2020年7月28日火曜日

インド女性の社会的地位と日本人女性の貢献

Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/ebbbb9f5a8c4ec2625ee2a65b8efc73fca816db5

配信、ヤフーニュースより

Wedge

マハラジャのために殉死したハーレムの女たちの手形

2019.10.3~12/3 62日間 総費用18万2000円〈航空券含む〉  ラジャ―スターン州にはジャイプール、チットルーガル、ジャイサルメールなどに世界遺産にも登録されている丘陵砦群と呼ばれるマハラジャ(ヒンズー教徒)の宮殿城塞が残されている。

 イスラム教のムガール帝国に対抗してラジャスターンに割拠していたヒンズー教徒のマハラジャ(藩王)が砂漠地帯の丘の上に宮殿兼城塞を築いたのである。中でもジョードプルのメヘラーンガル宮殿城塞は圧巻である。当時のマハラジャの絶大な権力と富を偲ばせる。  巨大な城門をくぐって城内に入ると城門の内側に朱色の小さな手形が並んでいた。オーディオ・ガイドによると19世紀半ばに逝去したマハラジャの火葬に際して一緒に殉死した后妃や愛妾たちが宮殿城塞を去る時に記念に残した手形であるという。  后の手形の下に約30人の手形が残されていた。現代の成人女性と比べるとかなり小さい。オーディオ・ガイドでは『ハーレムの女性達の魂はマハラジャと一緒に火葬の煙とともに天国に昇って行った』と何やら彼女たちの至上の愛や貞節を称賛するような解説であった。  この解説に違和感を抱いた。女性たちがマハラジャへの愛情のために生きたまま火葬される殉死を受け容れて従容として宮殿城塞を去ったというのはマハラジャの権威を高めるために当時の男性為政者により作為的につくられたフィクションではないか。  イスラム教のムガール帝国では殉死禁止令を出していたし、さらにインドを統治した英国は1829年に殉死禁止法を出している。  ヒンズー教による寡婦殉死(サティ)という風習は古代から存在するというが、インドでは現代でも数年に一度くらい名誉殺人などと呼ばれる忌まわしい事件が起こっている。  殉死しない寡婦を夫の親族が無理矢理に火葬台に投げ込んだり、逃げた寡婦を惨殺するというケース。さらにはカースト制度における身分違いの恋愛に対して男性側の親族が女性を殺すというようなニュースも聞く。  そしておぞましい集団強姦事件は大都市ですら頻発している。極端な男尊女卑的風習の残滓なのだろうか。

手工芸品の内職で女性の地位向上を目指すNGO

 グジャラート州のパキスタン国境に近いカッチ湿地帯の中心ブージに滞在して独自の手工芸品で知られる周辺の村落を周遊した。  幸いなことに偶然インド伝統工芸に詳しいSさんという女性と同行することになった。彼女は芸術大学を卒業後長年にわたってフェア・トレード商品の販売ショップで世界各地の伝統工芸品を紹介してきた。  スムラサール村で伝統工芸の製作風景を見学しようと思ったが、あいにく当日はヒンズー暦の祭日で工房は閉まっていた。刺繍製品を展示したショップだけが開いており男性スタッフが案内してくれた。  米国のファンドが資金提供してNGOがデザイン学校をつくり少女を集めて教育して現代の消費者の嗜好や流行にマッチした“商品”を作っている。少女たちは結婚してからも家庭での内職として刺繍製品をつくっている。およそ村全体で60~70人の女性が内職しており、商品はデリー、ムンバイ、コルカタなどの大都市のショップで販売している。  伝統的デザインの刺繍製品では土産物屋で物珍しさから観光客が買う程度で安定した現金収入にならない。大都市の消費者をターゲットにした商品戦略で現金収入を得ることで女性の地位向上を図るというのがNGOのプログラムであった。

結婚により職業教育を断念する女性

 二ローナ村では現存するローガン・アートの唯一の工房を訪問。ローガン・アートは布に樹液と染料を混ぜた粘り気のある液体で図案を描く伝統工芸である。モディ首相がオバマ大統領に贈呈した作品もこの工房で作られた。  2人の兄弟とその息子および孫を含めて一族10人の男性が伝統技巧を継承している。工房には女性は1人もいない。何年か前に伝統工芸の継承と女性の職業教育として行政の肝いりで村の少女延べ300人余りに技術を伝授しようとしたが結局上手くいかなかった。  ほとんどの少女は結婚を機に訓練を断念。数年間の訓練では単純なドット(点)を打つことしかできず、直線や曲線を描くことはできない。結婚すると夫は妻が他の男と接触することを禁止するため見習い修行を断念せざるを得ないという。  別の村の工房で奥の間に民族衣装で盛装した女性がいたので写真を撮ろうとしたら旦那が出てきて丁重に断られてしまった。旦那の説明によるとこの地方では若い既婚女性が成人男性と話すことは反道徳的であり恥ずべき行為とのことであった。

男性社会の工房で修行する日本人女性

 ブージからローカルバスで約1時間揺られてアザラクプール村へ。日本人女性Rさんが働いているというブロック・プリントの工房を訪ねた。ブージで投宿しているホテルのオーナーからデザイナーの日本人女性がいると紹介されたのだ。  事前に電話でRさんに聞いたところRさんは日本で売れるデザインを考案してブロック・プリント製品にしようと工房で1年前から修行していた。この話を聞いてピンときた。  筆者は20年前のパキスタンのパシュミナのショールを思い出した。元来パキスタンの伝統的デザインのショールは地元の女性向けで国際商品ではなかった。ところが欧州のデザイナーが単純なパステルカラーのパシュミナのショールを有名ブランドで売り出したところ、一気に国際商品となり日本の百貨店でも高値で売られるようになった。パキスタンの現地では数千円のショールが百貨店では数万円で飛ぶように売れたのだ。  さらに数年前にネパールのカトマンズで出会ったイタリア人デザイナーのD氏はネパール、チベット、モンゴルでカシミヤ、パシュミナの原毛を仕入れて現地で染色まで加工して欧州の有名ブランド向けに出荷していた。やはり伝統工芸品は市場商品化することで珍奇なローカル物産から国際商品に変貌するのだ。  残念ながらRさんは急用ができて会えなかったが、Sさんに解説してもらいながら工房を見学することができた。工房の作業は工程別に完全な分業制であった。図案を木製ブロックに彫る彫師、木製ブロックにインクを付けて布に模様をつけてゆく刷り師、そして布全体を染料で染める染師、そして芝生の上で乾かす見習工。  やはり工房の職人は全員男性であった。女性のRさんが工房に受け入れられるまでに紆余曲折があったと漏らしていたことを思い出した。

大阪のHさんは手工芸品のプロデューサー

 アザラクプール村のバス停近くにモダンな建物のカッチ地方の村々の手工芸品を紹介する博物館とショップがあった。この施設は地方政府と外国のNGOの支援で建設された。  ショップでSさんは日本に紹介するために10点ほど仕入れた。案内してくれたマネージャーの青年によると大阪出身のHさんという女性が熱心に支援してくれているという。Hさんは日本の博物館の学芸員(curator)でカッチ地方の手芸品を日本に紹介する活動をしている。  青年も前年にHさんに同行して大阪~京都~東京を訪問して各地の百貨店で展示即売会を開催した。カッチ地方の女性が現金収入を得て生活水準を向上させて社会的地位を高めることがHさんの活動の目的だと敬意を込めて熱弁した。  インドの貧しい女性の権利と地位の向上のために日本人女性がそれぞれに活動していることを知って誇らしく感じた。 次回に続く

高野凌 (定年バックパッカー)

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