2020年1月8日水曜日

カレーのジャンルがやたら「細分化」している訳

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200103-00321733-toyo-soci

1/3(金)、ヤフーニュースより

 スパイスカレーに、スープカレー、スリランカカレー、ベンガルカレー……。

 近年、カレーのジャンルの多様化・細分化が著しい。インドカレーに絞っても圧倒的多数の北インド料理に加え、進境著しい南インド料理、さらには東インド料理(ベンガル料理)や西インド料理の専門店まであって驚かされる。

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 なぜこうしたカレーの多様化・細分化が進んでいるのか。カレー文化の成熟と言ってしまえばそれまでだが、それにしてもここ何年かで、その動きは加速しているように感じる。
 「2006年頃に1つのターニングポイントがあったんです」と話すのが、インドのローカルなカレーが日本でまだほとんど知られていなかった1990年代から、著書などでその魅力を紹介してきた料理研究家・渡辺玲氏だ。

■南インド料理ブームがきっかけ

 「確かに昔はカレーのジャンルといえば日本のカレー、欧風カレー、インドカレー、そしてその他エスニックカレーといった3~4つぐらいのくくりで語られることがほとんどでした。それが最近はテレビや新聞など大衆向けのメディアでも、スパイスカレーや〇〇インドカレーなど、細分化されたジャンル名を普通に目にするようになりました。
 その背景には複合的な要因が考えられますが、インドとその周辺国の料理に関しては、きっかけの大きな1つとなったのが、2006年頃から起こった南インド料理ブームではないでしょうか」(渡辺氏)

 南インド料理はそれまで、日本ではほとんど知られない存在だった。しかし2006年頃から、「巷で主流のこってりした北インド料理に比べ、南インド料理はサラッとしていて野菜豊富でヘルシー、色彩豊かで、ごはんで食べる」といった文脈で、雑誌『dancyu』をはじめメディアに取り上げられるようになる。数えるほどしかなかった南インド料理専門店の中から、東京のダバ インディアなど大成功する店も出始める。
 以降、南インド料理専門店は年々増えていき、今や都内だけで50店以上もある。

 2010年代に入ると南インド料理以外にも、ネパール料理、スリランカ料理、パキスタン料理、さらには東インド料理、西インド料理など、それまではほとんど目立たなかったインドおよびインド周辺国のローカル料理の専門店も増えていった。

 「南インド料理の成功により、よくある北インド料理以外にもインド料理にはフォーマットがあるんだと、気づいた人が多かったのでは。同時に、そうしたマイナーでディープな料理の面白さを理解できる人が増えた。だからこそ、ほかのローカル料理も受け入れられていったのだと思います」(渡辺氏)
■本音を言えば、“故郷の味”で勝負したい

 「お店を出す側のマインドの変化もあると思います。実は専門店が増える前から、パキスタン人やネパール人、バングラデシュ人などのお店はあったんです。でも多くは故郷の料理を前面に出さず、テンプレート化された北インド料理を出していた。

 その理由を彼らに聞くと、決まってこんなふうに答えます。『本当は自分の故郷の料理で勝負したいけど、それでは商売として成り立たない。だから“ナン、バターチキン、タンドリーチキン”という、多くの日本人がインド料理といえばコレと思うものを出している』。
 そうした状況が、南インド料理の成功や需要の変化を受け、変わってきている。要は、自分のアイデンティティーである故郷の料理で勝負しようという人が増えているんです」(渡辺氏)

 また、そこにはインターネットやSNSも大きく影響しているだろう。ネットがない時代には手に入りにくかったマニアックな情報が、ネットの発達でグッと手に入りやすくなった。さらにはインスタグラムなどSNSが広がったことで、より目新しいものや珍しいものが好まれ、取り上げられるようになった。さらに渡辺氏は、近年の「ヘルシー志向」の影響も見逃せないという。
 「南インド料理に限らずこうした各地域料理の多くは、主流の北インド料理よりも家庭的で胃に優しかったり、ローカロリーだったりします。そこも近年の食のニーズにマッチしたのではないでしょうか」(渡辺氏)

 「実はこうしたローカル料理の広がりは、インド国内でも見られます。例えば少し前までは、南インド以外の地域で暮らすインド人にとって、南インド料理は外国の料理に近い感覚で縁遠かったそうです。それが近年は、ヘルシーということでニーズが広がっていて、南インド以外の地域でも食べられるお店が増えています。北インド・デリーの朝食のビュッフェに、南インド料理が入っていたりするんですよ」(渡辺氏)
そして今、日本で最も勢いのあるカレージャンルといえば、スパイスカレーだろう。

 スパイスカレーとは一般的に、ルウや小麦粉から作る従来の日本のカレーに対し、ルウや小麦粉を使わずにスパイスと具材を組み合わせて作るカレーのことを指す。

 インドカレーの製法をベースとしつつも特定のスパイスを強調したり、和出汁や和食材を積極的に使うなど日本独自の解釈を加えたものが多く、南インド料理などの現地料理はスパイスカレーとはあまり呼ばない。要は日本独自のスパイシーなカレーだ。
■カレーが持つ本来の多様性を反映

 スパイスカレーといえば、メッカは大阪。2010年頃よりスパイスカレー的なカレーを出す店が増え、数年後には大阪ならではの自由でユニークなカレーとして、スパイスカレーが空前のブームに。そうして関西を中心に、スパイスカレーを出す店は爆発的に増えた。

 さらに近年は、東京のみならず、全国的にスパイスカレーの店が増えている。実感としても、ここ1~2年でスパイスカレーという単語を耳にすることが劇的に多くなった。
 スパイスカレーでよく見られるのが、1~3種類ほどのカレーと複数の副菜を所狭しとワンプレートに盛り付けるスタイルだ。そうしたスタイルは、いくつもの副菜とカレーを盛り合わせる南インド料理のミールスやスリランカ料理の影響も色濃いと言われる。

 「なんといっても興味深いのが、スパイスカレーの文化の混ざり方です。インドカレーの製法を採り入れたりしつつ、盛り付けや料理のプレゼン法はスリランカカレーを反映していたりする。さらにその根底には、日本人が愛してやまないカレーライス=カレーとライスを1皿に盛るスタイルがある。スパイスカレーは、カレーが本来持つダイバーシティー(多様性)を色濃く反映した食べ物とも言えるんです」(渡辺氏)
 そんな多様化著しいカレージャンルの中から、2020年に注目すべきものを聞いた。

 「今後さらに伸びる可能性があるジャンルの1つが、ベンガル料理です。ベンガル料理とは、東インドとバングラデシュにまたがるベンガル地方の料理のこと。そう聞くととっつきにくいかもしれませんが、実はごはんと合うカレーで、カレーにじゃがいもが入っていたり、魚を多用したりと、日本人の気質にけっこう合っているんです。日本で初めてインドカレーを提供したと言われる新宿中村屋のカレーも、ルーツはベンガル料理です」(渡辺氏)
ベンガル料理といえば、2019年にタブラ奏者のユザーン監修のもと、ベンガル料理のレシピ本『ベンガル料理はおいしい』(石濱匡雄 著)が上梓された。ベンガル料理専門店も年々増えていて、東京ではプージャー、アジアカレーハウス、ベンガルカレーファクトリー、トルカリなどが代表店に挙げられる。

■日本人オーナーの店にも注目

 「もう1つは、カレーのジャンルとは少し違うかもしれませんが、日本人オーナーシェフによるインド料理店です。近年はそうした日本人による日本人向けの専門店の勢いが、非常に目を引きます。出店した多くの人が成功している印象です。
 以前はそういうお店は東京中心で、地方では少し浮きがちでした。ところが最近は地方でも支持されているようで、今後もさらに数が増えていくのではないでしょうか。私の料理教室でも、カレー店を開きたいという生徒さんがとても多いです」(渡辺氏)

 ディープな現地カレーを味わいたいなら、ぜひインドやインド周辺国出身の人が故郷の味で勝負する専門店へ。それだとハードルが高いという場合は、日本人の視点からインドやインド周辺国の料理を突き詰める日本人オーナーシェフのお店へ。当代ならではの刺激を求めるなら、スパイスカレーのお店へ。もちろん欧風カレーや日本的なカレーを食べられるお店もたくさんある。
 日本にカレーが伝えられた19世紀半ば。その時代のカレーはイギリス式で、庶民にはなかなか手の出せないハイカラな食べ物だったという。それから約150年を経た令和の時代。次々と新しいカレージャンルが登場し、“まだ知らないカレー”と出会うワクワクを手軽に味わえる時代を、素直に喜びたい。
田嶋 章博 :ライター、編集者

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