Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/345abbfc5347cd82d2fee425ed6cb2205c4e85f7
コロナ禍下で始めた一風変わった取り組み
誰かが預けていった食事券を受けとれる。京都市上京区にある「バザールカフェ」ではそんな取り組みを1年半前から行っている。ここでは多様な国籍、年齢、セクシュアリティー等を生きる人々が、ともに食事をすることや就労することを通して社会と接し、相互にケアし合う。自分に様々な関係性があることを忘れそうになるほど、人と対面することが減った。新型コロナ禍下にあって、この券を利用した人はのべ295人。背景には、それぞれに異なったいきさつや心境がある。
使う人を選ばない ボードに貼られた「サンガイ券」
「日替わりランチください」 あるお客さんが、レジ前のボードに留められた手のひらサイズのカードを手に取った。さらさらっとカードに記入したかと思うと、カフェスタッフに手渡す。 スタッフはにこっとしてお礼を言ってから、キッチンへ注文を通した。そのカードがスタッフの手で<使用済み>のボードに貼られる間に、ほかほかと湯気をあげる日替わりランチが、席に着いたお客さんのもとへ運ばれた。 以上の光景に、現金のやり取りはない。 カードの名前は「サンガイ券」。 そして誰かが購入してボードに留めたサンガイ券を使い、誰でも無料で食事を食べられるしくみを「サンガイ飯(さんがいはん)」と呼んでいる。 「サンガイ」とはネパール語で「共に生きる」という意味だ。 スタッフ手づくりのサンガイ券は700円で販売されている。これは日替わりランチと同じ額面。券には<買った日>と<使った日>を記入する欄と、購入者が自分の買ったサンガイ券だと分かるようにサインを書き入れる欄があるだけだ。
最初の緊急事態明け、笑顔と熱気の1時間で決まった
「バザールカフェ」は同志社大学や京都御苑にほど近い場所にある。 1998年設立。週5日営業でランチタイムには付近で働く人や同志社大生などが訪れる。長年の常連客も多い。 250坪超の敷地の半分ほどを占める庭では子どもたちが遊ぶ。建物は「ヴォーリズ建築」という築80年ほどの木造で、もともとは宣教師館だった。冬には現役の暖炉が活躍する。 そのバザールカフェで「サンガイ飯」が始まったのは2020年6月。最初の緊急事態が終了した翌月のことだ。 新型コロナ下をどう乗り越えていくか、毎日話し合っていたところ学生から「同級生がアルバイトできなくなった」という話が出た。 「私、前からやりたかったことがあるねん!」 スタッフの松浦千恵(40)が、サンガイ飯の構想を話し出した。 ホワイトボードを引っ張り出し、筆者を含む4、5名で案を出し合った。1時間ほどでサンガイ飯という名称からお金の動き、打ち出し方まで決まっていった。 「いいね」「その案もいいね」の連続で、笑いと期待感に溢れた話し合いだった。
必要なとき「遠慮しないで喜んで受け取る」
当初は学生を想定してスタートしたサンガイ飯だったが、始めてみると、実に多様な人が関わることになった。 「感謝ってどういうことか、最近分かってきた気がする。遠慮してお礼するのは失礼だということ。相手の好意を受け取って、喜んで感謝して食べることで、買った人も喜んでくれるんじゃないかな」 約3か月の間にサンガイ券を15回ほど使用したユウさん(40)はこう話す。 ユウさんが初めてサンガイ券を使用したのは2020年10月。 9月に仕事を辞め、どうやってごはんを食べようかと追い込まれたときに、以前から出入りしていたバザールカフェに足を運んだ。そのときにカフェスタッフからサンガイ飯のことを聞き、使ってみたのだという。
買う人も使う人も、券にメッセージつづる
「サンガイ券を使うことは、買った人と自分との間に関係性ができることだと思う」と話すユウさん。 初回から欠かさず、使用時にはサンガイ券にメッセージを書き込んでいる。 感謝の言葉とその日の天気に関することが多く、購入者に向けた短い手紙のようにも見える。 任意であるにも関わらず、サンガイ券の使用者にも購入者にも、券にメッセージを書いていく人は多い。 ユウさんは、「券を買ってくれた人の筆跡から、どんな人がどんな思いで買ってくれたのか想像する。相手が特定されていると、メッセージが書きにくくなったり、読んでほしくなったりしてしまう。相手のことが分からないからこそ、自由に書けるし、率直にありがとうと書ける」と話した。
「ふわっとしたきっかけや人との関わりが、人間には必要」
サンガイ飯が誕生して間もなく、偶然来店したナカイさん(38)。その場でサンガイ飯の広報について、スタッフと一緒に考えてくれた。 「手助けする・されるの境界線があいまいだということが、俺が思う福祉だし、サンガイ飯もそうだと思う。」 2000年、当時高校2年生でボランティア研究会に所属していたナカイさんは、週に1度バザールカフェでボランティアをした。卒業後はお客さんとして訪れるようになった。 「当時、俺の周りには『誰も見捨てない』という人がいたけれど、それよりも『誰がいてもいい』という姿勢のほうがしっくりきた。サンガイ飯のことを聞いたときに、それとマッチしているなと思った。」 たびたび券を購入しているナカイさんは、「人って鮮烈で劇的なできことで変わる訳じゃない。サンガイ飯のように、ふわっとしたきっかけとか人との関わりが、人間には必要なことなんやと思う。」と話した。
サンガイしてみよう 好きなとき、自由な気持ちで
2020年6月26日から2022年3月10日時点で、サンガイ券は184枚、半分券は111枚、計295枚が利用されている。 券を留めるボードには10枚以上の券が取り置かれる日もあれば、1枚しかない日もある。それでも途切れることなく続いてきた。 券の1枚1枚からは、購入者と使用者の背後にあるストーリーが見え隠れする。 「これでキミもサンガイ仲間だ!」 「財布を忘れて帰ろうと思ったんですが、助かりました。」 「今日は気分がいいのでサンガイしてみました。」 サンガイ飯に命を救われた人はいないかもしれないが、そのとき暗い心を少しだけ軽くするものではあるのかもしれない。 いろんな人とのつながりを感じることは、孤立に抗う原動力になり得るはずだ。1人ではないことの嬉しさや喜びが、バザールカフェから社会へ連鎖する。サンガイ飯が、そのきっかけのひとつとなることを願う。 ◇ ◇ ◇ 執筆者 狭間明日実 2015年バザールカフェに入局。この空間と、人との関わりをとおして、視点が変えられていく自分を感じています。傍らで、地域、食べることにまつわる仕事や遊びをしながら、個人がのびのびと生きることを考えています。海が好き。 --- この記事は、Yahoo!基金主催の 2021年度 「NPOの知らせる力(ちから)プロジェクト」選抜講座の受講者の作品です。 講座は、特定非営利活動法人日本NPOセンターが運営し、朝日新聞ジャーナリスト学校が執筆指導にあたりました。 プロジェクトの趣旨に賛同するYahoo! JAPANユーザーとヤフー株式会社からの寄付金を財源として活用しました。
狭間 明日実
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