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トレイルランニングが人気だが、なぜ人は過酷な山道を走るのか。「ウルトラトレイル女王」ことリジー・ホーカーは、自分の走りを巡礼や修行になぞらえる
毎年8月、ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(略称「UTMB」)という大会がヨーロッパで開催される。アルプスの名峰、標高4808メートルのモンブランを1周する約170キロメートルの山道(トレイル)を走る、過酷なレースだ。 【写真を見る】「短すぎて不適切」と指摘された英パラ代表選手の競技用ショーツ 平坦な道であっても信じられないほどの距離なのに、山道を170キロも走るなんて正気じゃない――そんなふうに思う人は多いかもしれない。だが日本でも最近、トレイルランニングの人気は高まっており、「トレイルランニング」を冠した大会の数も増えている。 UTMBはその最高峰の大会。ちなみに日本でも、ウルトラトレイル・マウントフジという姉妹大会が毎年あり、今年も4月下旬に富士山で開催予定だ。 人はなぜ、走ることに魅了されるのか。それも、苛烈な山岳地帯を170キロも――。
モンブランのUTMBで女性として5回の優勝を果たしたほか、100キロメートル走、24時間走、スパルタスロン等、数々の長距離レースを制した「女王」がいる。リジー・ホーカー、1973年、イギリス生まれ。彼女が自らの体験や思索をつづったのが、『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』(筆者訳、草思社)である。 幼い頃から山が、そして走ることが大好きだったホーカーは、雑誌でたまたまUTMBのことを知り、博士課程修了後の休暇を山で過ごしたいというごく軽い動機で参加する。たいした経験も本格的な装備もないまま走るが、思いがけず女性第1位でゴール。ここから彼女のランナーとしてのキャリアが始まる。 ホーカーを駆り立てるのは、優勝したい、記録を塗り替えたいという野心ではない。その心をとらえるのはむしろ、大自然の中を走ることで味わえる自由、そして自らの限界への挑戦だ。 彼女は自分の走りを巡礼や修行になぞらえる。彼女にとって、走ることは自らと向き合うことなのだ。
スポンサーを得て長距離ランナーとして活躍しながらも、ホーカーは常に「自分はなぜ走るのだろうか」と問わずにはいられない。 その答えを探るべく彼女が選んだ方法は、エベレスト・ベースキャンプからカトマンドゥまで、約320キロの厳しい道のりを走ることだった。悪天候や疲労に悩まされながらも、友人たちのあたたかいサポートを得て走り抜く。
人は皆、人生という長距離走に挑んでいる
こうして超人的な走りを見せてきたホーカーだが、やがて度重なる疲労骨折に苦しむことになる。走るどころか日常生活にさえ支障をきたす、つらい日々が続く。だが、これは新たな展望を得るきっかけでもあった。 レースでは出場者を見守る側に回り、順位を問わず懸命に走るランナーたちの姿に感銘を受ける。そして、いったん走ることから離れ静養する期間を経ることで、自らを見つめ直し、自分にとって走ることがどのような意味を持つか、自分は何者かを改めて認識していくのである。
本書はランニングの手引書ではない。トレイルランニングを趣味とする人だけのための本でもない。ホーカーは走ることを通して自分の内面を掘り下げ、人生の意味を探る。その体験こそ、彼女が読者と分かち合おうとしているものだ。 彼女のランナーとしての人生は、順調な時ばかりではない。 けがや痛みや疲労のために完走が危ぶまれることもある。好成績であっても、納得のいく走りができなかったときは自責の念にとらわれる。天候や政治問題など、外的要因に阻まれることもある。レースへの参加を断念せざるを得ないこともある。だが、そのような経験すらも彼女は自らの糧とする。
また、走ること自体は自分ひとりで行うしかないが、人々とのつながりを感じていれば決して寂しくはない、とホーカーは言う。 走る自分の周囲には、支えてくれる大勢の人々がいる。レースで同じ体験を分かち合うランナーたち。自分を見守り、サポートしてくれる仲間たち。自分の姿に勇気づけられたと言って応援してくれる人たち。ヒマラヤ地域で出会った、貧しいながらも温かくもてなしてくれる人たち。 そのような人々に対する信頼や尊敬、感謝の念を抱きながら彼女は走り続け、走ることを通じて人生そのものの意味を見出していくのだ。 人は皆、人生という長距離走に挑んでいると言える。順調に走れるときばかりではなく、困難に直面することもある。だが、山であれ谷であれ雨の中であれ、ひたむきに走り続けていれば、いつのまにか新たな景色が見えてくる。 そして、その道のりは決して孤独ではない。 『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』 リジー・ホーカー 著 藤村奈緒美 訳 草思社 【藤村奈緒美 ※編集・企画:トランネット】
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