Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/4c5132271fd9386d375344e15c812ec3f56298a6
韓国の釜山で、第10回の「アワオーシャンコンフェレンス(Our Ocean Conference =私たちの海洋会議)」が、4月28日から3日間にわたり開催された。 この国際海洋会議は、米国のジョン・ケリー元国務長官の主導で10年前に発足し、毎年各国が持ち回りで主催している。世界三大海洋会議の1つとして、「国連海洋会議(The Ocean Conference)」、英国の「エコノミスト」社主催の「ワールド・オーシャン・サミット(World Ocean Summit)」とも連携しながら、成果や公約のバトンを受け継ぎあっている。 今回、目を見張ったのは、昨今の韓国の徹底的な平和的海洋戦略の主導力だ。昨年12月には国連のプラスチック生産制限に係る国際条約締結に向けた政府間交渉委員会を主催。今回の会議の翌日にはAPECの11年ぶりとなる海洋担当大臣会議も主催、さらに2028年の国連海洋会議も韓国が主催することが発表されている。 今回のアワオーシャンコンフェレンスは、会議の内容や韓国政府が発表したコミットメントのクオリティの高さに加え、優れたオペレーションや韓国のエンターテイメント力を駆使したプログラム、食事なども充実しており、素直に心から素晴らしいと思える内容の会議だった。 韓国政府は、このところ国際協定も積極的に批准している。「IUU-AA(IUU Fishing Action Alliance)」と呼ばれる違法・無報告・無規制漁獲を廃絶するための国際同盟に加え、今大会では「BBNJ」と呼ばれる国家管轄権外区域における海洋生物多様性に関する公海条約への批准も発表した。 韓国には日本と同様の「海女」の文化があるが、韓国は2016年にユネスコの無形文化遺産にこの文化の登録を達成している。加えて今回の会議の閉会式ではカン・ドヒョン(Kang Do-hyung)海洋水産部長官が海洋プラスチックごみの過半数を占めるとも言われている漁具の海洋流出ゼロ宣言も行った。 日本はと言えば、これらのうちの1つも達成できていない。平和的海洋戦略への東アジアの貢献は、いまや完全に韓国が主導している形となっている。
韓国の時代に即した主導力の高さ
では、そんな韓国がリードした今回のアワオーシャンコンフェレンスを振り返ってみよう。 会議では次の7つのテーマが掲げられた。 1.MPA(海洋保護区) 2.持続可能な漁業 3.海洋汚染 4.気候変動 5.海洋安全保障 6.ブルーエコノミー(海洋経済) 7.デジタルオーシャンズ(海洋のデジタル化) ジョン・ケリー元国務長官の右腕としてホワイトハウスでこの会議の発足に尽力した、私の親しい友人でもある、米国「スティムソン」社のサリー・ヨーゼル氏によれば、当初は5つのテーマで議論されてきたが、途中でブルーエコノミーが加わり、この10回大会からデジタルオーシャンズが追加されたという。 ブルーエコノミーは、前述のエコノミスト社が主催しているワールドオーシャンサミットのメインテーマであり、これによって三大海洋会議の連携が強調されてきた過程がわかる。また、デジタルオーシャンについては、今回、韓国から提案された新しいテーマで、韓国の時代に即した主導力の高さがうかがえる。 この7つのテーマは、それぞれメイン会場で参加者が一同に会するプレナリーセッションとして議論され、このほかに、より専門的に突っ込んだ議論が74の公式サイドイベントとして繰り広げられた。 加えてこの機を活かして、プライベートミーティングやカクテルパーティ、ディナー、朝食会などが数多くセッティングされた。いつも述べてはいるが、このような国際会議の醍醐味は「廊下」である。 廊下で偶然に再会した人や新しく出会った人などとの交流で、スケジュール表は埋め尽くされ、受け取った名刺を入れるポケットはいっぱいになっていくのだ。 さらにメイン会場でのプレナリーセッションの終盤には、各国政府から自主的な公約を1カ国5分程度で発表する場もあった。昨年までは本会場の客席からマイクを持って舞台に向かって発表するスタイルだったが、今年は舞台上から客席に向かって宣言するようになった。 昨年までのように主催者側に向かって宣言するのか、今回のように世界中のオーディエンスに向かって宣言するのかの違いは、大きな意味を持つ。
前回大会で起こったある出来事
では、このセッションの場で、日本の宣言した公約を見てみよう。 その前に、日本の海洋についての行政の現在地について復習したい。日本にはG7各国やEU政府、また韓国のような「海洋省」がない。海洋についての行政を包括的に統括している政府の組織がないのだ。現状では内閣府に総合海洋政策本部(通称「海本部」)という部署があり、防災兼海洋担当の特命担当大臣の下に置かれている。 しかし、実際の業務は、漁業は農林水産省、海上保安は国土交通省、海洋汚染は環境省、気候変動は気象庁、条約締結は外務省、深海探索は文部科学省、海底資源は経済産業省と、管轄が縦割に分散されている。 今回の会議にはこの海本部から内閣府のナンバー2に当たる審議官がプレナリーセッションの舞台に立った。 その発表は、気候変動・海洋汚染・海上安全保障にまつわる31件、19億ドルの公約で、詳しい内容としては、海ごみに対する責任としてプラスチックの大量消費・廃棄国が参加する条約締結を目指しており、G20に向けた汚染対策の報告書の作成、汚染モニタリングの技術協力などに注力し、海洋基本法に基づく包括的海洋政策を進めている、とのことだった。 前述のこの大会の7つのメインテーマのうち、3つには触れてはいたが、世界の喫緊の重点課題である水産資源の持続可能な活用や経済発展を含む残り4つのメインテーマについては一切触れられていなかったのは残念だった。 日本の公約を発表した、今回が初参加となる当の審議官と話をする機会があった。審議官からは「この国際会議は水産に重点を置いているのですね」と率直な感想を言われたので、これには「持続可能な水産は世界の最重要課題の1つです。日本は縦割り行政なので困難が多いですね」と答えた。 日本にも海洋省のような一元化した政府の組織があれば、より包括的な公約ができたはずだ。今後の海洋についての行政の在り方について国民みんなで考えるべき時が来ているのではないだろうか。 昨年、ギリシャのアテネで開催された第9回アワオーシャンコンフェレンスでは、ある出来事があった。 IUU-AAという違法漁業撲滅を目的とした国際連携のために、当番国となったカナダ政府の主導で約20カ国が一堂に会する朝食会が開催されたのだが、日本政府の席だけが空席、しかも無連絡のドタキャンという事態になっていたのだ。 カナダ政府やコーディネーター役の米国のスタッフから、非政府会員として招待されていた私は、いったい何があったのかと散々訊かれた。そこで日本の行政から参加されている人たちを会場内で探し、夕方やっと見つけたのは、図書館に引きこもっている姿だった。 そのほかの日本が関わる重要な議論のセッションにも招待されていたのだが、一切参加してもらえなかったのは残念でならなかった。 IUU-AAは、日本以外のG7すべての国を含む16カ国が批准する、違法・無報告・無規制で多大なる経済損失と環境劣化をもたらす漁業を世界中から撲滅する目的の組織だ。 活動は月1回2時間程度のオンラインミーティングで、目的は世界各国との情報共有や火急の課題の確認であって、何の義務もなければコストもかからないので、日本政府の早期参加が待たれる。ちなみに韓国は東アジアでいの一番に加盟している。
日本政府はどのような対応を
会議の様子に戻ろう。今回の本会場での登壇者の合計は40名。そのうち主催国の韓国が9名なのは納得だとしても、欧米の合計が20名、南米2名、島嶼国2名、アフリカ2名と続き、中国、オーストラリア、フィリピン、ネパール、日本(アジア開発銀行の社員)がそれぞれ1名という結果だった。 発言力は、国力に通じる。今後のこのような国際会議での日本政府からの登壇者が増えることも期待したい。 一方、各国の政府やNGOが協働で開催した「技術と調和が、水産物のトレーサビリティの確保と違法・無報告・無規制(IUU)漁業との闘いにおいて果たす役割」と題した公式サイドイベントでは、IUU漁業撲滅を目的として水産物流通の透明性のための漁獲証明の導入や電子モニタリングなどテクノロジーの活用、国際協調について議論した。 モデレーターは世界最大の海洋NGOである「OCEANA(オセアナ)」からベス・ローウェル副代表、パネリストにはシャルリナ・ヴィッチェヴァEU海洋担当大臣をはじめ、韓国政府、セイシェル漁業省、マーシャル諸島海洋資源省の代表らが登壇した。 このセッションは多くの聴衆を得て高評価を得たのだが、日本からも私たちの招聘に応じて、財務省から水産庁に出向中の大竹悠課長補佐が登壇を買って出てくれた。この舞台で、日本政府が水産流通適正化法に基づく漁獲証明制度の整備の進捗報告を行ったことは意義深い。 6月にはフランスのニースで、第3回の国連海洋会議が開催される。「海洋省」を持たない日本、前回の2022年にポルトガルのリスボンで開かれた国連海洋会議には外務省から政務官が参加した。 今回、日本政府はどのような対応を見せるのか、また各国が韓国でのアワオーシャンコンフェレンスの議論を持ち帰り、どのようにそれらを深めてくるのか、注目したい。
井植 美奈子

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