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「ネパール人経営のインドカレー店」が今や日本全国、津々浦々で大増殖している。日本人のエスニックファンの間で「インネパ」とも呼ばれるようになった彼らは、なぜここまで増えたのか? そしてその背後にあることは……。『カレー移民の謎』(集英社新書)より一部抜粋し、その理由と搾取に苦しむネパール人労働者の実態に迫った。(全2回の前編/続きを読む)
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家や土地を売り、足りなければ借金してまでカネを作るネパール人たち
コックが独立開業してオーナーになり、母国から新しくコックを呼び、そのコックも独立し……という暖簾分け的なシステムのもとに「インネパ」が広がっていった経緯を見てきたが、ここまで爆発的に増殖した理由はほかにもある。そのひとつが「コックのブローカー化」だ。
「外国人が会社をつくるには500万円の出資が必要じゃないですか。ネパール人にはすごく大きなお金です。家族や親戚や銀行から借りる人もいますが、中には誰かに出させる人もいるんです」
こう語るのは、自らも都内でカレー屋を営むネパール人Rさん。この500万円を何人かのネパール人に分割して支払ってもらうのだという。
「たとえば、新しい店で3人のコックを雇うとします。この人たちはネパールでスカウトしてつれてくるんです。日本で働ける、稼げると言って」
そしてビザ代や渡航費、手数料などの名目で代金を請求する。仮に1人アタマ150万円を出してもらえば計450万円で、オーナー本人の出費は50万円で済む。日本行きのチャンスと考えた人たちは、借金をしたり家や土地を売ったりしてこのお金をつくってくる……そのあたりまではまだ、健全だったかもしれない。
やがて、カレー屋ではなく人を呼ぶほうが本業になってしまう経営者も現れた。多店舗展開し、そこで働くコックをたくさん集めてきて、もはや会社設立の500万円とは関係なく、1人100万円、200万円といった代金を徴収する。
「なんで自分の店でこれから働く人にお金を払わせるのか。おかしな話なんですよ」
それでも海外で稼げると思った人たちは、どうにかお金を算段して志願する。彼らを呼べば呼ぶほど儲かるわけだから、誰だっていいとばかりに調理経験のない人もコックに仕立て上げた。
本来、調理の分野で「技能」の在留資格を取得するには10年以上の実務経験が必要となる。しかし一部のカレー屋オーナーは日本の入管に提出する在職証明などの書類を偽造し、新しくやってくるコックのビザを取得していたのだ。カレーとナンのつくり方なんか自分が教えればそれでOKという経営者たちが、次から次へと母国から人を呼んだ。
「日本に来て初めてナンを食べたよ」というネパール人
だから現場にはスパイスのこともよく知らなければ玉ねぎの皮も剝けないコックがあふれてしまった。「インネパ」の中にはぜんぜんおいしくない店もちらほらあるのはそのあたりに理由がある。僕が取材したあるカレー屋のコックはこんなことを教えてくれた。
「日本に来て初めてナンを食べたよ。おいしいって思ったね。でも、つくり方は知らなかった。そうしたら社長が『YouTube見て勉強して』だって。はじめはタンドールでヤケドばっかしてたけど、やっと慣れてきた」
この方はいまも大阪で元気にカレーをつくっている。Rさんは言う。
「このプロセスをコピペする人たちがどんどん出てきたんです。だから日本でカレー屋がこんなに増えたんですよ。これはもうビザ屋であって、カレー屋ではありません」
コックが経営者となる過程でブローカーになって人材ビジネスを展開し、彼らに大金を払って日本に来た人たちもやがて同じようなルートをたどる。こんなサイクルができ上がった。肝心のカレーはぜんぜんおいしくなくて、閑古鳥が鳴いているのに、ふしぎとつぶれない……そんなインド料理店も見るようになったが、こうした店の本業は「ビザの手配」なのだとRさんは語る。
工場で違法就労するネパール人
また、ネパールから呼んだ人間を自分の店で働かせるならまだしも、工場に「派遣」するケースもあったと聞く。コックの分野で「技能」の在留資格を取っているなら、工場で働くのは完全に違法である。
ちなみに経営者は、自分のツテでコック志願者を集めたり、ネパール側のブローカーと協力するなどしているそうだが、親戚筋であってもお金を要求することがあるようだ。そのあたりの額は人間関係にも縁戚関係にもよるという。
「でもふしぎなものでね。近い親族だから、あの人には世話になったからって、お金を取らずに日本に呼んでるいい人もいるんだけど、私が見る限りそういう人たちはみんな成功してない。元手の軍資金がないから。借金なしで日本に来たほうも、ハングリー精神がないからなのか、あまりがんばらない。だからうまくいかない」
なにが正しいのかわからなくなってくる話なのだ。
さらに、コックたちへの搾取も目立つようになった。約束したよりもはるかに安い給料で働かせるのだ。月に8万円、9万円程度しか払わないこともあるという。経営者の子供の送り迎えとか、家事までやらされているコックもいるそうだ。
「抗議をしても、じゃあ誰がコックのビザを取ってあげたの、と。やめてもいいけど、日本のことも日本語もよくわからない、料理もロクにできないのに、借金も背負っていて行くところあるの、と」
ネパール人がネパール人を搾取する構図
こうして同国人の食い物にされているコックもいるのだとRさんは訴える。同じような境遇のコックが安いアパートで同居しているし、勤め先はレストランだから食べるものだけはあって月10万円以下の給料でもなんとか生きてはいけるが、きわめて苦しい。故郷での借金の利息もある。それでも平均月収1万7809ネパールルピー(約1万7100円、国際労働財団による。2019年)の祖国にいるよりは、と耐え忍ぶ。
そんなコックたちも、いくらか日本の生活に慣れてくると故郷から家族を呼ぶ。妻や子供たちは「家族滞在」の在留資格を取得して日本で暮らすことになる。そしてこの「家族滞在」の場合、週に28時間までの就労が許可される。月にするとだいたい100時間、時給1000円なら10万円を稼ぐことができる。コックの夫の給料と合わせればどうにかやっていけるし、切り詰めれば故郷に送金もできる……こんな家庭が、実は日本にかなり存在する。
これまたちなみに「家族滞在」の在留資格を取得するには日本側で家族を呼ぶ本人=つまりこの場合はネパール人コックの経済力も入管で審査される。母国から呼ぶ家族を養えるのかという点が、課税証明書や納税証明書などでチェックされるのだが、これもフェイクなのだとさまざまなコックが教えてくれた。
書類上はきちんとした給料を支払っているという体裁になっているのだそうだ。だから入管のチェックもパスして家族を呼べる。しかし実際には、月数万円の給料が手渡しで支払われるだけだったというコックも多い。さらにいえば、雇っているコックの家族滞在ビザ取得にも介在し、お金を取る経営者がいる。
また社会保険に加入していない店、コックが非常に多いことも問題となっている。厚生年金や国民年金は、老後もこの国に住んでいるかどうかわからないからと加入しない。さすがに国民健康保険は支払っている人が多いが、個々で手続きをしている。いわば個人事業主のような扱いなのだ。中には国民健康保険の存在すら知らず、あるいは知っていても加入しない人もいて、万が一のケガや病気のときに困るというのはよくある話だ。
ネパール人の貧困を固定する装置になったカレー屋
それでも耐え忍んで働き続け、数年たったある日、こんなことを通告されるコックもいるのだという。
「ビザが更新できなくなったからクビ。とつぜん言われて、あとは自分で店を探せって」
代わりに経営者は違う人間をネパールからコックとして呼ぶ。もちろんお金を取って、だ。こうして定期的に人材を回転させることで、一定のお金が供給される仕組みをつくり上げたのだ。だがコックにしてはたまったもんじゃない。
「カレー屋はネパールの貧困を固定化する装置になっているんですよ」
それでも、なのだ。
こんなリスクや理不尽を負ってでも、ネパールを出たい。どんな形でもなんの仕事でもいいから、外国で稼ぎたい。そんな人たちがたくさんいる。一般的に貧しいとされる国に生まれ育ち、なおかつグローバル化とデジタル社会によって他国の生活を知ってしまった立場でないとわからない「お金」への強い渇望感が、彼らを突き動かしている。
「海外に出ないと豊かになれない」ネパール人の切実な思い
日本人や、かつて日本にカレーを伝えたインド人たちは、食文化を広めたり自己実現のために料理を生業としたのだろうが、いまの「インネパ」は違う。料理は生き抜くため、稼ぐための手段なのだ。たまたま自分のまわりに日本のカレー屋へのツテを持つ人がいたからコックになったに過ぎない。
それがマレーシアの建設業だったらそちらを選んでいたかもしれない。とにかく海外に出ないと、豊かになれない。ネパール人たちのそんな切実な思いが、日本のカレー屋大繁殖につながっていった。
だからブローカーの存在も一概に否定はできない。豊かさへのきっかけを与えてくれる存在でもあるからだ。はじめはコックとして搾取されながらもだんだんと要領を覚え日本になじみ、独立して成功する人も確かにいるのだ。
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