Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/30716f23498926b2e493180074b0535e44fabdd0
『タラント』は、まさに才能と使命にかんする物語と言えるだろう。時間軸は大きく三つに分かれる。大学生のみのりがボランティアサークルの支援活動でアジアの国々を訪れていた一九九九年からの数年間、卒業後もアジアだけでなく中東も訪れていた二〇〇七年から二〇一一年頃までの数年間、コロナ禍を経験する二〇一九年から二〇二〇年までだ。これらの合間に、だれかが戦地で書く手記のようなものが挟まる。 洋菓子店に勤める「山辺みのり」は三十九歳、映画会社に勤める夫の「寿士」を東京において香川の実家に帰ってくる。彼女はじつは十年ほど前に、ある“過ち”がきっかけで、翻訳の小出版社を退社していた。家族は彼女が「何かから脱落した」らしいと勘づいているが、その話題には直接ふれてこない。 いまの彼女は友人たちが目指す道を突き進んだのに比べて、自分は「なんにもしてない」と引け目を感じている。この彼女のもとに、“何もしていない”人物が二人くわわる。一人は、不登校になって、曽祖父母の家の二階に居着き、無為の毎日を過ごしている十四歳の甥っ子。もう一人は、みのりの祖父だ。戦争で片足を失い、帰還して結婚したのだが、妻がうどん屋を切り盛りする一方、とくに手伝いもしないまま九十代のいまに至る模様。 この何もしていない三人には、黙して語らぬどんな過去があるのか? そして、みのりが犯した“過ち”とはなんだったのか? カメラマン志望の男友だちは9・11テロの際に現場に居合わせて撮った写真が週刊誌に掲載され、親しい女友だちは早々にジャーナリズムの道を目指している。みのりは置いていかれた気持ちになるが、女友だち三人とネパールを再訪したことで、彼女たちの人生が少しずつ変化していく。 才能と使命は、特別な人間にだけ降ってくるものではない。本書はそう語りかけてくるように思える。 [レビュアー]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト) 新潮社 週刊新潮 2022年3月10日号 掲載
新潮社
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