Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/f071a51eb168510106c24cdb5d509713bd5fc2e1
9月になり、秋入学の外国人留学生が続々と日本にやってくる時期になった。多くの留学生がアルバイト先として選んでいるのがコンビニエンスストアだ。今や従業員の過半数は当たり前で、オーナーや店長らを除いたすべての従業員が外国人というコンビニも首都圏では少なくない。外国人留学生は、コロナ禍で一時大きく減ったものの、今また急増している。彼らの多くは経済の低迷が続く日本での就職を希望している。それはなぜなのか。取材するとさまざまな境遇の留学生が日本を支えてくれている現状が浮かび上がってきた。(文・写真:ジャーナリスト・本間誠也/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
母国の苛烈な競争にうんざり コンビニで働く中国人の本音
月曜日の朝7時前。中国人留学生の梁雪陰さん(25)=仮名=の一週間は、千葉市内のコンビニのアルバイトから始まる。背中まである長い髪を束ねてユニホームに袖を通すと、レジカウンターで来店客に声をかける。 「いらっしゃいませ」「3点で879円です。レジ袋はどういたしますか」「ありがとうございます」 コンビニでのアルバイトはこの店で3店目。商品のバーコードを読み取るスキャナーやタッチパネルの扱い、レジ袋に素早く商品を入れる動作は手慣れたもの。笑顔と明るいキャラクターで梁さんは職場のムードメーカーだ。日本語も流ちょうにあやつる。 「仕送りがあるのでアルバイトは日本語の勉強のため。今の店の店長は優しいし、よく話を聞いてくれる」 アルバイトは週2回。月曜日は朝7時から3時間働いた後、東京・新宿区内にある2年制の専門学校の授業に電車で向かう。
中国東北部出身の梁さんは、一人娘で両親は公務員。初来日は高校時代の18歳のとき。通っていた高校と京都府内の高校の間に交換留学制度があり、高校最後の1年間を京都で過ごした。「京都の人たち、学校の友達、とても優しかった。日本の大学で勉強したい」「できれば日本で就職も」と夢を描いた。 高校生活を終えた梁さんは千葉市内に移って日本語学校で学び、心理学を学ぶために私立大学に入学。「日本では心理学を勉強しても就職しにくい」との思いから卒業後はIT専門学校に通って勉強している。 「人口が多い中国では受験勉強がとても大変。すごい学歴社会です。学校でも家でも『勉強しなさい』とずっと言われていた。中国での私は明るくなかったです。いつも抑えつけられている感じ。日本は勉強も生活するのも、自分で全部決められるから自由というか、気持ちがラクです。日本で就職したいのは、私の子どもを日本で育てたいから。競争が大変な中国で育てるのは難しい。お父さんは心配してるけどお母さんは賛成してくれてる」
名門校入学も挫折 「日本人の若者は楽しそう」
東京都内のJR中央線沿線のコンビニ。レジに立つ中国出身の男性アルバイト、王俊宇さん(25)=仮名=は、中国の「地方重点大学」の中でも屈指の名門校で機械工学を専攻した。大学院の試験に落ちたことで日本への留学を考えるようになった。両親がかつて日本で暮らしていたことや日本のアニメに親しんでいたことから親近感を抱いていた。 2022年春、王さんは大学院進学を目指して来日した。入学した日本語学校ではわずか3か月でN1(N1~N5まである日本語能力試験の最上位)を取得。今は国立大学の研究生として大学院進学に向けた勉強に励んでいる。一人息子だが日本での就職を強く望んでいる。 コンビニでアルバイトを始めたのは来日して数カ月が経ったころ。店頭のポスターを見て応募した。今も講義のない土曜、日曜を中心に週3回、アルバイトのシフトに入る。 「始めたころはたばこの種類が分からなくて大変だった。時間がかかっているとお客さんから『こんな子にアルバイトさせちゃダメだ。上の人、呼んで』と大声をあげられたりもしました」 経済力では日本をしのぐ中国の高学歴の若者がなぜ、30年以上もの経済低迷や近年の円安に苦しみ、人口減による一層の先細りも予想される日本での就職を望むのか──。 「コンビニのバイトで分かったことだけど、日本は1分単位で残業代を払ってくれる。それは中国ではないこと。週休2日にもなっていないし、今は若者の就職が厳しい。日本は街もきれいで住みやすい」 筆者の問いにそう答えていた王さんが、より本音に近い思いをのぞかせた場面があった。
「オレが頭にきてるのは、日本に来てみて大学生や若い人が楽しそうだったこと。オレは(小学校入学から)この20年間、楽しいと思ったことは一度もなかった。良い高校、大学、大学院に入らなければ自分の人生はないんだ、終わるんだと思っていた。日本では(学歴競争とは関わりの薄い職業の)多くの人たちが自分の仕事にプライドを持って働いている。それは中国と違っている」 その声はいくぶん感情的だった。
中国人留学生の支援者「今後も日本への就職希望者は増えそう」
中国人留学生向けの大学予備校運営に加え、大学や大学院に在籍する中国人留学生の就職支援も手掛ける「行知学園」(東京)の担当者によると、「中国のIT業界には『996問題』(朝9時から夜9時まで週6日働かないといけない)に加え、『プログラマー35歳定年説』などがあり、安定した労働環境を求めて日本のIT業界での就職を希望する留学生も多い」と話す。 行知学園の楊舸社長は「中国の熾烈な学歴競争を勝ち抜いて経済的地位を築いた親世代の中で、受験競争が中国ほど激しくない日本の大学に子どもたちを進ませようとする人たちが増えています。円安の影響で教育投資としても安く済む。私たちの取り組みもあって日本は欧米諸国に次ぐ6番目の留学先として認識されています。その流れの中で今後、日本での就職を希望する留学生は増えていくと考えています」
増える外国人留学生 65%が日本での就職を望んでいる
独立行政法人・日本学生支援機構(JASSO)によると、2011年5月時点で約16万4千人だった外国人留学生は19年5月に約31万2千人を数え、政府が08年に策定した「留学生30万人計画」を達成。コロナ禍で22年5月は約23万千人まで減ったものの、ほぼ終息した23年5月では一気に5万人近く増加して約28万人に。政府が同年、新たに「留学生40万人計画」を示したことなどから、今年5月時点の留学生の数は過去最多となるとも予想されている。前出の中国人留学生の2人のように日本での就職を希望する外国人留学生は約65%に上り、出身国での就職希望者の約19%を大きく上回っている。
留学生のアルバイト先の大きな受け皿であるコンビニは、コロナの期間も通常営業だったため外国人アルバイトは減少しなかった。セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンの大手3社の今年2月現在のデータは別表のようになっており、コロナ前の18年との比較では各社とも全国の外国人従業員数、外国人割合は増加。首都圏や各地の大都市では「外国人の割合がさらに増える」(セブン-イレブン)という。
JASSOによると、 留学生の国別・地域別のランキングは23年5月1日現在、別図のように①中国②ネパール③ベトナム。前年3位のネパールがベトナムを抜いて2位になり、次いで韓国、ミャンマーの順。ネパールやベトナムなどからの留学生の中には、留学とは「名ばかり」で出稼ぎが目的の若者も少なくないとされる。経済的な地位は低下しているとはいえ、日本の一人当たりのGDP(国内総生産)はネパールの20倍以上、ベトナムの約8倍で、まだまだ「夢のある国」なのだろう。
ネパール人留学生はコロナ前から増加ぶりが際立っており、背景には法務省告示の日本語教育機関(日本語学校)によるネパール人留学生の受け入れ強化がある。北海道から沖縄まで全国877校(2024年4月現在)を数え、この10年余りで約400校も増えている。
ネパールからの留学生 抱える苦しみ
東京の東部地区を走る私鉄駅近くのファミリーレストラン。今春、西日本の日本語学校を卒業して都内の専門学校(2年制)に入学したネパール出身の男性、アニルさん(23)=仮名=はうつむき加減でとつとつと話し出した。 「今、アルバイトしているのはコンビニとファストフード。合わせて週20時間くらい。これではそのうち授業料が払えなくなる。(日本語学校があった)A県では『(アルバイトが法定時間を超えていることが)バレないように働きたい』と言ったら、『分かった』と雇ってくれた。東京に来たら『他で週20時間やってるなら、この店では8時間までだね』と」 出入国管理法では、留学生は申請すれば週28時間以内(長期休暇中は週40時間)のアルバイトが認められている。しかし、ネパールなどからの留学生の多くは、授業料と生活費を稼ぐために週28時間以上、働かなければならないのが実情とされる。来日時の費用約150万円(日本語学校の1年間の授業料や寮費、飛行機代など)の返済に加え、次年度以降の学費や生活費のすべてをアルバイトでまかなっている留学生も少なくない。
アニルさんはA県での2年間、コンビニに加え、宅配便の仕分け、弁当工場などで週に約50時間以上、夏休みなどは80時間以上も深夜と休日を中心にほぼ毎日働いてきた。アルバイト時間が制限を超えたことが出入国在留管理庁(入管庁)に把握されて帰国させられた知人もいたが、「バレないように」と職場に何度も念を押していた。アルバイト先との交渉の仕方は日本語学校の先輩から後輩へと伝えられていた。 「週28時間でオーケーなのは学費を仕送りしてもらえるちょっとの人だけ。日本語学校は出席が厳しかったから、いつも眠りたかった。今の専門学校の授業料は1年間で90万円くらい。毎月8万円は払わないと辞めさせられる。だから週45時間は働きたい」 アニルさんは家賃や光熱・水道費などを月2万円程度に抑えるため、ネパールの友人3人とアパートの一室をシェアしている。来日前の数カ月間、首都・カトマンズの日本語学校で学んでいたころは「日本に行けばお金を稼げて勉強もできる」「家に仕送りもできる」と夢を膨らませていた。「来日したらうちでアルバイトして」と現地まで勧誘に訪れるコンビニ業者もいたという。 幼児期から英語教育に熱心なネパールでは、留学先の一番人気は英語圏のオーストラリアだが、「自分の英語の成績では留学ビザは下りなかったと思う」とアニルさん。日本の留学ビザは、受け入れ先の日本語学校さえ決まればすぐ取得できた。 「こんなに日本で働かないといけないとは思わなかった。(物価に比べて)時給が安いことも、アルバイトが週28時間以内までというのも知らなかった。(来日時の)借金も残っているし、日本に来たことが良かったのか、悪かったのか。今は分からない。考えても仕方がない。授業料が払えず、借金も返せないまま国に帰った人も多いはず。自殺したネパール人留学生の話も知ってます。私は頑張って(専門学校を卒業して)日本で就職したい」
名ばかり留学生が支える日本 専門家の見解は
コンビニや配送仕分けをはじめ、日本人が少ないアルバイトは時給が安いか、体力を使うかの「単純労働」だ。単純労働は「就労ビザ」の対象外のため、週28時間以内までアルバイトが許される留学生らによって、この国の多くの現場が昼夜を問わず支えられている。 「稼ぎたい留学生」と「人手不足の業界」の両者は一見、良好な需給関係のようだ。業界にとっては人手が足りて人件費も安くすむ。だが、実態としては、出稼ぎ目的で来日した留学生が稼ぐためには「留学ビザ」を取得し更新し続けなくてはならない。そのための学費などは日本語学校、専門学校の4年で約400万円に上り、重すぎる負担となっている。 留学生が「日本に来て良かった」と実感するには、どうすればいいのか。 在日ネパール人に詳しい上智大学総合グローバル学部の田中雅子教授(開発学、国際協力論)は、学費負担の軽減と在留資格の変更の二つに分けて説明する。
「(『留学生30万人計画』を策定した翌年の)2009年、日本政府は大学や専門学校在籍者の在留資格の『留学』と、日本語学校などの『就学』を一本化しました。そのころから日本語学校への留学が急増し、日本語の水準が低い人も多く来日するようになりました。英語圏では英語が一定水準に達していないと留学できないし、韓国も雇用許可制度で移住労働をする際には韓国語能力試験を設けています」 「ネパール人留学生の多くは来日時の日本語レベルが低すぎる。日本語学校で2年間学んでもN3に受からない人もいるため、専門学校に進んでも日本語学習が主体となって学位取得までの学費が高くつく。せめて本国でN3レベルを取得してから来日すればこんなに学費はかかりません」 在留資格についてはこう述べる。 「ただお金を稼ぎたいという人たちには、単純労働の在留資格を付与すればいいわけです。日本語をほとんど使わないアルバイトもあり、言葉を学ぶ意欲が低い人もいます。そういう人が何年も高い学費を払い続けて『留学』の資格を維持しなければいけないということ自体が問題です」 田中教授は最後に、今国会で成立した改正入管法について触れた。改正法には在留カードとマイナンバーカードの一体化が盛り込まれており、「留学生の法定時間を超えたアルバイトがより把握されやすくなる」との指摘がある。田中教授はつぶやいた。 「(留学生の労働に依存している)業界の人たちは、改正法の影響についてどれだけイメージできているのでしょうか」 ----------- 本間誠也(ほんませいや) フリー記者、ジャーナリスト。新潟県出身。北海道新聞記者を経てフリーに。調査報道とルポルタージュを主に手掛ける。 「#令和の人権」はYahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。日常生活におけるさまざまな場面で、人権に関するこれまでの「当たり前」が変化しつつあります。新時代にフィットする考え方・意識とは。体験談や解説を通じ、ユーザーとともに考えます。
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