Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/149dda5685f4b7797147940057af5cb713e13a39
2070年に国内の外国人が1割に
――米田さんが館長を務める大久保図書館が立地する東京都新宿区の大久保は、多国籍タウンとして知られています。今号掲載の『地方自治体「持続可能性」分析レポート』のもとになった、昨年発表の国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2070年の日本の総人口に占める外国人比率は10・8%になるとされました。この数字を見てどうお感じになりますか。 本館には外国人住民の方が毎日当たり前のようにいらっしゃるので、その推計が表す未来のように、すでに国境のない時代になっていると身近に感じています。 実際、大久保図書館のある大久保・百人町地区と言われるエリアでは、外国人住民の割合がすでに3割を超えています。新型コロナウイルスの感染拡大前は4割を超えていましたが、一度減ったものの、また増えているようです。来館者の割合も体感としてそれとほぼ同じで、3割くらいは外国の方です。 もともと大久保は韓流ブームの発信地になるなど、コリアンタウンとして栄えていました。日韓関係の悪化や東日本大震災の影響などで韓国系のお店が減ったことがありますが、その跡地にベトナム料理のお店やハラル食材店ができたりするなど、他の国の人たちがやって来て、今では多国籍タウンになっています。そのダイナミズムがこの地域の魅力ですね。 新宿区全体では、実に130の国の方々が住んでいて、すでに外国人住民は1割を超えています。住民登録をしている方しかデータには含まれないので、実際にはそれ以上と言っていいでしょう。 新宿区が2015年と23年に、日本人と外国人の両方の住民を対象に実施した「多文化共生実態調査」があります。その中で、日本人住民に「近所に外国人が住むことについての考え」を尋ねているのですが、その2回の調査結果を比較すると、「好ましくない」という回答は減っています。その結果を見ても、外国人住民は少しずつ街に受け入れられているのかなと思います。
少数言語の本は1冊でもあることに意味がある
――大久保図書館は、全国的にも先進的な外国人住民向けのサービスを提供することで注目されています。どんな取り組みをしているのか教えてください。 本館の運営理念は、国籍と人種を越えて違いを尊重し合う、誰も置き去りにしないというものです。 その理念のもと、まず外国語の資料を積極的に収集しています。一般の図書館は英語の本が一番多いのでしょうが、本館では地域性に合わせて、韓国語と中国語が多く、次に英語の順です。これらの他にもタイ語、ウズベク語、タミル語、タガログ語、ウルドゥー語、ネパール語……と少数言語の本も取り揃えていて、昨年4月時点で総計37の言語に及びます。 以前、ネパール出身の方がこんなことを話してくれたんです。「自分の国の言葉の本が図書館に1冊でもあると、自分がその街に受け入れられている気持ちがして、とても嬉しい」と。これを聞いてから、どんな少数言語の本でも、1冊でもあることが大事なんだと強く思うようになりました。たかが1冊かもしれないけれど、彼らにとっては10冊、20冊に匹敵する価値がある。 どうやって仕入れる本を決めているかというと、それも様々です。基本的には、外国語の本を扱う専門の書店と相談して、国籍ごとの区内の人口などを考慮しながら毎年計画的に購入しています。 また、近隣の幼稚園や小学校と連携をとって仕入れることもあります。近隣の教育機関には外国ルーツの子どもがたくさん入ってくるのですが、ある時幼稚園から、「タイの子が入園したんですがタイ語の本はありますか」と問い合わせがありました。またある時には、「南米のスペイン語圏の子が入ったんですが、スペイン語の本はありますか」と連絡がありました。本館はアジアの言語はたくさん揃えているので、タイ語はあったものの、スペイン語はまだなかったので、「買いますから安心して来てください」と答えました。仕入れてしばらくしてから確認してみると、その言語の本がちゃんと貸し出されているんですね。幼稚園から情報をもらって来ているんだと思います。 この他にも、館内に外国語の蔵書リクエストカードを置いていて、その要望に応じて購入するケースや、利用者の方が寄贈してくれることもあるんです。少し前に、ネパールの方が一時帰国した際に、現地で話題の本を買って、うちに寄贈してくれました。別のネパールの方がその本を見つけて喜ぶ、なんてこともありましたね。
多言語とふれあう場をつくる
もう一つ大きな取り組みとしては、多言語を使ったイベントを開催していることです。 メインは様々な言語の絵本を使って、外国ルーツの子どもに読み聞かせをする、おはなし会です。コロナ前は毎月2回のペースで開催していましたが、コロナで一度中断し、今は月に1回のペースで開催しています。2月には、日本語学校との協力でウクライナ語のおはなし会を行いました。その前の1月には中国語。それ以前にはネパール語、韓国語、タガログ語……と毎回言語を変えてやっています。 おはなし会では絵本を読み聞かせるだけでなく、時にはその国の写真や服飾などの文化を紹介する展示も一緒に行い、外国語にふれるだけにとどまらない、文化の相互理解の場にもしていますね。外国の方だけでなく、日本人も参加していて、常連の方もいるなど、ご好評をいただいていると感じています。 また、外国語ではなく、外国人にも分かりやすいように配慮した「やさしい日本語」を学ぶ会も開いています。さきほどの新宿区の調査では、外国人住民に「日本の生活で困っていることや不満なこと」も尋ねていて、回答の中で一番多いのが、やはり言葉の問題です。そして、日本人と交流したいがそういう場がないという回答もありました。何かできないかと思っていた時に、北欧のデンマークでは、図書館員と外国人住民がデンマーク語で話すイベントをやっていることを知ったんです。ちょうど同じ頃に、「多言語多読」という外国語習得を支援するNPOの方と知り合って、実現しました。外国語を身につけるためには、簡単な言葉でいいからとにかく大量に読んで聞くことが大事らしく、この会では日本語の絵本をみんなで読むようにしています。 他に、ビブリオバトルというイベントも定期的に開催しています。外国人と日本人が一緒になって、一人5分、おすすめ本を発表し合い、その魅力を日本語で紹介するものです。さらに、本を紹介することにハードルを感じる人のために、スピンオフとして「モノトーク」というイベントも行っています。こちらでは本の代わりに自分の大事なモノを紹介します。 ここまでに紹介した取り組みは本に関わることですが、それだけではありません。外国人住民の方が生活していくうえで必要な情報を多言語で提供しています。ゴミの出し方や、消費者トラブルと詐欺への注意喚起。また、「仕事をする人のために大事なことが書いてあります」という見出しで、「給与明細は捨てては駄目」とか「仕事でけがをした際にどうすればいいか」といった具体的な情報を箇条書きにしたパンフレットなどを、館内の目に入りやすい場所に置いています。貸し出しカードを新たにつくった方に一緒に渡したりもしていますね。 また、館内の案内板などに記載する情報も可能な限り多言語で表示していますし、そうでない場合もやさしい日本語で記載するようにしています。 ――日本人の利用者からはどういった反応がありますか。 私が館長になった頃は、本館への投書の中にネカティブなものがまだありましたね。でも、最近は少なくとも投書はなくなりました。もちろん、投書がないだけで、本当はどう思っているかは分かりません。ただ、さきほどの新宿区の調査結果とも関連するかもしれませんが、館内で外国人住民の方が日本人に交じってニコニコ楽しそうにしているのを日常的に目にするうち、自然と反感もなくなっていったのではないかと思います。
シェルターとしての図書館
――ここまでお話を聞いて、これまで抱いていた図書館のイメージとは異なるように思います。 一般的に図書館など公的な機関は、利用者に対して受け身なイメージですよね。私はそうした姿勢は打破したいと思っています。たとえば、イベントのチラシをただ置いておくだけではなくて、スタッフから利用者に声をかけて誘うようにしています。本館には中国出身と韓国出身のスタッフがそれぞれいるので、それらの国の利用者であれば、こちらからどんどん話しかけて誘いますね。職員から「こんにちは」と声をかけたほうが、ホッとすると思うんですよね。「ここはいていい場所」「あなたの居場所なんだ」というメッセージを伝えることにもなる。 この「居心地のいい場所」という発想は、北欧、特にデンマークの公共図書館の取り組みを研究している慶應義塾大学の和気尚美さんの話を聞いてから意識するようになりました。北欧諸国は移民に対する政策が進んでいて、図書館も重要な役割を果たしているそうです。 和気さんから聞いたのですが、現地の移民の利用者にヒアリング調査を行ったところ、「ここに来るとホッとする」「用がなくてもここに来てしばらくここにいる」と答えた方がいたらしいんです。図書館が移民にとっていわばシェルター、セーフティーネットのような存在になっている。大久保図書館もそうした存在になることを目指しています。 撮影:種子貴之 (『中央公論』2024年6月号より抜粋) 米田雅朗(新宿区立大久保図書館館長) 〔よねだまさお〕 1964年東京都生まれ。劇団員や出版社勤務を経て、図書館員となる。2011年より現職。NHK ETV特集「アイアム ア ライブラリアン~多国籍タウン・大久保」に出演。
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