Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/6a444652b80dbdfe31cc75aaf3c0b8cf6f49a207
まさに「地獄」の様相を呈している――2021年に発生した軍部によるクーデター以降、ミャンマーでは軍事政権の国軍(ミャンマー軍)と、軍事組織としてのKNLAを有するKNU(カレン民族同盟)やカチン州、シャン州、カヤ州などの武装勢力が組織した反政府(反軍事政権)の連合的武装組織PDFの戦闘が激化している。今年に入り、軍事政権はついに18歳以上の国民を徴兵するとまで発表した。 2024年現在、ミャンマーに向けられる視線は「反民主的な軍事政権VS民主化を求めるレジスタンス的武装勢力」の構図一色に塗りつぶされているが、はたしてクーデターが発生する前のミャンマー、そのディテールに目を向けていた者がどれほどいただろうか。 本連載は、今では顧みられることもなくなったいくつかの出来事と、ふたつの腕で身体を引きずるように歩くカレン族の牧師を支えた日本人武道家を紹介するささやかな記録である。
瞑想の間
師範会での出会いから数日後、山本は日本館総本部を訪ねた。 その施設は4000坪余の敷地の中に160畳敷の合気道道場、120席の日本田舎風レストラン、広い本格的日本庭園そして日本伝統民具展示室があった。本部事務所には受付と経理・総務スタッフが執務する15畳程度のスペースと、その奥に館長室があった。館長室と言っても4畳半ほどの狭い部屋である。事務机と3人掛ソファが置かれているその部屋には、足の踏み場もないほどのチベット仏教の仏具が無造作に置かれ、壁にはチベット仏教の曼荼羅や仏像が飾られている。 「クローゼットに押し込んでおくわけにもいかないし、いつの間にかこうなってしまってね。これじゃ怪しげな宗教団体と誤解されても仕方がないね。弟子達は『瞑想の間』なんて言っています」 けれど、その瞑想の間の主は、くたびれた地味なジャージ姿でサンダルをペタペタ鳴らして歩く、どこから見ても中年のただのおじさんなのだ。
最高の家具
本間は、その部屋のソファを寝床として毎日を送っていると言った。山本が部屋の一角に置かれた長方形の木箱に目を留めると、秋田訛りの言葉で話し始める。 「世界で一番使い勝手の良い家具は棺桶ですね。気の利いた布をかければ長椅子になるし、中は収納スペース。またテーブルカバーをかければゆとりの4人用テーブルです。 地震がきたら中に避難できるし、寒い時は毛布を多めに入れて蓋をし、中で寝ればいい。いよいよダメかと思ったら白いものを着て中に入り、お迎えが来るのを待てばいい」 そんな事を秋田訛りの言葉で楽しそうに話すのである。 山本は一種異様な雰囲気を醸し出す、その「瞑想の間」に通い詰め、驚くべき本間の人生を聞き取った。その記録の一部を紐解いていこう。
合気道開祖の最後の内弟子
「茨城の岩間というところに開祖の道場があってね、そこに私は17歳の時に高校を辞めて押し掛け、弟子入りさせてもらったのよ」 ある夜、本間学は遠い昔を思い起こすように語り始めた。それは3月のまだ肌寒い夜だった。うら寂しい秋田発の夜行列車に乗った学少年は、列車を乗り継ぎ、翌日昼過ぎに岩間駅に降り立ったという。 駅から道場までは約1kmの道程である。秋田に比べれば茨城の春は早い。道端には可憐な白い花を咲かせた梅の木があった。だが、学にはその早春の花は目に映らなかった。 親父が畏敬の念を抱く、合気道の開祖とはどんな人物なのか――そんな不安な思いが少年の心を支配していた。学は父から預かった大事な紹介状を、胸に抱きしめる思いで歩いていた。 終戦間近の昭和17年、59歳の頃に岩間に家を構えた植芝盛平は、82歳になっていた。妻はつと共に岩間に移住し、合気神社および修練道場を建設。周辺を開墾して農場とし、同地を「合気苑」と名付け、かねてより念願であった「武農一如」の生活を送っていた。 しばらく歩くと、地図が示すその場所へ着いた。道場で兄弟子たちに挨拶し、母屋の客間に通された学は、正座をしてじっと植芝を待った。床の間の墨絵の掛け軸の前には、白い梅の小枝が活けられていた。スッと襖が開いて開祖が現れた。 「君が本間くんか」 開祖はそう言いながら着座し、腕組みをしてじっと学をみつめた。 学は、父に書いてもらった紹介状(入門願)の封書を開祖の前に差し出し、「秋田からまいりました本間学です。宜しくお願いします!」と、大きな声で言い、両手をついて頭を畳に付けた。しばらくその書状に目を通していた開祖は「そうか」と言って、白く長いあご髭を撫でながら、学を見つめた。 聞き取りをおこなうと、いつでも夜が更ける。山本はたいてい、本間に御馳走になっていた。記録によれば、この日の夕食は豆のスープ。「小腹がすきましたね。ネパールの健康スープでも食べますか」と言って、本間がレストラン・スタッフのダワに所望したものだ。麺の入ったコクのある豆スープだった。 (Vol.17に続く)
Project Logic+山本春樹
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