2019年7月16日火曜日

外国人労働者/建設業は2割増/地方でも雇用急増/厚労省まとめ

Source:https://www.kensetsunews.com/archives/343895
2019-07-16、GOOGLEニュースより
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 厚生労働省は、産業別・都道府県別の外国人労働者(技能実習含む)の雇用状況をまとめた(2018年10月末現在)。建設業は雇用事業所数、労働者数とも前年同月と比べて2割以上増え、伸び率は全産業の中でトップ。和歌山県を除く全地域で軒並み上昇している。在留資格は特定活動、国籍はベトナム、ネパール、インドネシアが拡大傾向にある。 建設業の外国人雇用事業所数は21.3%増の2万0264カ所(全産業の占有率は0.8%増の9.4%)。製造業、情報通信業、卸売・小売業、宿泊・飲食サービス業、教育・学習支援業などの伸び率が1割程度にとどまる中、大幅に増加している。
 労働者数も24.4%増の6万8604人(0.4%増の4.7%)で、伸び率は他産業を大きく上回っている。
 地域別にみると、唯一減少となった和歌山県(9.7%減の63人)と1.3%増で前年並みの滋賀県(306人)以外は大きく増加。宮崎県については2倍増の244人に達している。北海道(49.0%増の1404人)、秋田県(73.3%増の52人)、山形県(52.5%増の240人)、京都府(40.6%増の727人)、岡山県(40.9%増の937人)、福岡県(40.0%増の2459人)、熊本県(76.9%増の890人)、鹿児島県(66.4%増の561人)も顕著となっている。
 在留資格は特定活動が64.9%増の3280人で拡大している。このほか、専門的・技術的分野の在留資格が35.7%増の5994人(このうち技術・人文知識・国際業務は37.1%増の4946人)、技能実習が25.6%増の4万5990人、資格外活動が10.0%増の442人、身分に基づく在留資格が9.3%増の1万2894人。
 国籍はベトナムが36.1%増の3万1949人で、伸び率、人数ともトップ。中国が8.7%増の1万2696人、韓国が12.1%増の995人、フィリピンが16.4%増の8144人、ネパールが27.2%の420人、ブラジルが8.2%増の2584人、ペルーが9.9%増の806件、G7・8+オーストラリア・ニュージーランドが19.3%増の437人。インドネシアは今回調査から新設され、3766人に上っている。
 全産業の外国人労働者数は14.2%増の146万0463人。過去最高を更新した。

バクタプル(ネパール) 古都の「迷路」をさまよって

Source:https://www.nishinippon.co.jp/item/n/527197/
2019/7/15、GOOGLEニュースより
旧王宮があるダルバール広場でダンスを踊る民俗衣装の女性と少女拡大
旧王宮があるダルバール広場でダンスを踊る民俗衣装の女性と少女
旧王宮の入り口「ゴールデンゲート」。細やかな伝統彫刻に見とれるダルバール広場のゲート近く。獅子の像と並んでひなたぼっこする人たちネパール地震で被災した寺院。被災の跡はあちこちに残るバクタプル名物のデザート「ズーズーダウ」。濃厚でクリーミーなヨーグルトだ「五重塔」が特徴のニャタボラ寺院にはネパール人の参拝客も多い
 街全体が赤茶色。ネパールの首都カトマンズの東約12キロに位置するバクタプルは、れんが造りの古い寺院と建物が残る古都だ。15世紀から18世紀にかけて栄えたかつての首都は、映画「リトル・ブッダ」の撮影地にもなった世界文化遺産の一部。欧米や中国からの旅行者の姿も多い。
 旧王宮や寺院が集まるダルバール広場に入ると、巨大な獅子の像が出迎えてくれる。日本の神社のこま犬にも似て、文化のつながりを感じる。獅子の足元では、おじいさんとおばあさんがひなたぼっこ。車両の進入が制限されており、砂ぼこりと車のクラクションを浴び続けるカトマンズの騒がしさとは別世界だ。
 広場の中央では、民族衣装の女性と少女が手をつなぎ、くるくると回るように踊っていた。運良く結婚式に遭遇したようだ。すてきなダンスに、しばし見とれた。広場を奥に進むと、旧王宮入り口「ゴールデンゲート」がある。黄金に輝く門には、見事な彫刻が施されていた。
 土産物店が並ぶ路地を抜けると2、3分でトウマディー広場に到着した。ここのシンボルはニャタポラ寺院。高さ約30メートルの「五重塔」は迫力がある。
 ピラミッドのような土台部分には急な階段があり、その両側には武器を持った男性や象、獅子の像が一対ずつ配置されている。息を切らして登ると、目の前には周囲に竹の足組みが張り巡らされたバイラヴナート寺院。2015年4月のネパール地震で被災し、修復作業が続いていた。
    ◇   ◇ 
 地震で崩れ落ちたままの、れんが造りの建物を眺めながら街を進んだ。山盛りの野菜の露店が並び、お菓子の出店の周りで子どもたちが遊ぶ。道ばたにはチェスを楽しむ年配の男性たち。路地の先には陶器職人の村があった。
 ふと気付けば、周りには野菜や果物、衣類、洗剤など生活必需品の商店ばかり。観光客はいない。いつの間にか、地元住民の生活圏に迷い込んでしまった。スマートフォンの地図アプリで居場所を確認しようとしても、Wi-Fi(ワイファイ)環境はない。
 多分、きっと、こっちだろう。そんな勘はことごとく外れ、住宅街を行きつ戻りつ。中世の街並みは、まるで迷路だ。さまよい歩いて1時間。やっと、ダルバール広場のゲートの外側にたどり着いた。街をぐるりと歩いたようだ。
 目についた喫茶店に入り、香辛料が利いた紅茶「ネパリ・ティー」ともう一品、バクタプル名物のデザートを注文した。その名は「ズーズーダウ」。別名は「王様のヨーグルト」だ。
 ヨーグルトがこんもり盛られたご飯茶わんほどの器は、片手で持つとずっしり。スプーンで口に運ぶと、食感はねっとり。まろやかな甘みと軽やかな酸味はレアチーズケーキにも似ているが、濃厚でミルキー、かつクリーミーで実においしい。ぺろりと平らげ、紅茶を飲み干すと、疲れは吹き飛んでいた。
 ●メモ
 首都カトマンズからタクシーで40~50分。料金は交渉次第で片道1000㍓(約1000円)程度。ただし、現地からカトマンズに戻るタクシーの確保は困難。往復料金と滞在時間2~3時間の待機の分を含めた3000~4000ルピー程度でチャーターした方が安心だ。

在日外国人コミュニティにはエネルギーがみなぎっていた ルポ「日本の異国」室橋裕和さんインタビュー

Source:https://book.asahi.com/article/12514477
2019.07.13、GOOGLEニュースより

文:篠原諄也 写真:樋口涼 「在日外国人」のコミュニティを取材したルポルタージュ『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』(晶文社)が発売されました。著者の室橋裕和さんは、多国籍化が進む東京都・新大久保、クルド難民が住む埼玉県・蕨市などの地域で、さまざまな国籍の人々に取材をしています。「在日外国人」たちは異国である日本でどのような生活を送っているのか? 室橋さんに新大久保で話を聞きました。お話を聞いた⼈

室橋裕和(むろはし・ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌「Gダイアリー」「アジアの雑誌」デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)など。
失敗しても挑戦するアグレッシブさ

――室橋さんはなぜ在日外国人のコミュニティに関心を持ったのですか?

 30代の10年間はタイの日本語情報誌で記者をやっていました。一度仕事に区切りをつけ、日本に戻ってきた5年ほど前、街中が外国人だらけになっていることにとても驚きました。コンビニでも居酒屋でもどこに行っても外国人が働いています。もともと中国や韓国はお隣ということもあり、比較的多かったと思いますが、それ以外にも、ネパール人やベトナム人など東南アジア、南アジアの人々が非常に増えていることが気になったのです。

 ちなみに、タイは多国籍国家です。たくさんの近隣諸国の人たちがタイに来て働いています。工事現場で働いているのがカンボジア人で、レストランで働いているのがミャンマー人だ、というような状況は当たり前でした。そんな環境に慣れていたこともあり、日本に来ている彼らがどのような暮らしをしているのか知りたくなったわけです。最初はそれを仕事にしようとはまったく考えておらず、ただの好奇心で高田馬場(東京)のミャンマー人街などに飲みに行ったり、昔の旅仲間に聞いた在日外国人の多いエリアなどを探索しているうちにだんだん面白くなってきて、これは本格的に調べようと思いたったのです。

――室橋さんは今、外国人が多い新大久保に住んでいるそうですね。本書の中でも新大久保が「最先端」エリアとして取り上げられていて、イスラムのハラルフードの食材店やネパール人向けの新聞社などが紹介されています。

 新大久保には2年ほど前から住んでいます。取材を続けるうちに非常に興味深くなったので「もう引っ越した方が早い」と思って。僕が住んでいる付近は外国人ばかりで、耳に入ってくる会話はほぼ日本語ではないですね。古くから居る日本人と新たに流入してきた外国人たちが一緒になって暮らしています。

 たとえば、老舗の魚屋の真向いにイスラムの雑貨屋があって、隣の2階には韓国人や中国人向けの美容室がある。通りの向こうから聞こえる声の主はベトナム人の留学生たち。自転車をのんびり漕いでいるのが昔から住んでいる年配の日本人。そんなエリアは今のところ新大久保以外ありません。

 ただし、今のところ、というのがポイントで、これからの日本は多かれ少なかれ新大久保的にならざるを得ないのではないかと考えています。若者がどんどん減り、その空いたスペースには外国人たちがやってくる。

 そうした状況にはギャップやすれ違い、ある種の文化的衝突がありつつも、混然となった生活や文化の「日常」が生まれていて、そこには日本全体に失われつつある「エネルギー」がみなぎっているように感じるんです。生活の糧を稼ぐギラギラした感じや、清潔感からは少し離れるけれども生命力たっぷりの生活臭など。

 とは言っても、いざ住んでみると「日本の居酒屋やスーパーがちょっと少ないな...」など色々思うことはあるんですが(笑)。

――新大久保というと韓流好きの集まるコリアンタウンのイメージが強いですが、本の中では東南アジアや中近東などアジア各地からどんどん人々がきていることを書いています。

 実際に韓国の化粧品や食べ物目当てでやってくる日本人の若い女性は本当に多くて、週末は道がまるで満員電車状態になっていて動かないほど。駅もそれほど大きくないので、乗り降りができず、一時封鎖されることもありました。そうした日本人や日本にやってきた同胞を相手にしている韓国人も多いのですが、一方で、東南アジアなどから若い留学生や働き手が縁を伝ってどんどんやって来ています。

 最近は特にベトナム人が増えている印象があります。彼らは語学学校で日本語を学ぶと、専門学校や大学に進んでスキルを身につけ、それから就職というパターンが多いのですが、必要な経験を積んだらすぐに独立を目指す。学校を卒業後、すぐに起業する人も珍しくはありません。その前のめりなエネルギーは、いまの日本人にはなかなか持ちづらいものだと思います。見ていて羨ましいですね。いま新大久保には、ベトナム人の経営するカフェ、レストラン、それにガールズバーなどさまざまな店があります。

――本の中で取り上げている在日外国人はお店など経営している人が多いですね。「自分でビジネスをやりたい」と考える人が多いのでしょうか?

 たしかに在日外国人たちはどんどん起業しますね。アジア各国の友人たちや知り合った若者と話をしていても、逆に「日本人はなぜ起業しないんだ?」「誰かに使われているなんて嫌だろう?」と問い返されます。彼らには独立マインドが備わっているというか、昔の日本人が持っていた「男なら一旗あげるべし!」という気持ちが強いのだろうと思います。いまや男に限らないのですが。

 日本在住の知り合いのバングラデシュ人も、1回起業に失敗したにも関わらず、捲土重来、またレストランをオープンすると言っています。「室橋、いろいろアドバイスをしてほしい」と頼まれたんですが、よくよく聞くと、場所から内装からもう既にあらかた決まっているんです。住所を見ると駅から相当に離れていて、辺鄙な住宅街の中にある。住宅街の中に突如現れるバングラデシュのレストラン……。「せめて場所を決める前に相談してよ」と思いました(苦笑)。

 しかし、彼らをみていると、失敗しても挑戦するアグレッシブさをひしひし感じます。
クルド難民たちの置かれた不安定な状況

――本では日本最大のモスク・東京ジャーミイやインド人向けのシーク寺院など、宗教関連の施設を多く取り上げていますが、なぜでしょう?

 在日外国人のコミュニティの中には必ずといっていいほど宗教的な施設があります。なぜかというと、彼らの生活の中心には宗教があり、それが生活の礎となっているからです。ある種電気やガスと同じ必要性を持った「心のインフラ」です。日本に来て、だんだん生活に慣れてきて同じ民族同士のつながりができてくると、誰からともなくそうした宗教的な施設を求めるようになる傾向があるようです。ないと何か居心地が悪い感じがするのでしょう。彼らにとってそうした施設は、本来あるべきものなのです。

 また取材してみてわかったのですが、宗教施設には実質的な役割として誰もが気軽にやって来られる社交場としての役割があり、異国での寂しさを和らげる効果がありますし、日本の宗教者のイメージとは違って、彼らにとってのお坊さんなどの宗教者は何か困ったことがあったら相談に乗ってくれたり、アドバイスをくれたりする人でもあるんです。そうした人がいる場がコミュニティの中心に欠かせないのは当然かなと思います。


――特に印象的だった施設はどこですか?

 東京・八王子市のタイ寺院「ワット・パー・プッタランシー」ですかね。どこか懐かしいというか、親戚のおばちゃんちに上がりこんだような暖かさと居心地の良さがありました。誰が来ても良く、来た人みんなで井戸端会議をしていて「お菓子を作ってきたから食べて」なんて話をしている。でもちゃんと壇上にはお坊さんがいらっしゃって、その様子を見守っています。タイ独特のゆるい空気があって、落ち着く空間だなと思いました。

――本書では埼玉県蕨市に住む「クルド難民」にも取材をしています。いつ入管に呼びだされ、収容されてしまうかわからない。就労もままならず、教育も受けられない。非常に不安定な暮らしを強いられていることが、取材の様子からとても伝わってきました。

 クルド人は、トルコやシリア、イラクなどにまたがって住んでいる人たちです。世界最大の少数民族と言われています。言葉や文化の違いから各国で差別を受けています。その中で、独立や自治権を模索する動きも出てきます。しかし認められることはなく、武装闘争やテロも起こる。それに対する弾圧も巻き起こる。

 こうした争いについて、僕は何か判断できる立場ではありません。でも、安全を求めて国を出るクルド人もまた、たくさんいるのです。ヨーロッパを目指す人が多いですが、中には日本を選ぶクルド人もいます。いま日本で暮らすクルド人は、国籍はトルコという人が中心ですね。 

――日本に来てからはどのような生活実態なのでしょう?

 彼らはまず難民として申請をするわけですが、日本は基本的に難民を認め、受け入れる国ではありません。そこで日本政府としては「難民として認められるかどうか、まず審査をする。審査の間は本来、入管に収容する必要があるのだが、人道的配慮からこれを〝仮に〟免除して〝放免〟する」というある種の抜け道的に法を運用して、滞在資格を認めているわけです。これを仮放免といいます。

 この状態が不安定なんですね。彼らは定期的に入管に出頭する必要があるのですが、出頭した場でいきなり仮放免が取り消され、強制的に入管施設に収容されてしまうことがよくあるんです。で、この収容がいつまで続くかわからない。そこでは人権を無視したような扱いを受ける。体調を崩しても病院にも行かせない。自殺者も出ています。そしてまた、急に釈放されたりするわけです。どうして釈放されたのか、その理由もわからない。次にいつ収容されるのかもわからない。そしてもちろん、難民として認定されることはまずないので、この仮放免の状態をだらだらと更新し続けて生きていかなくてはなりません。

 そうした宙ぶらりんの状態が続いているため、かなりのストレスになっています。「もう日々をただ過ごせばそれでいい」という諦めの境地になっている人もいます。子どもに教育を受けさせるモチベーションもわかず、学校をやめさせてしまう親もいる。日本語をあまり話せない人も出てくる。学校に通っている子も、難民というイメージもあっていじめの対象にもなる。卒業後も今度は就職が難しい。厳しい状況です。


――今後、国や行政はどうするべきだと考えますか?

 クルド人をいじめたり差別する人がいる一方、なんとか手助けしたいと思う人がたくさんいるのも日本です。しかし、もう民間の支援では限界だという声も聞かれました。国や行政が難民申請者の扱いをはっきり決めないと、ワラビスタン(クルド難民が多い蕨市の呼称)は立ち行かなくなるでしょう。少なくとも仮放免という方法で滞在させることはやめるべきではないでしょうか。

 それに「日本は(現在は)難民を受け入れていない」という国の方針はもっと広くアナウンスしたほうがいいように思います。勘違いしてやってくる人々が後を絶ちません。一方で難民申請者も、そういった日本の姿勢についてあらかじめ調べておくべきです。

――在日外国人が増えていくなかで、日本の人はどのように変わっていくべきでしょうか?

 特に何かを変える必要があるとは思いません。変わりたくない人はそのままでいいでしょうし、無理に外国人を受け入れる必要はないと思います。とはいえ、国として外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法を新たに施行しているので、これからもどんどん在日外国人の方たちが増えていくのは確実です。実際にコンビニでも居酒屋でも外国人の方々に仕事をしてもらわないと、人手が足りない状況ですよね。

 日本人というのはすごく好奇心が強い人々だと思います。外国人たちとその文化が流入してくることで「知らない文化を覗いてみようかな」と思い始める人もたくさん出てくるはず。そう感じられたら、どんどん彼らのコミュニティに旅行感覚で飛び込んでいってほしいです。何か気持ちの変化があるかもしれないし、新しい発見があるかもしれません。僕もそういう人たちのガイドになるような取材をこれからも重ねていこうと思っています。

南アジアのモンスーン豪雨、ネパールで少なくとも50人死亡

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190714-00000029-jij_afp-int
7/14(日) 、ヤフーニュースより
【AFP=時事】南アジア一帯が激しいモンスーンに見舞われる中、ネパール当局は14日、11日から続く豪雨による洪水や土砂崩れで、これまでに少なくとも50人が死亡したと明らかにした。

 特に豪雨が激しかった東部と南部の平野地帯では数千人が被災。ネパール警察によると、これまでに1100人以上が救助されたが、現在も33人が安否不明となっている。

 警察の広報担当はAFPに対し、「総力を結集して捜索、救助、救援活動に当たっている」と述べ、すでに被災した全ての地域に救援隊が入ったと語った。

■インドやバングラデシュも被災

 この他、インド北東部でも各地で河川の堤防が決壊して洪水が発生。これまでに11人が死亡した。深刻な被害を受けたアッサム(Assam)州では、約2万人が避難を余儀なくされた。

 バングラデシュでも12日、南東部の難民キャンプでイスラム系少数民族ロヒンギャ(Rohingya)難民の子どもら2人が死亡したと、支援団体が明らかにした。

 南アジアでは毎年、6月から9月のモンスーン期に降り続く豪雨の影響で多数の死者と壊滅的な被害が出ている。昨年のモンスーン期には、インド南部のケララ(Kerala)州で100年来で最悪の大洪水が発生。南アジア一帯での死者数は1200人を超えた。【翻訳編集】 AFPBB News

「一帯一路」で増加する海外留学生、中国との懸け橋に

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190709-03234148-clc_cns-cn
7/9(火) 、ヤフーニュースより
【CNS】中国浙江省(Zhejiang)紹興市(Shaoxing)にある人民病院で6月下旬、ソマリア人留学生のバースさんが、流ちょうな中国語で入院患者と病状について話し合っていた。バースさんのように、中国政府が進めるプロジェクト「一帯一路(Belt and Road)」と協力関係にある国々から来た合計17人の留学生が、この病院で3年間、臨床医学を学んでいる。

 かつて陸と海のシルクロードで結ばれていた国々と中国の間でインフラ事業などを推し進める「一帯一路」が始まってからの6年間、沿線にある国々から中国に留学する学生の数は年々増え続けている。教育省によると、「一帯一路」に関係のある64か国の留学生の数は2018年に26万人に達し、留学生全体の53%を占めている。

「私は幼い頃から医学が好きでした。中国には医学を学ぶ環境がたくさんあり、中国人は性格が温かくてフレンドリーであることも知っていたので、中国にやって来たんです」。6年前、夢を持って留学に来たネパールの学生アデシーさんは、今は心臓内科を専攻する研究生だ。

 ソマリア出身のアブさんは、中国の医学研究の将来性と歴史・文化に興味を持ち、留学先に選んだ。「うちの家族はみんな中国が大好きです」とアブさん。中国で留学した5年間、医学の習得に専念してきたのと同時に、中国の多くの都市を旅してきた。「紹興で一番引かれたのは2500年に及ぶその歴史。魯迅(Lu Xun)の故郷は最初に訪れました」

 海外留学生たちが中国の医学や文化などに触れ合うのを通じ、中国と母国のそれぞれの特性を理解していけば、彼らは中国と各国の懸け橋として交流を促進する「使者」となるだろう。

「中国の文化は非常に奥深く、科学技術も交通システムも非常に発達しています。私は将来、中国で見聞したことを母国に持ち帰り、友人たちにこの国の魅力を伝えていきたい」。アデシーさんは流ちょうな中国語で夢を語った。「将来、ネパールで医師になったら、ネパールに暮らしている中国人を治療することもあるでしょう。中国人の患者さんが自分の家のような温かさを感じられるよう、中国語を使ってコミュニケーションを図りたいですね」と目を輝かせる。

 バースさんも「留学後は中国で学んだ医療文化と技術をソマリアに持ち帰り、医療を通じて両国間の交流と協力を促進していきたいと考えています」と語った。(c)CNS/JCM/AFPBB News

※この記事は、CNS(China News Service)のニュースをJCMが日本語訳したものです。CNSは1952年に設立された中華人民共和国の国営通信社です。

“不法就労” ネパール人ら8人を逮捕

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190709-11665053-kbcv-l40
7/9(火)、ヤフーニュースより
外国人労働者の受け入れが広がる中、在留資格以外の仕事をさせたとして北九州市の人材派遣会社の社員4人と、働いていたネパール人社員4人が逮捕されました。

警察などによりますと、北九州市に本社を置く人材派遣会社・社員リュウ・イン容疑者(35)ら男女4人は、おととしから今年にかけネパール人社員4人に在留資格以外の仕事をさせた疑いがもたれています。

またネパール人社員の男女4人は、専門技術がある正社員としての在留資格を持っているにも関わらず、物流センターなどで単純業務を行い違法に報酬を得たとして逮捕されました。

ネパール4人は容疑を認めていますが、警察は派遣した側の4人の認否を明らかにしておらず余罪について調べを進めています。
九州朝日放送

2019年7月10日水曜日

エベレストが大渋滞で遺体の山に アルピニスト・野口健が緊急警鐘

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190710-00010002-friday-soci
7/10(水)、GOOGLEニュースより

デスゾーンと呼ばれる8000m超の世界は、平地の3分の1の酸素しかない過酷な場所だ。それでも人々は神々の山嶺へと押し寄せ、「渋滞」まで引き起こすようになった。

異常事態の背景を、登山家・野口健が明かす。
大自然を味わうどころかテントの場所取りで人間同士の諍いが
エベレストの渋滞は、年々増えてきています。
エベレスト入山には、ネパール側とチベット(中国)側の2ルートがあるのですが、チベット側は、入山許可を取っていても何か政治的なトラブルが起こると、いきなり許可が取り消しになる。北京五輪が開催された頃からチベット独立問題が深刻化して、特に頻繁になっているように思います。準備して資金を集めているのに直前で中止となるとリスクが大きい。だからチベット側が敬遠されて、ネパール側に登山者が集中しているのです。

渋滞のもう一つの理由は、現在の登山者の約8割が、個人でツアー会社に申し込む形の公募隊であるということ。
かつては、例えば日本山岳会がエベレストに挑戦するとなると、各大学山岳部のエリートを集めてその中でさらにふるいにかけて隊員を選抜しました。ところが昨今は公募隊がメインになり、プロガイドが、山にほとんど登ったことがないような人でもエベレストに登らせてあげる、と宣伝している。実際、好天が続き、大量のシェルパがついて体を引っ張り上げてくれたり、荷物も全部持ってくれたりすれば、素人でも登れてしまうことがあります。

ですが公募隊の登山客は、慣れていないので、歩くのが遅い。滑落の危険がある断崖(リッジ)やクレバスなどには、固定ロープが張ってありますが、こうした箇所は一人ずつしか通れません。そこでまごつく人がいると、熟練の登山者でも追い抜くことが難しいので、渋滞が起きるのです。

今年、渋滞が話題になったヒラリーステップという場所は、山頂直下の最後の難所で、歩く幅が50cmから1m程度しかありません。上りと下りで行き交うことはできないので一方通行を交互に繰り返すことになり、人が増えれば登頂してからも下山にすごく時間がかかる。通過の順番を待ってじっとしていると、寒くて体力を急速に消耗していきます。また、今回死亡したうち数人は高山病だったそうですから、おそらく酸素ボンベの残量が切れてしまったのでしょう。
公募隊では一般的に客一人にシェルパ一人がつきますが、8000mを越えると、シェルパでさえも歩けなくなった人を担ぎ下ろすことはできません。回収にもリスクが伴うので、遺体は放置されることになります。

こんなニュースがあっても、エベレストを目指す人は減らないでしょう。リスクを背負ってでも行きたいと思わせるのがエベレストだからです。

ヒマラヤの山岳地帯をトレッキングしていると、エベレストが遠景で見えるのですが、本当に他を圧する存在感なんです。僕も19歳の時に初めて目にして、一度でいいから挑戦したいという気持ちになりました。周囲に8000m級の山々があるのに、それらが小さく見えてしまう。エベレストの山頂付近は雪がつきにくいため黒光りをしており、その神々しさは言葉に表せません。

8000m級の山で一度登っているのにまた登りたい、と思ったのはエベレストしかありません。それが、世界最高峰の魅力なんです。

野口健/’97年からエベレストに挑戦し3度目の’99年に登頂成功。当時世界最年少記録の25歳で7大陸最高峰登頂を達成した

『FRIDAY』2019年7月12日号より