Source: https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171226-00053928-gendaibiz-int
2017/12/26(火) 、ヤフーニュースより
パスポートなしで行き来できる
外交面において、伝統的に非同盟中立を維持してきたものの、実際には、インドとの強い結びつきを保ち続けてきたネパール。ところが昨今、「一帯一路」の旗を掲げて南下する中国によって、インドの勢力圏から引き出されそうになっている。
その目的は、ネパールを媒介とした南アジアへの進出。こうした動きに、警戒心を募らせるインドは、ネパールとの関係強化を図るべく、さまざまな対策を講じている。
冒頭に記したとおり、ヒンドゥー教をベースとする同一文化圏にあるインドとネパールは、政治、経済、文化など、あらゆる面において親密な関係を築いてきた。どれほど近しい関係であるか、ひとつ例をあげるとすれば、ちゃんとあるにも関わらず、一見、ないに等しい国境である。
印パ国旗紛争や中越国境紛争、イラン・イラク戦争などなど、国と国との境界線を巡る諍いは後を絶たない。そのため、いずれの国も国境に軍や警察を配し、厳重な警備にあたっているのだが、ネパール・インド間は非常に緩い。なんと、ビザやパスポートなしで、ネパール人がインド側の職場に通ったり、ショッピングに出かけたりと、お互い自由に往来できてしまうのだ。
そんな、きわめて友好的な関係にある両国だが、ただのひとつも揉めことが起こらないというわけではない。ときには、国民生活が危ぶまれるほどの大事が発生することもあるのだ。
記憶に新しいところでは、2015年9月、ネパールで公布された新憲法をめぐるトラブルである。
ネパール南部のタライという平原地帯に、「マデシ」という人々が住んでいる。その多くはインド・ビハール州からの帰化民であり、言語や生活文化もインド式だ。
インドは、この「マデシ」を支援してきた。その一環として、ネパールが新憲法を制定するにあたり、制憲議会における「マデシ」の議席数の確保を求めたのである。
ネパールにおける中国の影響力が強まりつつあるなか、親インド派住民の政治力を保持することはきわめて重要だ。ところがネパール側はこの要望を聞き入れず、新憲法を公布してしまったのである。
怒ったインドは、国境主要道路の封鎖という策に出た。ネパールへの物資輸送トラックの通行を止めてしまったのだ。ネパールは、石油やガスはじめ、食料や衣類、日用品に至るまで、インドからの輸入に頼っている。国民生活は深刻なダメージを受けることになった。
5ヵ月後の2016年2月、ネパールのオリ首相訪印をきっかけに、道路封鎖は解除された。辛うじて経済危機を脱したネパールだが、問題は思わぬかたちで尾を引くことになる。
2016年11月9日、偽札の増加やブラックマネーの一掃を目的に、インド政府が突然、それまで流通していた高額紙幣(1,000ルピー札と500ルピー札)の廃止を宣言した。年内であれば、新たな紙幣に交換できるとのことだったが、新紙幣は不足状態であり、銀行はわれ先にと交換を求める人たちであふれかえった。
ネパールやブータンも混乱に陥った。両国がインドとの輸出入を行なう場合、インドルピーで決済することが義務付けられているため、大量のインドルピーを保有しているからだ。
ネパール庶民の動揺も激しかった。インドルピーとネパールルピーの対価は、1対1.6の固定相場制となっており、インドルピーはネパール国内でも使用できる。国境沿いの人のなかには、インドルピーでタンス預金していたりする人も多い。そんな虎の子が、2カ月後には紙くずと化してしまうのである。
交換期限に間に合わず、旧紙幣を抱えたままの人は少なくなかった。インド政府は、改めて交換の機会を設けると発表したが、未だ実現に至っていない。一方で、ブータン国内の旧紙幣は、すべて新紙幣に交換してもらったという。
こうした対応の違いは、インドに対する忠実度によるものというのが大筋の見方だ。
「ブータンは、インドのいいなりだから優遇された。ネパールは、新憲法を作るときにインドのいうことを聞かなかったから、ペナルティを課せられた」というのだ。
ネパール・インド両国はたしかに親密である。しかし、対等な関係にあるわけではない。有り体にいえば、インドはネパールを属国とみなしている。ゆえに、インドに従順であれば目をかけてもらえるが、反抗的な態度を見せれば平手打ちをくらうことになるのである。
その目的は、ネパールを媒介とした南アジアへの進出。こうした動きに、警戒心を募らせるインドは、ネパールとの関係強化を図るべく、さまざまな対策を講じている。
冒頭に記したとおり、ヒンドゥー教をベースとする同一文化圏にあるインドとネパールは、政治、経済、文化など、あらゆる面において親密な関係を築いてきた。どれほど近しい関係であるか、ひとつ例をあげるとすれば、ちゃんとあるにも関わらず、一見、ないに等しい国境である。
印パ国旗紛争や中越国境紛争、イラン・イラク戦争などなど、国と国との境界線を巡る諍いは後を絶たない。そのため、いずれの国も国境に軍や警察を配し、厳重な警備にあたっているのだが、ネパール・インド間は非常に緩い。なんと、ビザやパスポートなしで、ネパール人がインド側の職場に通ったり、ショッピングに出かけたりと、お互い自由に往来できてしまうのだ。
そんな、きわめて友好的な関係にある両国だが、ただのひとつも揉めことが起こらないというわけではない。ときには、国民生活が危ぶまれるほどの大事が発生することもあるのだ。
記憶に新しいところでは、2015年9月、ネパールで公布された新憲法をめぐるトラブルである。
ネパール南部のタライという平原地帯に、「マデシ」という人々が住んでいる。その多くはインド・ビハール州からの帰化民であり、言語や生活文化もインド式だ。
インドは、この「マデシ」を支援してきた。その一環として、ネパールが新憲法を制定するにあたり、制憲議会における「マデシ」の議席数の確保を求めたのである。
ネパールにおける中国の影響力が強まりつつあるなか、親インド派住民の政治力を保持することはきわめて重要だ。ところがネパール側はこの要望を聞き入れず、新憲法を公布してしまったのである。
怒ったインドは、国境主要道路の封鎖という策に出た。ネパールへの物資輸送トラックの通行を止めてしまったのだ。ネパールは、石油やガスはじめ、食料や衣類、日用品に至るまで、インドからの輸入に頼っている。国民生活は深刻なダメージを受けることになった。
5ヵ月後の2016年2月、ネパールのオリ首相訪印をきっかけに、道路封鎖は解除された。辛うじて経済危機を脱したネパールだが、問題は思わぬかたちで尾を引くことになる。
2016年11月9日、偽札の増加やブラックマネーの一掃を目的に、インド政府が突然、それまで流通していた高額紙幣(1,000ルピー札と500ルピー札)の廃止を宣言した。年内であれば、新たな紙幣に交換できるとのことだったが、新紙幣は不足状態であり、銀行はわれ先にと交換を求める人たちであふれかえった。
ネパールやブータンも混乱に陥った。両国がインドとの輸出入を行なう場合、インドルピーで決済することが義務付けられているため、大量のインドルピーを保有しているからだ。
ネパール庶民の動揺も激しかった。インドルピーとネパールルピーの対価は、1対1.6の固定相場制となっており、インドルピーはネパール国内でも使用できる。国境沿いの人のなかには、インドルピーでタンス預金していたりする人も多い。そんな虎の子が、2カ月後には紙くずと化してしまうのである。
交換期限に間に合わず、旧紙幣を抱えたままの人は少なくなかった。インド政府は、改めて交換の機会を設けると発表したが、未だ実現に至っていない。一方で、ブータン国内の旧紙幣は、すべて新紙幣に交換してもらったという。
こうした対応の違いは、インドに対する忠実度によるものというのが大筋の見方だ。
「ブータンは、インドのいいなりだから優遇された。ネパールは、新憲法を作るときにインドのいうことを聞かなかったから、ペナルティを課せられた」というのだ。
ネパール・インド両国はたしかに親密である。しかし、対等な関係にあるわけではない。有り体にいえば、インドはネパールを属国とみなしている。ゆえに、インドに従順であれば目をかけてもらえるが、反抗的な態度を見せれば平手打ちをくらうことになるのである。
インドから中国に乗り換えたいネパール
ネパールの人々は、インドに依存しないことには国が成り立たないとわかっている。しかし、ことあるごとに政治・経済両面でネパールへの圧力を強めるインドに対し、不満を抱き続けてきたのも事実だ。そうしたところへ、大盤振る舞いの中国が登場したのだから、乗り換えたくなる気持ちも理解できるのである。
もちろん、インドが傍観しているはずもない。中国に負けじと、次々と援助計画を打ち出してきた。
ひとつは、西ネパールのパンチェソールという地のマルチ・パーパス・プロジェクトだ。水力発電を建設し、ダム湖を観光地として整備。魚の養殖も行なうというプランである。以前から計画されていたものの、遅々として進まずの状態だったのだが、ここへきて急に動きはじめのだ。
インドのコルカタを起点とするハイウエイ建設も急ピッチで進んでいる。インド北東部のシッキムとダージリン、ブータンとの国境の街ジャイガウン、東ネパールの国境の街カカルビッタを結ぶ一大ルートだ。完成すれば、ネパール・インド間のアクセスは、かなりの時短が実現されるはずである。
東ネパールのコシ川に巨大ダムを建設し、インド洋からネパールに通じる運河を作るという計画も持ち上がっている。船舶の航行が実現すれば、大量の貨物を安価に運ぶことが可能になるとあって、大きな話題になった。しかしながら、コシ川の上流は、チベット自治区を流れるヤルツァンポ川だ。この河川に中国が大型ダムを建設しているため、水源の支配権を握られかねない。つまり、容易に進められる計画ではないわけだが、とりあえず花火を打ち上げて、ネパール国民の気を引こうということなのだろう。
このように、あの手この手で中国に対抗するインドだが、中国とネパールの蜜月関係は加速する一方だ。今年5月、中国主導のアジア・中東・欧州をひとつの経済圏とする「一帯一路」構想に、ネパール政府が参加の意を示し、覚書に署名した。11月には、中国との国境からカトマンズ、ポカラ、ルンビニを結ぶ鉄道計画を推し進めるため、中国の技術者チームが訪ネしている。ネパール政府が承認すれば、5年で計画を完成させると豪語したらしい。
こうした流れの中で迎えたのが、11月26日と12月7日に実施されたネパール連邦議会選挙である。現在、開票が進められている段階だが、小選挙区165議席のうち、UMLとマオイストの左派同盟が過半数の議席を獲得。比例代表110議席においても、左派同盟が優勢とのことだ。このままいけば、間もなく親中政権が誕生することになるだろう。
もちろん、インドが傍観しているはずもない。中国に負けじと、次々と援助計画を打ち出してきた。
ひとつは、西ネパールのパンチェソールという地のマルチ・パーパス・プロジェクトだ。水力発電を建設し、ダム湖を観光地として整備。魚の養殖も行なうというプランである。以前から計画されていたものの、遅々として進まずの状態だったのだが、ここへきて急に動きはじめのだ。
インドのコルカタを起点とするハイウエイ建設も急ピッチで進んでいる。インド北東部のシッキムとダージリン、ブータンとの国境の街ジャイガウン、東ネパールの国境の街カカルビッタを結ぶ一大ルートだ。完成すれば、ネパール・インド間のアクセスは、かなりの時短が実現されるはずである。
東ネパールのコシ川に巨大ダムを建設し、インド洋からネパールに通じる運河を作るという計画も持ち上がっている。船舶の航行が実現すれば、大量の貨物を安価に運ぶことが可能になるとあって、大きな話題になった。しかしながら、コシ川の上流は、チベット自治区を流れるヤルツァンポ川だ。この河川に中国が大型ダムを建設しているため、水源の支配権を握られかねない。つまり、容易に進められる計画ではないわけだが、とりあえず花火を打ち上げて、ネパール国民の気を引こうということなのだろう。
このように、あの手この手で中国に対抗するインドだが、中国とネパールの蜜月関係は加速する一方だ。今年5月、中国主導のアジア・中東・欧州をひとつの経済圏とする「一帯一路」構想に、ネパール政府が参加の意を示し、覚書に署名した。11月には、中国との国境からカトマンズ、ポカラ、ルンビニを結ぶ鉄道計画を推し進めるため、中国の技術者チームが訪ネしている。ネパール政府が承認すれば、5年で計画を完成させると豪語したらしい。
こうした流れの中で迎えたのが、11月26日と12月7日に実施されたネパール連邦議会選挙である。現在、開票が進められている段階だが、小選挙区165議席のうち、UMLとマオイストの左派同盟が過半数の議席を獲得。比例代表110議席においても、左派同盟が優勢とのことだ。このままいけば、間もなく親中政権が誕生することになるだろう。
トランプまでしゃしゃり出てきた
インド、かなりの劣勢である。今後、いかにして巻き返しを図るのかと思っていたところ、つい先日、興味深いニュースが飛び込んできた。道路整備や電力供給のための資金として、MCC(Millennium Challenge Corporation)が、5・1億ドルを援助すると発表したのだ。これについてインド政府は、「我が国がアメリカに進言して実現したもの。これまでのネパールにおけるアメリカ出資のプロジェクトも、すべてインドの推薦によって行われてきた。今後も同様である」と発言している。
一報をくれた、現地新聞のビシュヌ記者がいう。
「トランプ政権は、途上国への援助を大幅に削減しています。そうしたなか、同じくMCCから援助を受けているモンゴルやフィリピン、インドネシアと比べ、はるかに高額な援助がなされるという。
ちなみに、在ネパール・アメリカ大使館は、アジア圏でいちばん規模が大きく、職員数も在インド・アメリカ大使館の6倍います。アメリカもまた、中国の南アジア進出を警戒しているので、インドとタッグを組み、中国からネパールを引きはがそうというわけです」
日増しにエスカレートする中国とインドの援助合戦。ネパールとしては、巧みに立ち回り、さらなる支援を引き出したいところだろう。しかし、それだけの技量がかの国にあるとは思えない。
前出のビシュヌ記者も同様の見方だ。
「国会議員のうち、政治がなんたるものかを理解している人は、3分の1もいない。たとえば、マオイストの議員の大半は、かつて反政府ゲリラとして山の中に潜んでいた。内戦が終わってカトマンズに出てきたばかりの頃は、車やバイクが行き交う道路を渡ることもできなかったような人たちなんです。そんな彼らが、したたかなインドや中国と対等に渡り合えるとは思えません」
Yam between Two Boulders(ふたつの石の間のヤムイモ)と比喩されるネパール。Two Bouldersとは、いうまでもなくインドと中国だ。そんな、ふたつの石に押しつぶされることなく、ひとつの独立国家として生き続けることができるのか。ネパールの行く末が、案じられてならないのである。
一報をくれた、現地新聞のビシュヌ記者がいう。
「トランプ政権は、途上国への援助を大幅に削減しています。そうしたなか、同じくMCCから援助を受けているモンゴルやフィリピン、インドネシアと比べ、はるかに高額な援助がなされるという。
ちなみに、在ネパール・アメリカ大使館は、アジア圏でいちばん規模が大きく、職員数も在インド・アメリカ大使館の6倍います。アメリカもまた、中国の南アジア進出を警戒しているので、インドとタッグを組み、中国からネパールを引きはがそうというわけです」
日増しにエスカレートする中国とインドの援助合戦。ネパールとしては、巧みに立ち回り、さらなる支援を引き出したいところだろう。しかし、それだけの技量がかの国にあるとは思えない。
前出のビシュヌ記者も同様の見方だ。
「国会議員のうち、政治がなんたるものかを理解している人は、3分の1もいない。たとえば、マオイストの議員の大半は、かつて反政府ゲリラとして山の中に潜んでいた。内戦が終わってカトマンズに出てきたばかりの頃は、車やバイクが行き交う道路を渡ることもできなかったような人たちなんです。そんな彼らが、したたかなインドや中国と対等に渡り合えるとは思えません」
Yam between Two Boulders(ふたつの石の間のヤムイモ)と比喩されるネパール。Two Bouldersとは、いうまでもなくインドと中国だ。そんな、ふたつの石に押しつぶされることなく、ひとつの独立国家として生き続けることができるのか。ネパールの行く末が、案じられてならないのである。
長谷川 まり子
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