2019年1月29日火曜日

外国人の医療保険悪用より対策すべき大問題

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190122-00260457-toyo-soci
1/22(火)、ヤフーニュースより

外国人労働者の受け入れ拡大に向けた動きが活発化するなか、政府は健康保険法と国民健康保険法の改正も視野に入れ、1月28日召集の通常国会で議論する見通しだ。医療現場における外国人対応にはどのような課題があるのか。医療現場での外国人対応を研究してきた静岡県立大学講師の濵井妙子氏が解説する。
 最近、訪日外国人観光客の急増で、治療費の未払いや言語の違いによる意思疎通の問題が病院の負担として話題になっている。訪日客が旅先で突然の病気や事故によって救急搬送されるケースでは、治療費が高額で本人の支払い能力を超えて未払いとなり、病院側の未収金となってしまうという。
 この対策案として、政府は、訪日客には旅行保険の加入を促進すること、未払いの経験がある者は入国拒否すること、訪日客への対応にかかる費用は治療費に上乗せして医療機関が請求できるよう目安を示すことを検討しているという。

 しかし、外国人患者は日本を訪れた外国人(インバウンド)だけではない。日本に暮らしている外国人住民(在留外国人)は日本人と同様に納税し、国民皆保険の対象者で公的医療保険に加入しなければならない義務があり、日本人と平等に医療サービスを受ける権利がある。
 ほとんどの在留外国人は保険料をきちんと支払っているが、一部の在留外国人による公的医療保険の不正利用も報道されている。だが、医療費の未払いについては、在留外国人と訪日外国人では事情が異なるので分けて考える必要がある。外国人患者に安心で安全な医療サービスを提供するためにはどうすればいいのか。

■外国人患者も日本人と変わらない

 外国人労働者に対する医療対応は、古くて新しい問題だ。

 1990年の出入国管理及び難民認定法の改正により、日系人およびその配偶者が就労に制限のない在留資格が認められ、家族での定住化が進んだ。そのため、国内の外国人在住率は増加し、外国人住民は地域の医療サービスを利用する機会が増えた。しかし、外国人患者を受け入れる診療環境は整備されていないため、外国人住民の受診抑制や健康格差の広がりが危惧されていた。
 その当時、医療機関側からみた在日外国人受診に関する問題は、「医療費が高い」「医療費未払い者が多い」「医療保険未加入者が多い」「意思疎通が難しい(言葉の問題)」の4点が報告されていた。

 ではここから、1つずつ問題をみていこう。まずは、医療費と医療保険未加入問題からだ。

 少し古い研究にはなるが、1993年に発表された栃木県558医療機関の実態調査では、国民健康保険(以下、国保)または被用者保険の加入者は外国人患者2094人の36%にすぎなかった。
 さらに、保険証を持っている場合、一般的には診療報酬点数のうち30%を自己負担し、70%を保険機関が負担する。保険証を持っていない場合は100%を自己負担する(いわゆる自費診療)。ところが、外国人で保険証を持っていない場合に200%の自己負担を請求していた病院が51病院の15%あった。

 筆者らが2004年に発表した研究でも、外国人患者の医療費は日本人患者に比べて低額であり、年齢別、疾患別、受診圏をみても、患者調査による日本人の受診行動と顕著な相違はみられなかった。
 その数年後に行った調査でも、未収金は保険診療で入院治療を受けた日本人患者が全体の7割を占めていた。1人当たりの未払い金は約20万円で、保険診療と自費診療による違い、外国人と日本人による違いはなかった。

 入院した外国人の中には急性心筋梗塞やくも膜下出血など保険適応疾患でありながら、保険未加入のために高額な自費診療になっているケースも含まれていた。当時、この病院では自費診療による外国人患者の医療費は慣例的に診療報酬点数総額の150%を請求していた。
 ブラジル人就労者245人を対象にした健康行動調査(2005年、筆者らが発表)では、過去1年間に医療機関を受診した人は全体の54.3%で、その中の31.0%が医療機関に対して不満や不便があると回答していた。不満の内容は医師の診療行為に対するものが多く、コミュニケーションなど言語的な問題が要因の1つと考えられた。

 また、日本の公的医療保険の加入者は48.2%で、その内訳は国保が42.4%、被用者保険はわずか5.7%であった。未加入者のうち35.7%が「入りたいけど加入できない」と回答していた。入管法改正から15年が経過していた2005年でもこのような実態だった。
 翌2006年、ブラジル人市民に話を聞いたところ、自治体への要望として、「市や病院、クリニックに通訳者をおいてほしい」「お医者さんと話ができて内容も理解できる通訳者をおいてほしい」などが望まれていた。

■多民族社会では通訳サービスが確立されている

 次に、言葉の問題について考えてみよう。

 世界共通ともいえる外国人診療の課題といえば、患者と医療者との言語の違いによる意思疎通の難しさである。2017年末の在留外国人は256万人で、前年比7.5%増と過去最高であった。
 国籍・地域別では、中国が73万人で全体の28.5%を占め、以下、韓国45万人(17.6%)、ベトナム26万人(10.2%)、フィリピン26万人(10.2%)、ブラジル19万人(7.5%)、ネパール8万人(3.1%)、インドネシア5万人(2.0%)の順で、英語圏以外でアジア系の国籍が多い。

 医療の場で的確に診断を行うには十分なコミュニケーションが不可欠であるが、このように外国人患者の言語が多様化するなか、医療者と患者の言葉の違いによるコミュニケーション障害をどのように解決できるのだろうか。
 医療者と患者のコミュニケーションをサポートする人、すなわち、訓練を受けた専門の医療通訳者が必要であることは間違いない。しかも、医療通訳者にはコミュニケーションのサポートだけではなく、医療者と患者双方の文化的サポート、すなわち文化調整の役割をも求められる。しかし、日本では医療通訳者の国家資格はなく、医療現場で通訳をする者の訓練や研修は義務づけられていない。

 医療通訳専門の研修を実施している自治体や団体は限られ、訓練を受けた専門の医療通訳者に、医療機関がアクセスすることは容易ではない。そのため、日本語で意思疎通が難しい患者への対応は、患者が連れてくるアドホック通訳者(医療通訳専門の訓練を受けていない通訳者のこと)を利用して診療せざるをえないのが現状である。
 多民族国家であるオーストラリアには法的根拠に裏付けられた通訳制度が確立されていて、税金で通訳者の育成が行われている。アメリカでは医療通訳者の国家資格はないが、英語が不自由な患者に対し、医療機関が無料で医療通訳サービスを提供することが2000年に義務付けられたため、法的根拠をもって誰でも無料で医療通訳サービスが保証されている。

 静岡県西部地区の医師274人を対象にした調査(2012年、筆者らが発表)では、59.9%が外国人患者を週1回以上診療し、約90%の医師は患者が連れてきたアドホック通訳者を介してコミュニケーションをとっていること、医師は外国人患者に対して積極的にコミュニケーションをとることが難しく、コミュニケーションの質は日本人患者に比べて低いことがわかった。さらに、外国人患者とのコミュニケーションにギャップを感じたと回答した医師は54.4%であった。
 前出の調査(2005年発表)では、ブラジル人が日本の医師の診療プロセスに不満を抱いていたのに対し、日本人医師は、ブラジル人患者に「様子をみてくださいの意味をわかってもらえない」「症状の説明で納得させることができない」「多くのことに説明を求めてくる」「痛みの程度や性質が把握できない」と苦労していることがわかった。

 このようにブラジル人患者と日本人医師の間で認識の違いがある。このような問題を解決するためには、言葉のハンディキャップを解消することが最優先課題である。
 全国自治体病院を対象にした調査(2015年、筆者らが発表)では、外国人患者の受け入れ人数が少なくてもインシデント(重大な事故につながったかもしれない事態)は発生していることがわかっている。このことから、病院の規模にかかわらず、リスクマネジメントの観点から、訓練を受けた医療通訳者が求められていることが明らかになっている。

 この調査では、外国人患者を受け入れるためには訓練を受けた医療通訳者が必要であると考えている病院は270病院中84.4%であった。他方、医療通訳者の利用が診療報酬で認めたら利用すると考えている病院は272病院中21.0%、わからないと回答した病院は69.5%であり、医療通訳者ニーズの理想と現実にはギャップがあった。
 ただし、派遣や雇用された通訳者を利用したことがある病院は、診療報酬が認められれば専門の医療通訳者を利用したいと考えている割合が多かった。また、病院通訳者が介在した診療場面の調査(2016年)では、日本語で意思疎通が難しい患者であっても、病院の通訳者が介在した診療では患者は医師からの説明がよくわかったと認識していて、満足度も高いことがわかっている。

■地域に根ざした体制づくりが必要

 地域に暮らしている外国人住民の特徴は、国籍、年齢、在留資格、就労の種類など地域によって異なる。
 筆者が暮らしている静岡県の在留外国人数は全国8位で、ブラジル国籍が最も多い特徴がある。県内では英語以外の医療通訳者を探すのは難しく、通訳者がいなくて困っていて、日常会話ができるくらいの人が医療現場で通訳をしている現状があった。

 そこで筆者は2013年、外国人住民で自ら地域で活動する医療通訳者となる人材を養成するための研修を実施した。「通訳ミスによる医療過誤を起こさないこと」を目標とし、県内に住んでいるブラジル人28人が修了した。この研修修了生には、医療拠点病院に雇用されて通訳者として活動している人もいれば、派遣会社の通訳者として活動している人もいる。
 今後、外国人労働者を積極的に受け入れるにせよ、受け入れないにせよ、外国人患者が安心・安全な医療サービスを受けられるよう法的整備を行うことが必要だろう。さらに、医療通訳者のサポート団体や地域で実績を積み重ねてきている団体などと情報を共有しながら、地元の医療機関、関連団体、NPO、住民のネットワークを活かして、地域に密着した医療通訳体制を模索することが肝要になってくるだろう。
濱井 妙子 :静岡県立大学看護学部講師

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