2017年12月6日水曜日

「大国のはざま」で揺れるネパール 総選挙きょう第1回投票

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171126-00000054-san-asia
11/26(日) 、ヤフーニュースより

 ■左派連携、親中政権誕生?懸念深めるインド

 ネパールの新憲法下で初となる下院選挙(総選挙)の第1回投票が26日、同国で行われる。選挙戦では共産系の2政党が協力することで一致。勝利すれば、中国への傾斜が一気に強まる可能性が高い。一方で、歴史的にも経済的にも関わりが深いインドの存在も無視できず、選挙結果によっては南アジア情勢に影響を与えかねない。ヒマラヤの小国は強国のはざまで揺れている。

 ◆「大勝、不可能ではない」

 「大勝を狙っている。今の情勢は不可能ではないと考えている」

 第2党・統一共産党最高幹部のクマル・ネパール元首相は産経新聞の取材に強気に話した。ネパール氏は街を練り歩きながら支持を呼び掛けたが、有権者からは「政治の安定が必要」「政府は雇用を生み出す必要がある」などと訴える声が聞こえた。

 選挙戦が一気に熱を帯びたのは10月に入ってからだ。統一共産党と第3党のネパール共産党毛沢東主義派(毛派)が「左派同盟」を結成すると発表した。

 離合集散が激しいネパール政界では共産主義を標榜(ひょうぼう)する政党が複数ある。統一共産党のイシュクル・ポカレル書記長は「党名は『リベラル』という意味で捉えてほしい」とくぎを刺すが、「中国寄り」(地元ジャーナリスト)との声は強く、同盟側が勝利なら親中政権誕生は避けられない。

 対するシェール・デウバ首相率いる第1党・ネパール会議派(NCP)は親インド住民「マデシ」の取り込みを狙う。若手指導者の一人、ガガン・タパ元保健相は「左派の連携には驚かされたが、われわれも選挙戦に自信がある」とこちらも手応えを口にした。

 ◆一帯一路協力、爆買い…

 ネパールは、同じくヒンズー教徒が多数派のインドと関係が深く、輸出入の相手先としてもトップだが、昨今、中国寄りの“赤色”が急速に濃くなっている。

 5月、中国が進める現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」に協力することで合意。中国の鉄道をカトマンズまで延伸する計画も持ち上がる。4月にはネパール軍と中国人民解放軍が初の合同訓練も行うなど接近は誰の目にも顕著だ。

 「中国人の観光客も圧倒的に増えた。インド人より中国人に稼がせてもらっている」と話すのは、カトマンズで土産物店を経営する男性(65)だ。仏像や絵画を手当たり次第、“爆買い”していくので店の売り上げは3年前の3、4倍になったという。

 そうした中国の影響力にインドは懸念を深めており、「ネパールの動向を注視している」(インド軍元幹部)状況だ。ネパールは今月13日に突然、中国企業と契約した水力発電所計画を中止したが、中国一辺倒ではない姿勢をインドに示したという指摘もある。

 政党の勢力争いと大国の思惑が混在する中、市民にとっては平均所得が年間800ドル(約9万円)という経済問題の方が深刻だ。候補者の遊説を見ていた主婦、ラムケシャリ・シェスタさん(60)は、4人の孫が誰も学校に通えていないという。「何党でも中国でもインドでもいい。生活を楽にしてほしい」とつぶやいた。(カトマンズ 森浩)

ネパール下院選、26日に投票=新憲法下で初、中印綱引き

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171125-00000063-jij-asia
11/25(土) 、ヤフーニュースより

 【ニューデリー時事】ネパールで26日、共和制に移行後、2015年に制定された新憲法下で初の下院選の第1回投票が実施される。

 主要政党が隣国のインド、中国寄りの2極に分かれて275議席を争う構図で、結果は12月7日の第2回投票後、同月中旬に判明する見通し。

 現議会(定数601)で181議席の第2党、統一共産党(UML)と、80議席の第3党、共産党毛沢東主義派(毛派)は10月、「左派同盟」として選挙協力すると宣言。第1党で207議席のネパール会議派(NCP)を上回る勢力が出現した。

 主要地元メディアは左派同盟の背後に「中国の存在がある」と指摘する。シルクロード経済圏構想「一帯一路」などで中国はネパールに接近する。一方、NCPは少数民族政党などを取り込み、親インド路線の「民主同盟」で対抗する。

2017年11月24日金曜日

コーセー ネパールに参入 インド製品投入

Source:http://www.kagakukogyonippo.com/headline/2017/11/16-31715.html
2017年11月16日、GOOGLEニュースより

 コーセーがネパール市場に参入したことが明らかになった。今春からインドで展開するスキンケアブランドの販売を開始。ネパールは輸入品が産業を支えており、とくにインド製品は小売店で取り扱い品目の大半を占めるなど、強いかかわりを持つことから商機が見込めると判断した。インドのブランド導入店舗数も昨秋比で倍増させた。両国では珍しい海藻由来成分を配合するなど独自性を打ち出すことで、「日本発」化粧品の存在感を高める。将来的には中東やアフリカ市場への参入も視野に入れていく。

【特集】地域が支援…在留外国人を悩ます「高校入試」

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171122-10000001-mbsnews-l27
11/22(水) 、ヤフーニュースより
外国人観光客が増えている日本ですが、日本に住む在留外国人も増えています。大阪ミナミの繁華街にある市立南小学校では約4割の児童が外国にルーツを持っています。日本語の習得などに苦労する子どもたちですが、中でも大変なのは日本の高校に入ろうとしている子どもたちです。入試問題に出てくるテストへの対応、いわゆる「受験勉強」が必要になります。“受験事情”と”サポート体制”について取材しました。

児童の4割が外国にルーツ
大阪ミナミのど真ん中、心斎橋筋商店街にほど近い東心斎橋にある大阪市立南小学校。全校児童174人のうち4割以上にあたる約80人が外国で育ったため日本語に触れることがなかったり、日本で生まれたとしても親が外国出身のため、日本語指導が必要だったりする子ども達です。

Q.どこから来たの?
「フィリピン」
Q.他にフィリピンから来た子は?
「ハイ!ハイ!ハイ!」
Q.他は?
「韓国」
「モルドバ」

ここにはフィリピンや中国など約10の国や地域から親の仕事などで日本にやってきた児童が通っています。9年前に市内で初めて学校内に日本語教室ができた小学校でもあります。基本的に日本人と同じ時間割で授業を受けますが、国語の時間だけは日本語教室で学びます。

「麦の粉からケーキやパンを作ります。おにぎりもご飯も米です」(フィリピン出身の女子児童)

来日したてでも2、3か月でコミュニケーションが取れるようになるといいます。そして学校内の看板は多言語表示、お互いの国や文化を理解するイベントも積極的に行っています。

「モンゴルの子がいたときは校庭にゲルを建てた。馬頭琴(ばとうきん)を弾いてもらったりホーミー(喉歌)もやってもらったら、モンゴルの子はいい顔をする。マイノリティの子がいきいきすることで自分たちのよさにも気づいていく」(大阪市立南小学校 山崎一人校長)

放課後の「居場所」に
子どもたちを支えているのは学校だけではありません。大阪市中央区にある「子ども・子育てプラザ」では午後6時毎週火曜日の夕方に「Minamiこども教室」が開かれています。通っているのは約30人で、ほとんどの児童が南小学校の子どもたちです。日本語を学んだり学校の宿題などをしています。

「これ『舌』って書いてあるでしょ。『舌を出す』って書いてある。舌出してみて?」(先生)
「(床の方を指さして)下」(フィリピン出身の男子児童)
「この『舌』は…ベロのこと」
先生は元教師や学生などのボランティア。楽しみながら日本語を学べて放課後の彼らの「居場所」にもなっています。

Q.ここで勉強してわかるようになった?
「うんうん。算数がわからないときはいつもここに来る」(ブラジル出身の女子児童)
「どんどんわかりやすくなって、テストで80点取れてうれしかった」(フィリピン出身の男子児童)

「学力の向上につながればいいと思うが、一方でここは学習塾ではないので、成績の上下に一喜一憂するのではなく、とにかく安心して過ごせる場所であってほしい」(教室の実行委員長 金光敏さん)

夜、親が働いている家庭も多い子どもたちを学校と地域が協力してあたたかく見守っています。

入試の壁「英語と数学ができても…」
一方で、大変なのが高校受験を控えて来日した人たちです。カンデル・ヒララルさんは大阪府摂津市にある両親が経営するインド・ネパール料理店を手伝っています。高校3年生ですが20歳です。そのわけは…

「ネパールでは英語も数学もできていたので、試験を受けずに高校にいけると思ったけれど、実際に来てみたら違った」(カンデル・ヒララルさん)

大阪府では来日して6年に満たない子どもは、通常より科目数は少ないものの日本語で書かれた数学と英語、作文の入学試験を受けなければ高校に入学できません。成績優秀だったカンデルさんは、日本語さえ習得できれば入試も乗り越えられると考えていましたが、そう簡単にはいきませんでした。

「出てくる問題のパターンが(ネパールと)まったく違って、慣れていない問題が多すぎた」(カンデル・ヒララルさん)

例えば英語。ネパールでは長文を読んで全体の意味を理解しているかどうかが問われていましたが、日本は細かい文法を理解しているかどうかを問う問題が多く戸惑ったといいます。

「はじめて来たときは楽しみにしていたが、勉強していたら難しくなって辛くなっていった」(カンデル・ヒララルさん)

そんな時、助けになったのがお父さんが調べた情報でした。

「ネットで探したり、この子が来る前にそこに通わせていた知り合いの紹介。『こどもひろば』に行ってすごく良かった。先生方もよく助けてくれて、高校も探してくれて本当にありがたいです」(カンデルさんの父 オムラルさん)

「こどもひろば」のサポート体制
カンデルさんが高校に合格するまで通っていた「こどもひろば」は大阪・天王寺区にあります。ここでは日本の高校を目指す子どもたちをサポートしていて、現在約30人がいわゆる「受験勉強」をしています。

今年4月にフィリピンから来日したジョンさん。16歳のジョンさんは来年春の高校入学を目指しています。

「日本語と数学がむずかしいです。一生懸命勉強して試験にパスします。そして日本の高校に行きます」(今年4月来日 ジョン・クリス・ルルさん)

ここは民間のボランティアが週に2日開いていて、去年は20人を高校に送り出しました。

「高校に行きたいけれど、どうやって高校に行けばいいかわからない、どうやって準備していいかわからない子がいることが明らかになったので、その子たちを支えることを主な活動にしている」(こどもひろば事務局長 鵜飼聖子さん)

また、勉強以前に日本の高校に入るためのシステムを知らないまま来日するケースも増えています。取材していた日も…

「どうして(娘さんと)日本に来たの?」(鵜飼聖子さん)
「一緒に住むため」(来日した親子)
「(高校が)終わってからきていたら大学いけるけど、終わってなかったら大学いけないよ」(鵜飼聖子さん)

18歳の娘はフィリピンの高校をあと1年残して来日しました。日本の高校に簡単に編入できると思っていたといいます。

「途中から入るとなったらすごいスペシャルケースだから、いっぱいお願いしないといけない」(鵜飼聖子さん)

事務局長の鵜飼聖子さんは、来日してからの行政のサポートが足りないと感じています。

「どこへ相談したらいいのかわからない。行政窓口は住民登録をするだけで(高校受験の)知識は何も与えてくれない」(鵜飼聖子さん)

「こどもひろば」のOBで高校3年のカンデルさんがやってきました。実はカンデルさん、来年春から大分県にある立命館アジア太平洋大学へ進むことが決まりました。今は同じネパール出身の後輩など、かつての自分と同じ境遇でがんばる子どもたちを教えています。

「時間があったらここに来て教えたい。自分も高校受験する前にここで教えてもらっていたので、自分もそういう人になりたかった」(カンデル・ヒララルさん)

中国共産党が「ネパール乗っ取り」を目論んでいるこれだけの証拠

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171122-00053535-gendaibiz-int
11/22(水) 、ヤフーニュースより

 中国からの旅行者が急増中のネパール。2013年の12万3000人から約6倍の伸びを見せ、2016年には73万人に達した。

 同年の訪日中国人637万人と比べれば、9分の1強ほどの数であるものの、北海道の1.8倍程度の面積の国に、これだけの人が押し寄せているのだから、主だった観光スポットは中国人で満員御礼。ネパール経済の底支えを担ってくれるとして、大いにウエルカムな存在となっている。

 ネパールに通い続けて20余年。その間、貧困を原因とする社会問題に取り組んできた筆者としては、ネパール経済が潤うのは喜ばしいかぎりだ。しかしその一方で、近年のネパールと中国の蜜月ぶりに、不穏な空気を感じてならないのである。

仏教の聖地に中国の赤い舌が
 両国の関係性に違和感を覚えたきっかけは、ネパールを訪れる中国人観光客が増え始めた6、7年前のことだ。懇意にする現地新聞のビシュヌ記者から、“ルンビニを整備するため、中国のNGOが20億ルピー(約20億円)の支援を決めた”との話を耳にしたことにある。

 ネパール南部に位置するルンビニは、ブッダの生誕地とされる仏教の聖地だ。信者はもとより、世界の旅行者が足を運ぶ観光名所としても名高い。そのルンビニをより魅力的な地とするため、大々的に整備するというのである。

 他国の観光資源に大金を投じるというだけでもひっかかりを覚えたものだが、なにより腑に落ちなかったのは、それを買って出たのが中国のNGOという点だ。中国のような国に、NGOのような性質の組織が存在するとは思えなかった。

 そんな疑問を投げかけてみたところ、おぼろげながら予想していた答えが返ってきた。いわく、NGOというのは表向きの組織であり、実質的には中国政府のプロジェクトだというのだ。

 「2008年3月に起きたチベット騒乱の際、中国政府によるチベット自治地区内での弾圧が世界的な非難を浴びました。そのときについた負のイメージを、仏教に心遣いを見せることで、払拭しようと考えたのだと思います。

 一見、ネパールのための援助に思えますが、100パーセント、自国の利益のためのプロジェクトということ。そもそも、中国にNGOがあるとは思えません」

 今年1月、この言葉を裏付ける動きが中国であった。“外国非政府組織(NGO)国内活動管理法”が施行されたのだ。中国において活動する700~1000の外国NGOに対し、公安当局への事前届出が義務付けられ、一切の政治、宗教、営利活動等への関与が禁止されるというものである。

 かりに、中国の安全や利益、民族の団結を損ないかねない活動を行ったと判定された場合は、即座に活動停止を言い渡されることになる。事実、多くの外国NGOが活動縮小もしくは活動停止に追い込まれたのである。

 かような、国際支援の意義を根底から否定するような国に、真っ当なNGOが存在するとは思えなかった。

 しかし、筆者の違和感をよそに地元の人は大いに沸いた。夜更けにジャッカルの遠吠えが聞こえるような田舎の村だったルンビニが、大々的な整備によって大きく発展するのだから、当然の人情である。
無料で中国に留学できる破格の援助
 その後も中国は、ネパールに対し、インフラ・道路交通・医療衛生・教育文化・エネルギー・農業・防災・情報通信・文物古跡の修復など、さまざまな分野で援助を続けていった。なかでも大きな話題になったのは、ネパール鉄道計画だ。

 中国は、2006年、中国西部の青海省西寧とチベット自治区首府ラサを結ぶ青蔵鉄道を開通させた。2014年には、その先シガツェまでの253キロが完成し、さらにはネパール国境まで延伸するという計画である。

 ネパールには、鉄道がない。正確にいえば、ジャナクプルに狭軌鉄道が走ってはいるが、全長51キロと短く、人や物資の輸送にそれほど役立っているとは思えない。長距離移動はバスか飛行機を利用するほかないのだが、国内線は運賃が異常に高く、庶民には手の届かない代物だ。

 バスの方も、三度、四度と使いまわされた中古車であるため、故障による立ち往生も日常茶飯事である。鉄道が通りさえすれば移動の便は格段によくなるはずと、皆、期待に胸を膨らませているのだ。

 教育の分野でも、破格の援助が行なわれている。関係筋とコネを作りさえすれば、奨学生として無料で中国に留学できるというのだ。以前から奨学制度はあったのだが、近年、その数は急増。毎年約100人に中国政府が奨学金を提供し、中国在住のネパール留学生の総数は、5000人に達したといわれているのである。

 こんな一風変わった支援の形もある。骨董品を扱う知人から聞いた話だ。

 「仏具、銀製品といったネパールの工芸品を、中国で開催されるエキシビションに出品してほしいと招かれるのです。旅費もタダだし、みんな喜んで出かけていきます。なぜなら、絶対に損しないから。来場者が少なければ、地元の政治家がすべて買い取ってくれるか、貸し切りバスで村からたくさん人を連れてきてくれる。

 無料で街に出かけられるわけだから、行楽気分で土産物のひとつでも買いたくなるでしょう。そうした人が次々とやって来るから、結構、儲かるんです」

 いわば、ネパール商人の接待エキシビションといったところか。その甲斐あってか、今年上半期、中国・ネパール両国の貿易額は4.5億ドルに達し、前年同期比で18.3パーセントの増加を見せた。しかも、中国がネパール第一の貿易相手国となったという。
当局による人の移動の推進
 ネパール政府の統計データによると、2015~2016年の財政年度において、中国のネパールに対する投資額とプロジェクトの数は第1位とのことである。こうした一連の流れを受け、最近、聞かれるのはこんな声だ。

 「中国はネパールのためにいろいろしてくれるから好き」
「ネパールは、ずっとインドに寄りかかっていたけれど、これからは中国と仲良くした方がいい」

 さまざまな形の援助によって、ネパールの民衆の心はがっちりつかまれてしまったようである。

 チャイナマネーとともに、人員もどんどん投じられている。前号で記したとおり、急増する中国人観光客を当て込み、ホテルやレストランを開業するため、ネパールに移り住む中国人が増え続けているのだ。

 ネパールに暮らす中国人を見かけ始めたのは、10年ほど前のことである。駅弁や球場の売り子のように、首から下げた木箱におもちゃのような腕時計を並べて売り歩く行商人だった。ネパール語も英語もまったく話せない様子だったが、身振り手振りでネパール庶民を相手に小商いをしていた。その質素な身なりから、本土で生計が立てられず、出稼ぎにやってきたのだろうと思ったものである。

 ところが、昨今の移住者は、かなり景気がよさそうだ。カトマンズの王宮通りは、ネパールでもっとも地価が高いとされるが、次点のタメルも20平米6万ルピー(約6万円)と高額である。そんな一等地のタメルに、ホテルやレストランを開業するとなれば、かなりの資金を要するはずだ。

 ならば、富裕層が移住してきているのかといえば、どうやらそうでもないようである。10年前に見かけた行商人と大差のない風貌の人ばかりだからだ。
前出のビシュヌ記者によれば、やはり富裕層ではないという。

 「普通より少し下の経済レベルだと思います。なのに、タメルの新築ビルにテナントに入りするのは中国人ばかり。新築の家賃はさらに高いのに、広いスペースのレストランやホテルをオープンしています。おそらく、非常に低い金利で借り入れができるとか、移住支援の補助金がもらえるとか、中国政府の経済的な後押しがあるのだと思います」

 どんどん投じられる人とカネにより、景気の上昇をみせるネパール。市井の人々は無邪気に喜んでいるが、どうにも危惧されてならない。なぜなら、その背景に、中国政府の壮大な企みが見え隠れするからである。
見え隠れする中国の思惑
 前述の青蔵鉄道は、ネパール国境まで延伸され、将来的には国内にも通じるといわれている。加えて、ブータンやパキスタンなど、南アジア一帯に一大鉄道網を構築する計画も持ち上がっているとのことだ。

 ネパールの民衆は「移動の便がよくなる」と、素直に喜んでいる。しかし、中国は親切心で列車を走らせてやろうと考えているわけではない。

 近年、中国は貿易規模を飛躍的に拡大させている。なかでも海運貿易の割合が上昇を続けているのだが、輸送ルートに厳しい問題を抱えている。

 インド洋と太平洋の間に位置するマラッカ海峡は、世界の3分の1の貨物貿易、約50%の石油輸送を担う国際貿易の重要ルートだ。中国の海上貿易においても、必ず使われるルートであり、全体の56%の原油もここを経由して運ばれている。ところが、可航幅が数キロしかない箇所があるうえに浅瀬が多く、航行に困難を伴うとされているのだ。

 こうした不利な地理的条件だけでなく、もうひとつ厄介ごとを抱えている。国防を理由に、マラッカ海峡から北西に350キロ離れたアンダマン・ニコバル諸島の海域と空域で、インドが兵力を大幅に拡大しているのだ。

 この夏、洞朗地域で2ヵ月間のにらみ合いが続いた中国とインド。そのような中印関係にあって、まさかの有事となればどうなるか。インド軍が中国船舶を遮ることも、中国艦隊を迎え撃つこともできるのだから、心中穏やかでいられるはずもない。

 ゆえに、南アジアを網羅する鉄道計画なのだ。航行困難かつインド軍が目を光らせる海運ルートに全面的に頼らずとも、貨物貿易や石油輸送を担う陸運ルートを確保しようという魂胆なのである。

中国による内政干渉
 鉄道整備から医療衛生、教育文化や文物古跡の修復など、さまざまな分野でネパール支援を行う中国。ネパール国民の評価は高まる一方だが、黙ってカネだけ出す者は稀有な存在であり、払った分だけ口を出すのが世の常である。

 ゆえに、これまでネパールに対してほとんど物申すことがなかった中国だが、最近、なにかと干渉してくるという。しかも、国政に関わる一大事にまで介入しているというのだ。

 前出のビシュヌ記者がいう。

 「11月26日と12月7日の2日間にわたって、ネパール連邦議会選挙が行われます。それに向けて、議会第2党のUMLと議会第3党のマオイストは、ともに戦うと発表しました。ほかの共産党系諸党にも参加を呼びかけています。

 そして選挙後は、2党が合併し、新たな共産党に生まれ変わるといっています。現在、UMLは野党で、マオイストは与党。そんな2党が、なぜ手を結ぶことになったのかといえば、中国が仕組んだといわれています。UMLとマオイストの候補者に、中国が選挙資金を提供し、コントロールしているのです」

 新生共産党のスローガンは、「社会主義志向の繁栄とナショナリズム」とのことだ。もともと共産党系は親中的ではあったものの、来る選挙で彼らが圧勝すれば、中国の傀儡政権が誕生しかねないのである。

 こうした世の流れを、ネパールのもうひとつの隣国であるインドはどう捉えているのか。

 次号は、彼らの対中戦略について記したい。
長谷川 まり子

申請は1万超、認定は0.3%未満…日本の難民問題の今

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171121-00010007-houdouk-soci

11/21(火)、ヤフーニュースより


1万を超す日本への難民申請
「日本にも、他の先進国が経験してきた状況が生じている」

来日した国連難民高等弁務官のグランディ氏は、20日都内で会見を行い、日本で急増している難民申請の状況をこう述べた。

昨年度日本に難民申請をした外国人は、1万901人と初めて1万人を超えた。

この10年間で10倍、特に2014年以降は毎年約50%増となっていて、今年は上半期だけですでに8千人に達している。

これまで経験したことのないペースで、日本に「難民」が殺到しているのだ。

一方、昨年度日本で難民認定・保護された申請者は28人と、わずか0.3%に満たない。

これについてグランディ氏は、「迅速で効果的な審査制度が整っていない。申請者を拘留や収容するだけでなく、地域社会やNGOを活用して受け入れを検討するべきだ」と苦言を呈した。

「滞在可、就労不可」 認定を待つ生活
では、いま日本で認定をひたすら待ちながら暮らしている、「難民」たちの生活はどうなっているのか?

「140円の切符を買って山手線を何周も乗っていたり、新宿駅にいたり、モスクに仮住まいしていたり。住む場所が決まらず、職もないのでやることがないのですね」

こう話すのは、難民問題に取り組む「WELgee(ウエルジー)」(NPO登記中)代表の渡部清花(わたなべさやか)さん。

渡部さんは大学生のときに約2年バングラデシュでNGOや国連のインターンを行い、「国家が守らない国民=難民」の存在に衝撃を受けた。

帰国後、東京大学の大学院生として「人間の安全保障プログラム」にて学びながら、日本国内の難民が置かれている状況を調べるため、難民100人にインタビューを敢行した。

「来日して難民申請してから6か月間は就労許可が与えられません。『滞在可、就労不可』、つまり職業支援も定住支援もなく、日本語の支援もないけれど、『いていいからあとは頑張れ』なんです」(渡部さん)

日本での難民申請は各地の入国管理局で行われ、難民申請者は6か月間の仮滞在の許可を得るが、その間就労は認められない。

滞在許可を得たからといって、いつまでいるかわからない外国人に住居を貸す所有者もいないので、彼らはNGOや宗教団体などが用意したシェルターに身を寄せるか、ホームレスになる。

さらに仕事も金もない彼らには、人材派遣ブローカーが目をつけて、建設現場などで不法労働させる。

「彼らにとって難民申請者は好都合で安く使えます。保険が欲しいとか、契約書が欲しいとも言わないし、日払いでいいので」(渡部さん)

こうした難民申請者の状況を受けて、「WELgee」では緊急的な「シェルター」を今月オープンした。

また、難民申請者が、日本人の家庭にホームステイする取り組みも行っている。

難民申請者の中には、日本社会や人とのつながりがないため、鬱になることもあるという。

「難民ホームステイ」はこれまで18件、9都道県で行われたが、申請者たちの中には「初めて日本語を話す機会を得た、はじめてお箸を持ったという人もいる」(渡部さん)。
難民が日本を選ぶ理由
今年1月にアフリカ北部から来日して難民申請中のモモさん(仮名)も、「WELgee」の「難民ホームステイ」に参加した一人だ。

モモさんは自国で人権団体のリーダーだったが、別件逮捕で9か月間投獄された。

出所後モモさんは身の危険を感じ、同じ人権活動家だった妻とともに日本へ渡り難民申請した。

なぜ行先は日本だったのか?

マーシャルアーツの熟練者でもあるモモさんは、2010年に大阪でインストラクターをした経験があり、日本の文化や哲学に親しみを感じていたと言う。

「ここでは祖国のような脅威を感じません。電車の中で私の隣の席が空いていることが多いですが、気になりませんね(笑)。いまは難民の支援団体がボランティアでやっている避難所に住んでいます」

では、そもそもなぜ難民申請者が増え続けるのか?

海外で日本は「平和・人権国家で経済的に発展しているので、難民を受け入れてくれる」いう根強い期待がある。

さらに、日本はここ数年観光立国を掲げており、どの先進国よりも観光ビザが出やすいため、これを利用して来日する難民申請者が多い。
審査までに1年半…待たされる難民たち
一方で、申請者を国別にみるとインドネシア、ネパール、フィリピンが多く、これらの中には、「難民申請して6か月我慢すれば働ける」と就労機会を求めて来日するケースもある。

つまり、保護されるべき難民ではないにもかかわらず、いまの日本の認定制度を誤用・悪用しているのだ。また、これを助長するブローカーの存在もある。

このため急増する申請数に、政府の処理スピードが追い付かず、結果として保護されるべき難民が待ち続け、初回の審査が1年半後というケースも少なくないという。
「我々は、ソリューションであって、プロブレムではありません」
「WELgee」では、難民申請者に「働くスキル」を身に付けさせる取り組みを始めた。

「難民の方と会うと、いろいろな才能持っていることがわかりました。自国でプログラマーだったとか、漁師だったとか、通訳をしていたとか。そこでその才能や経験を発掘して、日本の社会とマッチングさせることが出来たら、彼らが難民としてではなく、才能を活かして生きていくことができるのではないかと」(渡部さん)

この取り組みでは、難民問題に理解のある企業で、難民申請者にプログラミングなどの研修を受ける機会を提供し、技術を活かして安定的に働き暮らせる在留資格に切り替えるというものだ。

ただこのためには、自国で大学を卒業していることを証明しなければいけないなど多くの要件や必要書類があり、ハードルはまだまだ高そうだ。

先述のモモさんは、日本政府の制度改革に期待感を示す。

「日本政府に言いたいのは、『チャンスをください』ということだけです。我々は、ソリューションであって、プロブレムではありません」

モモさんは今後、起業して自らデザインしたボディスーツを販売するのが夢だと言う。
先進国並みとなった日本の難民問題、その解決に向けて
シリアで紛争が起こった際、多くの難民がヨーロッパに殺到したが、その受け入れをめぐっては各国で対応が分かれ、世界的に論争が巻き起こった。

さらに、アフガニスタンやソマリアの紛争は未解決のままで、南スーダンも再燃と、世界では10を超える紛争が進行中だ。

ミャンマーとバングラデシュでは、「1990年代以降で一番深刻な難民危機」(グランディ氏)であるロヒンギャ難民問題が起こっている。

グランディ氏は日本政府に対して、支援金の拠出と開発支援活動について謝意を示しつつも、「かつて米国に次いで2位だった拠出金は、現在4位になった」と失望感を込めた。

一方でグランディ氏は、「難民の受け入れには様々な方法があり、国際的に実践されている事例は日本政府と共有して、今後も建設的な協議を続けたい」と日本の難民問題への取り組みに強い期待感を示した。

「WELgee」は、「WELCOME REFUGEE~難民の人々を歓迎できる社会に」の想いをこめて名づけられた。

渡部さんは言う。

「これからのビジネスモデルはありますけど、いままでは持ち出しです。でも私たちが伴走するしかないんです。ただ、私たちだけでは出来ません。専門家などさまざまな協力が必要です」

先進国並みとなった日本の難民問題の解決には、行政と民間が一体となった取り組みが必要だ。

カタールに出稼ぎに行ってみたが、まさかの派遣切りに

Source: https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171121-00010002-wedge-m_est

11/21(火)、ヤフーニュースより

 2022年のワールドカップの準備に邁進するカタールは、外人労働者200万人の恩恵によって成長が持続できる国である。カタール人はわずか30万人弱。最近は、湾岸諸国の親玉とその同調者に難癖つけられ一時動揺したが、日常用品や食糧はトルコやイランなどの別の国からの輸入に切り替え、難なきを得ている。

 同時に欧米諸国や国連機関からは国家ぐるみの労働ブラック国家とも糾弾されている。一方、日本ではカタール政府がアレンジしたツアーを視察して「素晴らしい労働環境だ」などというレポートも出ている。真実はどこにあるのか?

まるで捕虜収容所のようだが
 2012年、懐具合が淋しくなったので、天然ガスで潤う世界一の金満国家カタールに出稼ぎに行くことにした。三権分立、民主主義、女性参政権をうたっているが、独立以来(1868)何度か宮廷革命があったものの、実権を握り続けるサーニー家が首長を独占している。

 だからといってカタール人30万人に不満があろうはずもない。年間所得は1000万円に近く、教育費、医療費、電気代などなんでもタダで、土地も無料でもらえる。企業や政府の幹部の職につき、副業で商店や農場を経営したりしている。中には現業に従事している人間もいるが、のんびりしたもので仕事の時間を守ったことがない。カタール人に生まれたらと何度思ったことか。
ところが私は、200万人を越える外国人労働者の1人。2022年のワールドカップで使う電力のための天然ガス処理設備を作るプラントの末端労働者である。

 職場はドーハから80キロの距離にあるラスラファン工業都市の中のグローバルビレッジ。広大な敷地にはカタール経済の屋台骨を担うガス関連のプラントが存在し、夜はタワーの円筒から出る炎が、この世と思えぬ幻想的な光景を作り出している。

 職場も宿舎も周囲は鉄柵で囲まれ、出入口には歩哨のガードマンが目を光らせている。許可なく撮影もできない。まるで、捕虜収容所だ。とはいえ、ノンアルコールビールなどを置く雑貨屋が二軒ある。広大なグランドもある。インド人はクリケット、フィリピン人はバスケット、日本人はサッカーだ。運動に適しているのは、肌寒いこともある11月~4月頃までで、その後は30度、40度、50度と気温が上がり、外に出る気力が失われる。
職場環境は限りなくブラックに近い
 食堂に行くために朝の4時半に宿舎の外に出る。真っ暗である。空には星が瞬いている。凄まじい風だ。砂塵が舞い上がる。礼拝を呼び掛けるアザ―ンのしぶい声がどこからか聞こえて来る。

 勤務時間は、朝6時から夜7時頃まで、月月火水木金金土日で、たびたび祝日の金曜日も出勤となる。現場に出る時は、ヘルメット、サングラス、顔面マスクで凄まじい砂嵐を防御する。隣にいる同僚の声が聞こえない。マスクを通して砂粒の粒子が喉の奥にまで侵入してくる。秒速25ノット(約13m)になると仕事は中断される。

 職場は30カ国を超える国籍の人間の集団から成る。インド、フィリピン、ネパール人が主体だが、シンガポール他のアジア、エジプトなど中東諸国、オーストラリア、イギリス、ベネズエラなど。

 筆者に割り当てられたスタッフ4人はみなインド人でイスラム教徒。出入りの業者の担当者、政府の中間管理職、近場の漁村の漁師も全員インド人で、まるで久しぶりにインドで働いているような気分になる。

 その年、ラマダンは7月20日~8月18日。最も熱い時期と重なった。テレビではサウジアラビアメッカでの夥しい数の信者の巡礼の様子が延々と放映されている。

 オフィスを出ると苛烈な相貌を顕わにした太陽が君臨している。凄まじい日射しは身体を刺し抜く。現場サイトに赤旗が挙げられている。赤旗は摂氏40度以上を示す。外の作業は中断される。

 ラマダンの期間、イスラム教徒は12時までしか仕事をしない。日の出から日没までは断食。敬虔なインド人は水も飲まない。フィリピン人や日本人はいつもと同様に働く。こんな過酷な自然環境下、残業はしばしば月100時間を越える。病気になるスタッフも多い。目がおかしい、喉がおかしい、腹の調子がへん、といつの間にか母国へ帰っている。

 ある意味、王族と自国民が君臨する奴隷制国家である。もちろん、奴隷ではなく、自国にいるよりもいい給与が支払われるから、筆者を含め外人は集まってくる。出稼ぎ根性で休まずにできるだけ残業代を稼ぎたいのだ。だが、誰もが金満国家で働けるわけではない。スポンサー企業を通じてビザを取得した後に、居住許可をとるための厳しい健康チェックがある。
厳格な健康チェック
 私もドーハの病院を訪れ、エイズを含めた血液検査やレントゲン検査を受けた。検査官はフィリピン人である。病院の回廊と待合室には夥しい数の外人労働者が犇めいている。係の人間に「あっちにいけ」「そうじゃない、むこうだ」などと追い立てられる。まるで群畜か奴隷市場だ。

 パスポート照合の係官は、妙齢なカタールの女性。バルカを頭にかぶり、澄んだ黒い瞳だけを覗かせ、アバーヤと呼ばれる黒衣から白い腕だけを剥き出しにしている。その腕全体に青い刺青が施されている。肌を見せる行為が制限された中での鋭利な胸を刺すような色気。一瞬でその邂逅は終わる。

 数日後、再検査となった。以前、アマゾンに住んでいた頃、知らぬ間に結核にかかり、知らぬ間に治癒していた。金満国家なのに旧式のレントゲンなので、その治癒の影が進行したもののように写るのだ。結局、再検査されてもレントゲン画像からは怪しい影は消えない。これ以上被曝するのはごめんなので、再再検査は拒否した。すると、最後は、腕に注射を打たれた。懐かしいツベリクリン反応。

 もちろん肺は純白なのだから、保菌者ではないことが証明され、居住許可が発行された。この間、2カ月。金持ちなら、最新のレントゲン機材を購入してもらいたいものだ。

病気になり、追放される
 過酷な環境下、激務が何カ月も続いた。そのうち体調不良になる。キャンプ内の医療センターにいくと、血圧が160を越えている。会議中に日本語も英語も出てこないときがある。首筋から耳の付け根が痛い。脳溢血や脳梗塞の予兆かもしれない。心配になってドーハの病院で検査するが、問題ないという。疲労とストレスが蓄積されているのだろう。

 「日本に帰って検査したほうがいいよ。問題なければ戻ってくればいい」

 管理者はそういった。そこで日本に戻り、ある大病院でMRI検査を行ったが、とりたてて異常はなかった。ドーハに戻ろうとすると、「こなくていい!」という。

 派遣切りである。日本国内ならば労働法違反の疑義がある。だが半ばせいせいした。昔から命をすり減らす残業はめったにしない。仕事よりも、娯楽、酒、家族に価値を置くようにしている。拙著『サラリーマン残酷物語』(中公新書ラクレ)でも「職場を生き抜く8つの知恵の柱」で過労死・長時間労働撃退法を提言している。それなのに、撃退されてしまったのだからお粗末だ。

 企業が苦しい事情もよくわかる。カタールのようなお金持ちは強い。黙っていても人も企業も集まってくる。企業は激しい競争の中、入札価格を下げに下げてやっと取った仕事である。工期も伸ばせないし、予算上人も増やせない。自然個々人に負担がかかる。勢い、派遣労働者や請負の人間は使い捨てである。

 首都のドーハでオフィスに勤務できる仕事だったならば、別だったかもしれない。世界中の美味いレストランや、サルサが踊れるバーもあり、コロンビア、メキシコ、ブラジルなどのバンドがはいっている。ホテルにはディスコもある。ショッピングセンターではアイススケートさえできる。立派な美術館もある。郊外で砂漠ツアーを楽しんだりできる。カタール人は欧米に留学した外人慣れした人間が多く、開明的で気のいい人々でもある。

 けれども、アジアからのメイドが自殺したとか、無許可であろう私娼が殺されたという噂は何度か耳にした。また、カタール航空のサービスや食事は素晴らしいが、サービスするほうの乗務員は、男女関係などプライベートな生活が厳しく監視されている。私の職場でも女性がいるオフィスでは妊娠に気をつけろと言われていた。妊娠すると出国できないという。

 今はワールドカップの建設ラッシュで、ネパール、インド、バングラデシュ人労働者など1000人以上が建設現場で死亡しているといわれる。あの過酷な環境ではさもありなんと思う。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナル、ILO、海外メディアなどからの数々の非難を受け、FIFAやカタール政府はやっと重い腰を上げ、外国人労働者の労働環境の改善に乗り出した。

 さて、最近、開始された日本企業によるドーハとサッカースタジアムなどを結ぶ輸送システムの建設プロジェクトはどうなのだろうか? この日本国内でさえ、オリンピックのための新国立競技場建設作業で、若者が過労死している。若い女性記者が4年も前に過労死したことをNHKが今さらながら公表する事例もある。

 海外プロジェクトは国内よりも企業の裁量権が大きいのだから、十分配慮してもらいたいものだ。労働環境は民主主義を計る重要な指標のひとつである。
風樹茂 (作家、国際コンサルタント)