2018年12月18日火曜日

外国人医療の現場で起きていること

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181212-00010001-nipponcom-soci
12/12(水) 、ヤフーニュースより

堀 成美

訪日外国人や外国人労働者の受け入れ体制が問われる中で、医療の現場では急増する外国人患者の受け入れに苦慮している。多国籍・多言語の患者への対応に関わってきた筆者が、外国人医療の課題を解説する。
外国人患者の対応に四苦八苦する医療現場
筆者が勤務する国立国際医療研究センター(東京都新宿区)に、「言葉の通じる病院を紹介してほしい」という外国人からの相談が増え始めたのは2015年頃からだった。ほぼ同時期に、「通訳体制がなくて困っている。外国人患者を引き受けてもらえないか」という他の医療機関からの相談も目立って増えた。

もちろん、以前から都内には多くの外国人が短期・長期に滞在しており、受診する患者もある程度の数は存在した。医療関係者に聞くと、その時々に身ぶり手ぶりで説明したり、患者の友人などの助けを借りてなんとか対応をしていたと言う。

しかし、最近になって「急いで体制整備をしなくては大変なことになるのではないか」という危機感が高まっている。統計の数字を待つまでもなく、現場レベルで「外国人の患者が増えている」と実感するようになったからだ。

月1件だった外国人患者への対応が週1件、1日1件と増え、観光地や都市部から全国各地へと不安を募らせる医療機関の数は広がっている。「東京五輪やパラリンピックに向けて」では間に合わない。患者の健康問題、命に関わる問題である。

例えば、新宿区に住民登録している外国人は全人口の約12%で増加傾向が続いている。人口増加分の6割以上が外国籍であり、働く世代から帯同家族の子どもの支援まで、多文化・多言の語行政サービスが必要となっている。地域の保育園や小学校の保護者向けの手紙は7言語準備する小学校もある。筆者の職場では新規外来患者の12%が外国籍であるため、通訳を介しての説明や診療はすでに「日常」となった。

政府は20年に訪日外国人4000万人達成を目指しており、短期滞在者への医療対応のニーズは高まるばかりだろう。そして、「骨太の方針」による外国人受け入れ枠の拡大で、日本で長期にわたり働く外国人も増える。つまり、医療の現場は、地域医療としての体制整備、訪日客対応と2つのニーズに直面している。主な問題を以下に挙げる。
「通訳」確保は個々の医療機関任せ
日本人の医師が日本語で日本人患者に説明しても、全てが明確には伝わるわけではない。医療を巡るコミュニケーションは難しい。

医療機関側には説明義務があるので、相手の理解を助けるために説明資料を渡すなどの工夫も行われている。こう考えると日本語が全く分からない人に通訳を確保するのは最低限の対応のように思えるが、日本の多くの医療機関に「通訳」という職種は存在しない。外部のサービスを利用しようにも、通訳に支払う謝金の予算がない、仮にあったとしても専門用語を理解する通訳がいないなどの問題にぶち当たる。

中には地域のボランティアに通訳を頼んでいる医療機関もある。警察や裁判には謝金の支払われる通訳が整備されているが、命に関わる医療分野では手薄な状態だ。筆者が関わったカナダとオーストラリアのフィールド調査では、英語でコミュニケーションが十分に取れない住民に対し、公費で訓練された通訳サービスが提供されている。患者の安全確保、人権を守るために必要な措置だという認識や合意があるため、予算や研修制度も整えられている。

日本では電話通訳サービスの契約に踏み切る医療機関も増えつつあるが、そのコストを負担できない施設では、なるべく外国人患者を受け入れないようにするなど、「共生」とは逆向きの反応も起きている。

医療側にも課題がある。「通訳が足りない」「知識やスキルに課題がある」と問題をあげつらうだけでは何も解決しない。例えば、筆者の勤務先では、他の医療機関や団体と連携し医療通訳養成研修を開催している。特に、近年需要の高いベトナム語、ネパール語、ミャンマー語については医療通訳に関心を持つ人が無料で学べる制度を設けている。誤訳を防ぎ、患者のためになる会話を支えてもらうためにできる医療者側の努力には、通訳前に患者の状況を共有する、やさしい日本語を話す、説明に使う資料をあらかじめ渡しておく等の工夫がある。

だが、個別の民間医療機関にこうした対応を求めることには無理がある。一部では、地域の医療機関が連携した取り組みも見られる。観光振興に熱心な石川県では、同県の医師会が電話医療通訳サービスと契約をし、会員の医療機関が費用負担なく必要な時に利用できるようにしている。対象には観光客だけでなく、留学生や技能実習生、就労者とその家族が含まれる。
「医療費未払い」は対応可能な問題
日本では検査や治療が終わって会計に行くまで、医療費がいくらになるのか分からない仕組みになっている。診察室で医師や看護師に「それはいくらかかるのか」と質問しても、答えることができない。それでも大きな問題にならないのは、日本では(米国などに比較すると)医療費はそれほど高額ではなく、国民皆保険制度により自己負担は3割に抑えられているからだ。入院などで費用が高額になる場合、支払い困難な人には別途支払額を軽減・減免する制度も整っている。

外国人でも、留学生や就労者のように、日本人と同じ健康保険に加入している場合は同様の仕組みで医療サービスを受けることができる。日本の医療機関が困っているのは、例えば日本の保険に加入していない訪日外国人が、旅行保険にも加入しておらず、高額な医療費を「支払えない」と言って帰国してしまうことだ。回収不能になった医療費は「未収金」として病院の負債になる。

なぜ外国人では未収金が問題になりやすいのか。「絶対に払わない」「払わず逃げよう」という悪意のある事例も皆無とは言えないが、数としてはとても少ない。どちらかというと、本来は支払える能力があるのに、受診の際に支払えないという問題がある。

例えば、病院が現金対応のみだが十分な日本円を所持していない、クレジットカードを買い物で上限まで使ってしまったので決裁が難しくなってしまった、旅行保険に入っているが日本の病院が英語での支払い手続きができないために立て替えるように言われたなど、さまざまな理由がある。こうしたケースなら、クレジットカードやデビットカードで支払えるようにする、カード会社に依頼をして上限額を上げてもらう、本国の家族に連絡して家族のカードで支払ってもらう、海外の保険会社とのやり取りを代行会社に依頼して手続きするなど臨機応変に対応すれば解決できる。

支払い方法の選択肢も、通訳がいれば確認や交渉がスムーズになる。もちろん、このような努力をしてもなお、高額な医療費を医療機関が抱えてしまうという問題は残る。
異なる文化・習慣への対応も必要
外国人患者受け入れの際に文化や習慣が問題になることもある。ムスリムの患者から、家族以外にはどうしても肌を見せることができないので女性スタッフだけで対応してほしいとの希望があった場合、ほとんどの日本の医療機関は要望に応じられないだろう。

例えば妊娠出産の場合、都内には女性スタッフだけでお産の対応ができる施設もあるが、決して多くはない。安心して出産するために母国に戻る、シンガポールやマレーシア等の医療機関を選択してはと助言するのも一案だ。

食事については、特定の食材や調味料を使わなければ大丈夫というレベルから、スタッフの手指消毒のためのアルコール使用までやめてほしいと要望される場合もある。治療上の制限がなければ、家族による食べ物の持ち込みやケータリングの利用などを含めて、入院前や入院時に医療機関と患者家族が話し合うことで解決できる場合もある。
今まで以上に重要な感染症対策
国境を越えた人の行き来が増えることにより、今まで以上に感染症対策が重要となっている。日本の医療機関は標準的な予防策を取っているが、医療者だけでなく患者や家族の協力も必要である。しかし、啓発ポスターや説明パンフレットにしても、日本語しかない場合が多い。例えば、麻疹(はしか)や風疹が流行しないようにするためにワクチンの接種率は95%程度を維持しなければならない。日本で妊娠出産、育児をする外国人への対応としては、日本の予防接種制度などを説明する多言語資料が必要だ。医療機関、自治体などのウェブページでは医療サービスの情報を多言語で提供することを徹底すべきである。

また、留学生や外国人技能研修生など、一定期間国内に滞在する外国人に関しては、入国前の健康診断を求めることが望ましい。留学生が勉強とアルバイトで睡眠不足になり、低栄養やストレスなどから結核を発症し、日本語学校の教室で感染が広がる事例もある。技能実習生は雇い入れ時および定期の健康診断を義務付けられているが、集団生活の中での結核の集団感染が報告されている。麻疹、風疹が海外から持ち込まれて地域に拡大するリスクもある。

来日前の健康診断は、結核の集団感染や予防接種で防げるはずの病気の持ち込み防止、本人が隔離されて学習や収入が奪われないようにするために重要だが、学生確保の妨げになるという視点から積極的に取り組む学校や地域は少ない。一番困るのは当事者である。安全や安心のための人道的なケアは現在の経済優先の中で軽視が続いている。その結果、地域の医療機関に大きな負担がかかることになる。
医療界全体で体制づくりを行う段階に
外国人医療の体制整備は、決して新しい問題ではない。2018年になって急に問題が表面化しているように見えるのは、全体として対応件数が増え、さらなる増加が予期される中で、医療従事者のみならず報道関係者や地域のリーダーたちが、このまま外国人と医療の問題を放置したら大変なことになると危機感を強めたからだ。

上記に挙げたように、医療現場での外国人患者への対応で初期に取り組むべき二大テーマは、患者の健康・命を守るための「医療安全」の確保と医療の現場を疲弊させないための未収金問題である。これはテクニカルな側面が大きいので、院内の仕組みを見直して必要な予防策を講じればリスクを減らすことができる。つまり「それをいつやるか」の段階に入っている。もはや、特定の医療機関だけが外国人患者への対応を先行して実践する時代は終わった。患者を守る、職員や病院を守るための迅速な体制づくりは、各現場のリーダーや幹部の決断と行動にかかっているのだ。

(2018年11月 記)
【Profile】
堀 成美  HORI Narumi
国立国際医療研究センター・国際診療部特任研究員。神奈川大学法学部、東京女子医科大学看護短大卒。2009年国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース修了。同年聖路加看護大助教、13年より現職。15年4月より国際診療部医療コーディネーターを併任。18年8月より国際診療部特任研究員。共著に『いのちに国境はない―多文化「共創」の実践者たち』(第15章「国際医療の現場と医療リテラシー」担当/慶応義塾大学出版会、2017年)など。

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