2019年6月11日火曜日

登山者を恐怖に陥れるあの「エベレスト」の惨状 温暖化で遺体があらわになってきている

Source:https://toyokeizai.net/articles/-/285825

The New York Times、2019/06/11、GOOGLEニュースより

 ベテラン登山家で登山ガイドでもあるカミ・リタ・シェルパは数年前、エベレストのベースキャンプでおぞましい光景に遭遇した。氷が表面にこびりついた平らな地面から人骨が突き出ていたのだ。

それは偶然ではなかった。その後の登山シーズンにはさらに多くの遺体が発見され、頭蓋骨に指、足の一部も複数見つかった。ガイドたちは、遺体の発見は世界最高峰のこの山で起きている大きなことと関係があるとの考えを強くしている。気候の温暖化が、生きて山を降りることができなかった登山者たちの遺体をあらわにしている、と。
エベレストには100体以上の遺体が

「雪が溶けて遺体が表に出てきている」と、エベレスト登頂24回という世界記録を持つカミ・リタ・シェルパは言う。「私たちにとって、遺骨を見つけることが新たな日常になっている」。

過去数シーズンに、氷雪に覆われたエベレストの斜面でこれまでになく多くの遺体を目撃したと、登山者らは言う。それは地球温暖化の残酷な結果だと登山者もネパール政府も考えている。温暖化によって山の氷河が急速に融解し、その過程で何十年も前に命を落とした人々の骨の一部や登山ブーツ、全身の遺体などが表出している。

ネパール政府は対策に苦慮している。エベレストには100体以上の遺体があるとされ、遺体を収容すべきか、そのまま残しておくべきかという議論が起きている。

死亡した仲間たちはエベレストの一部になっているのだからそのままにすべきだと考える登山家らもいる。遺体のいくつかは驚くほど保存状態がよく、日にさらされたパーカーから凍結して濃灰色になった顔を出しているものもある。

エベレストに6回登頂したガイドのゲルジェ・シェルパは、2008年に初めて登ったときには遺体を3体発見した。先ごろのシーズンでは少なくともその2倍の数に遭遇したという。「遺体は私に恐怖を覚えさせる」。

過去60年でエベレストの登山中に約300人が命を落とし、その多くが暴風や滑落、高山病が原因だ。今シーズンはすでに少なくとも11人が死亡しており、過去最多水準だ。犠牲者の中には、登山者が多すぎることが死亡原因とみられている者もいる。

ネパール政府は5月29日、登山者の渋滞と頂上での規則違反を防ぐため、登山の認可規定の見直しを検討していると発表した。
大きな危険を伴う遺体収容

ネパール山岳協会のアング・ツェリン・シェルパ前会長の推計によると、エベレストで死亡した登山者の遺体の少なくとも3分の1は山に残されたままだ。一部の遺体は雪崩によってバラバラになっていると彼は言う。

山の頂上付近で遺体を収容することには大きな危険が伴う。凍結した遺体は150キロほどの重さになることもある。急な落下や不安定な気候に見舞われながら、その重さを抱えて深いクレバス(氷河の裂け目)を越えることは、登山者たちを死の危険にさらしかねない。

それでも、何万ドルもの費用をかけて遺体の収容を強く望む遺族もいる。通常は標高約6400メートルより上の地点にある遺体は収容されない。

「山の上ではすべてのことが死のリスクを考慮して検討される」と、アング・ツェリン・シェルパ前会長は指摘する。「可能なら遺体は降ろしたほうがいい。しかし、登山者は常に安全を最優先しなければならない。遺体は彼らの命を奪う恐れがある」。

発見される遺体の数が増えていることは、エベレストに起きている大きな変化の一部だ。この10年、気候変動によってヒマラヤ地域全体が急速に変化している。

エベレストの雪線高度は数年前より上昇しており、かつては厚い氷に覆われていた場所が現在は地面が露出している。登山者らの道具も、ピッケルから山壁の隙間に打ち込むピトンやスパイクに替わっている。

2016年、急激な氷河の融解によって下流地域に壊滅的な洪水が発生する危険が生じたことを受け、ネパール軍はエベレスト近くの湖の排水を行った。今年発表された研究によれば、エベレスト地域の氷河湖の大きさ(氷河の融解を示唆し、融解の加速にもつながる)が、過去3年で大幅に拡大した。
ヒマラヤの氷河の3分の1は今世紀中に消滅も

巨大な氷河に近く、ネパールとチベット間の国境をまたぐエベレストの登山がより複雑になっているとカミ・リタ・シェルパは懸念する。それはエベレストの商業化が進み、経験不足の登山者が増えていることに起因する。「氷河が溶け続ければ、すぐに登頂がより困難になるだろう」と彼は言う。

先行きは厳しい。2月に発表された高高度地域の温暖化に関する報告書「Hindu Kush Himalaya Assessment」は、世界で最も野心的な温暖化対策目標が実現できたとしても、ヒマラヤの氷河の3分の1は今世紀中に消失すると警鐘を鳴らしている。報告書によれば、温暖化と温室効果ガスの排出が現状のまま進めば、今世紀中に3分の2が消失するという。

ネパール観光局の局長で、登山を監督するダンドゥ・ラジ・ギミレは、遺体の表出はこの地域がすでに変化していることを示していると指摘する。昨年にシェルパたちから複数の遺体発見が報告されたことで、観光局は遺体を安全に収容する方策について検討し始めた。

今年の春の登山シーズン(通常は5月末まで)を前に、観光局は登山関連事業者らに対し、エベレストやそのほかの山々に残されている死亡した登山家のリストをまとめるよう要請した。

ボランティアが今年に入ってエベレストで回収したペットボトルや古いロープ、テント、缶詰などのごみは10トン近くに上る。清掃活動は遺体収容の機会ともされ、4月には身元不明の遺体4体が見つかった。

ギミレによると、それらの遺体は収容され、検視のためにカトマンズに移送された。身元が判明しなければ、警察当局が遺体を火葬する予定だ。「氷雪の中から表出したものは、すべて回収するつもりだ」とギミレは言う。

夏でも気温は氷点下20度近くになり、酸素濃度が地上の3分の1ほどのエベレストの高地では、そうした作業が行われる見込みはない。高所では、山の厳しさを突きつける目印になっている遺体もある。
「グリーン・ブーツ」と名付けられた遺体も

下山中に死亡したアメリカ人女性の遺体は、2000年代に別の登山家が旗で包んで人目に触れないところに移動させるまで、頂上付近に何年も残され、「スリーピング・ビューティー」と呼ばれていた。

標高8500メートル付近には、身に着けた鮮やかな色のブーツから「グリーン・ブーツ」と名付けられた遺体が石灰岩の下に丸くなっている。1996年に猛吹雪に見舞われて死亡したインド人登山家とみられ、そのときの事故はベストセラーとなった書籍『空へ エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか』の題材になった。

多くの登山家にとって、こうした遺体はエベレストの危険を再認識させるものだ。ノルウェーの登山家、ヴィベケ・アンドレア・セフランドは、2017年の登山中に自らの友人を含む登山者の遺体4体を目撃した。

「そのことは間違いなく私に影響を与えている」と彼女は言う。「初めて遺体を見つけたとき、自分のヘッドライトが遺体をとらえたときというのは、非常に衝撃的だ。私はいつも立ち止まって、亡くなった人に短い祈りをささげる」

© 2019 The New York Times News Services
(執筆:Bhadra Sharma and Kai Schultz、翻訳:中丸碧)

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