原さんは「最貧国とされるネパールの魅力を世界に発信し、発展につなげたい」と話す。

 「コーン、コーン、コーン」。昨年10月末、朝日でヒマラヤの山肌がピンクに染まる早朝、ネパール中部にある観光都市ポカラ郊外の「サランコットの丘」につち音が響く。重機の音は聞こえない。地元の大工や石工らの手作業でホテルの建設が進んでいた。広場の壁は、戦国時代に真田氏の居城だった故郷の上田城(長野県)の石垣をイメージした。

 宮原さんがネパールで建てるホテルは、ここが3軒目だ。最初が世界最高峰エベレスト(8848メートル)を正面に望む標高3880メートルに建つ「ホテル・エベレスト・ビュー」。1962年に初めてヒマラヤの山に登り「ここに住みたい」と考えた。4年後、知人を頼ってネパール政府に就職。各地を訪れ「ネパールの発展には工業より観光だ」と確信した。

 観光の発展にホテルが必要と考え、エベレストへつながる登山ルート沿いの土地を69年から開拓。道路がないため、資材はカトマンズ周辺から徒歩で約半月かけて運び上げた。世界初のエベレスト登頂に成功したエドモンド・ヒラリー卿の意見も聞いて、自然との調和を図る建物にした。ホテルは71年に完成。87年にはカトマンズにもホテルを建てた。

 当時、観光の需要はまだ少なく、エベレストのホテルは30年以上赤字が続いた。それでも「多くの人々の寄付や協力でできたのだから、つぶすわけにはいかない」と踏ん張った。2005年には、日本人初となるネパール国籍を取得した。

 旅行会社「ワールド航空サービス」の支援を受け、標高約1500メートルに建つ新ホテルの名は「ホテル・アンナプルナ・ビュー」。丘からはアンナプルナ連峰、マナスルといった名峰が見渡せる。昨年4月の大地震後、人手が不足して大幅に工事が遅れたが、今月から内装工事に入る。

 ホテル・エベレスト・ビューは欧米のトレッキング客の間で人気が高まり、近隣の村を訪れる外国人が増えた。地域住民の雇用にもつながっている。「人生はアドベンチャー。登山と同じで、頂上に達してももうけにならない無償の行為こそ、やりがいがある」。国の発展に向け、歩みを止めるつもりはない。【永山悦子】

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