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ダライ・ラマ14世は、90歳の誕生日を前に、転生制度が続くことを明言したが、チベットを都合よく支配したい中国は猛反発している
今年4月に死去したローマ教皇フランシスコの後継者選びは実にスムーズに行われた。教皇選挙の手続きはシンプルかつ明確に定められており、しかも投票資格のある枢機卿の8割はフランシスコ自身が任命していたからだ。 【画像】近現代チベットの略史 ではチベット仏教の場合はどうか。その最高指導者であるダライ・ラマ14世はこの7月6日で90歳になったが、その後継者がすんなり決まるとはとても思えない。 現世のチベットを再統一したダライ・ラマ5世が1682年に死去して以来、後継者問題がチベットの人々のアイデンティティーと指導体制の将来にこれほど重い意味を持ったことはない。 現時点では中国政府がチベットに対して絶対的な支配権を行使している。ただし一つだけ掌握できていない権威がある。それがダライ・ラマ14世だ。今も亡命先のインドで自由に暮らし、世界中の人々に尊敬されている。 そして14世は去る7月2日に声明を発表し、ダライ・ラマの化身(転生)認定制度は自身の死後も継続することを再確認した。後継者を決めるプロセスは2011年の声明で示したとおりであり、その手続きについてはダライ・ラマ法王庁のガンデン・ポタン信託財団が唯一の権限を有するということも再表明した。 しかし中国政府は後継者選びに関して独自のプランを持っており、折り合いをつけるのは難しい。一歩間違えれば、このスピリチュアルな伝統は途絶えかねない。 カトリック教会の教皇制度には2000年近い歴史があり、初代は使徒ペトロとされる。それに比べるとダライ・ラマの制度は歴史が浅く、始まりは14世紀の後半だ。そもそも「智慧(ちえ)の大海」を意味するダライ・ラマの称号自体、1578年にモンゴル帝国(北元)のアルタン・ハーンが与えたものとされる。 チベット仏教では輪廻転生にさまざまなレベルを想定し、しかるべき高僧は自らのスピリチュアルな使命を続けるために自覚して転生するものとされる。そうしたトゥルク(化身)の頂点に立つのがダライ・ラマだ。 特に17世紀以降は、歴代のダライ・ラマ(幼児の場合はその摂政)が元朝から清朝に至る中国王朝との間で施主と僧侶のような関係を築き、独特な神権政治のシステムによってチベットの地を政治的に統治してきた。
チベット民族の闘争
ダライ・ラマ14世は世界中の人々からチベット仏教の精神的指導者として認められ、深く敬愛されている。非暴力の抵抗とチベット人のアイデンティティーを体現する象徴としても名高く、その後継者は14世の道徳的、外交的影響力を受け継ぐことになる。 その継承プロセスとその結果は、チベット仏教および自由と民族自決を求めるチベット人の闘争の将来を左右するだろう。だからこそ中国政府はこの継承プロセスを仕切りたい。そうすればチベット最大の抵抗の象徴を国家の手先に変貌させ、占領政策を正当化する夢がかなうからだ。 ダライ・ラマ14世は今年の3月に発行したばかりの著書『声なき者たちのための声』(邦訳未刊)で、大切なことを2つ述べている。 まずは以前に示唆した「化身は自分で終わり」という仮説を否定し、「前任者の仕事を引き継ぐ」15世が必ず出現すると予告した。 さらに「新しいダライ・ラマは自由世界に生まれる」と明言した。つまり亡命チベット人、またはチベット自治区を含む中国領以外に住むチベット仏教徒コミュニティーから後継者を選ぶという意思の表明だ。対して中国は、次なるダライ・ラマを認定する唯一の権利は自国にあると主張しており妥協の余地はない。 伝統的な方式では、捜索隊が宗教的な兆候を解釈したり儀式を執り行ったりしながら、先代が死去した頃に生まれた子供の中から候補を探す。故人からの指示に従い、お告げや高僧に相談しながら、啓示を受け、本物であるか確認するための試験をするなどの複雑な手続きを踏んでいく。 一方で中国は、清朝の時代からダライ・ラマを含むチベット仏教の高僧の選任に口を出してきた。1793年には高僧の化身をくじ引きで選ぶ「金瓶掣籤(きんべいせいせん)」方式を用いるよう提案している。ただしダライ・ラマ14世の2011年の声明によれば、この方式で選ばれたのはダライ・ラマ11世のみだ。 しかし中国共産党は23年に、「ダライ・ラマとパンチェン・ラマの化身は国内で探し、金瓶のくじ引きで決め、中央政府の承認を得なければならない」と宣言している。 中国政府の姿勢は一貫して強硬だ。1995年にはチベット仏教第2位の高僧パンチェン・ラマ10世の後継者選定に当たり、チベット側が化身と認定した当時6歳の少年とその家族を拉致し、別の人物をパンチェン・ラマ11世の地位に据えている。30年後の今も、拉致された少年の所在や生死は不明なままだ。
地政学的にも大きな影響
こうした前例がある以上、ダライ・ラマ14世の後継者選びに当たっても中国政府は強引に介入し、その選択を受け入れるようチベット人に、そして諸外国に圧力をかける可能性が高い。 台湾に関する「一つの中国」政策と同様、中国が指名したダライ・ラマのみを承認する「一人のダライ・ラマ」政策に従え。中国側は他国にそう要求するだろう。それが国際社会で認められれば、習近平国家主席にとっては願ってもない成果となる。チベットに対する統治の正統性を確立するという長年の夢がかなうからだ。 ダライ・ラマの後継者問題は地政学的にも大きな意味を持つ。もしも次のダライ・ラマがインド生まれでインド国籍だったらどうなるか。既に緊張状態にあるインドと中国の関係は一段と複雑なものになるだろう。 ダライ・ラマがインド国籍なら、インド政府に対し、チベット人の自決権を支持する姿勢をより鮮明に打ち出すよう迫る可能性がある。インドは長年にわたり、ダライ・ラマとその亡命政権(中央チベット政府)、そして約8万5000のチベット難民を受け入れ、保護してきた。その一方、外交的にはチベットを中国の一部と認め、自国内でのあからさまな反中政治活動を禁止している。ダライ・ラマ14世の後継者問題についても、インド政府は意図的に沈黙を保っている。 モンゴルとネパール(どちらも経済面で中国に依存している)も苦しい。もしも自国内でダライ・ラマの化身(後継者)が見つかり、中国側の認定した後継者と対立した場合、中国から強烈な圧力がかかるのは必至だ。 実際、モンゴル政府は既に苦い経験をしている。16年にダライ・ラマ14世の訪問を受け入れた際、中国側は国境の閉鎖と外交関係の凍結という強硬措置を取った。 アメリカも無関心ではいられない。1期目のトランプ政権で成立した「チベット政策支援法」によれば、ダライ・ラマの後継者選びに介入した「中国政府または中国共産党の高官にはしかるべき制裁を科す」ことになっている。 もちろんトランプ政権の出方は予測し難い。しかし中国側が勝手に決めた次期ダライ・ラマの承認を拒絶または保留する可能性はある。そうなれば、ただでさえ一触即発の米中関係は一段と悪化することになる。 今の中国共産党は、チベット人の宗教的・文化的アイデンティティーを抑圧するためなら何でもする。だから転生による後継者選びの継続を宣言し、かつ後継者は中国(チベットを含む)以外の国に生まれると明言したダライ・ラマ14世としては、一刻も早く後継者選びの具体的手続きを明文化し、その実施を担保するような改革を断行する必要がある。
「空白期間」を避ける方法
チベット仏教には、ローマ教皇の後継者を選ぶ枢機卿団のような確固たる仕組みはない。その代わり輪廻転生に関する教義は曖昧なので、かなり柔軟な解釈が可能だ。 そもそも誰が本物の転生者かを認定する絶対的なメカニズムは存在しない。その一方、ダライ・ラマほどの覚醒した高僧であれば自分がいつ、どこで、どのように転生するかを自分で決められるという信仰がある(もちろん凡人には不可能だ、念のため)。 いわゆる未涅槃化身(涅槃に入る前、つまり肉体的に生きたままの状態で転生すること)の概念で、これにはダライ・ラマ14世自身が11年の声明で言及している。これを認めるなら、現在のダライ・ラマが生きている間に自分の化身を見つけ、後継者と認定して保護し、育てることが可能になる。 もしもダライ・ラマ14世が今のうちに13歳か14歳の子を自らの化身と認定し、自らの知恵を授け、宗教指導者に育てたとしよう。その場合は14世の死後、直ちに15世が即位できることになり、ダライ・ラマの不在による不安定な状態も回避できる。 最高権威のいない空白期間は不安定をもたらしがちだ。それは歴史的に派閥抗争、財務管理の不始末、中央権力の弱体化、政治的不安定、外部の脅威に対抗する力の減少といった問題につながってきた。 もう1つの重要な改革は、ダライ・ラマの地位継承に関する成文規定を守るための評議会の設立だ。この組織にはチベット仏教の4大宗派(ニンマ派、カギュ派、サキャ派、ゲルク派)、および仏教伝来以前の土着宗教(ボン教)の代表者を含めるべきだ。 このような評議会を設立し、その任務を明確にするならば、ダライ・ラマ14世は後継者選びの正式な仕組みが存在しないという重大な問題を解決したことになる。もちろん、この評議会はガンデン・ポタン信託財団の直属とすべきだ。 多様で信頼できる評議会は、複雑で争いの多いプロセスにおいて透明性と専門性の両方を提供し、この神聖な伝統を政治目的のために利用しようとする中国政府の動きから守ることができるだろう。 ダライ・ラマ14世は歴史の極めて重要な転換点に立っており、自らの後継者を選び、転生による地位の継承という精神的・文化的な伝統を後世に伝える重要な役割を果たすべき立場にある。 成功すれば、ダライ・ラマ14世は平和と慈悲の心に生涯を懸けた聖職者としてだけでなく、変わりゆく世界の要請に応えて古来の伝統を修正した先見的な取り組みによっても記憶されることだろう。 しかしダライ・ラマ14世には、まだ最後の責務が残っている。転生のプロセスを彼自身の言葉で積極的に再定義し、いかなる政治的干渉からも守り、この仕組みのスピリチュアルな正統性が失われないようにすることだ。 From Foreign Policy Magazine
ケルサン・オーカサン(チベット人、米アトランティック・カウンシル客員上級研究員)

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