Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/b36e407b561e04d121f6d35420da59190e2afe14
天野 久樹(ニッポンドットコム)
1974年生まれの筆者は、かつてタイに移住し、現地発の日本語情報誌で10年にわたりデスクを務めた経歴を持つ。帰国後はアジア専門のライター、編集者として日本と各国を行き来してきた。本書は、コロナ禍により“補給線”を絶たれた筆者が、「海外に行けないなら日本国内の異国を」と視点を変え、「在住外国人たちはコロナ禍をどう生きているのか」をテーマに、多国籍タウンの東京・新大久保、製造業が集積する東海地方や北関東を訪ね歩き、移民たちの「素の声」を拾い集めた労作である。
東京五輪の「難民チーム」の陰で
私たちが日本に暮らす移民たちに関して、新聞やテレビの報道で知る情報とはどのようなものだろう。 たとえば、「技能実習生」たちの困窮を伝えるニュースが思い浮かぶ。 技能実習制度とは、開発途上国の人材に日本の企業で、母国では習得が困難な技能を身につけてもらい、帰国後、その技能を生かして母国の経済発展に寄与してもらおうというもの。「国際貢献・技術移転」のお題目で1993年に始まった同制度は、一方で「現代の奴隷制」と揶揄(やゆ)される。彼らの多くは建設現場、工場、漁業、農業といった日本の若者が敬遠する肉体労働の現場で「サイチン(最低賃金)」で働く。実習という意識は当人にも雇い主にもない。コロナで働く場がなくなったら真っ先に使い捨てされる存在だ。 そして、紛争や政治的な迫害から逃れてきた難民たち。日本で難民認定を受けるのは至難の業だ。2020年に難民申請した外国人3936人に対し、認定されたのはわずか47人。申請中の人は住民登録はできず、保険もないし就労もできない。無論10万円の特別給付金も対象外だ。 室橋さんは埼玉県川口市にあるクルド人コミュニティを訪れる。折しも東京五輪で「難民選手団」が来日。脚光を浴びる選手たちをどう思うか、との問いに、待てど暮らせど難民として認められず、「仮放免」という宙ぶらりん状態のまま、応援する母国もない彼らは、ただ無言でうつむくだけだ。何たる不条理……これでも日本は「難民条約(正式名称:難民の地位に関する条約)」の加盟国なのだ。 「だったらいっそ、難民条約を脱退すればいい。そうすれば間違えて日本にやってくる不幸な難民も減る」と室橋さんは思う。 こうしてコロナで困窮する移民を尻目に、国の特例を悪用して金儲けをする日本人もいる。 その典型例が「レジデンストラック」。ベトナム、中国、韓国など11カ国を対象に、一定の防疫措置を取ったうえで入国を相互に認める制度で、技能実習生も対象となり2020年10月にスタートした。 この制度では14日間の隔離生活の費用は受け入れ企業の負担となるが、できるだけ安く上げるために、個室に数名の実習生を詰め込む企業がある。さらに、本来なら隔離期間も実習期間であり給料が発生するのだが、無給とする企業もあるという。こうして生活苦に陥り、職場放棄して消えていくベトナム人技能実習生を追って、室橋さんは埼玉県本庄市にある「駆け込み寺」に向かう。ベトナム人尼僧の営む寺院で彼ら“逃亡実習生”たちと一緒に年越しをするのだ。
悲惨さだけではない、ポジティブでしたたかな姿も
ところが、取材を重ねていくうちに室橋さんの中に「変化」が生まれる。こうした移民たちを単なる「被害者」として見るのではなく、彼らの中に日本人にはないしたたかさ、しぶとさ、生きるエネルギーを感じるようになるのだ。 同胞の友人知人の家を泊まり歩き、逃亡実習生でも雇ってくれるラーメン屋で働き、日本に来るために作った100万円もの借金を完済したベトナム人。名古屋市の歓楽街・栄で働くフィリピンパブ嬢1000人は、一致団結してワクチンの職域接種を実施した。オーナーや友人に借金してまで彼女らが優先するのは、故郷の家族への仕送りだ。休業中に日本語を勉強し、介護の仕事も始めてダブルワークに励む。 室橋さんが暮らす東京・新大久保では、外人オーナーによる新しい店が次々とオープンしている。エスニックのスーパーマーケット、ハラル食材店、バングラデシュ、ベトナム、パキスタン、ハラル、ネパールの各料理店……。コロナ給付金狙いではない。コロナで空いた物件は、家賃や保証金が大幅に下がっている。アフター・コロナを見据え、今が良い物件を押さえる絶好のチャンス―パンデミックを逆に「商機」と捉えているのだ。 出入国制限や緊急事態宣言で、日本国内の外国人コミュニティは大きく衰退する恐れがあると思っていた室橋さんは、衰退どころか、逆にさまざまな外国人コミュニティが発展している姿に驚く。 『コロナに加えて高齢化もあって、日本人の商売人は減っていくばかりだ。そこに外国人が入る。これは新大久保だけでなく、この取材で旅した東海地方や、北関東など、各地で見た光景だ。(中略)ひとりひとり、しんどい思いをしながらも、日本人と同じようにこの社会で踏ん張っている。』 そして、2年近くにおよぶ“旅”の終わりでこう決意を新たにするのだ。 『僕もこの街で、かれらとともにコロナの時代を生きていこうと思う。』 出口の見えないコロナ禍で閉塞感やうつに陥り、夢を諦めてしまいそうな日本の若者たちに、本書をぜひ勧めたい。読み終えた時、室橋さんの「決意」に共感を覚え、自分も何かにチャレンジしたい―と前向きになれること請け合いである。
【Profile】
天野 久樹(ニッポンドットコム) ライター(ルポルタージュ、スポーツ、紀行など)、翻訳家。ニッポンドットコム編集部チーフエディター。1961年秋田市生まれ。早稲田大学政治経済学部、イタリア国立ペルージャ外国人大学卒業。毎日新聞で約20年間、スポーツ記者などを務める。著書に『浜松オートバイ物語』(郷土出版社/1993年)、訳書に『アイルトン・セナ 確信犯』(三栄書房/2015年)。
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