Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/4bd6ed0e04b517487399e09436bd19a6d8a30c95
配信、ヤフーニュースより
(姫田 小夏:ジャーナリスト) 世界の先頭を走るワクチンメーカーの1つに中国のシノバック・バイオテック(科興控股生物技術有限公司)がある。 同社は多くの新興国で新型コロナワクチンの第3相臨床試験(不特定多数を対象に有効性を検証する試験)を行い、積極的な展開を図っている。だが、南アジアに鬼門の国が1つある。バングラデシュだ。シノバックはバングラデシュで資金ショートを引き起こし、試験計画が頓挫してしまったのだ。 ■ 世界各国で治験を展開するシノバック アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、ブラジル、インドネシア、さらには“インドの裏庭”とされているバングラデシュ、パキスタン、スリランカ、ネパールなど世界各国で、シノバックはワクチンの治験を大々的に展開している。 中国の代表的週刊誌「中国経済週刊」は、「シノバックが海外での臨床試験に積極的なのは、中国製ワクチンにとって大きな潜在市場であるためだ」と報じている。 今年(2020年)7月、バングラデシュの医学研究評議会はシノバックによる国内での臨床試験を承認し、8月末にバングラデシュ保健省がこれを認可した。シノバックは以降18カ月間にわたり、国際下痢性疾患研究センター(International Centre for Diarrhoeal Disease Research, Bangladesh、略称icddr,b)とともに、共同で臨床試験を行うことになっていた。 このとき合意契約に盛り込まれたのは、「バングラデシュ側の4200人が治験に参加すること」であり、「第3相試験で安全性が確認された場合、シノバックはバングラデシュに11万回分のワクチンを無料で提供し、地元製薬メーカーに技術移転を行う」という条件であった。
バングラデシュは、人口1億6500万人の需要を満たすだけのワクチン購入資金を用意できない。バングラデシュ保健省をはじめ感染症の専門家たちは、「厳しいワクチン獲得競争のなか、中国からワクチン開発技術を手に入れられる」と、この決定を歓迎した。 ■ 予期せぬ共同出資を要求 バングラデシュにおけるシノバックの最終段階の試験は、つつがなく実行される予定だった。ところが、バングラデシュ政府が8月末に出したゴーサインからほどなくして、予期せぬ事態が起きた。 9月、シノバックは資金ショートを理由に、同国のザヒド・マレク(Zahid Maleque)保健相に“共同出資”を要求するレターを送りつけたのだ。 英ロイター通信は10月13日、「中国のシノバックが開発したワクチン試験の共同出資をバングラデシュ政府は拒否」という見出しの記事で、シノバックのレターの中身を伝えた。シノバックは資金ショートを訴えていたという。 <シノバックがバングラデシュの保健相に宛てたレターは、「バングラデシュ政府が試験の承認を遅らせたせいで、シノバックは別の国に資金を投じざるを得なくなった」と書かれており、「10月末から11月初頭までに、シノバックは資金調達を部分的に是正する計画に取り組んでいる」としながら、共同出資は必要であると強調する内容だった。> シノバックがバングラデシュに要求する出資額は700万ドル(約8億円)である。マレク保健相はロイター通信に対し、「出資は当初から合意書には含まれていない」と反論した。
シノバック側は、資金ショートしたのはバングラデシュ政府の治験認可がもたついていたからだとしているが、バングラデシュからすれば、他国に前例のない共同出資をおいそれと受け入れるわけには行かない。しかし、臨床試験が行われなければ、無料ワクチンも開発技術も手に入れられなくなる・・・バングラデシュは窮地に立たされていた。 筆者は2014年にダッカ(バングラデシュの首都)で似たような話を聞いたことがある。取材した現地企業のバングラデシュ人がこう話していた。「道路工事を請け負った中国企業のせいで工期が遅れた。中国企業は『(政府から資金提供があるまで)資金不足で仕事ができない』と放り出したのだ」。こうした中国企業のプロジェクト途中での資金ショートや資金要求は、バングラデシュの人々が中国企業に失望する原因の1つとなっていた。 ■ シノバックは臨床試験から撤退か さて、シノバックに資金提供を迫られたバングラデシュはどうなったのか。 救世主となったのは隣国のインドだ。インドはシノバックがバングラデシュに接近していることを知った時点で動き出していた。 8月初旬、インド外務省のハルシュ・ヴァルダン・シュリングラ(Harsh Vardham Shringla)外務次官がダッカを訪問し、「インドが製造するワクチンをバングラデシュは優先的に利用できる」と切り出した。 ワクチン外交を世界で展開する中国の影響がバングラデシュを含むインド周辺諸国に及んでいることを、インドは看過できなかった。 南アジアには、インドやバングラデシュ、パキスタンなど8カ国が参加する「南アジア地域協力連合」(South Asia Association for Regional Cooperation、略称SAARC)がある。しかしバングラデシュ情勢に詳しい倉沢宰氏(元立教大学特任教授、愛知学泉大学非常勤講師)によれば、「SAARCは、枠組みはあるものの、実質的には機能していない」という。近年は、中国の提唱する「一帯一路」構想に、パキスタン、スリランカ、モーリシャス、ネパール、バングラデシュといった国々が参加を表明するようになっていた。こうした中で、インドは少なくとも南アジアでの“ワクチン外交”を成功させ、中国の影響力拡大を食い止めなければならない状況にあった。
インドでは、ワクチン製造で世界首位のインド血清研究所(SII:Serum Institute of India)が、新型コロナワクチンの製造に本格参入している。英オックスフォード大学が開発中のワクチン製造を担い、英アストラゼネカ社、米ノババックス社との間でもライセンス製造契約を交わしている(BBC、7月1日)。 共同出資を求めるシノバックから乗り換えるように、バングラデシュはインドとの連携強化に動き出した。インド英字日刊紙「The Economic Times」(11月5日付)は、「バングラデシュ政府は、インド血清研究所(SII)と3000万回分のワクチン提供契約を締結した」と報じた。1人につき2回の接種が必要だとすると、1500万人の接種が可能となる。 現地インターネットメディアの「Benar News」は11月13日、「シノバックは、バングラデシュ政府が共同出資を拒否したため、第3相試験から撤退することを考えている」とするマレク保健相のコメントを伝えた。 ■ インドも乗り出すワクチン外交 バングラデシュ政府内部の動きに詳しい元官僚のハミドゥル氏は、筆者の取材にこう語っている。 「シノバックのバングラデシュでの試験は停止しているが、バングラデシュはインド血清研究所(SII)を通して西側のワクチンとの関わりを深めている。1月末にも最初のワクチンがSIIから届く予定だ。しかしシノバックは諦めていない。民間ルートを使って中国製ワクチンが市場に入ってくるだろう」 世界のワクチン市場をどこが押さえるのか。カギを握るのは、中国と世界最大のワクチンメーカーを有するインドの動向である。 西側の大手製薬メーカーと手を組むインドは、中国を抑え込みにかかるように、「いつでもワクチンを供給できる」と世界各国に積極的な売り込みを行っている。“シノバック危機”を回避したバングラデシュが確保したのは、まさにそのインドのワクチンだ。中国とインドのせめぎあいは、ワクチン供給においても激しい火花を散らしつつある。
姫田 小夏
0 件のコメント:
コメントを投稿