Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/3a723adb8d3b9aea3e5ce60616e0a6f8e13ae480
日本の医療現場でも価格高騰などによる深刻な不足が問題になりつつある、医療用ゴム手袋。前回(日本も巻き込まれる「医療用ゴム手袋」調達危機、2020年12月15日配信)、世界のゴム手袋シェアの実に65%ほどを占めるマレーシアにおいて世界最大手のゴム手袋メーカー、トップ・グローブで発生した大規模クラスターについて報じた。しかし今、その感染拡大の深刻さが急速に増す事態となっている。 【データで見る】新型コロナウイルス 国内の感染状況 ■医療用ゴム手袋 業界大手4社のうち3社で感染拡大
わずかこの数日間で、ゴム手袋業界の「Big4」とも呼ばれる企業4社のうち、3社で感染が相次いで報告されているのだ。業界1位のトップ・グローブの大規模クラスターはすでに報じた通りだが、2位のハルタレガ・ホールディングス、そしてコッサン ・ラバー・インダストリーズでも、相次いで外国人労働者らの感染拡大が報告された。 世界に医療ゴム手袋を供給し続ける舞台となっているマレーシアで、業界のトップを占める企業において感染が次々に発覚したこととなり、緊迫感は一気に増してきている。
業界2位のハルタレガ・ホールディングスは、社内で働くすべての外国人労働者に対する検査が完了したと発表。8772人のうち、35人の労働者の陽性が確認されたとした。これにより、生産ラインの一部が一時的に停止された。感染者の人数は外国人労働者のうちの0.4%と、一見その影響はそれほど大きくないように見えるものの、危機感が抱かれているのには、実は理由がある。 マレーシアではこの数カ月で、外国人労働者が暮らす寮などにおける外国人の感染が次々に報告されてきた。このような事態を受けて、マレーシア人的資源省労働局は最近になって寮や工場への査察を強化。マレーシア大手紙スターによると、これらの査察により、特に製造業や建設業の寮の多くで「衛生レベルが基準を満たしていない」と指摘されたのだが、その際にマレーシア人的資源省労働局は、十分な空間で衛生面も保たれた良好な住環境を提供している「模範企業」として大手企業3社の名を挙げた。
そのうちの1社が、今回35人の感染者が新たに発覚することになったハルタレガ・ホールディングスだったのだ。つい今月初めに「他企業は(ハルタレガ・ホールディングスを初めとした)これらの企業を見習うべきである」とお手本になったばかりの、衛生面も整っているとされる模範企業において発覚した外国人労働者の集団感染によって、急速に危機感は増している。ちなみに検査期間中、35人の感染者全員が無症状だったという。
これだけではない。ゴム手袋大手コッサン・ラバー・インダストリーズも16日、首都クアラルンプール近郊のスランゴール州クランにある工場などに勤務する従業員を対象に検査を実施した結果、工場で感染拡大を確認したと発表。感染者数は現時点で、実に427人に上るという。うち、8人のマレーシア人従業員を除けば、残り419人はすべて外国人労働者だ。 この工場も一時稼働が停止され、現在洗浄・消毒作業が進められており、生産量全体の25%が影響を受けるという。閉鎖期間が2週間であるため、収益全体への影響は2%ほどにとどまるとされているが、残り1667人の労働者のPCR検査はまた別途予定されており、感染者数が今後さらに増える可能性も指摘されている。
■医療用ゴム手袋は一段の需要増が見込まれる 医療用ゴム手袋はワクチン接種の際にも当然使用されることから、今後需要がうなぎ登りになることが予想され、世界で需要が逼迫することで価格が高騰すれば、医療機関への負担もさらに増すことになる。 ちなみに、コッサン・ラバー・インダストリーズは、2020年第3四半期(7~9月)決算で、売上高が前年同期比で、実に94.5%増の10億3335万リンギット(約264億円)を記録、純利益は7.1倍と、コロナ禍で振って湧いた特需を享受してきた形だ。同時に、政府の新型コロナウイルス対策基金に、ゴム手袋業界は相次いで支援金を拠出してきた経緯もあるが、世界の医療現場への影響をも及ぼしかねない、業界トップの企業における相次ぐ感染拡大、それに伴う総生産量の減少は決して楽観視はできない状況だ。
そしてさらに、緊迫感を増したのが、この一報だ。 世界最大手の医療用ゴム手袋メーカー、トップ・グローブの外国人労働者寮から発生した大規模クラスターにおいて、初の死亡者が出たことが発覚。死亡したのは、ネパールから出稼ぎに来ていた29歳の労働者、トップ・グローブで警備員として働いていた男性だ。新型コロナウイルスの感染により肺炎を発症し、治療先の病院で死亡したとされ、メディアが一斉に大きく報じる事態となっている。
世界各国の医療現場からの切実な需要に応えてきた、文字通り業界トップであるトップ・グローブでは先月、マレーシア国内49カ所の工場において、5147人もの外国人労働者らが感染していることが明らかとなったばかりだ。 この大規模クラスターは、医療に欠かせない必需品の供給現場であるだけに、世界各国から懸念の声が上がってきたが、まだ29歳と若い出稼ぎの外国人労働者の死亡が発覚したことで、にわかに新たな議論を呼ぶ事態となっている。それは、国内の主要産業を外国人労働者に任せておいていいのか、さらには低賃金で雇われることの多い、いわゆる3K現場での外国人労働者の待遇は、生活面含めて適正に行われているのか、という点である。
■窮屈かつ換気も悪い状態で複数人が暮らす 前回の記事でも報じたように、感染の舞台となった外国人労働者らが暮らす寮やホステルは、窮屈な空間に複数人が暮らし、衛生状況も基準に満たず、換気も悪い状態が散見されるとされ、コロナ禍でにわかにゴム手袋の需要が急増して恩恵を受けることとなっていた国内屈指の大企業のあり方に、疑問を呈する声も続々と上がり始めている。 クアラルンプールの大手金融機関で働くワンさんは、「いちばん衛生管理が守られなければならないような現場で、世界中からの大規模な需要に応じるために、雇用している数千人もの外国人労働者の管理や生活環境の保護がおろそかになっていたのなら、非常に問題だと思います。今、多くの企業が経営難で苦しんでいるなか、ゴム手袋業界はマレーシアでコロナ禍で最も躍進している業界です。莫大な利益を上げている業界で、このような状態が野放しになっていたのならば、一刻も早く改善すべきです」と、現状に懸念を抱く。
さらに、サービス業に従事するバングラデシュ人労働者の20代の男性は、同じバングラデシュからの仲間5人と共同で生活していると言い、「マレーシアで働くことは、母国よりもはるかに良い収入が得られるのでとても有難く思っています」と前置きしたうえで、「普段の生活や勤務先でも、最大限衛生管理には気を配っているつもりですし、実際に会社から命じられた新型コロナウイルスの検査を受けましたが、陰性でした。しかし、道を歩いていても、これまでは感じたことのない差別感情をふと感じ取ることがあります」と、悲しげな様子で話した。
マレーシアは、建設業、農業などいわゆる「3K現場」では地元の若者たちが働きたがらないため、外国人労働者を安い賃金で雇うケースが多く、インドネシアやバングラデシュ、ネパールなどからの外国人労働者に下支えがあって産業が成り立っている現実がある。 このような産業構造の転換を図ろうとする動きは、新型コロナウイルスの感染拡大以降、国境が閉鎖されるなどして新たな外国人労働者を容易に受け入れられなかったり、経済の悪化で失業率が増していたりすることなどを理由に自国民の雇用が奨励されるなど、加速してきた側面がある。
マレーシア政府は今年6月、コロナ感染拡大の抑制と自国民の雇用優遇を念頭に、外国人労働者の新規受け入れを年末まで凍結することを発表。しかし、産業界から大きな反発が出た経緯があり、外国人労働者に頼ってきた医療用ゴム手袋業界においても、世界的な需要が急増し続けるなかで「労働者不足」という新たな課題に直面している形だ。 ■AIなどイノベーション活用で産業構造の転換 そんななか、業界も手をこまぬいている訳にもいかず、新たな対策が打たれ始めている。シンガポールに拠点を置くニュース専門テレビ局、チャンネルニュースアジアなどによると、トップ・グローブは外国人労働者に頼る構造から脱するため自国のマレーシア人労働者を増やすことに取り組んでいるほか、人工知能(AI)やIoT、ロボットを活用した工場の新設などに取り組むことを明らかにしている。
テクノロジーを産業に取り入れ、工場の製造システムの自動化を図り、生産ラインをチェックすることでコスト削減を進めるなど、外国人労働者が削減されてゆく苦境を、新たなイノベーションの促進で補完していくことを目指している。 新型コロナウイルスによるパンデミックで、今後、世界中で医療用ゴム手袋の需要はますます拡大の一途を辿ると予想されるなか、逼迫する医療向け必需品の安定的供給に向け、外国人労働者に依存していた産業構造の転換が、デジタルやAIの活用によって大きな変革を遂げようとしている。
海野 麻実 :記者、映像ディレクター
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