2019年7月2日火曜日

氷が溶け、いくつもの“人骨”が現れる─いま、エベレストに起きている大異変

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190630-00000004-courrier-int&p=2

6/30(日)、ヤフーニュースより

長期間にわたる準備、厳しいトレーニング、そして高額な費用を要するエベレスト登山だが、希望者は年々増加の一途をたどる。増え続ける入山者、そして標高の高さによる激しい温暖化被害が、この山の環境を大きく変えてしまいつつある。米紙「ニューヨーク・タイムズ」がお届けする驚くべきエベレストの今──。

ベテラン登山家でガイドも務めるカミ・リタ・シェルパは、数年前、エベレストのベースキャンプで悲惨な光景に遭遇した。

氷に覆われてつやつやとした人骨が、地面から突き出ていたのだ。

それはただの偶然ではなかった。その後も、頭蓋骨、指、足の一部を含むさらに多くの人骨が見つかった。自分たちが発見したものが、世界最高峰のこの山で増えつつある出来事であることを、ガイドたちはすぐさま理解した。

温暖化によって、無事帰路につけなかった登山家たちの亡骸が、地上に現れ始めているのだ。

「雪が溶け出し、遺体が発見されています」と、エベレスト登頂24回の世界最多記録保持者であるシェルパは言う。

「人骨の発見は、私たちにとって普通のことになってしまったのです」

過去数シーズンにわたり、登山者たちはかつてないほど多くの遺体をエベレストの凍った斜面で目にしているという。

登山者とネパール政府が確信しているのは、これが温暖化によって引き起こされた恐ろしい現象であるということだ。エベレストの氷河が急速に溶けたことで、何十年も前の不運な探検隊員の骨、古びたブーツ、そして遺体がむき出しにされているのだ。
多すぎる遺体の数を前に
ネパール政府はこの現状の対策に苦戦している。エベレストには100人以上の遺体が残されている可能性があり、遺体を収容するか置き去りにするかの率直な議論がなされている最中だ。

一部の登山家は、息絶えた仲間たちはエベレストと同化したものと考え、そのままの状態にしておくことを望んでいる。驚くほど保存状態がよい遺体の場合、亡き登山者が着用したパーカーのフードが、木炭色に凍結したその顔を縁どった状態で見つかることもある。
登山ガイドで6回の登頂成功者でもあるゲルジェ・シェルパは、2008年のエベレスト初登山の際、3人の遺体を発見した。最近のシーズン中に彼が目にしたのは、少なくともその2倍の数だという。

「その様子が頭から離れません」と彼は語る。

過去60年間に、エベレスト遠征中に約300人の登山者が命を落としている。その原因の多くは、吹雪、落下、または高山病だ。今シーズンは少なくとも11人の死者を出す最悪なシーズンの一つとなっており、そのうちの数名はエベレストに挑む過剰な数の登山者が原因とされる。

5月末のネパール政府の発表によると、山道の渋滞と頂上での違反行為を回避するため、当政府は登山資格の規則改定を協議しているという。
命がけの遺体収容
ネパール山岳協会の前会長であるアン・ツェリン・シェルパは、エベレストで命を落とした登山者のうち、少なくとも3分の1の遺体がいまだに残されたままだと推測している。雪崩によって切断され原形をとどめない遺体もある、と彼は言う。

山頂からの遺体収容はかなりの危険を伴う。凍結した遺体は130Kg以上になることもある。その重量を支え、急な落下物や不安定な気候による危険を伴いながら深いクレバスを越えるのは、登山者の命をも脅かす状況につながりかねない。

この事実を理解したうえでもなお、愛する者の遺体の収容を主張する犠牲者の家族もいて、その特別任務には何万ドルもの費用が発生する。通常、標高約6400メートル以上の地点で亡くなった登山者の遺体は収容されない。

「山では、すべてを死の危険と天秤にかける必要があります」とアン・ツェリン・シェルパは言い、こう続ける。

「できることなら遺体を下山させたい。しかし登山者は、安全を常に最優先しなければなりません。遺体が登山者の命を奪いかねないのです」

(注:ヒマラヤのガイドはシェルパという名前が多いが、シェルパ姓を名乗るガイド全員がシェルパ民族に属するわけではない)
どこよりも急速に進む温暖化
地表に現れる遺体は、この山の大異変を意味する。過去10年の気候変動が、瞬く間にヒマラヤ全域を作り変えてしまった。

エベレストの万年雪の境界線であるスノーラインは、ほんの数年前と比べてもその位置が高くなっており、かつては高密度の氷で覆われていた地面が、いまではすっかり露出している。登山者はアイスピッケルを、岩壁の割れ目にハンマーで打ち込む鋼鉄製の釘、ロックハーケンに持ち替えているのが現状だ。

2016年、ネパール軍は急速な氷の融解によって壊滅的な洪水が起こるのを恐れ、エベレスト付近に位置する湖の排水作業をおこなった。

2019年の調査では、エベレスト地域の氷河上の池の大きさが過去3年間で大幅に拡大していることがわかった。これは、2000年代初めの約15年間の拡大率をはるかに上回っている。

カミ・リタ・シェルパは、大規模な氷河の近くに位置し、ネパールとチベットの境界をまたぐエベレスト登山が、以前にもまして複雑化していることを懸念する。これは、エベレスト登山の商業化が進み、経験の浅い登山者の増加という悩ましい事実が原因である。

「氷が溶け続けるならば、近い将来、この山の登頂はより困難になるでしょう」とシェルパは言う。
将来の見通しは暗い。2月に発表された高度温暖化に関する研究では、気候変動における最も野心的な目標が達成されたとしても、今世紀の終わりまでにはヒマラヤ氷河の3分の1が融解すると科学者たちが警告している。

ヒンドゥー・クシュ・ヒマラヤ・アセスメントの報告によると、地球温暖化と温室効果ガスの排出が現在の比率で進んだ場合、ヒマラヤ氷河の融解はその3分の2にまでおよぶ可能性がある。

さらにこの報告は、標高の高い地点の温暖化について触れている。温室効果ガスによる気温の変化は、北極圏をはじめとする高緯度で増幅されることはよく知られている。しかし同時に、標高が高いほど温暖化率も高くなることを示す証拠が相次いでいる。

10月に発表された国連の気候変動に関する科学委員会の画期的な報告によると、温室効果ガスの排出が現在の比率で進行すると、大気は2040年までに産業革命前の温度より1.5度上昇する。同じ状態をヒマラヤで仮定した場合、その数字は2.1度に達する可能性があると、ヒンドゥー・クシュ・ヒマラヤ・アセスメントが発表している。
「必ず下山させる」
山岳探検隊を監督するネパールの観光管理局は、登山ガイドのシェルパが2018年に複数の遺体を発見して以来、遺体の安全な収容方法を検討し始めた。

2019年、通常5月末まで続く春の登山シーズンに先駆け、ネパール観光省は探検隊の運営担当者に対しエベレストおよび他の山で死亡後、遺体が収容されていない登山者リストの作成を要請した。

2018年には、ボランティアの手によりプラスチックのボトル、古びたロープ、テント、食料缶を含む9トンを超えるゴミがエベレストから収集された。この活動には遺体の収容も目的として組み込まれていた。4月にはさらに4人の身元不明の遺体が山中で見つかった。

観光管理局の局長を務めるダンドゥ・ラジ・ギミレによると、遺体は剖検のためカトマンズに運ばれた。身元確認ができない場合、遺体は警察が火葬する。

「氷から出てきたすべての物を、必ず下山させます」とギミレは話す。

しかしこの作業が、夏の気温がつねにマイナス18度近くを下回り、酸素レベルが海面の3分の1しかないエベレストの上流端で行われることはないだろう。これほどの高度の場合、何人かの残された亡骸は登山者に危険を喚起し、より気を引き締めさせる役割を果たしている。
下山途中で亡くなったあるアメリカ人女性の遺体は、何年もの間、登山者たちが頂上付近で必ず目にする姿だった。しかし、2000年に入って一人の登山者がその遺体を旗でくるみ、目につかない場所に移動した。この遺体は以前、登山者たちから「眠れる美女」の愛称で呼ばれていた。

海抜8500㎞地点で石灰岩の岩の下にうずくまる別の遺体は、故人の蛍光色の靴にちなんで「グリーンブーツ」と呼ばれ、登山者がその側を行き交っていた。その遺体は、1996年の猛吹雪で亡くなったインド人登山家のものと考えられており、彼の体験はベストセラー書籍『空へ──「悪夢のエヴェレスト」』の元になったとされている。

残された遺体は、多くの登山者に山の脅威を衝撃とともに呼び起こす。ノルウェー人登山家のヴィベケ・アンドレア・セフランドは、2017年の遠征中に1人の友人を含む4人の遺体の側を通ったと言う。

「動揺せずにはいられません」とセフランドは続ける。

「自分のヘッドランプに照らされた遺体を初めて目にするのは、とても辛いことです。その場で足を止め、遺体に祈りを捧げることを欠かしません」

© 2019 New York Times News Service
Bhadra Sharma and Kai Schultz

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