2025年7月31日木曜日

47日間の遭難後に発見された恋人たち。分かたれた生と死の衝撃、遺された者の葛藤と再生を一人称で描く

 Source:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b45f12d1fd2e1e6bed74a3dee8938796b9994170

折田千鶴子映画ライター/評論家
『雪解けのあと』 配給:テレザ

台湾発・喪失と再生の鎮魂歌『雪解けのあと』

 2017年、ネパールの山岳地帯で47日間にわたって遭難していた恋人同士の2人が発見された。一人は救助され、一人はその3日前に息絶えていた――。そのニュースは、2人がまだ19歳という若さだったこともあいまって、台湾中に激震を走らせた。亡くなったチュン、遺されたユエ。そして本作の監督ルオ・イシャンは、旅の途中で体調不良のため離脱したが、本来なら2人に同行するハズだった。

 当事者家族以外では最も身近でその衝撃をくらったであろう、親友のイシャン監督は、茫然自失としながらも、亡き親友チュンの痕跡を辿るためカメラを回す。大切な人の死を受け入れるまでの葛藤と闘い、痛み抜いた先に掴んだ理解と安らぎを克明に記録したドキュメンタリー映画『雪解けのあと』が、6月14日(土)よりユーロスペースほか全国で順次公開される。

 事故から7年後に完成(コロナ禍などを挟んだため)した本作は、世界各地の20を超える映画祭で喝采を浴び、インディペンデントのドキュメンタリー作品にかかわらず口コミの広がりによって、中華圏を代表する金馬奨にもノミネートされた。

 また映画に先んじて、亡きチュンが書き残した詩や随筆を編集して出版した書籍は、2020年の台湾文学賞金賞を受賞。7回増刷がかかるほど、若者たちに大きな影響を与えたという。

親友の突然の死

『雪解けのあと』 配給:テレザ

 監督イシャンは、台北のカトリック系の女子高で亡きチュンと出会う。性自認が男性のチュンは、ボーイッシュな外見や服装(スカート拒否)が学校で問題視され、厳しい規範の中で苦しんでいたが、 “自分らしく生きる” その姿は、監督イシャンの憧れでもあったという。「自分のアイデンティティについて多くの混乱を抱えていた」イシャンとチュンは、台湾LGBTプライドでユエと出会う。そして彼と3人で山に登ったことが、「人生に対して抱えていた混乱を解決し、実存的危機に立ち向かわせてくれた」とイシャンは語る。

 “この大きな自然に対して、自分はなんてちっぽけな存在なんだろう” と、フと気づく瞬間は誰しも経験があると思うが、これから青春を謳歌するはずの3人が、崇高な山々や旅、自然に抱かれる “自由や解放感” を胸に吸い込んだ直後、事故が起きてしまったわけだ。「当時、私たちは山に対してロマンチックな憧れを抱いていましたが、その憧れを追い求める過程で、チュンが亡くなりました」。

 遺されたユエとイシャンの混乱や悲しみの共有するが、次第にそれぞれの状況や気持ちの違いや変化が現れ、悼み方の違いも克明に映り込む。

ジェンダー・アイデンティティ

左がイシャン監督、右がチュン  『雪解けのあと』 配給:テレザ

 一方、詳しい説明は何も入らないために、チュンとユエ、そしてイシャンの関係を「あれ、どういうこと?」と少々混乱し、すんなり理解できない観客も少なくないかもしれない。チュンが「彼」と表現されながら、女子高に通っていたシーンで感度のいい観客は理解できるだろうが、イシャン自身、チュンの性別を映画内でどう表現するかには悩んだという。

 だからといって、そこに説明を加えなかったのも、「情報過多になるだけでなく、彼の実生活よりも社会的なアイデンティティを優先させてしまうと危惧した」から。確かに、本作が若い観客たちを中心に熱い支持を集めたのも、そのテーマが孕む問題や影響も大きく関わっていよう。 “部外者が定義するのではなく、自分が何者かは自分で決める” というその姿勢に、日ごろ “生きづらさ” を感じている若者が共感したのもあるだろう。

 監督自身は「(自分の)ジェンダーの探求は今も続いていて、解明の過程にある」と語るが、「今ではノンバイナリーのアイデンティティの枠組みに慣れて来た」そう。曰く「自分が女性だとか男性だとか特に思っていないから、という理由と、男性と女性の二元的な分類に賛同していないから」。

死を目前に「この人生、感謝しているよ――」という言葉

イシャンに宛てて綴られていた  『雪解けのあと』 配給:テレザ

 そして何と言っても本作を忘れ難いものにしているのは、死を目の前にして紡がれたチュンの言葉の数々だろう。19歳のチュンが書き残した自身の心境や置かれた状況、飾らず率直ゆえにパワフルなその言葉たちを “衝撃” と言わずしてどう表現しようか。

 チュンは「これほど死を身近に感じたことはなかった」と書きながら、イシャンと過ごした懐かしい日々や交わした会話、心に残っている言葉を振り返る。そうして、人を愛することの素晴らしさを最後に書き残した。そこには鮮やかに、「生きた証と生への希望」が浮かび上がる。これ以上は伏せるが、それらの言葉を目に耳にした瞬間、我々観客も息を飲み、すべての動きを思わず止めずにいられない。

 チュンの旅の足跡を、最期を迎えた洞窟まで辿っていくイシャンが目にしたもの、耳にしたものを共に感じる旅路。

 「なぜ」「どうして」「発見のたった3日前に……」など、どうしようもない焦燥といわれなき罪悪感に身を焦がされながら、それでも一歩一歩踏みしめてネパールを歩くイシャン。その過程はとても痛いし辛い。だが、そこを抜けて行った先に芽生えて来たのは――。

 本作の後味は “癒し” ではなく、“和解” や “雪が解ける感覚” とイシャンが語る。それらを暫し、共に静かに味わう週末があっても悪くないだろう。

『雪解けのあと』 配給:テレザ

『雪解けのあと』

2024年製作/110分/台湾・日本合作/配給:テレザ
原題/英題:雪水消融的季節 After the Snowmelt


2025年6月14日(土)より全国順次公開


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