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未踏峰を思い描いて活動した一年 【日本山岳会ヒマラヤキャンプ登山隊2023撮影記】♯02
未踏峰に登るためにできることはなんなのか。初めてのヒマラヤ登山に向けて、とにかくできることを仲間とともに重ねてきた準備期間。この準備期間から未踏峰への挑戦は始まっているといえるだろう。 文・写真◉石川貴大。
だれにも登られていない頂を探して
私たちがまず行なったのは、ネパール政府から発表されている未踏峰リストとの照らし合わせだ。途中加入の私はある程度決まった段階でメンバー入りしているため、大まかな照らし合わせは金子さんとサキさんが実施してくれた。 この作業は、じつは非常に大変なもので、発表されている山が実在していて、なおかつ登られていないということを一座一座確認しなければならない。未踏峰リストはあくまでそれが作成された時点のものなので、その後世界各国の隊が挑戦していた場合、当然ながら先を越されていることもありえるのである。そのため、山名、標高、エリアなどを使用して検索を重ね、遠征記録をしらみ潰しに確認していくのだ。ここで調べが甘いと現地で登ってから、じつは未踏峰ではありませんでした、という可能性も出てきてしまう。
白紙に戻って再度選定した未踏峰
じつは、私たちの未踏峰選定は2回行なわれている。理由は、最初に決定した未踏峰が登山許可申請の段階で登ることができなくなり再度選定をする必要が出てきたからだ。私たちが最初に選定した山はネパール政府としては許可が出された山であったのだが、現地住人の宗教的な意向で登ってはならないとなってしまった。幸い、現地エージェントを通じてそのことが事前に発覚したため、再度選定することができた。ただ、その情報が出てきたのが半年前ということもあり、大急ぎで2回目の選定を行なうこととなった。 残された未踏峰のなかには同様の理由で登られていない山も少なくはない。やはり未踏峰は基本的に情報が少ないのだ。それ故、事前にあらゆる方法で情報を集めておく必要があると改めて感じた一件だった。最終的に私たちが選んだ山は、ネパール東部カンチェンジュンガの西に位置するシャルプー山群のシャルプーⅥ峰6、076mとサトピーク6、164mの2座だ。
ふたつの頂を目指して
私たちがなぜこの2座を選んだのかというと、それは標高が6、000mほどの山で同じ山群に含まれる2座であるため、少し遠征期間を伸ばせばどちらも登ることができるのではないかと考えたことと、その2座が異なる登山要素を含んだ山であると想定したからである。 私たちは、ネパール政府発表の未踏峰リストの山をGoogle Earthで確認し、無理のない標高か、国境付近で地域的な問題がないか、キャラバンの日数がかかりすぎないかなどを判断材料に今回の2座に絞り込んだ。絞り込んだあとは、その山のエリア周辺の情報をインターネットで調べて該当の山が映り込んだ写真がないか調べたり、付近で過去に登山をした人たちから現地情報を集めたりした。今回は、麓の村からの写真や峠から見た写真をいくつか見つけることができた。また、地形図も参考にし傾斜や尾根の方向、氷河との位置関係などを確認していった。そうしてある程度情報が集まってくるとそれらを参考にどんな登山にするのかイメージをしていく。 今回、私たちのなかではシャルプーⅥ峰は比較的登り易い歩き要素の強い山、サトピークは山頂手前は岩場が続きクライミング要素の強い山であるという想定だった。少しわがままではあるのだが、初めてのヒマラヤ遠征でどちらも経験したいという気持ちがメンバー内で強くあったため、それが実現できる可能性のあるこの2座を選定した。結局のところ未踏峰であるがゆえに想像の範囲を出ないことに変わりはないのだが、限られた情報のなかからきっとこうなっているんじゃないかと思い描く時間はとても楽しいものだった。なにより自分たちがどんな登山をしたいのか、遠征の根幹となる部分をじっくり考えることができたのは財産といってもいい。 私たちは、アルパインクライミングをヒマラヤで実践したかった。そのために、まず1座比較的登れる可能性の高そうな山をステップとして2座目でやりたかった登山を実践していこうという意思でまとまったのだ。調べればいくらでも情報が出てくる登山とは違い、一から自分たちの登山を作ることができるというのは未踏峰登山の魅力のひとつといえるだろう。2座の登山を通じてヒマラヤでのアルパインクライミングを肌で感じ取れることを期待した。 ここまで決まると、あとはネパールのエージェントに登山許可の申請、キャラバンのアレンジ、現地取りまとめ役となるサーダー及びキッチンボーイの手配を進めてもらうことになる。
ヒマラヤ前の最後の冬
当初、私たちが目指す2座のうちサトピークは登攀要素もあると考えていた。そのため、3人が揃ってからすぐの冬は錫杖岳や八か岳でクライミングを交えた雪山登山を行なった。クライミングを交えた理由としては、もちろんクライミング能力の向上も目的にはなるのだが、基本的なロープワークをしっかりと体に染みつけるという目的があった。高所に上がれば酸素は薄くなっていき、普段以上の力は発揮できない。でも、高度障害だろうと、疲れていようと安全は確保し続けなければならない。たったひとつのロープワークを誤るだけでも命取りになってしまう。高所だからこそ、メンバーそれぞれが確実にロープワークができるようにロープを繋いでトレーニングを重ねた。 また、現地で行動時間を長くとる可能性も考えて、夜間登攀も行なった。冬場の寒冷で陽の光がないなかでも不安なく動くためには、経験するしかないと考えた。私は、登山は精神的な部分の影響がとても大きいと考えている。寒さや夜間に対する恐怖心は過去に経験があるかないかで大きく変わる。「この気温なら問題ない、夜間でも動き続けられる」そう思えることができると体の緊張、精神的な不安はかなり改善される。だから、ヒマラヤにおいて想定される行動は、日本にいる間にメンバー全員で共有しておくべきという考えになった。冬は雪山の実践的なものを中心に行なったといってもいいだろう。
雪のない季節をヒマラヤのためにすごす
私たちは秋のヒマラヤシーズンに登山をするため、冬のトレーニングを終えると、春から夏のトレーニングに入っていった。春から夏は縦走やクライミングで持久力や登攀力を上げるトレーニングを重ねた。クライミングはメンバー3人とも好きということもあり、瑞牆山でのマルチピッチクライミングを行なった。カムと呼ばれる道具を使って、岩の割れ目に自らプロテクションをセットしていくスタイルのクライミングだ。トレーニングとはいえ、やはり好きなことを交えて行なうと楽しむことができた。ヒマラヤに向けてトレーニングを積むことも大切だが、そのなかで山を楽しめているか、それもまた重要だと思う。 クライミング以外では八か岳全山縦走も行なった。ヒマラヤに向けてそれぞれ山に入る機会が増えていたこともあり、例年よりも体力がいい具合に仕上がってきていた。コースによって少し変わるが八か岳全山は編笠山から蓼科山まで約35kmである。これを日帰りの設定で行なった。日帰りとなるとそれなりに歩ける人でないと難しい距離にはなる。疲れていても歩き続ける、それを実践できる良いトレーニングになった。登山では登頂が折り返し地点となる。登って必ずキャンプに戻る、そのためのトレーニングだと感じていた。
ヒマラヤで必要なこと
ほかにはヒマラヤでは必須となる氷河歩行、クレバスレスキューのトレーニングも行なった。私たちは夏でも雪のある白馬の大雪渓に向かった。 ヒマラヤでは多かれ少なかれ氷河上を移動する必要が出てくる。氷河は、「氷の河」と書かれることでもわかるように、巨大な氷の塊が日々、谷の下流に向かって少しずつ動いている。氷河上にはその動きによってできたクレバスという氷の裂け目が点在している。拳ほどの幅のものから、10mを超える幅のものまでさまざまだ。基本的にはクレバスを避けて進路を決めていく。しかし、厄介なことにそのクレバスが雪に隠れて見えないことがある。その雪の上を歩いてしまえば落とし穴に落ちるように転落してしまう。そのリスクを回避するため、転落した仲間を救助するためのトレーニングになる。 このトレーニングには2023年以降にヒマラヤに挑むヒマラヤキャンプメンバーも加わって実施した。山に入ってからは、お互いが助け合う必要がある。メンバーとの技術の共有というのも重要な要素だ。
出国までに残された時間
出国が迫ってくるとトレーニング以外の準備もいよいよ佳境に入ってくる。大きなものとしては、食料と装備になる。食料は55日間の遠征のうちベースキャンプより上で食べるものを中心に用意をした。ネパールにおける登山隊の詳細はまた次回触れるが、ベースキャンプでは3食の食事を用意してもらうことができる。そのため、必要になるのはキャラバン中のちょっとした行動食とベースキャンプより上で登山を行なう際にテントで食べる分の食事だ。それらは基本的に日本から持参をしている。 内容としては、日本で普段の登山中に食べているものと大きく変わらない。行動食はスナックやアミノ酸系のゼリーなど、テントでの食事はアルファ米やジフィーズ、インスタント味噌汁など。ただし今回はネパールということもあり、食べ慣れたものや日本を感じるものを選んだ。たとえば、松茸のお吸い物や、抹茶ラテの粉末など。テント用の食事として持ち込んだうどんの乾燥麺はさっぱりとした味で、高所において食欲が減退した際も食べることができた。これが正解というものが決まっているわけではないが、やはり日本の味を感じられるものがあると気持ちが落ち着くのでおすすめである。 装備に関しては、ヒマラヤキャンプの場合、花谷さんがネパールのエージェントオフィスに確保してくれているヒマラヤキャンプの共同装備を活用させてもらうことができた。そのため、テントや寝袋、クライミングギア、電装品はそこから使用させてもらっている。私たちが日本から持参したものは、食料と個人の登山装備が主になる。 ヒマラヤ登山というと上下のウエアが繋がったダウンのワンピースなどを想像するかもしれないが、6、000mでは日本の3、000m級の厳冬期装備とほとんど変わらない。ベースレイヤー、ミッドレイヤー、ハードシェル、ダウンの組み合わせが基本となり、人によってインサレーションウエアで調整をする形だ。靴に関しては、今回スポルティバのダブルブーツであるG2を全員が持参した。 登攀に関しては、ハーネス、アイスアックス、クランポン、ビレイ器具を個人装備として持参した。アイスアックスはペツルのクオーク、クランポンも同社のダートを用意した。装備を統一したのは、予備のピックなどをだれの装備でも使用できるようにするためだ。 今回私たちが選んだ6、000m級の山では高所用に特別なにかを用意するということはほとんど必要なかった。日本と同じ装備で挑めるため、日本での雪山経験がそのまま活きてくるということでもある。 出国5日前になると富士山で最後の高所順応トレーニングを行なった。日本において高所順応となるとやはり日本一標高が高い富士山がもっとも適している。高所に体を慣らすことが目的となるため、富士山では山頂滞在時間を伸ばす必要がある。山頂で1泊できればなお良かったのだが、スケジュールが詰まっていたこともあり日帰りでの順応になった。 私たちはツエルトで3時間ほどの仮眠をとった。睡眠をとることで呼吸が浅くなり、より高所に近い状態に近づけることができる。高所順応はもちろん現地で行なうこともできるのだが、限られた日数を有効に使うために事前順応という形をとった。初めてのヒマラヤ登山をするにあたってより良い状態で挑みたかったのだ。ここまで来るとあとはもうネパールに行くだけだ。わからないことが山積みの状態だったが、あとは現地でできることをやっていこうと心に決めフライトを待った。
PEAKS編集部
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