Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/1f6fa8031a72b4db21fbd3de688b3acdac7f2fc5
ハイテク企業が新たな顧客と契約を結ぶ際には、その企業がセキュリティやコンプライアンス要件を満たしていることを顧客や規制当局に開示する必要がある。そのプロセスは、多くの場合、数百にも及ぶ質問リストに回答することを求められるもので、「どのようなデータを収集し、どこに保管しているのか?」「そのデータを人工知能(AI)モデルに使用するのか?」「データセンターには有刺鉄線があるか?」「従業員には身元調査を実施しているか?」といった質問に答える必要がある。
この面倒なタスクに対処するために、多くのハイテク企業が頼りにしているのが、ネパールの首都カトマンズにオフィスを構えるスタートアップのSecurityPal(セキュリティ・パル)だ。同社では、約180人の社員が、専用のソフトウェアと米国との時差を活かして、こうした質問の処理を迅速かつ低コストで行っている。SecurityPalの創業者でCEOのプカー・ハマルは、AIアシスタントと人間の専門知識を組み合わせることで、最適なサービスを提供できると主張する。
SecurityPalのアナリストたちは、企業からの申込みを受けて4〜6週間をかけて、セキュリティ関連の調査や会計監査のための回答を詳細に整理したナレッジライブラリを作成する。その後、企業から質問票が届くと、通常24時間以内に回答を仕上げて送り返す。さらに、顧客のデータをもとに、セキュリティ対策のベストプラクティス(たとえば、サイバー攻撃への対応手順のテスト頻度など)を提案することも可能だ。
SecurityPalは、創業から4年以上の間に200万件以上の質問を処理したという。また、企業ごとの契約額は数十万ドル規模で、数百万ドルに及ぶ契約もある。これにより、同社の収益は過去2年間で3倍に成長し、現在の年間収益は推定1000万ドル(約15億円)を超えている。
SecurityPalは、2022年にトランプ政権の暗号資産とAIの政策責任者に任命されたデービッド・サックスが創業したクラフト・ベンチャーズが主導したシリーズAラウンドで2100万ドル(約32億5000万円)を調達し、評価額は1億500万ドル(約162億円)に達していた。このラウンドにはアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)も参加した。
同社は、このようなニッチな領域のサービスを手掛ける企業ではあるが、AI業界のトップ企業の間で急速に市場を拡大した。SecurityPalがこれらの業務の大半をネパールで行っていることも、同社が注目すべき企業となった理由の1つに挙げられる。IT業界では、低コストのオフショア人材を活用するのは珍しいことではなく、AI分野においてもデータのラベル付を請け負うScale AI(スケールAI)のように大量の海外の契約スタッフを雇い、急成長を果たした事例がある。
カトマンズのシリコンバレー
■カトマンズのシリコンバレー
しかし、ネパール生まれで米国の市民権を持つハマルは、SecurityPalを単にアウトソーシング企業として成長させるのではなく、カトマンズに「シリコン・ピークス」と名付けた新たなスタートアップ拠点を築くことを目標としている。そのために彼は、ネパールでフルタイムの社員を雇用して、現地の平均レベルを上回る給与を支払い、トレーニングプログラムを実施するなど、長期的な成長を見据えた取り組みを行っている。
「ただ質問に答えるだけでは、社員のモチベーションを維持するのは難しい。だからこそもっと大きな目標が必要になる。私が本当にやりたいのは、カトマンズにシリコンバレーを作ることだ」と彼は語る。
SecurityPalを2020年に創業したハマルは、子供時代の一部をネパール西部の農村で過ごした後に、政治家の父と教師の母とともに1999年に米国へ移住した。その当時、両親はネパールの内戦を受けて政治的亡命を求めたのだった。一家は、ニューヨークのクイーンズ地区で暮らし、父はレストランでの仕事で生計を立てつつ、新たに法学の学位を取得し、やがて健康保険の販売の仕事に就いた。
ハマルは並外れた才能を持つ学生で、高校時代にコロンビア大学のプログラムに参加した後に、スタンフォード大学で国際関係を学んだ。彼は、大学時代にマーク・アンドリーセン夫妻が運営する非営利財団で働いたことから、ハイテク業界のエリートたちと交わる機会を得た。
ハマルは、あるスタートアップに2年間務めた後に、2016年にTeamableと呼ばれる人材プラットフォームを共同創業して500万ドル(約7億7400万円)以上を調達したが、成長を急ぎすぎた結果、苦境に陥り、2020年に安値で他社に売却した。
次に何をするかを考えていたとき、脳裏に浮かんだのがTeamable時代の辛い記憶だった。ある夜遅く、大口顧客との契約が目前に迫る中、相手側から200ページものセキュリティ審査の質問票が送られてきた。徹夜で対応したものの、結果は散々で、契約は破談となった。「完全に失敗した。あれで契約が消えた」とハマルは振り返る。
彼は、同じような課題に直面するスタートアップを支援するためにSecurityPalを立ち上げた。創業当初は、「ひたすら動く」ことで顧客を獲得した。最初の大口顧客となったAirtable(エアテーブル)と契約を結んだ後、ハマルは数人の契約スタッフとともに徹夜で働き、通常であれば3~4週間かかるプロセスを1週間に短縮することに成功し、間もなくFigma(フィグマ)とも契約した。SecurityPalは、創業1年目で100万ドル(約1億5500万円)の年間経常収益(ARR)を達成した。
優れた人材を低コストで雇用
■優れた人材を低コストで雇用
ハマルはその後、オペレーションを契約スタッフに依存するモデルから脱却する必要性を感じるようになり、ネパールに拠点を設けることを思いついた。ちょうどその頃、彼が出会ったのが、同郷のネパール出身のラクスマン・バスネットだった。バスネットはドイツで教育を受けた後に、テクノロジー業界でキャリアを積み、2015年からドイツ企業の依頼を受けて、ネパールのEコマース企業を率いていた。
バスネットをネパールオフィスの幹部に迎えたことで、SecurityPalは現地の優れた人材を低コストで雇用できるようになった。そして、2023年2月にはカトマンズに大規模なオペレーション拠点を開設し、今では現地で180人の正社員を雇用している。
2022年11月、OpenAI製チャットボットのChatGPTが公開されたときにハマルは、「これでうちのビジネスは終わるのか?」と思ったという。しかし、彼は瞬く間にSecurityPalのソフトウェアに生成AIツールを組み込む方法を考案し、AIと自動化を活用しつつも、人間のアナリストを監督役として配置することで、精度を損なうことなくプロセスを加速できるようにした。
一方、この分野の競争は激化しており、サンフランシスコを拠点とするVanta(ヴァンタ)のような包括的なコンプライアンス対応のスタートアップから、2023年に1250万ドル(約19億3500万円)を調達したConveyor(コンベイヤー)のような特化型ソリューションまで、多くの新興企業が独自の自動化ツールを提供している。
しかし、英文校正ツールGrammarly(グラマリー)最高顧客責任者のデービット・ファンは、自社でもAIのみを用いるソリューションを検討したが、現時点では信頼性に欠けると判断し、SecurityPalを採用したと述べている。「回答の妥当性を検証し、修正するにはまだ多くの人間の労力が必要だ」と彼は指摘した。
クラフトベンチャーズ幹部のビル・ハーマーは、「大手企業は、AIの幻覚が引き起こすリスクを負いたくないため、SecurityPalのようなAIと人間の専門知識を組み合わせたアプローチを好む。初めてこのサービスを見たとき、ずっと探し求めていたものがついに見つかったと思った」と語った。
ハマルによるとSecurityPalのサービスは、OpenAIに加えてCursor(カーソル)やLangchain(ランチェーン)などの最先端のAIスタートアップにも利用されているという。「大規模言語モデル(LLM)は、多少の進歩を遂げたが、結局のところ、現状ではまだ人間の判断が求められる」と彼は述べている。
SecurityPalは現在、AIを活用して顧客へのインサイトや推奨事項をより積極的に提供しようとしているが、人間の役割は依然として重要だ。同社は今年、カトマンズでさらに25~30人を新規採用する予定で、カンボジアやフィリピン、ベトナムにも拠点を設ける計画を進めている。
SecurityPalはまた、ネパール全土の高校や大学と協力し、セキュリティアナリストに必要なスキルを教えるためのカリキュラムを開発中だ。ハマルは、将来的に同社の社員たちが独自のスタートアップを立ち上げることを期待している。「このチームの中には、未来の創業者がたくさんいると確信している」と彼は語った。
Alex Konrad
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