「ネパール人経営のインドカレー店」が増えた今、問題になっているのは彼らの就労環境や教育環境である。中にはドロップアウトし犯罪に手を染めるものも……。ここでは『カレー移民の謎』(集英社新書)より一部抜粋。2020年ごろ東京・新大久保でケンカを繰り返していたネパール人半グレ集団「東京ブラザーズ」の実態に迫る。(全2回の後編/前編を読む) 

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ネパール人半グレ集団「東京ブラザーズ」の正体

「危険きわまりないネパールマフィア」「薬物を扱う半グレ集団」なんてハデなタイトルとともにあやしげな記事が躍るようになったのは2020年ごろのことだろうか。また外国人犯罪かとマユをひそめる人々や、この手のダークなネタが好きな人々によってSNSで拡散され、いっとき話題になった。

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 しかし、僕が話を聞いた多くのネパール人はみな、首をひねるのである。

「あいつら、ただのガキだったよ。とにかくケンカばかりしていたけど、組織的な犯罪集団とか、日本のヤクザと組んでるとか、そういうコネも知恵もなかったんじゃないかな」

「東京ブラザーズ」のメンバーはだいたい知っている、というSさんの話だ。

「ガキが意気がってチームつくって、徒党を組んでほかのネパール人の不良にケンカ売って。その程度の連中だよ。『ロイヤル蒲田ボーイズ』とかいうのもいたけど、あれも同じ」

 ケンカがエスカレートして傷害事件に発展したり、飲食店で大暴れして警察沙汰になったりと確かに問題にはなった。たまり場はネパール人が多く「リトル・カトマンズ」の異名もある新大久保のとあるレストランで、酒を飲んでは似たような若いネパール人と揉めごとを起こすうちに、メディアに嗅ぎつけられ、記事になってしまったのである。新大久保で長年ビジネスをしているLさんは話す。

大久保通り ©️GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

「SNSでも騒ぎになって、警察が動いたんですよ。そのころは『東京ブラザーズ』のFacebookページがあったんだけど、そこに登録してるメンバーを片っ端から事情聴取したり、新大久保でも取り締まりを厳しくして、中心だった連中はだいたい捕まった。2020年くらいだったと思うけど」

そして「東京ブラザーズ」の末路は……

 彼らはシャバに戻ってからは犯罪歴のためビザの更新ができず、あらかた帰国したという。

「それで解散というか、終わったんじゃないかな。静かになってよかったよ。でもあれからネパール人は新大久保で物件を借りにくくなったんだから、迷惑な話だよ」

 そうボヤくLさんだが、また似たようなグループが出てきているとも話す。

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「多摩のほうにいるって聞いたことがある。だいたいが、親がコックとか経営者とか、カレー屋の2世だよね。『家族滞在』が多いんじゃないかな」

 ネパールからつれてこられて日本社会にうまく適応できなかった子供たちだ。自然に言葉を覚える年齢は過ぎていて、日本人の友達はできず、親は仕事ばかりでほとんど放置、ネグレクト状態だ。中には過酷に長い労働時間を課せられていたコックの親もいたかもしれない。

 その親が、とりあえずお金だけでもと子供に渡す。コックではなく経営者で経済力のある親の中には、愛情はそうでもないがお金だけは潤沢に与える親もいるそうだ。あるいは自分でアルバイトをして稼ぐ子供たちもいる。それがたとえ月10万円だとしても、ネパールの月収の5倍以上だ。舞い上がり、天狗になる。そのお金でぜいたくをし、似たような境遇の連中が集まって悪さをする。Sさんが言う。

「日本につれてこられた子供のほかに、東京ブラザーズのようなグループには留学生も交じっていました。こいつらはボンボンです。ネパールにも金持ちはいるんですが、子供がグレた家庭もある。そいつらを地元に置いとくよりはって留学の名目で海外に行かせるんですよ」

ゆるいネパールのノリで日本で騒いでいたら…

 いわばやっかい払いだ。そんな親の意図を感じ取れば、どうしたって荒れるだろう。こういう若者が集まって、新大久保や歌舞伎町で、同じようなネパール人グループと抗争を繰り広げていた。ひと昔前の、日本のヤンキー集団のようなものだろうか。

「でもケンカしすぎたよね。ゆるいネパールのノリで、あちこちで騒いでみたら、あれ日本の警察めちゃ厳しいなって。日本の法律もなにも知らないんだから。それで取り締まられて」

 いずれにせよ「なんの力もない、ただのガキどもだった」と、話を聞いたネパール人たちは口をそろえる。「巨大なギャング組織」と報じるのは果たしてどうだったのか、メディアの悪ノリと誇張があったという人もいる。僕が日本人だから話を矮小化しておこうという印象は受けなかった。

写真はイメージ ©️ AFLO

 そして誰もが「これはセカンド・ジェネレーションの問題だよね」と言った。Lさんは日本で30年近く働いてきた苦労人で、日本語もきわめて堪能だ。カトマンズの大学を出て日本に留学し、商売を立ち上げて在日ネパール人社会を支える存在にもなった。

「なにより日本社会に悪いですよね」

「僕たちの世代はグレる余裕なんかなかったよね。勉強しよう、働こうって必死だった。子供たちにもしっかり教育を受けさせて、オーストラリアやアメリカに留学させて」

 でも、この10年、15年で「インネパ」が爆発的に増殖する中で、バグルンなどの地方からコックとしてやってきた「移民第2世代」の親、その「家族滞在」でつれられてきた「2世」の子供たち、ふたつの意味での「セカンド・ジェネレーション」に問題が出てきてしまっているとLさんは言う。

「子供もかわいそうだし、親もかわいそう。同じネパール人だからって悪く言われる私たちもかわいそう(笑)。それになにより、日本社会に悪いですよね」

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「東京ブラザーズ」は「ただのガキの小競り合い」で済んだのかもしれないが、この先より過激な連中が現れる可能性もある。それを防ぐにはこの章の冒頭で東大のジョシさんが述べたように日本における適切な教育、そしてネパール本国での親世代も含めたエンパワーメントが必要なのだろうと思った。