2019年10月26日土曜日

米「香港人権法案」に中国激怒、揺らぐ香港の命運

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191017-00057956-jbpressz-int
10/17(木)、ヤフーニュースより

 (福島 香織:ジャーナリスト)

 香港では10月上旬から緊急法に基づく覆面禁止法が施行され、警察による無差別逮捕が始まり白色テロ(暴力を伴う政治的弾圧)の様相を帯びてきた。

 9月以降、海から引き揚げられた遺体や、高所から飛び降りて死亡確認されたケースは9月中旬の段階で50人前後。複数の遺体は、全裸だったり暴行の跡があったり、口にガムテープが張られている。それにもかかわらず、警察は自殺として処理しており、8月31日の8.31デモ以降、連絡が途絶えているデモ参加者の噂などと相まって、公表はされていないが警察の暴行による死者が出ているのではないか、という懸念も出ている。

 深センに近い山中にある新屋嶺拘置所には2000人前後のデモ参加者が拘留されていると見られており、そこで看守や警官による拘留者への虐待や辱めが行われているという出所者の証言や、新屋嶺拘置所に隣接した土地に大規模な反テロ訓練施設を建設する計画などが報道されている。

 林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は記者会見で「中央政府への支援を求める選択肢を排除していない」と香港基本法18条に基づく解放軍出動要請の可能性もにじませ、香港市民の抵抗を警察権力と軍事力行使をほのめかすことによる恐怖で押さえつけようとしている。

 旺角の繁華街では駐車中の警察車両近くで、携帯電話を使った遠隔操作式の手製爆弾が爆発した。警察はデモ隊の仕業としており、香港のデモは放っておくと紛争に近い状態になるのではないか、と懸念する声もでてきた。

■ 米下院で「香港人権・民主主義法案」可決

 そういうタイミングでついに、米国下院が10月15日、「香港人権・民主主義法案」を可決した。上院本会議で可決され、トランプ大統領が署名すれば成立だ。
 この法案は、香港の人権、民主を損なう政策や行動をとった香港官僚に対して入国拒否などの制裁を行い、香港に対して経済制裁をとることを定めている。中国は法案を成立させたならば報復措置をとる、としている。この法案は、香港の救いとなるのか、あるいはより深い混沌に導くのか。

 アメリカの国営放送局、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)によれば、この法案は争議が存在しないものとして、両院での審議時間は40分に制限され、内容上はほとんど修正がないと見られている。上院の可決もほどなく行われる見通しだ。法案の中身は、先月に両院の外交委員会で全会一致で通過した法案と比べると、本会議に提出された新版法案では制裁色がかなり濃くなった。

 たとえば、以下のような変更点がある。

 (1)法案は、香港の自治状況を年度ごとに評価する。香港政府が行政、立法、司法部門で法治を維持し、公民の権利方面の“自主決策”を保護できているかを審査する。もし、法治が維持できておらず、公民の“自主決策”の権利が保護されていないと判断されれば、香港が引き続き中国大陸と異なる特別優遇を認定するか否かについては、米国と香港の間で協議される。今回可決された新版法案では、この協議のテーマについて、明確に商業協議、執法協力、不拡散承諾、制裁執行、輸出管制協議、税収・為替兌換の状況などの協議と細分化して言及されていた。

 (2)新版法案では制裁対象がさらに広汎に拡大された。外交委員会で提出された法案では、香港の書店関係者拉致に関与する者や親中派記者、および基本的自由、人権を行使しようとした人間を拘束し中国大陸に引き渡した司法関係者などが制裁対象者例として挙げられていた。だが新版法案では、(A)香港において任意拘束、拷問、脅迫を実施したり中国大陸に引き渡すと恫喝した人物、(B)『中英連合声明』『香港基本法』で定められた香港、中国の共同の義務に背いたり違反する行為、あるいは米国の香港における自治、法治方面の国家利益を損なう行為、その決定にかかわる者、(C)香港において国際社会が認める深刻な人権侵害行為を行った者、などが対象となった。

 (3)一方、香港人のビザ発給要件は寛容になった。最初の法案では、香港民主、人権、法治を求めて平和的な方法のデモを行って逮捕、拘留された香港人については、米ビザ発給が拒否されない、という文言だったが、新法案では「平和的」と強調する文言がなくなった。つまり平和デモ以外の勇武派デモでも、これに参加したことで逮捕された香港人については政治犯として扱われ、ビザ申請を米国は拒否しない、とした。

 (4)輸出管制報告の要求も変わった。香港商務部が提出する年度報告をもとに、香港政府が米国への輸出管制法規に従っているか、米国と国連の制裁規定に従っているかを評価することになっていたが、これについて180日ごとに報告書の提出が求められるようになった。
(5)米国公民と企業の香港における利益を保証するものとして、最初の法案では「香港政府は逃亡犯条例を強行に制定した場合、犯罪容疑者の中国大陸への引き渡しについては認める」としていた。というのも、この法案が最初に提案された当時の論点は逃亡犯条例改正問題だったからだ。だが香港政府が正式にこの条例改正案を撤回したので、新版法案からこの部分の内容は削除された。代わりに、香港政府が類似の法案を提出した際には、米国務長官が米議会に通知し、そのリスクを評価し、米国の香港における利益を保証する戦略を制定する、とした。

 このほか、制裁対象者の米国における資産凍結、本人および直系家族の米国入国禁止などの措置が取られるという。また、同日下院では香港警察に武器販売を禁止する「香港保護法案」、香港人のデモの権利を支持する「香港支持決議」が可決された。

■ 中国は激しく反発

 この可決直前の10月12日、テッド・クルーズ上院議員が香港を訪問し、米領事公邸での記者会見で、北京の独裁政権を非難。その翌日、中国の習近平国家主席は訪問先のネパールで13日、「中国の地域の分裂を企むものはいかなる者も、“最後は粉々になる”」と激しい語調の演説を行ったことが、チベット問題だけでなく香港を念頭に置いたものではないか、と話題になった。

 10月16日の中国外交部記者会見では、報道官が香港人権・民主主義法案について「強烈な憤慨と断固反対」を表明。もし、法案を最終的に成立させたなら、「中国側の利益を損なうだけでなく、米中関係を損ない、米国自身の利益も深刻に損なわれることになる。中国側は必ず力のある断固とした対応策を講じて、自身の主権と、安全、発展の利益を断固擁護する」として、報復措置を明言。「崖っぷちから馬を引き返せ。すぐ、法案の審議を中止して、香港事務に手を突っ込み、中国の内政を干渉するのをやめよ」と激しい調子で警告した。

■ 気まぐれなトランプはどう出るか? 

 この香港関連法案がいつ成立するのか。本当に成立するのか。目下の米議会のムードを読めば、議会側に法案成立を阻む要素はない。

 1つあるとすれば、トランプ大統領がサインするかどうか。おりしも、10月10~11日にワシントンで行われた第13回米中通商協議(閣僚級)では、貿易戦争休戦に向けた第一歩と言える部分的合意ができたらしい。中国は毎年、米国農産品400億ドルから500億ドル分を購入すると承諾し、トランプは「米国の農家はすぐに、より多くの農地と大型トラクターを買いに行くべきだ」と記者会見で笑顔でコメントした。トランプに言わせれば「米中間は一時緊張していたが、再び愛情の季節がやってきた」とか。どこまで本気かは怪しいが、少なくともウォール・ストリートの株価は好感した。11月にチリでAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が開かれるが、うまくいけば合わせて行う米中首脳会談で調印される可能性もある、らしい。
 10月15日に実施する予定だった2500億ドル分の中国製品に対する30%までの関税引き上げは、一時的に延期された。トランプは劉鶴に対して、香港の抗議デモについて「数カ月前と比較すると、確かに参加人数は現在ずいぶん減った。我々はこの問題についても討論し、香港自身が解決すると思っている」と軽くコメント。そのコメントはあたかも、トランプが香港を今まで擁護したのは通商協議を有利に運ぶためであり、中国が全面的に譲歩すれば香港を見放すのではないか、と想像させるような軽さだ。

 だが、逆に言えば、通商協議と香港関連法という2つのカードで米国がとことん習近平政権を追いつめるチャンス到来、という見方もできる。

 中国ではまもなく、およそ20カ月ぶりの共産党中央委員会総会(四中全会)が開かれる。それを前にしたタイミングで米国が香港の問題と貿易問題で中国に徹底的に妥協を迫ることもできる。

 習近平も党内で必ずしも味方が多いほうではない。追いつめられた習近平は、完全に妥協し、中国の覇権を諦め、米国主導の国際ルールのもとで再び改革開放路線に舵を切るのか。あるいは、対米報復措置をとり、香港のデモに対して解放軍出動といった天安門方式で一気に鎮圧するという暴挙に出るか。

 香港の運命は、気まぐれなトランプと、毛沢東信望者の習近平の危険なディールの延長の上で揺れている。

 私はもし、日本にアジアで最も民主と自由の恩恵を受けている国家という認識があるなら、ここで香港の民主や自由を守るアクションを国会議員たちが取ってもいいのではないか、と思っている。米中のディールだけに香港の命運を預けるのではなく、国際社会がコミットすることで少しでも明るい展望が示せることもある。
福島 香織

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