Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/4a1b61d5ba6892868116267b22da26707448db51
街のコンビニで外国人店員を見かける風景は完全に日常となった。しかし今、現場で起きている真の構造変化は「店員」ではなく「オーナー(経営者)」の顔ぶれにある。かつてコンビニを支えた日本人オーナーは、激減の一途をたどっている。その空白を埋めるように頭角を現したのが、在日中国人たちだ。本記事では、中島恵氏の著書『中国人は日本で何をしているのか』(日経BP)より、日本でコンビニのオーナーとして働く中国人・趙さん(仮名)へのインタビューを通じて、現代日本のコンビニ事情を紐解く。
コンビニ店の中国人オーナーが増えている
知り合いの複数の中国人から、日本で「コンビニ経営」に携わっている人が多いと聞いた。「立地など条件がよければ安定収益が見込める、オーナー(社長)になれる、来日時にアルバイトをして親しみや興味がある、この3つが大きい理由ではないか」という。 コンビニ店では多くの外国人が働いている。あくまでも私の周囲の話だが、最近ではベトナム人、ネパール人、インド人などの店員が多くなっていて、中国人店員を見かける機会は減っている。しかし、その一方で、中国人がコンビニのオーナーになっているというのだ。友人から紹介してもらい、私は東京都内のある店舗を訪ねた。
エリートでもITでもない世代が掴んだコンビニオーナー業
JRから私鉄に乗り換えて数駅。駅から程近い場所にある大手コンビニチェーンの店舗に到着し、店員に声を掛けると、レジ奥の事務室からオーナーの趙建偉さん(仮名)が顔を出し、笑顔で迎えてくれた。 趙さんは地元の学校を卒業後、働いていたが、「広い世界を見てみたい」という思いに駆られ、出国を考えた。地元は留学や出稼ぎで海外に出ていく人が多かったため、特別な感覚はなかった。「豊かでいい国」というイメージを漠然と抱いていたため、留学先として日本を選んだ。 日本の大学では国際経営や物流などを学び、貿易会社に就職した。11年に東日本大震災が起きると家族で帰国。仕事も辞めたが、落ち着いた頃に日本に戻り、アルバイトをしたり、派遣社員として働いたりしていた。 そんなとき在日中国人向けの新聞に、あるコンビニチェーンのオーナー募集の広告が出ていたのを親戚が見つけ、「応募してみたら」と声を掛けてくれた。 「留学生のときにアルバイトした経験があったので、自分にもできるのではないか、と直感的に思いました。80年代、90年代に来日した人々の一部はエリートで、一流大学を出て大手企業に就職するなど、いい仕事に就いている人がけっこういます。30代以下の世代はITに強く、SNSを駆使した仕事ができます。でも40〜50代の私くらいの年代はその中間。どちらでもありません。 在日中国人は来日した時期の日本の景気や運にかなり影響されます。私のように特別な能力がなくても日本でできる仕事は何だろうと考えた結果、コンビニに挑戦してみようという考えに至ったのです」(趙さん)
早朝の駅ホームで思い詰め…想像以上にハードなオーナー業
コンビニのオーナーになる条件はチェーンによって異なる。趙さんの場合、1年間、契約社員として働きながら店舗経営について本部から研修を受ける。 毎月、給料から天引きで10万円を積み立てながら、トレーナーからマン・ツー・マンで指導を受けた。店舗開業で最も大事な要件の一つが出店場所(立地)だが、それも本部がいくつか候補を挙げてくれて、その中から選んだ。 晴れてオーナーとなって開業したのは13年。店舗面積は100平方メートル強と比較的狭かったが、そのほうが、人件費がかからずリスクも小さいと前向きに考えた。 しかし、現実は甘くなかった。内装や商品棚などは本部が設置してくれて、商品は400万円のローンで仕入れたが、オーナー業は想像以上にハードだった。最も苦労したのは店員の問題だ。 「アルバイトは求人誌で十数人集めましたが、急に休む人がいたり、突然、辞めたりで、なかなか安定しませんでした。全員未経験者だったので仕事は一から教えなければならないし、シフトの調整が難しくて大変でした。急に休まれて、夜中に飛び起きて店に出ることもあり、睡眠時間が3〜4時間という日もザラでした。 私がオーナーなのに、お客さんから『日本人はいないの?』と聞かれたり、侮蔑的な言葉を浴びせられたりしたこともありました。トラブルがあれば、オーナーである私が出て行って謝らなければなりません。店の全責任は自分にあります。その重圧は想像していた以上にすごかった。 当初は自宅から電車通勤していたので、早朝や深夜に駅のホームに一人で立ち、『自分は一体何のために日本にいるんだろう。このままでいいのだろうか』と思い詰めることもありましたね」(趙さん)
高齢化、厳しい規制…日本人オーナーは激減
幸いなことに、趙さんの店はオープン翌月には黒字化した。本部からは、黒字化まで数カ月かかる店もあると聞いていたのでホッとしたが、商品や備品などへの出費は重く、プレッシャーは大きいままだった。 そんな折、加盟チェーンが同業と経営統合した。努力を続けた趙さんは、本部から表彰されるまでになり、23年には近隣に2号店もオープンさせた。 「本部は全国で現在の店舗数を維持する方針を掲げていて、私に2号店を勧めてきたので、この際、やってみようと思いました。しかし、都内では好立地はもうほとんど残っていません。いい土地が見つかって開業しても、近くに競合店ができたら急に経営状態が悪化することも珍しくありません」 趙さんは続ける。 「本部の人からは、日本人オーナーは相当減少していると聞きました。高齢化もありますが、契約条件の厳しい縛りもコンビニ経営を敬遠する要因かもしれません。いったん始めたら長い間やめられないし、多くの細かい規則があります。 日本人オーナーの減少を埋める形で、自分たちのような外国人オーナーが増えているそうです。そのため、加盟の条件を緩和しているチェーンもあります。今後、日本人オーナーだけでは店舗数を維持できない可能性もあると感じています」 趙さんに、コンビニのオーナーになる中国人が多い理由を聞いた。 「いろいろな理由があると思います。会社を経営していて、事業の一環としてコンビニ経営を行う人もいますし、50〜60代の親(在日中国人の一世)から、20〜30代の子どもが継承するケースもあります。 私は当初、日本で仕事を覚えたら、中国に帰って日本式のコンビニをやるという夢を持っていました。でもいまはコンビニという文化、サービスを日本に残したいという気持ちでいます。東日本大震災後に中国に帰りましたが、また戻ってくるとき、私はやはり日本が大好きなんだと強く思いました。コンビニは日本人の生活に欠かせない文化、必須のインフラだと思っています」 取材時には事務所に妻も顔を出して、二人で熱心に私に話をしてくれた。日頃、何気なく足を運んでいるコンビニは、趙さんのような数多くの外国人オーナーに支えられていることを初めて知った。 中島 恵 ジャーナリスト
中島 恵

0 件のコメント:
コメントを投稿