2020年7月28日火曜日

10分を超える驚異の潜水民族、断崖絶壁の命がけの蜂蜜採り【知られざる少数先住民族の暮らし】

Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/400c8a3cd5ef0a59804b43dacd4e63404ef7cd8a

配信、ヤフーニュースより

ナショナル ジオグラフィック日本版

潜水に適応して進化したバジャウ族、ヒマラヤの秘境の消えゆく伝統

 ほとんどの人は、水中で息を止めていられるのは長くても1、2分だろう。しかし、バジャウ族の人々は素潜りでどんどん潜ってゆき、水深60メートルのところに10分以上もとどまることができる。彼らは、フィリピン、マレーシア、インドネシアの周辺海域で、素潜りで魚を獲ったり、手仕事の材料にする天然資源を採集したりして暮らす漂海民族だ。 ギャラリー:驚きの潜水能力を誇るバジャウ族 写真7点  デンマーク、コペンハーゲン大学地理遺伝学センターのメリッサ・イラード氏は、タイに旅行した際、バジャウ族の話を聞いてその伝説的な潜水能力に興味を持った。  人間が息を止めて顔を水に浸すと、自動的に心拍数が低下し、血管と脾臓(ひぞう)が収縮して、酸素が少ない環境でエネルギーを節約できるようになる。また、ほとんどの時間を水中で過ごすアザラシの脾臓はかなり大きいことがわかっている。イラード氏は、潜水を得意とする人々にも同様の特徴が見られるかどうかを調べたいと考えた。 「まずはインドネシアのバジャウ族の人々に会いに行きました。いきなり検査機器を持って乗り込み、自分の用事が済んだらすぐに帰るようなことはしたくなかったからです。2回目の訪問で、ポータブル超音波画像診断装置と唾液採集キットを持って行きました。そこで数軒の家を回り、脾臓の画像を撮影させてもらいました」とイラード氏は言う。 「たいてい見物人がいました。私が彼らの存在を知っていたことに驚いていました」  イラード氏は、バジャウ族と遺伝的に近いサルアン族の人々からもデータを収集した。両者の脾臓の大きさを比べてみると、バジャウ族の中央値が、素潜りを生業としないサルアン族より50%も大きいことがわかった。 「バジャウ族の人々の体に遺伝子レベルで何かが起きているなら、ある程度以上、脾臓の大きさが違うはずです。実際、大きな変化を確認できました」  遺伝子を分析してみても、バジャウ族とサルアン族では、甲状腺ホルモンの制御にかかわる遺伝子について有意な違いがみられた。マウスでは、このホルモンが少なくなると脾臓が小さくなることがわかっている。バジャウ族の人々には脾臓が大きくなる遺伝子の変異があり、水中での活動に適した体になっていることが初めて確認されたこの結果は、2018年に学術誌「セル」に発表された。

脅威にさらされる海の民

 バジャウ族の人々は、この海域で1000年以上暮らしてきた。その長い歳月におよぶ自然選択の結果、遺伝的に有利な特徴を持つようになったのだろうとイラード氏は推測する。  この発見は、バジャウ族の人々が潜水の名手になった理由を明らかにするだけでなく、医学的にも重要だとイラード氏は考えている。脾臓はあまり目立たない存在だ。実際、人は脾臓がなくても生きられる。しかし、脾臓は免疫系をサポートし、赤血球のリサイクルにも一役買っている。  潜水した時に体に生じる自動的な反応は、酸素の急激な欠乏によって起こる急性低酸素症に似ている。急性低酸素症になると短時間で命を落とす人も少なくない。バジャウ族の研究は、低酸素症の解明につながる可能性もある。  しかし、漂海民族の生活様式は、近年、脅威にさらされている。彼らは社会から取り残され、陸上に暮らす人々のような公民権を享受できずにいる。しかも、大規模漁業の増加により、自給自足のための漁はますます困難になっている。結果として、多くの人々が海から離れるようになった。  イラード氏は、漂海民族の生活を保護していかないと、バジャウ族も、彼らがもたらしてくれるかもしれない医学的な研究も、そう長くは続かないのではないかと心配している。

「精霊の夢」を見た者だけに許された蜂蜜採り

 こうした極端な環境を利用する少数民族の伝統文化は、世界中で瀬戸際に立たされている。  イラード氏が論文を発表した2018年に、ある民族の伝統がひっそりと幕を閉じていた。ネパール東部、ヒマラヤ山脈の密林に暮らすクルン族の蜂蜜採りだ。  ヒマラヤオオミツバチは、標高と季節に応じて数種類の蜂蜜をつくる。クルン族の人々は、はるか昔からその蜂蜜をせき止めや消毒薬の代わりに利用してきた。  ただし、ハチの巣は断崖絶壁につくられるため、蜂蜜採りは命がけの仕事になる。クルン族でそれは、ミツバチと山を守る「精霊の夢」を見た者だけが受け継いできた。その最後の1人だったマウリ・ダンさんが2018年に亡くなったのだ。  かれこれ15年以上、ネパールに通い続けている写真家のレナン・オズターク氏は「ナショナル ジオグラフィック」の特集に向けて、亡くなる数年前にマウリさんによる過酷な蜂蜜採りに密着し、撮影していた。 「これまで危険なクライミングを何度も取材してきたので、今回もさほど深刻にはとらえていませんでした。まさか、あんなことになるとはね」と、オズターク氏は当時を振り返る。  オズターク氏のチームは、崖下60メートルのところでロープで宙吊り状態になってカメラに収めていた。米国製のハチ防護スーツなどここでは何の役にも立たないことを氏は思い知った。ヒマラヤオオミツバチは、米国にいるハチの2倍もの大きさで、その針は防護服を軽々と突き抜ける。 「とても集中できる状況ではありませんでしたが、作業はどんどん進んでしまいます」。オズターク氏は、ハチに30~50カ所刺されたという。「蜂蜜採りは、全ての作業をすばやく効率よくこなせるよう手順があって、それに従います。私たちのように、現代的な道具がそろっているわけではありません」  オズターク氏は防護服と登山用のハーネスを身に着け、ロープを下降していた。一方、マウリさんはハチの巣をはがすための長さ8メートルほどの竹竿を肩に担いで、縄ばしごを登る。命綱は着けていない。巣を取るときに移動した岩棚で手足を滑らせれば一巻の終わりだ。  オズターク氏が最も気を使ったのは、「壁に止まったハエ」になりきることだったという。 「取材相手が十分なスペースを確保できるようにしなければなりません。体に触れたり、仕事の邪魔になるようなことは何ひとつやってはなりませんでした。一歩間違えれば命に関わることですから」  帰国してから、オズターク氏は重いハチ毒アレルギーを発症し、病院に運ばれた。それでも、ネパール行きを思いとどまることはなかったという。氏にとって、全ての障害にはそれ以上の価値があるのだ。 「困難は多いですが、それでも興味をひきつけてやみません。そこでの人々の営みをこの目で見て、記録するのは、困難以上の感動をもたらしてくれます」  だが、クルン族に「精霊の夢」を見た者はもういない。これからも現れないだろう。  クルン族は何世紀もの間、外界とは切り離された暮らしを送ってきた。そんな土地にも今、少しずつ開発の波が迫ってきている。ネパールの大半の農村部と同様、クルン族の村でも携帯電話の電波が通じる。親たちがきつい仕事に明け暮れる農村。そこから遠く離れた別世界につながっている携帯電話の普及で、外の世界へ出て、給料をもらって暮らしたいという若者が増えている。 「最近の子どもたちは文化の重みを大切にしません。このままでは途絶えてしまいます」とマウリさんは生前に語っていた。たとえ精霊に選ばれる夢を見ても、若者たちはそれを認めようとしない。だから、誰も見ていないことになっているのだと、年長者たちは気づいている。  蜂蜜採りを行う少数民族はクルン族のほかにもわずかながら残っている。しかし、やはり開発の波は押し寄せており、蜂蜜採りの伝統は同じように風前の灯だ。 この記事はナショナル ジオグラフィック日本版とYahoo!ニュースによる連携企画記事です。世界のニュースを独自の視点でお伝えします。

文=Sarah Gibbens、Hannah Lang/訳=三枝小夜子、ルーバー荒井ハンナ

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