Source:https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20200919-00198975/
フードバンク活動は、全国に広がっている。食品ロスを防ぎ、食べ物に困っている人や施設に届ける取り組みだ。NPO法人「フードバンクとやま」(本部:富山県射水市)の理事長・川口明美さん(50)の活動に同行してみると、単なる「食品の受け渡し」にとどまらぬ成果があると分かった。川口さんや協力者と一緒に、活動の意義について考えてみた。
川口さんから「週3回、(米国の会員制大型スーパー)コストコへ商品を受け取りに行っています。私が担当する日、一緒に行きましょう」と言われ、コストコホールセール射水倉庫店(以下コストコ)へ向かった。2015年の開店以来ずっと消費期限切れが迫ったパンや菓子などの提供を受けている。現在、配布する食品のほぼ半分は同店の商品であり、活動の大きな支えとなっている。
企業にとってフードバンク活動は商品PRの一貫でもある。川口さんは食べた感想や、おいしい食べ方、新商品の情報などを添えて配布し、反響があれば提供者に伝える。この日、コストコで受け取ったのは大型の段ボール箱3個。箱1個あたり約20キロの食品が入っている。協力者の60代男性がすでに到着しており、1箱をマイカーに積んで目的地へ向かった。川口さんはこう話す。
「活動はボランティアで、ガソリン代も出せません。だから生活導線に沿って食品を配布してもらいます。協力者の自宅や職場などの近くにある児童養護施設や炊き出しを行っている団体の活動場所、高齢者施設など十数カ所に不定期で届けています」
食品はコミュニケーション・ツール
川口さんはまず、射水市役所にパンや焼き菓子などを届けた。担当は、子育て支援課の母子・父子自立支援員である沙魚川万紀子さん(59)。食品を、どう活用しているのか。
「食品は、重要なコミュニケーション・ツールです。初めて訪問した家で『困りごとはないですか?』とたずねても、なかなか本心を明かしてくれません。パンやお菓子があれば、話をしやすいのです」
沙魚川さんによると生活困窮者に対しては、「パンをあげます」ではなく、「たくさんあって困っているの。貰ってくれない?」と声をかけることがポイントだという。「助けてあげる」という態度はNG。「助けてほしい」というスタンスで接する。すると、少ししか開かなかったドアが開き、「近所のママ友と分けてね」「ベーグルにチーズを挟んで食べたらおいしいよ」などと、会話が続くようになる。何度か足を運ぶと信頼関係が生まれ、「困りごとを一緒に解決しよう」と核心に迫る話ができ、本音が聞けるようになる。
「食べ物が人と人をつなぐ力は本当に大きい」と沙魚川さん。訪問先の家族が抱える困難はさまざまで、問題は複合的である。DV被害、子育てに支援が得られない、集合住宅から立ち退きを迫られている、労働環境の悪化などが二重三重にのしかかり、身動きが取れなくなっているケースもある。
そこで大切なのは、ドアを開け、支援員を受け入れ、自らSOSを出したら話を聞いてくれる人がいると気づくことである。まずは孤立した状態から抜け出すことが大切である。沙魚川さんは「問題を解決する長い道のりを100とすれば、パンを受け取ってもらうことは初めの一歩。踏み出すための0から1への変化」と考えている。
「役所に行くのは面倒」から「考えてくれる人がいる」へ
市役所に事務手続きをしに来た人に食品を渡すこともある。DV被害者や子育てで手いっぱいの母親は能動的に行動する気力を失い、「役所に行くのは面倒」「手続きが大変」という思いを抱くことが少なくない。すると、支援のスタートが遅れる。沙魚川さんは、『市役所に、一緒に考えてくれる人がいる』と思えば、足を運ぶ機会は自然に増える」と考えている。
次に向かったのは、富山県内でパチンコ店16店舗を経営する「ノースランド」という会社の富山市内にある事務所だった。同社は「スマイルプレゼント」として毎月、客から募った景品菓子を県内の福祉施設に贈っている。フードバンクとやまは集まった菓子の一部を譲り受け、配布している。受け取った景品菓子とコストコのパンを、同市内の母子家庭等就業・自立支援センターへ届けた。
食品は約半分がコストコから。4分の1は個人からの提供である。このほかは、行政・病院・企業などの防災備蓄品だったレトルト食品やカンパンなど。食品メーカーからの商品や、寺からの贈答品、農家からの米・野菜もある。
「最近、若いメンバーがスイカをもらいに行き、畑で収穫の手伝いをしました。規格外の野菜はそのまま放置されるので『収穫作業を手伝います』と申し出て、もらい受けることもあります。富山名産のかぶら寿しを作る生産組合が、余ったカブを寄付してくれたのが、活動のスタートでした」
川口さんは、人手不足の農家を手伝って農作物を得る活動に新たな可能性を見いだしている。「毎年、うかがう農家が増えました。そういう事例はまだないですが、就労支援に繋がるかもしれません」と話した。
2009年に1人で活動を始め、初めて寄付を受けるまでに半年以上かかった。活動が忙しくなり、衣料品メーカーの正社員を辞めて自由がきく職種のアルバイトに転じた。現在、正会員は20人ほどで、支援者は100人近くに。食品の取扱量は2018年以降、毎年10トンを超えている。
取材の後、筆者は川口さんからコストコのパンを受け取り、自宅近くのデイサービス施設へ届けた。「生活圏内で配布」というルールに則ってのことだ。亡父が世話になった施設であり、スタッフと思い出を語り合った。グリーフ・ケアの時間を得られたことに感謝した。フードバンクとやま・デイサービス施設・筆者とも「三方よし」。自身のコミュニティーを再確認できた気がする。
外国の料理を学び、お礼に食品をどうぞ
川口さんがコストコへ行った翌日、食品を取りに行ったのは宮田妙子さん(51)である。フードバンクとやまの理事で、30年近く日本語教師の経験があり、現在はNPO法人「富山国際学院」の理事長職にある。約40キロのパンを受け取り、同学院で日本語を学ぶ生徒や卒業生、県内に住む外国人に配った。
「自粛生活で日本人と接する機会が減っている中、食品を通じて教え子らと接点を持つようにしています。新型コロナウイルスの感染拡大で『こんな時期に日本に来なければよかった』と思っている方もいるでしょう。食品を手にしてホッとしたり、『来てよかった』と思ったりしてほしいです。無関心はいけません。まず関わることが大切です」
教え子の中には飲食店の厨房で働いた経験がある人もいる。地元の住民を招き、ベトナムやネパール料理を一緒に作る機会を設けたところ、大好評だった。その場で、お礼の意味を込めて食品を渡した。提供する側・される側という線引きはない。宮田さんは「双方にメリットのある関係性こそ重要」と話す。
「富山県は県外出身者を『旅の人』と言います。『いつかいなくなる人との付き合いは、ほどほどに』という傾向が、特に高齢の方にはあるように感じます。だから外国人は一層、無関心な存在になりがちです。しかし、教え子のベトナム人留学生が近所に住む高齢者の雪かきを手伝ったところ、あっという間に距離が縮まったと言っていました。今では『おすそ分け』もされるそう。仲良くなって、『災害時にはおばあちゃんを背負って逃げる』と言っています」
食品ロスを少なくするためのパートナー
筆者はこれまでフードバンク活動を、「飽和状態にある食品を、少ない場所へ届け、誰かの空腹を満たすことが目的」だと思っていた。しかし川口さんの考えは違う。
「提供者(企業)と配布先(人・施設)は、あくまでも食品ロスを少なくするためのパートナーであり、『もったいない』という思いを共有する仲間です」
「フードバンクは『施し』ではない。一方通行の支援は続かない」と強調する。また、賞味期限切れが迫った食品をどうやって期限内に消費してもらえるよう責任を持って配布するかが、フードバンク活動の腕の見せ所である。無理なく食品を配布してくれるコミュニティーのキーマンや催しを探し、日ごろから繋がっておく必要がある。
「食品を配送したら終わりではなく、食を通して誰かと繋がり、そこにコミュニティーが生まれることこそ、フードバンクとやまの目標です。食品を介してつながるネットワークは、地域の財産となるでしょう。日本にはもともと、煮物などをたくさん作って近所に配る『おすそわけ』という文化があります。個々のレベルでそれができればいいと思います」
体験型食育イベントを開催
川口さんは、「食品ロスの根本的な解決には食育こそ大切」と考え、体験型食育イベントを開催する「オフィスかわぐち」を立ち上げた。例えば富山県内には「よごし」という郷土料理がある。くせの強い山菜や根菜の葉など食べにくいので捨ててしまう部分を、手を掛けて調理することで、ご飯に合うおかずにする。料理教室を開き、食育マイスターとしてこういった情報を発信している。
環境省が2020年4月に公表した「我が国の食品廃棄物等・食品ロスの発生量の推計値(2017年度)」によると、食品廃棄量は2012年度に2,801万トンで、2017年度に2,551万トンと減少している。食品ロスはこのうち、売れ残りや規格外品、返品、食べ残しなどで、2012年度は642万トン、2017年度が612万トンと年々減少してきた。
家庭の食品ロスは、「食べ残し」と手を付けないまま捨てられる「手つかず食品」の2つに分けられ、全国平均では「手つかず食品」が46%、「食べ残し」は54%(環境省の2016年発表資料より)に対し、富山県では「手つかず食品」が69%、「食べ残し」は31%(富山県の2016~17年度調査より)となっている。家庭の冷蔵庫やストック棚で賞味期限が切れてしまうことが多いのだ。この結果から川口さんは「家庭で余っている食べ物を持ち寄り集めて、地域の福祉団体やフードバンクへ寄付する『フードドライブ』が盛んになるよう努めたい」と考えている。
「スーパーの入り口や自治体の祭り・フェスタなどで、食品を持ち寄るためのコーナーを見かけるようになってきましたが、まだまだ認知度は低い。新型コロナウイルスの感染拡大による影響から催しが少ないので、PRできていないのです」
活動を通じて元気になれた
あらためて「フードバンク活動の目的とは?」と聞いてみた。「フードバンクという活動が必要なくなること。それが自分の理想」とのこと。家庭や地域の小さなコミュニティーで食品が巡り、ロスが解消できれば一番いい。重ねて「フードバンクとやまの活動の目的とは?」と聞くと、こんな答えが返ってきた。
「自分が活動を通じて元気になれたから、この取り組みを広めたいのです」
食品を介して繋がったコミュニティーは、母子や外国人の孤立を防ぐ役割を果たしつつある。関わった人や提供される食品の数だけ、新しいネットワークが生まれ、広がっている。「フードバンクとやま」は、予想を上回る成果をもたらしている。満たされたのは、空腹だけでない。川口さんは「活動が、心の豊かさをもたらしてくれた」と語った。
※NPO法人フードバンクとやまのホームページはこちら。
※参考文献など
・『捨てられる食べものたち/食品ロス問題がわかる本』(井出留美著、旬報社、2020年7月)
・「とやま食ロスゼロ作戦」ホームページ(富山県農林水産部農産食品課)
・「食品ロスの削減に向けて~食べものに、もったいないを、もういちど。~」(農林水産省食料産業局)
https://www.maff.go.jp/kinki/syouhi/mn/iken/attach/pdf/30nendo-8.pdf
※写真/クレジットのないものは筆者撮影(一部は川口さん、宮田さん提供)
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