Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/d71e8fb1c15732e7e233f25d8adb64d647d80187
スリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさんが、名古屋出入国在留管理局で33歳の若さで亡くなってから間もなく1年。この間、何がわかり、何が隠されているのか。遺族代理人の指宿昭一弁護士と有田芳生参院議員が“事件の闇”に迫る。 【ウィシュマさんが亡くなるまでの経緯はこちら】
* * * ──ウィシュマさんが収容中に撮影されていた監視カメラの映像が、昨年10月に裁判所の判断で開示され、遺族と弁護団が閲覧しました。国会でも昨年末に一部の国会議員に閲覧が許され、有田さんも映像を見ました。何がわかりましたか。 有田:亡くなる10日前の2月24日には、ウィシュマさんは「口から血が、鼻から血が」と言っています。栄養補給のための点滴も求めていたのに、職員はウィシュマさんをベッドの壁に寄りかからせて「4時間ぐらい我慢して」と言うだけ。介護が必要な人に対する虐待行為で、名古屋入管の一連の対応は「緩慢な殺人」です。 指宿:同じ日には、ウィシュマさんは「私死ぬ」とも言っています。それに対して入管の職員は「あなたが死んだら困るもん。死なないで」と。 当時、名古屋入管にはウィシュマさんの体調を心配して、支援団体の方が何度も面会し、入管に対して点滴と治療を行うことを申し入れていました。だから、名古屋入管の幹部もウィシュマさんの体調悪化は知っていた。それでも、必要な対応をしなかったんです。 有田:名古屋入管に残っている映像は295時間。そのうち、衆院と参院の法務委員会理事懇談会で公開された映像は6時間28分です。日付は昨年2月22日からウィシュマさんが亡くなった3月6日まででした。 指宿:弁護団が閲覧できた映像は約4時間半です。 有田:開示された映像と昨年8月に出入国在留管理庁が公開した最終報告書の内容には矛盾点が多い。国会では今でも野党が問題点を追及し、集中審議も求めています。ウィシュマさんが33歳で亡くなったことの真相解明は、まだ終わっていません。
指宿:そのとおりです。そもそも遺族の希望は、映像の視聴だけでなく、データの引き渡しです。 当初、ウィシュマさんの妹のワヨミさんとポールニマさんは、姉が苦しむ姿が映された映像の公開を悩んでいました。それが、実際に映像を見て考えが変わった。「ぜひ、すべての日本人と日本にいる外国人に見てほしい」と訴えました。 有田:入管庁は映像の開示にずっと消極的で、国会で野党議員が要求した時も同じでした。 指宿:誰でも閲覧できるようになることを恐れているんでしょうね。 現時点では名古屋入管の局長をはじめ、職員は誰も懲戒処分を受けておらず、訓告と厳重注意のみです。「逃げ切り」を許すわけにはいかないので、昨年11月には名古屋入管幹部らを殺人容疑で刑事告訴しました。一周忌となる3月6日も近づいているので、早急に国に損害賠償請求訴訟も起こす準備を進めています。 有田:入管庁は「保安上の観点」を理由に映像の開示を拒否していた。もっともな理由に聞こえますが、中身を聞くと「カギ穴が映る」「職員の顔が映る」といったもの。 指宿:仮に映り込んでも、カギ穴の映像から合鍵はつくれないし、職員の顔が映り込んでも映像にボカシを入れればいいだけのことですよね。 ──職員はウィシュマさんに「鼻から牛乳や」「ねえ、薬きまってる?」などと発言していました。名古屋入管は他にどのような行為をしていたのでしょうか。 有田:論点の一つは、ウィシュマさんが亡くなる19日前(2月15日)に行われた尿検査です。その結果には、体が飢餓状態に陥っていることを示す「ケトン体3+(スリープラス)」という異常な数値が出ていました。 最終報告書では、看護師はその数値を医師に報告したと証言しています。ところが、医師は報告内容について「記憶が定かではない」と回答をしているんです。もし、この時点で外部の病院に緊急搬送し、点滴などで栄養補給していれば、ウィシュマさんは生きていた可能性が高い。
指宿:実は、この時の尿検査については、中間報告書の段階では抜け落ちていました。理由を入管庁にたずねたら、「名古屋入管から報告がなかった」と。組織的隠蔽が疑われる重大な問題ですよ。にもかかわらず、報告が遅れたことに入管庁は何の説明もしません。 名古屋入管が隠蔽のために報告を遅らせたのか、入管庁の指示だったのか。この点も今後解明していく必要があります。 有田:最終報告書には、心電図のデータがないんですよね。知人の医師に確認すると、脈拍数が50~156と大きく変動しているなら心電図を見なければならないと言っていました。 指宿:たしかに、心電図はもう一度確認してみなければいけませんね。 有田:最終報告書や映像にはない、いまだ隠されている情報に真実があるのでしょう。 指宿:2月23日には、職員は「病院に行けるようにボスに話をするけど、私には決定権がない」とウィシュマさんに説明をしています。ところが、実際に職員が上司にどのような報告をしたのかは現在もわかりません。 有田:2018年3月5日付の法務省入国管理局長名で出された文書では、入管施設の被収容者が体調不良を訴えた場合、「安易に重篤な症状にはないと判断せず、躊躇することなく救急車の出動を要請すること」と書かれています。通達を名古屋入管が守っていれば、ウィシュマさんは救急車で病院に運ばれていなければなりません。無意味な文書になってしまっている。 指宿:その通達は現実には守られてはいませんね。むしろ、私は裏のルールのようなものがあると思っているんです。 たとえば、ウィシュマさんが亡くなった3月6日の映像では、14時7分に職員が何度も「サンダマリさん!」と呼びかけていますが、まったく反応がなかった。 有田:この時、職員が手の指を触って冷たかったことを確認しています。 指宿:ところが、救急車を呼んだのはそれから8分後の14時15分。おそらく、局長に許可を取っていたのでしょう。
有田:病院に連れていきたくなかったんですね。 指宿:ウィシュマさんは同居していた男性からDVを受けていて、ほとんど所持金もない状況で家を追い出されて、交番に駆け込んだところ名古屋入管に収容されました。20年8月のことです。 当初は帰国の意思を示していましたが、20年12月ごろに日本に残留する意思を示し始めました。すると入管職員の対応が変わったんです。 一時保護の収容生活から苦痛を与えるような対応に変わり、必要な医療も提供されませんでした。日本の入管収容は、帰国を促すための精神的・肉体的圧迫を加える手段なんです。 有田:入管庁は、ウィシュマさんの事件が大きな社会問題になったことを受け、今年1月14日に「出入国在留管理庁職員の使命と心得」というA4用紙2枚の文書を作りました。そこには「全ての人々の人権を尊重しつつ、(中略)全ての外国人の在留の公正な管理を図る」と書かれています。 たしかにそのとおりなのですが、あくまで「使命と心得」。すべてが精神論なんです。日本の入管行政システム全体への反省はありません。 指宿:今の話は最終報告書にも言えることで、結論は「職員の意識改革」と「入管施設の医療制度の改革」。ですが、生命の危機に陥っている人が目の前にいても現場の判断で救急車を呼べなかったのには、もっと根深い構造的な問題があるはず。日本の入管行政システムの闇を無視して、末端の職員の意識改革だけをしても意味はないんです。 有田:現在、大村入国管理センター(長崎県大村市)には、ネパール国籍の男性が足にケガをしたままで収容が続いています。1月に立憲民主党の国会議員3人が面会に行きました。39歳なのに大腿骨頭壊死症がひどくなり、歩けない。それでも、手術を受けられない。こんなことが今でも起きているんです。 指宿:私は、国境や国籍、あるいは在留管理制度というものを全面的に否定しているわけではありませんが、ルールに反したからといって、その人の人権や生命まで奪っていいわけはありません。
有田:岸田文雄首相は、今国会で出入国管理法改正案の審議を避けました。今夏の参院選に備え、議論が巻き起こるような法案審議をしたくないという政治的な思惑です。 それでも、法案はいずれ国会に提出されるでしょう。野党としては、仮放免の判断を入管庁任せにせず、司法の判断を入れるような改正案を考えています。これが世界の標準的な制度なんです。 指宿:今、政府が検討している改正案は、難民も入管の判断で強制送還ができるようにするもの。生命や自由が脅かされている人の強制送還を禁じた、国際法上の「ノン・ルフールマン原則」にも反するものです。 有田:都市部のコンビニ店員には外国人の労働者や留学生が多いですし、そこで売られるお弁当も、彼らが工場で働いてつくっている。少子高齢化の進む日本は、在日外国人の労働に支えられていることをもっと知る必要がありますね。 指宿:私は希望もあると思っています。ウィシュマさんの悲劇を通じ、若い人からも非難の声が多くあがりました。それが改正案の審議延期や映像の一部開示につながった。 ただ、岸田首相は映像をまだ見ていません。「聞く力」を掲げる首相なら、入管制度の問題点が詰まったこの映像を見てほしいです。 (本誌・西岡千史) ※週刊朝日 2022年3月4日号
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