Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/40e9b33dd1aedf496bd91aea7e818bb0a162bd50
(舛添 要一:国際政治学者) ウクライナでは、停戦交渉が続けられているが、その間も戦闘は続き、避難民の数も300万人を超えている。アメリカ、ヨーロッパ、日本などは、ロシアに対して経済制裁を強化しているが、プーチン大統領は戦争目的を遂げるまでは容易には妥協しないであろう。加盟国でないウクライナにNATOが軍事介入するわけにはいかず、武器援助までしかできない。 しかし、アメリカは対戦車兵器「ジャヴェリン」や携帯式防空ミサイル「スティンガー」をウクライナに大量に供与。これがウクライナ軍の抵抗に役立っている。ロシア軍の侵攻スピードが遅れているのは、そのためだとも言われている。 ■ 停戦交渉の落とし所 民間の施設も攻撃の対象となり、民間人にも大きな犠牲が出ている。一刻も早く停戦に漕ぎ着けることが最優先課題であるが、停戦交渉には一定の前進もあるという。双方の妥協が成立するとすれば、どのような内容が落とし所なのであろうか。 ウクライナ側はロシア軍の即時撤退を要求し、ロシア側はウクライナの非軍事化、中立化、非ナチ化を求めている。プーチンは、ウクライナがNATOに加盟しないことを文書で制約すること、ウクライナにNATOの攻撃兵器を配備しないこと、ゼレンスキー政権が退陣することを、「特別軍事作戦」の目的としている。 両者の主張は真っ向から対立しているが、考えられる譲歩としては、ウクライナは、「東部2州で紛争が続く限りはNATOに加盟しない」という内容ならば容認できるであろう。また、ミサイルなどの西側の兵器を配備しないことも約束できる。さらには、アメリカ、イギリス、トルコによる安全保障、国境の不可侵などを前提にして、ウクライナの「中立化」を前進させることは可能である。問題は、ロシアがこれを認めるか否かであり、NATOとどこが違うのかという反対論が展開されるだろう。 ロシアによる中立化要求に対して、ウクライナは検討する姿勢を見せているが、スウェーデンやオーストリア型の中立化は受け入れないという。両国は、自国の軍隊は持つが、軍事同盟には加盟していない。スウェーデンは、第一次、第二次世界大戦で中立を貫き、今日に至っている。オーストリアは1938年にナチスドイツに併合されたが、戦後の1955年に独立し、憲法で永世中立をうたった。 ウクライナがどのような「中立化」を模索しているのかは不明であるが、ロシアが受け入れる形での中立を提示できるか否かが問題である。
軍事作戦の遅滞、国内における反戦運動など、プーチンにとっては予想外の事態となっており、焦りも生じているという観測もある。上記のウクライナ側の譲歩をプーチンが受け入れることができれば、打開の道も開けよう。プーチンとしては、「非ナチ化」、つまりゼレンスキー大統領の追放という狙いは外れるが、悪い取引ではない。 しかし、ロシアが2014年に併合したクリミアの帰属問題、東部のルガンスク人民共和国とドネツク人民共和国の独立問題は、たとえ停戦が成立しても、その後の継続協議の対象となりうるだろう。 要するに、ウクライナの中立化、非軍事化という抽象用語を双方が受け入れ可能な具体的な形にして、早期停戦を実現すべきである。 ■ 経済制裁の効果 ロシアのSWIFTからの排除をはじめとする西側の経済制裁は、ロシアの首を真綿で締めるような効果を持つ。ただ、問題が幾つかある。 1つは、即効性に欠けるということである。長期的には大打撃となっても、すぐに停戦に導くほどの強烈な効果は持たない。また、中国などの友好国を利用しての制裁逃れもある。さらには、石油・天然ガス、小麦などの農産物の禁輸は、西側諸国にもブーメラン効果をもたらす。日本でも、すでにガソリンや小麦粉の価格が高騰している。 ロシアは、2014年のウクライナ併合のときも経済制裁を課されており、いわば制裁慣れしている。ロシア国民は、ロマノフ朝、そしてソ連の時代から飢餓などに耐えてきており、消費物資の不足に対応できる。とくに高齢世代はそうであるが、問題は若い世代である。30年前のソビエト連邦の解体以降に生まれた世代は、西欧文明に慣れ親しみ、豊かな消費生活を満喫してきた。彼らが、経済制裁にどこまで我慢できるかについては、大いに疑問である。 経済制裁に関して、大きな重みを占めるのが中国である。中国は、経済制裁には反対し、ロシアの安全保障上の懸念には理解を示している。共同してアメリカからの圧力に対応せねばならないからである。しかし、ロシアの軍事侵攻には賛成するわけにはいかず、内心では迷惑だと思っているであろう。
しかし、ロシアとの経済関係は緊密であり、中国の貿易相手国については、ロシアは輸出額で13位、輸入額では11位である(2021年)。そして、ロシアの原油輸出相手国の1位は中国(全体の22%)であり、また中国の原油輸入相手国のトップはロシア(全体の14.6%)である(いずれも2017年)。 中国外務省の趙立堅報道官は3月9日、アメリカがロシア産原油などエネルギーの輸入禁止措置を決めたことを批判し、「中国は国際法に準拠しない一方的な制裁に断固反対する」とし、「中国とロシアは一貫して良好なエネルギー協力関係を維持してきた。双方は相互尊重、平等、相互利益の精神に基づき、石油・天然ガスを含む分野で正常な貿易協力を展開していく」と述べた。 ロシアとウクライナの仲介役として、フランス、ドイツ、イスラエル、トルコが努力しているが、中国もまた大きな役割を果たすことが期待されている。 停戦交渉の行方、そして停戦後の新しい国際秩序の構築に中国がどのような形で関与してくるか、極めて重要な課題である。 ■ 欧米型システムに対抗する中露のシステム その関連で、ロシアや中国が中心となって進める経済協力体の今後の展開が気に掛かる。 3月15日、ロシアは「ユーラシア経済連合」への小麦など穀物の輸出を一時的に禁止することにした。これは、戦争の長期化に備え、ロシア国内自給態勢を強化するためである。小麦の生産でロシアは世界3位、ウクライナは8位である。 ユーラシア経済連合(EAEU、またはEEUとも)とは、2015年に発足した地域経済協同体で、ベラルーシ、カザフスタン、ロシア、アルメニア、キルギスが加盟国である。EUに対抗する経済協力体樹立を狙ったプーチンの構想だが、ウクライナはEAEUにはそっぽを向き、EUに接近した。ウクライナを何としてもEAEUに加盟させたかったプーチンを裏切ったことが、今回のウクライナ侵攻の背景の1つである。
因みに、中国とウクライナは良好な関係にあり、ウクライナは習近平の「一帯一路」構想に参加している。また、ウクライナの最大の貿易相手国は、ロシアを抜いて中国である。その点でも、中国がロシアとウクライナの仲介役を務めることは理に適っている。 中国外務省に続いて、3月17日、中国商務省も、ロシアともウクライナとも通常の貿易・経済協力を平等、相互利益、相互尊敬の原則に基づいて継続すると明言している。 ■ 中露が加盟する上海協力機構はこの戦争でどう機能するのか ところで、注目に値するのは、上海協力機構(SCO)である。これは、中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタン、イランの9カ国で構成される安全保障、経済、文化の協力システムである。 中国とロシアは、1991年のソ連邦の解体に伴って不安定になった中央アジアを管理する意向があり、また中露経済関係を強化する必要を感じていた。1996年4月に中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンの5カ国が集まった上海での会合が出発点で、2001年にウズベキスタンを加えてSCOが正式に発足した。2015年にインドとパキスタンが加わり、またモンゴル、イラン、ベラルーシ、アフガニスタンが準加盟国(オブザーバー)となった。2021年にはイランが正式加盟国となった。 さらに、スリランカ、トルコ、アゼルバイジャン、アルメニア、カンボジア、ネパールが対話パートナーとなっており、その他、多くの国が加盟の意向を示している。 SCOは、プーチンの構想であるEAEUと習近平の描く「一帯一路」を共に実現させるための有力な国際協力システムとなりうるものである。しかし、西側の発案であるEUやNATOには、実際の機能も国際的影響力も及ばない。今後、どのような形で発展していくかは不明であるが、イスラム教国を数多く含んでいることに、テロとの戦いなどで重要な意味を持ちうる。 米ソ冷戦の終焉で、資本主義と社会主義の対決図式には勝負がついたが、キリスト教とイスラム教の「宗教戦争」は鎮静化していない。その点からも、SCOの存在は無視できないであろう。 ウクライナ戦争がどういう結末になるにしろ、ロシアの地位の相対的低下は免れないであろう。アメリカと中国という二大強国が世界の覇権をめぐって争う時代の到来は決定的となりそうである。
舛添 要一
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